よっちゃんのおててつないで

よっくんとカブの夫婦ウオーキングブログです。
2017年10月オールジャパンカップ達成。





うきは市流川の桜並木(福岡県うきは市)

2018-04-03 07:27:51 | JR九州ウオーキング

3/31(土)は、JR九州ウォーキングでうきは市流川の桜並木に行ってきました。

巨瀬川沿いに約2kmとつづく約1000本の桜並木はまさに圧巻。河川敷に咲く菜の花もあわせて夢のような景観となります。

流川桜会主催の「桜まつり」(午前9時〜午後9時頃)の出店にも地元の名産品が盛りだくさんです。

歩いていると桜以外にもたくさんの春の花が咲いていました。

   

桃の花も満開です。

  

流川桜並木です。

  

  

 

   

歩いていると民家の庭先には、たくさんの春の花が咲いています。

紅花常盤満作・・・・・・・・・・・・紅の満作は初めて見ました。

  

花海棠(はなかいどう)・・・・・・・・・・・・・・・・ピンクの花がとてもきれいでした。

 

  

山吹・・・・・・・・・・・・・・・山吹というと太田道灌と山吹の話が思い出されます。

太田道灌は扇谷上杉家の家宰でした。ある日の事、道灌は鷹狩りにでかけて俄雨にあってしまい、みすぼらしい家にかけこみました。道灌が「急な雨にあってしまった。蓑を貸してもらえぬか。」と

声をかけると思いもよらず年端もいかぬ少女が出てきたのです。そしてその少女が黙ってさしだしたのは、蓑ではなく山吹の花一輪でした。花の意味がわからぬ道灌は「花が欲しいのではない。」と怒り

雨の中を帰って行ったのです。 その夜、道灌がこのことを語ると、近臣の一人が進み出て、「後拾遺集に醍醐天皇の皇子・中務卿兼明親王が詠まれたものに

七重八重花は咲けども山吹の(実)みのひとつだになきぞかなしき】という歌があります。その娘は蓑ひとつなき貧しさを山吹に例えたのではないでしょうか。」といいました。

驚いた道灌は己の不明を恥じ、この日を境にして歌道に精進するようになったといいます。

  

吉井町百年公園へ向かいます。ここでは、桜まつりがおこなわれていました。

 

   

下りていくと民家の庭先に花水木、馬酔木が咲いていました。花水木は、4月中旬ぐらいから咲き出すのですが、今年は早いですね。

  

もう「なんじゃもんじゃ」の花かな?と思いましたら、「常盤満作」でした。花がよく似ていますね。

   

ゴールは、吉井町白壁交流センターです。これから車で久留米市の「浅井の一本松」に行きます。

 

浅井の一本桜は、樹齢百数十年、幹廻り4,3m、幅20m、高さ20mの山桜です。

今日(3/31)から夜間ライトアップされるそうです。

昨年は、久留米つつじマーチの時でもこの桜の花がありましたが、今年のつつじマーチでは見れないでしょうね。

 

九州の桜も、もう盛りを過ぎてきました。4月上旬は、東北福島の桜を見に行こうかと思っています。

今年は、全国的に桜の開花が早いので、そのころまで桜が持ってくれればいいのですが・・・・・

 

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肥前さが幕末維新博覧会(佐賀市)

2018-03-26 07:25:56 | JR九州ウオーキング

今年は、明治維新から150年の節目の年です。そのためか、NHKは、大河ドラマで「西郷どん」を放映しています。

ここ佐賀も、目立ちませんが、明治新政府樹立に大きく貢献した藩です。3/17からは、「肥前さが幕末維新博覧会」が始まりました。

3/21(祭)、JR九州ウォーキングで、この肥前さが幕末維新博覧会を訪ねるウォーキングがありました。今回は、鹿児島から私の友人も参加しましたので一緒に歩きました。

この日は、朝から雨や風が強く雨具を着てのウォーキングです。

   

佐賀駅をスタートすると、歩道上に佐賀の偉人モニュメントが建っています。

森永製菓創業者「森永太一郎氏」、江崎グリコ創業者「江崎利一氏」。

時の人「〇〇夫人」は、森永太一郎氏の外曽孫娘です。

  

佐嘉神社は、10代藩主鍋島直正と11代藩主鍋島直大を祀っています。直正は藩政改革を行い、大隈重信・江藤新平らの人材を育成した。直大は戊辰戦争で官軍として戦い、

明治2年には版籍奉還を申し出ました。。

神社内には、日本で最初に造られた鉄製カノン砲が復元されています。幕末には、江戸品川沖お台場にこの佐賀藩のカノン砲50基が設置されました。

  

  

幕末維新記念館に入りました。ここでは、幕末維新期、国内最先端の科学技術を持ち、世界を見ていた佐賀藩の人々の思いを未来につなぐメーンパビリオン。

40人ずつ1グループで順に館内を巡り、幕末維新期の佐賀のストーリーを映像などで体感するコーナーです。

 

  

 

  

早稲田大学創立者「大隈重信」の生家です。

大隈重信は、明治から大正にかけて二度首相に就任したほか、外務卿、大蔵大臣、農商務大臣、内務大臣など政府の重要閣僚として日本のかじ取りを担いました。

日本の通貨単位に「円」を採用した明治4年(1871)の新通貨条例制定でも中心的役割を担いました。明治31年(1898)、板垣退助らと日本初の政党内閣を組織し、薩長出身者以外から

初めて首相になりました。

   

  

このあと佐賀駅の方に戻ります。

ここにも佐賀の偉人のモニュメントがありました。

  

辰野金吾は、東京駅、日本銀行などを設計した建築家です。

  

  

鍋島直正、江藤新平、副島種臣、島義勇、佐野常民、大木喬任、大隈重信は、佐賀七賢人です。

車で帰っていると、川上峡では、もう鯉のぼりが泳いでいました。

  

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椿まつりウォーキング(久留米市草野町)

2018-03-20 10:44:41 | JR九州ウオーキング

3/17(土)は、JR九州ウォーキングで椿の花が咲き誇る筑後草野駅に行ってきました。

自宅から青春18きっぷを使い、鹿児島本線「博多~久留米」、久大線「久留米~筑後草野」と乗継、8時57分に筑後草野駅に到着。

  

久留米市東部に位置する耳納連山の北麓地域は、古くから文化が栄え、伝統的な街並みや古墳、神社、仏閣等の建物が数多く存在するとともに、植木・苗木の特産地として栄えてきました。

特にツバキ、ツツジは古くから栽培され、貴重な古木や名木などが地域に点在しています。

   

久留米つばき園

全国でも有数の多品種(500種類)2000本の椿が植栽された「国際優秀椿園」。

  

   

  

草野町には、椿の他にも春の花が咲いています。

  

  

  

 

ツバキの語源は「厚葉木(あつばき)」や「艶葉木(つやばき)」といわれ ます。何れもその厚くて光沢の有る特徴的な葉に由来するものです。英語では、「Camellia(カメリア)」。

また、普通、「花は散る」と言いますが、椿は、「落ちる」と言います。牡丹は、「崩れる」です。

椿は、花が終わると首から落ちたので昔の武士たちは、嫌ったそうです。椿と同じ仲間の「山茶花」は、花弁が散りますので、椿と山茶花の見分け方はこれを参考にしたらいいと思います。

  

  

「世界のツバキ館」では、いろんな品種のツバキが展示されています。

  

  

  

このあと、ツバキの小路、山辺道文化館、草野歴史資料館、を通り筑後草野駅にゴールしました。

ツバキというと、山ツバキ、侘助ぐらいしか知りませんでしたが、世界には、こんなたくさんのツバキがあるのですね。

また、草野町を歩いてたくさんの春の花に出会えました。

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うきはの晩秋「柿の紅葉」(福岡県うきは市)

2017-12-01 15:34:57 | JR九州ウオーキング

11/23の祭日は、久しぶりにJR九州ウォーキングに参加しました。

スタートは、筑後吉井駅。吉井駅からジャーナリスト鳥越俊太郎さんの実家である「鳥越製粉」を通ります。

   

鳥越製粉から山手の方に登っていきます。ここには、ネーミングが面白い「筑水キャニコム」という農業機械のメーカーがあります。

ここの商品は、草刈の4輪車が「草刈マサオ」、草刈り機が「軽井枝美人」、運搬車では、「ピンクレディ」「ヒラリー」「サテライト」「ブンタ」「ついてくるかーい」など

面白い名前がついています。

  

うきは市福富小学校の所には、「ハゼ並木」があります。夜間はライトアップされるそうですが、紅葉には少し早かったようです。

昔は、ハゼでろうそくを作っていたのでしょうか?

   

柿も紅葉していました。うきは市は、フルーツの町。今は富有柿の収穫がピークです。

  

遠くを見ると、山肌が剥げているのが見えます。今年7月豪雨の為山崩れが起こり、小さな河川が大洪水を引き起こし多大なる被害が生じました。

浮羽稲荷に行く途中には、柿の食べ放題のサービスがありました。甘くておいしいので家庭用にと買っていきました。

  

浮羽稲荷神社には、階段の所に赤い鳥居が立ち並んでいます。この鳥居、90基あるそうです。

よく見ると、鳥居の一直線の先には、道路が見えます。これは、宮地岳神社みたいな「光の道?」と思いましたが、こちらは北の方向を向いていますので、それはないようです。

  

浮羽稲荷は、伏見稲荷神社から稲倉魂の神(うがみたまのかみ)通称、稲荷大神(いなりおおかみ)」、京都松尾大社からは大山咋の神(おおやまぐいのかみ)、

太宰府天満宮からは菅原道真公の三神が祀られており、商売繁盛、五穀豊穣、酒造と健康、長命長寿、学問の神様と言われています。山に沿って続く赤い鳥居を登ると、

見晴らしのよい景色が広がるビュースポットで、天気がよければ、原鶴温泉や遠くは甘木方面を見渡すことができます。春は桜の名所としても知られています。

  

約9kmのウォーキングでしたが、柿をたくさん食べられ大満足のコースでした。

帰りに見た「柊(ひいらぎ)」の花です。柊というと、葉っぱが尖って触ると痛いですが、歳をとった柊は、葉っぱが丸くなるそうです。これは、人間と一緒ですね。

 

 

 

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田圃アート(福岡市西区今宿)

2017-09-17 18:02:53 | JR九州ウオーキング

9/16(土)は、JR九州ウォーキングで福岡市西区今宿にある田圃アート見学に行ってきました。

集合場所は、JR今宿駅。普通なら駅前は、参加者であふれるところですが、この日は、台風の影響で朝から小雨状態。

   

8:30スタート。

二宮神社は、嵐の二宮君と同じ名前ということで参拝者が増えています。隣の糸島市には、桜井神社、潤(うるう)神社もあります。

嵐ファンの方はたまらないでしょうね。

  

 

  

今宿の田んぼアートは、今年10年目を迎えるそうです。10年間には、「I ❤ 今宿」「おいでよ今宿」「手をつなGO今宿」「めし丸君」「クッキングパパ」「招き猫」などがあり、

訪れる人の目を楽しませてくれました。

さて、今年のテーマは、「来てみてん今宿祝10th  JA福岡市のキャラクター「よねまる」が鯛を釣っている姿」です。

 

   

年々手が込んでいる田圃アートでした。

駅へ戻る途中には、ブドウの直売所がありました

 

  

井上博多人形店からちょっと寄り道をして、今宿小学校の児童の実習田に寄ってみます。

この案山子も小学生の手作りだそうです。ユニークな案山子もいますね。

  

出雲大社福岡分院に行く途中、1か月ほど前にオープンした100円パン屋さんを見つけましたのでちょっと覗いてみることにしました。

車は、約20台が駐車場待ちをしています。私たちは、ウォーカーですので駐車場など気にせずすぐお店に入りました。

いろんな種類のパンがすべて100円(税別)。食べてみると結構いけます。

雨が少し本降りになってきました。

大塚古墳です。6世紀ごろ造られた前方後円墳です。

  

10時過ぎ、今宿駅にゴール!

………………………………………・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

  今日我が福岡ソフトバンクホークスが2017年パリーグ優勝しました。

  

 

 

 

 

 

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新緑の九年庵へ(佐賀県神埼市)

2017-05-11 15:48:38 | JR九州ウオーキング

G・W期間中の5/6は、JR九州ウオーキングで佐賀県神埼市にある「九年庵(くねんあん)」に行ってきました。

午前8:00 スタートのJR神埼駅に到着。受付には既に150人ほどの方が並ばれていました。

  

8:20ウオーキングスタート。吉野ヶ里公園の中を通り、先ず、最初の目的地「王仁(わに)神社」へ。

  

 

王仁神社では、近くの方が、自家製の煮もの、お漬物、果物などのお振舞がありました。特に筍は旬で美味しかったです。

ここでは、秋もお振舞をしてくれます。楽しみのコースになっています。

    

1時間半ぐらいで九年庵の入口に来ました。参道の所の木に白い花が咲いていました。「ピラカンサス」の花です。

ピラカンサスといえば、秋口に真っ赤な実をつかますが、お花は、白だったのですね。初めて知りました。

「九年庵」の限定公開は、毎年春の新緑(5月上旬の連休中)と秋の紅葉(11月15日~23日)の時期。春の公開は数日で、ツツジや新緑を楽しむことができます。

私、秋の九年庵には、過去何回も訪れていますが、春の公開は、初めてです。

   

今日は、時々小雨が降っています。雨の水滴が紅葉についています。紅葉のこのプロペラみたいなものが、紅葉の種です。てっきり、紅葉の花と思っていました。

 

 

  

九年庵の池で「オタマジャクシ」を発見!オタマジャクシをみるのは、何十年ぶりでしょうか?子供のころはよく川に行ってこのオタマジャクシを獲って遊んでいました。

  

もう少し、青空があれば、九年庵の新緑と青い空のコラボした写真が撮れるのですが、この天候では、仕方ありませんね。

九年庵から隣の仁比山公園に行きます。この公園も紅葉が綺麗です。

  

帰りは、城原川沿いを通ります。

   

11:10 神埼駅へゴール!サービスで酒まんじゅうを頂きました。

神埼駅では、JR九州の豪華列車「ななつ星」が停車していました。

  

 

 

 

 

 

 

 

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国指定重要文化財「竪坑櫓」へウオーキング(福岡県粕屋郡志免町)

2017-02-21 16:35:08 | JR九州ウオーキング

 2/18(土)は、JR九州ウオーキング「国指定重要文化財『竪坑櫓』」のウオーキングに参加しました。

博多駅から篠栗線に乗り、長者原駅で香椎線に乗り換え須惠駅に到着。この日、JRウオーキングはこのコースしかなく、スタート場所の須惠駅には、たくさんの方が降りてこられました。

 

受付を済ませ、9:30スタート。

   

須惠町の地名の由来は、古代、須惠焼の窯があったことからその名がついたそうです。

私が社会人になって2年目ごろ、会社の工場が須惠町新原(旧産炭地)に移転することになり、その頃、連絡の為、博多駅の事務所⇔新工場間を一日に何回も往復していました。

当時は道路も狭く新工場に行く距離が長く長く感じていました。今回久しぶりに須惠町を歩きましたが、あのころからずいぶん変わりましたね。

旅石(たびし)八幡宮」は、今回パスしましたが、神功皇后が宇美八幡宮でお産される途中に立ち寄られ「あな わびし」と言われ、それが旅石という地名になりました。

西原の交差点を過ぎると「志免町」に入ります。

志免町の町名の由来は、かつて宇美八幡宮祭礼の際の第一の注連縄を引いた地であるから、また、神功皇后が宇美の地で応神天皇を出産した際に、注連縄を張ったという伝説に由来するともいわれています。

  

歩いていると前方に旧志免鉱業所の「竪坑櫓」が見えてきます。

志免鉱業所(しめこうぎょうしょ)は、糟屋炭田(かすやたんでん)の炭鉱の一つ。志免炭鉱とも呼ばれていました。採掘開始から閉山にいたるまで終始国営(戦前は海軍、戦後は国鉄)であった

日本国内唯一の炭鉱として知られています。1964年(昭和39年)閉山。志免鉱業所竪坑櫓、斜坑口などの遺構が現在も残されています。2009年(平成21)12月8日、竪坑櫓が国の重要文化財に指定されました。

   

     

 

志免町のランドマーク「竪坑櫓」です。高さ47,6m、長辺15,3m、短辺12,3mで、1943年(昭和18年)5月竣工。

志免町のHPを見ると、

竪坑櫓」は、ケージと呼ばれる籠を昇降させるために造られた巨大なビルディングです。この櫓の真下にまっすぐ掘られた深さ430mの「竪坑」という穴を使い、地下から石炭を上げたり、

坑員を地下の石炭層まで移動させていました。まるで金づちを立てたような形の櫓に、巻き上げる機械が組み込まれた、エレベーターのような仕組みとなっています。

さまざまな形の竪坑櫓の中で最も発達した形式で、地上8階、地下1階のうち、地上1階から5階までを柱のみで構成し、6階以上には壁をつけています。8階部分には吹き抜けの大空間があり、

ケージの巻き上げに使われた1000馬力のモーターが、休みなく稼動していました。

 志免と類似する形式で、終戦(1945年)の前に建設された竪坑櫓は、これまで九州で造られたおよそ100の竪坑のなかでも、四山第一竪坑(三井三池炭鉱、荒尾市)にあっただけです。

また世界中をみても、現在まで残っているものは、志免のほかにベルギーのブレニーと中国撫順の2か所だけだといわれています。その姿は、機能的で無駄のない造形美をもつ近代建造物であり、

世界の産業技術史を語る上でも大切な遺産であるといえるでしょう。

 1957(昭和32)年には、21万トン以上も出炭していた竪坑も、1964年の閉山とともに稼動を停止します。現在、日本に現存する最大規模の竪坑櫓は、日本で唯一、

開坑から閉山まで国営でありつづけた志免鉱業所の歴史を物語っています。 

 日本の近代化を支えた竪坑櫓が、志免町のランドマーク、そして歴史と文化のシンボルタワーとして、広く親しまれることを願っています。(志免町HPより引用)

この竪坑櫓は、平成21年(2009年)国の指定重要文化財に指定されました。

  

竪坑櫓の横には、志免町複合福祉施設「シーメイト」があります。館内には、竪坑櫓や炭鉱施設、博多山笠舁き山などが展示されていました。

  

志免町産業遺産収蔵庫では、換気用に使われた「飛行機の木製プロペラ」が展示されていました。

  

大正町商店街来ました。

歌手の郷ひろみさんは、福岡県須惠町出身です。ひろみさんのお母さんは、ここ志免町に実家があります。

昔、この地で郷ひろみさんの親戚の方が「ひろみ饅頭」を売っていました。酒まんじゅうみたいなもので饅頭に「ひろみ」という刻印が押されていました。

その頃勤めていた会社の女子社員にひろみさんの大ファンと言う方がおられ、私は、営業でこのあたりを通るとその子に、このひろみ饅頭を買ってきたりしました。

あれから40年・・・・・・・・もうひろみ饅頭は無く、跡地には新しい家が建っていました。新しい方は、ひろみさんとは全く関係のない方でした。

  

  

鉄道記念公園です。

志免町には、1985(昭和60)年まで石炭輸送のために作られた鉄道がありました。香椎線の引き込み線と、勝田線です。

香椎線は、1909(明治42)年から開通した博多湾鉄道旅石線(後に博多湾鉄道汽船から西日本鉄道、日本国有鉄道へ変わった香椎線引き込み線・1984(昭和59)年12月31日廃線)のことです。

勝田線は、1919(大正8)年に開通した筑前参宮鉄道(後に西日本鉄道から日本国有鉄道へ変わった勝田線・1985(昭和60)年3月31日廃線)のことです。

石炭景気の需要による開通で、当時の一日乗客数は300名、石炭は750トンと、石炭輸送が主でした。現在、勝田線は緑道として公園整備され、志免駅は志免鉄道公園となり、レリーフが当時を偲ばせています。

  

  

   

  

現在志免町の人口は、約4万人。この勝田線を残し、宇美八幡宮から太宰府天満宮まで延伸してたら、もう少し需要があったのではないかと素人ながら考える次第です。

コースは、志免町役場付近から「岩崎神社」に向かいます。

岩崎神社には、福岡市出身の元総理「広田弘毅」の書による「興風会之碑」があります。広田弘毅が外務大臣時代(昭和8~12年)の書ですが、「興風会」というのは、調べましたがわかりませんでした。

  

 

  

岩崎神社の絵馬堂が今日JRウオーキングの為に特別に開放されています。

この中には、志免町指定文化財の「黒田二十四騎図」(安政3年(1856))が奉納されています。他には、下関の講和条約、西郷隆盛征韓論の「西海揚波起源図」などもありました。

    

岩崎神社から引返し、ゴールの須惠駅を目指します。7kmを1時間40分のウオーキングでした。

  

YAMAPの軌跡です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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城島の酒蔵開きウオーキング(福岡県久留米市)

2017-02-13 12:06:14 | JR九州ウオーキング

2/12(日)は、JR九州ウオーキングで福岡の酒どころ「城島」の酒蔵開きウオーキングに参加しました。

城島は兵庫の灘・京都の伏見・広島の西条とならぶ酒どころとして有名で、筑後川の豊かな水、美しい大粒の筑後米、芳香を放つ日田杉、愛情こまやかな三潴杜氏の技量、水運の便利さなどの利点に恵まれ、

古くから酒造りが盛んでした。現在も9つに蔵元が個性あふれるお酒を醸し続けています。

集合場所は、JR荒木駅。

  

受付番号は、210番。9:00荒木駅をスタート。背振の山々には、金曜日から降った雪がまだ残っています。

  

歩いていると、電車の線路を模した歩道があります。これは、西日本鉄道(西鉄)の旧大川線の跡です。

旧大川線は、1912年(大正元年)に開業し、乗客の他に主に旧三潴郡(城島含む)のお酒や、お米、い草などを運搬していましたが、1961年(昭和36年)廃止されました。

三潴小学校の所には、当時走っていた汽車(ポッポ汽車)が展示されています。

  

先ず、「萬年亀」へ。萬年亀は、明治25年(1892年)創業。

試飲をしたかったのですが、今日は、途中まで車で来ており、残念ながら雰囲気を味わうだけになりました。

 

池亀酒造   明治8年(1875)創業。

 

  

花の露   江戸中期延享2年(1745)創業。

  

  

ウオーキングは、花の露がゴールでしたが、その足でメイン会場の町民の森に行きました。

  

酒蔵祭りでは、チケット12枚綴りが600円で販売され、Aクラス(本醸造酒クラス)が1枚で1杯、Bクラス(純米酒クラス)が2枚で1杯、Cクラス(大吟醸酒クラス)が3枚で1杯というように

お酒の飲み比べが出来ます。

   

飲みたいのを我慢し、自分用のお土産に純米酒を買って帰りました。

   

2日間の来場者数は、11万人だそうです。

 

 

 

 

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海風を感じながら海の幸「福吉一粒牡蠣」を堪能ウオーキング

2017-01-30 18:30:07 | JR九州ウオーキング

1/28(土)は、久しぶりにJR九州ウオーキングに参加しました。

集合場所は、JR筑肥線大入(だいにゅう)駅。この駅は、隣の「福吉駅」の切符「大入⇔福吉」が縁起のいい切符ということで人気がありました。

それも交通系のカードの普及により両駅とも無人駅になり、この切符が見れなくなりました。

「大入(だいにゅう)」とは、ちょっと難解な地名ですが、多分このあたりが大きな入江になっていたから「大入」と名づけられてのではないでしょうか?(私の勝手な解釈ですので詳しいことはわかりません)

福吉は、昔から、福井地区と吉井地区があり、その頭文字をとって「福吉」と名づけられました。

 

大入駅から旧道を通ります。ここからは海岸線を歩きます。ちょっとコースを外して海岸に出ました。やはり入江になっています。

このあたりは、リゾートマンションもあります。

   

再びコースに戻ります。国道202号線を抜け、産直店「福ふくの里」へ。

ここは、毎年店の前の畑に「菜の花」を植えています。お店では、食用の菜の花が配られました。

  

福ふくの里から少し坂道を登り、大法寺、白山神社、妙現寺へ。

白山神社は、石川県の白山比咩神社を勧請したもの。祭神は、菊理姫命(くくりひめのみこと)。相殿には、伊弉諾尊、伊弉册尊が祀られています。

菊理姫命は、伊弉諾尊、伊弉册尊夫婦喧嘩の仲裁をしたことで知られており、「くくり」というのは、紐をくくるというように離れているものを結ぶ意味があります。

このことから白山は、縁結びの神様として御神徳を仰がれています。

  

妙現寺には、高さ5Mぐらいの大仏様があります。

  

このあたりが一番高い所。これから下りて行きます。まだ膝の具合が本調子ではないので下りには非常に気を使いゆっくりゆっくり下ります。

福吉海岸に着きました。朝日森神社の前には、「力石」の説明があります。文政年間、吉井浦と福井浦は、廻船問屋や海運業で賑わっていました。その時の若者が力試しに使った石が置いてます。

  

今日のウオーキングの目玉は、「福吉の焼き牡蠣」です。JRウオーキングセット1000円で牡蠣、サザエ、緋扇貝が入っています。

飲み物も1杯サービスですが、お昼からお酒はちょっと飲めませんのでソフトドリンクをお願いしました。

焼き牡蠣は、最高ですね。

  

食べ終わって歩き出すと木に何か白いものがあります。これは、潮が引くのを木に止まって待っているサギです。

  

 

しおさい公園に行くと「吉井浜思ひ出の歌」の歌碑があります。歌碑の由来は、「海のない佐賀平野のど真ん中にある旧佐賀高校(現佐賀大学)水泳部は昭和3・4・5年とインターハイで三連覇達成。

昭和9・10年インターハイ で連覇達成。全国高校水泳大会などで素晴らしい足跡を残した。その礎になったのが吉井浜です。大正12(1923)年、大法寺(二丈福井)を宿舎に、

この地で合宿を行っていた旧制佐賀高等学校(現佐賀大学)の水泳部員・吉原正俊さんが、吉井浜の美しさと福吉の人々の温かさ・優しさに感動して作詞、同じ水泳部員の山口正之さんが作曲したものです。

その歌はこちらです。

 https://youtu.be/bPS_rOzSYto

  

再びコースに戻ります。福吉の町は、旧唐津街道になっています。10年前、この唐津街道(若松~唐津)を歩いた時この道を通りました。

唐津街道は、202号線と交差する所を二丈カントリーの方になります。

  

喜八荘で折り返します。ここの海鮮丼も絶品です。

   

喜八荘を折り返しまむしの湯に向かいます。途中横断歩道に面白いものがありました。

   

お昼は、浜チャンポンの「海鮮チャンポン」を頂きました。店内は、ウオーカーで満員。20分ほど待って待望のチャンポンにありつけました。

そのあとも次々にウオーカーの方が入ってこられました。

  

12:25 ゴール。8KMでしたが、ゆっくりゆっくり歩きました。

ウオーキングのポイントが40ポイントになり景品と交換しました。リュックです。

  

 

 

 

  

 

 

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八代妙見祭りへ(熊本県八代市)

2016-11-25 19:39:47 | JR九州ウオーキング

11/23は熊本・八代で行われた「妙見祭りウオーク」に参加しました。

「妙見祭り」は、九州三大祭りの一つで、九州南部を代表する祭礼行事として、約380年も続くお祭りです。神事行列では、神輿や笠鉾、獅子、亀蛇、花奴、木馬、神馬、飾馬など40の出し物が

八代神社(妙見宮)へお上りします。一番の人気者は「ガメ」と呼ばれる亀蛇(きだ)で、全長3m、幅2.5m、全体の重さが100kg以上もあります。八代駅前、八代神社近くの砥崎河原などでは、

各団体による演舞が行われます。

この妙見祭りは、今年登録される予定のユネスコ無形文化遺産「山・鉾・屋台」33件の一つに入っています。

新八代駅では、妙見祭りの「亀蛇(がめ)」が展示されていました。

    

9:50 八代駅に到着。駅前会場では、神幸行列が始まっていました。

  

人が多く身動きできない状態でしたが、妙見祭りの八代神社(妙見宮)へ向かいました。

   

途中、妙見祭の山車「菊慈童」に遭遇。

  

妙見宮は、1730年(享保15年)に書かれた『妙見宮実紀』によれば、795年(延暦14年)、横岳頂上に上宮を創祀。1160年(永暦元年)、中宮を建立。1186年(文治2年)に、後鳥羽天皇の勅願で、

検校散位(けんぎょうさんみ)大江朝臣隆房により下宮が創建された。1870年(明治3年)までは妙見宮と呼ばれた。妙見神とは、北極星・北斗七星の象徴である。神道と仏教の両部の宮寺で、

広く崇敬を受け、八代、下益城、芦北三郡の一の宮として栄えた。1871年(明治4年)、神仏分離令により、天之御中主神、国常立尊を祭神とし、社名を八代神社と改められ、県社となった。(ウィキペディアより抜粋)

今日はお祭りでお祓いを受ける方の行列が長く続いています。

   

砥崎河原会場は、12:30から開演開始ですが、すでに見物客の方が座って待っています。開演までまだ時間があるのでウオーキングコースを歩きます。

  

宗覚寺は、西南戦争で薩軍の本陣があった場所です。宗覚寺の先には、後醍醐天皇皇子「懐良(かねなが)親王」の墓陵があります。宮内庁の管轄です。

  

  

妙見中宮跡

   

水無川 川の水がきれいで初夏にはホタルが飛び交うそうです。

  

11時半。砥崎河原に着きました。12時半からの開演にはまだ時間がありますが、今の所、席も空いていますので開演までここで座って待つことにします。

12時15分。開会の挨拶です。最初は、獅子舞です。

  

  

 獅子の動画 https://youtu.be/cz0E-xW7ZGU    

それから「花奴」、「木馬」と続きます。

  

  

鉄砲は、甲子園でも活躍した「秀岳館高校運動部」の生徒です。

  

  

山車は、妙見宮に行く途中に出会った「菊慈堂」です。

  

神馬(馬追い)は八代高校OBの方です。

  

馬追いの動画  https://youtu.be/we5pacS4PCI    

出し物は全部で40ぐらいあるそうです。メインの「亀蛇」は、最後の方。見たかったのですが、そろそろ帰らないとゴール受付時間に間に合いません。

砥崎河原からゴールの新八代駅までは約5km。

  

新八代駅の手前に「八代よかとこ物産館」があります。ここのレストランには「トマトラーメン」があります。どんな味か食べてみたくなりました。

スープの色からして濃いめの味かなと思いましたが、あっさりしていて、美味しいです。スープまで飲んで完食しました。

ゴールの新八代駅には15時丁度に到着。15:40の新幹線さくらで博多に戻りました。

  

 

 

 

 

 

 

 

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