よっちゃんのおててつないで

よっくんとカブの夫婦ウオーキングブログです。
2018年12月長崎出島~東京日本橋完歩。

瀬戸内しまなみ海道スリーデーマーチ1日目「来島海峡大橋10kmコース」(愛媛県今治市)

2022-10-04 17:01:36 | オールジャパンウオーキングカップ

9/30~10/2まで行われる「第20回瀬戸内しまなみ海道スリーデーマーチ」に参加しました。

コロナ感染防止のため3年ぶりの開催です。今回は、当日受付はなく全て事前申し込みです。また、開催1週間前から健康チェックシートの提出が必要となっています。

ですが、このチェックシートを含んだ参加登録書が中々着きません。問い合わせてみると9/14に発送したとのこと。台風の影響で遅れているかもしれないとの回答でした。

結局着いたのが出発3日前の9/26でした。(台風の影響で、こんなに日数がかかるだろうか?)

また、他に変わった点と言えば、スタート便・ゴール便のバスは事前予約制、申し込み後のコースの変更ができない点などです。

 

第1日目「来島海峡大橋10kmコース

会場は、今治城吹揚公園。10kmの受付は9時から。受付開始30分前に会場に来てみると、懐かしい方やFBの方とお会いすることができました。

受付開始まで今治城周辺を散策してみます。

 

今治城は、関ヶ原の戦いでの戦功により伊予半国20万石を領した藤堂高虎が、瀬戸内海に面した海岸に築いた大規模な平城です。別名吹揚城(ふきあげじょう)ともいいます。

慶長7年(1602)に築城を始め、建造物も含めて完成したのは同13年頃と推測されます。海水が引かれた広大な堀や、城内の港として国内最大級の船入を備えた日本屈指の海城でした。

寛永12年(1635)より松平(久松)氏の居城となりました。

明治維新後に建造物のほとんどが取り壊され、内堀と主郭部の石垣を残すのみとなりました。昭和28年(1953)に県指定史跡となり、昭和55年(1980)以降、主郭部跡に天守をはじめとする

櫓、門などの再建が進み、雄大な城郭の姿を見せています。(今治市文化振興課HPより)

  

9:15スタート。10kmコースは、今治城吹揚公園をスタートし、バスで来島海峡展望館に移動~来島海峡大橋~よしうみいきいき館~下田水港~(フェリー)~今治港~中央会場ゴールです。

最近は、暑さで10km以上のウォーキングをしてないので、2日目20km、3日目30kmを歩く予定にしていますのでその為の予行練習と思って10kmにしました。

 

バスで来島海峡展望台へ移動。

 

バスを降り来島海峡大橋に向け歩きだします。今日は天気も良く風もそんなに強くなく絶好のウォーキング日和です。ただ、9月後半だというのに暑いです。30度ぐらいあるのかな?

 

眼下には、造船所。今日は、ふくおかウォーキング協会のNさんと一緒に歩いています。(ご主人は、来島海峡20kmに参加されています)

 

橋の入口で先にスタートされた20k、30kの方と合流しました。

 

来島海峡大橋は、第一、第二、第三の3つの長大橋梁により構成された世界初の三連つり橋です。全長は、3つの橋を含め4,105mです。

 

 

 

歩き始めて約1時間で渡り終えました。

  

橋から下りると左折し、よしうみいきいき館へ向かいます。

  

よしうみいきいき館が10k、20k、30kのチェックポイントです。よしうみいきいき館といえば、「じゃこ天」です。早速買ってきました。

海峡大橋をみながら食べるとおいしさが倍増します。

 

よしうみいきいき館の所が、下田水港です。

 

下田水港から高速船で今治港へ戻ります。11:20発が行った後だったので次の11:40発に乗りました。

 

約20分で今治港へ到着。今治港からゴールの今治城吹揚公園まで歩きます。

 

  

今治城に戻ってきました。お堀を見てみると海の魚が泳いでいます。さくら門橋の所から今治城へ海水を引いているそうです。

また、堀の下部には湧水が湧いていて淡水魚もいるそうです。

 

 

12:15 ゴールしました。10kではなにか物足らなかった気がします。

時間があったので今治城横の吹揚神社に行ってきました。

吹揚神社は、廃藩にあたり、往古より今治市内に御鎮座をしていた“神明宮”、“蔵敷八幡宮”、“厳島神社”、“夷宮”の4社を、旧社地の故をもって今治城内に合祀社殿として造営。

明治5年11月19日に遷座し、今治城の旧城名から“吹揚神社”と称しました。明治15年には愛媛県の県社となり、昭和14年に総台湾檜で新築しましたが、昭和20年の空襲で全焼してしまいます。

その後、昭和33年に戦後復興を完了し、昭和47年には吹揚神社御鎮座100年祭を執り行うものの、城郭式神門、境内未社の新築改装後、昭和55年9月に放火にて再び本殿・拝殿が焼失。

直ちに奉賛会が結成され。多数の方々の御奉賛とご協力のもと、昭和58年3月竣工し、現在に至ります。

御祭神は、天照大神・八幡大神・事代主神(えびすさん)・大己貴大神(だいこくさん)・厳島大神・猿田彦大神・宇迦之御魂神(お稲荷さん)・菅原道真・藤堂高虎・久松定房です。

 

 

お昼がまだですので、折角だから今治国際ホテルのランチを食べようと国際ホテルに行ってきました。

ランチは、1400円でコーヒー付き、しかもJAFの会員証を見せれば10%引きです。お弁当箱のような容器に入っていてすごく上品なお味でした。

 

ホテルまでの帰りに見つけた巨大なスクリュー。 

 

今日のGPSです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


楽しいウォーク「森林セラピー(篠栗九大の森)」(福岡県粕屋郡篠栗町)

2022-09-29 09:10:16 | ふくおかウォーキング協会

9/28(水)ふくおかウォーキング協会楽しいウォークは、「森林セラピー(篠栗九大の森)」でした。

集合場所は、JR篠栗駅。参加者41名。

篠栗町は、四国と同じく八十八ヶ所霊場巡りがあります。この起原は、今から1200年前の平安時代、弘法大師空海(お大師様)は、真言密教を悟り、唐の国(中国)より日本へ戻った際に

若杉山(奥の院)を訪れ、加持修法によって人々を救済しました。若杉山は、古来より神仏の集う霊山と仰がれており、山岳信仰や真言密教の聖地として多くの高僧や修行者が訪れ、

お堂が立ち並び隆盛を極めてきたと伝えられています。時代は流れ、天保年間(1830〜1844年)、早良郡姪浜の僧侶慈忍(じにん)が、弘法大師を訪ねてこの地を訪れたのが篠栗霊場の起源と

言われています。

慈忍は、四国八十八ヵ所を巡拝したその帰りに篠栗村に立ち寄った尼僧でした。
四国八十八ヵ所の開祖たる弘法大師も訪れたと伝わるこの地で、村の人々の困窮を垣間見た慈忍はその救済を目的に、この地にとどまりました。そして、弘法大師の名において祈願を続け、

やがて村に安寧をもたらしたと伝わっています。
このことを弘法大師の利益(りやく)であるとした慈忍は、村の者達に四国のそれを模した八十八ヵ所の霊場の造成を提案しました。そして、呼応した村人達の手によって徐々に石仏がつくられはじめましたが、慈忍は志半ばで没してしまいます。慈忍の志は、篠栗村田ノ浦に住む藤木藤助(ふじきとうすけ)に受け継がれます。

弘法大師信仰の厚い藤木藤助は、嘉永三年(1850年)に村の有志と相談し、浄財を集め仏像を彫ります。そして、安政二年(1855年)、5人の同行と共に本四国霊場を巡拝し、

その際に持ち帰った砂を村内の八十八ヵ所の聖地に納めました。それが今にある、篠栗四国八十八ヵ所霊場の始まりと伝えられています。(篠栗町観光協会より引用)

また、篠栗町の地名の由来は、定かではありませんが、調べてみると、地形に由来するものというのがあり、ササクルという言葉から転じたもの、これは、小さく裂けた地形を表したもので

ここから ササグリに転じたそうです。

今日のコースは、篠栗駅スタート~田中児童公園~和田八幡宮~篠栗九大の森(南口)~(北口)~JR門松駅ゴールの約10km。

9:30スタート。

 

 

田んぼでは、もう稲刈りを終えているところがあります。稲架掛け(はさかけ)は、一般にお米の旨み、甘みが増すといわれています。

  

和田八幡宮

  

和田八幡宮の祭神は、応神天皇、神功皇后、武内宿祢。

境内の由緒を見ると

此清浄なる聖地は,古代宗廟の鎮座し給う旧社跡なり,そもそも和田八幡宮の縁起をたずぬるに,草創は極めて遠く,古記により往昔天平十七年の頃(西暦745年)和田村民の発祥にはじまり

氏神として熱く奉斎せしも天正14年8月(1586年)時の関白秀吉九州一統の砌り薩摩勢乱入し,神社仏閣を焼き乱暴至らさる所なり。
其際当社も兵火に罹り其の後社殿復興礼典を奉事せり,(慶安年間(1648年)貞享五年(1688年)当時実証の神器あり)
寛延三年(1750年)庚午歳黒田藩主六代目松平筑前守少将継髙公此社地に社殿を造営せられ武運長久第祈祷の礼典を厳修尊崇ありしもしばしば霊験有り。
皇国政体維新の砌り規則改正に依り明治五年十一月三日村社に定められ愈(異体字)々厚く本村の産土神と崇敬し奉らんと,乞希くは神の明比誠志を照覧あれ,国家安泰と和田村民の降伏を

無窮に護らせ給えと (境内由緒碑)

 

「刻線の石」というのがあります。説明版を見ると、

◎太陽を神と仰ぎ生活していた時代の暦か方位を表す地図とも思われます。

◎日本では、沖縄と島根、本県(福岡県)では、貴布弥神社跡(古賀市)に同じような石があります。

◎古代文化を知るうえで非常に珍しい貴重な石です。大切に保存致しましょう。

この石で暦を知り農業に役立てていたのですね。

 

「篠栗九大の森」

九州大学の敷地(九州大学福岡演習林)の西端にあり、篠栗町と九大が共同で整備、管理を行っています。約17haの森には、約50種の常緑広葉樹と約40種の落葉広葉樹が生育し

中心にある蒲田池の周り約2kmの遊歩道には、町の森林の伐採材を使用した四阿(あずまや)やベンチが所々にあり、自然を感じながら休憩することができます。

九大の森が有名になったのは、水に浸かった状態の針葉樹が見れることからです。それは、ジブリの世界観見たいです。

 

 

 

 

ザリガニがいました。私たちを見ると何か威嚇しているみたいです。

 

蒲田池が満水状態ですと(下記中の写真)ラクウショウの木の所迄、水があふれてきます。その時が一番のビュースポットです。田植え前がいいのでは?

  

北口に出てきました。ここからゴールの門松駅に向かいます。

 

11:40 門松駅にゴールしました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


楽しいウォーク「城南区溜池巡り」(福岡市城南区)

2022-09-26 15:10:26 | ふくおかウォーキング協会

9/21(水)ふくおかウォーキング協会楽しいウォークは、「城南区溜池巡り」でした。

福岡市南区と城南区には、溜池が多く、2020年7月には「南区ため池巡りウォーク(福岡市南区) - よっちゃんのおててつないで (goo.ne.jp)」のウォーキングも行いました。

溜池(堤ともいう)とは、降水量が少なく流域に大きな河川に恵まれない地域などで農業用水を確保するために水を貯え、取水できるよう人工的に造成された池のことです。

溜池は、全国に15万4千か所存在し、特に西日本に多く分布しています。都道府県で一番多いのは、兵庫県。

ここ、城南区も昔は、水田地帯でしたが、近年住宅地として生まれ変わり、農業用水向けの溜池が公園化する傾向にあります。

 

今日のウォーキングは、集合場所は、地下鉄七隈線「金山駅」。参加者35名。

コースは、金山駅スタート~堤ヶ浦池~大牟田池~鬼面池~永浦池~鳥飼池~松山中央公園~西の浦池~地下鉄福大前駅ゴールの約10km。

 

  

堤ヶ浦池から住宅地を通り鬼面池に向かいます。城南区には、池めぐりウォーキングコースがあります。福岡市 城南区トップページ (fukuoka.lg.jp)

 

鬼面池は、鬼の面の形をしているからそう呼ばれたのでしょうか?案内板を見ると、かつては田島の田畑を潤していた溜池を洪水調整池として、また緑豊かな公園として地域の皆さんに

開放したと書いてあります。

 

  

永浦池 湖面に布袋葵の花が咲いていました。

 

保育園の前を通ります。園児を見ると何か「孫」みたいでついつい微笑みます。

マックスバリュで休憩。

 

休憩後再スタート。樋井川沿いに歩きます。このあたり地名が「神松寺(しんしょうじ)」です。その地名の由来は、「老松神社の由緒」に書かれています。

それによると「平安時代菅原道真が左遷され、京都から大宰府に赴く途中、この地に立ち寄られたと伝えられる。鎮座年代は不詳である。現在は薬師堂を残すのみとなっているが、醫徳山神松寺が

博多承天寺の開祖聖一国師の五代の法孫南谷聖夾和尚によって永享年中(1429~1440)に開基され、神松寺の寺号は、天神の「神」と老松の「松」に由来するといわれている。従って老松神社の

創立はそれより更に古代に遡る。地名も神松寺と称することとなった」

お寺はありませんが、地名として神松寺が残っています。

 

記憶が定かではありませんが、このあたりに日ハム新庄監督のお父さんが経営されていたバッティングセンターがあったと思いますが、探してもありません。

 

鳥飼池

 

ここの神学校は、正式名を「日本カトリック神学院」というそうです。

 

鳥飼池から西の堤池に向かいます。

 

 

 

西の堤池からゴールの地下鉄福岡大学前に向かいます。私が在学中よく通っていた「すずらん食堂」。まだありました。

福大前バス停で仮ゴール。バス利用者は、ここからバスで帰ります。

 

久しぶりに母校の近くを歩きました。在学時代と比べ近代的な建物になっています。

   

医学部本館は、只今工事中。

 

11:50 地下鉄福大前にゴールしました。

 

 


千早~箱崎宮放生会~博多駅(福岡市東区~博多区)

2022-09-19 06:48:43 | JR九州ウオーキング

9/17(土)今日からJR九州ウォーキング秋編のスタートです。

この日は、JR千早駅~箱崎駅、箱崎駅~博多駅の2つのコースを歩きました。

 

9:00千早駅をスタート。

 

 

貝塚公園に到着。貝塚公園は、昭和37年(1962)まで、福岡競輪場がありました。その跡地にできた公園です。

園内には、プロペラ飛行機、SL、ブルートレインなどが展示されています。ブログ友の東京・Bさんが子供の頃初めて乗った飛行機が貝塚公園に展示されていると聞き、そのプロペラ機を

見てきました。この飛行機50年前から展示されていたそうで機体は塗装も剥げ、危ないので近寄れないよう柵が付けられています。

このプロペラ機は、デハビランド ヘロンDH114型で富士航空(のちの日本国内航空)が所有していて、14人乗りです。貝塚公園には、昭和43年(1968)から展示されています。

  

貝塚公園付近は、九州大学跡地で現在開発が進められています。10年後どんな形になっているか、楽しみです。

 

東区役所から左折して「筥崎宮」へ。

筥崎宮では、「放生会(ほうじょうや)」が行われています。「放生会」というのは、あらゆる生き物の霊を慰め感謝の気持ちを捧げるとともに商売繁盛、家内安全を祈る筥崎宮1100年以上

続く神事を起源にもち、春の博多どんたく、夏の博多祇園山笠と並ぶ博多三大祭りに数えられています。9/12~18日までの七日七夜にわたり、様々な神事や数多くの神賑わい行事が執り行われます。

過去2年は、コロナの為、神事のみの開催でしたが、今年は3年ぶりの通常開催です。

地元では、「梨も柿も放生会」という言葉があります。放生会になると、秋の味覚の梨も柿もおいしくなるという意味です。

  

お化け屋敷なんか興味がありますが、怖くて入れません。(笑)

  

「新生姜」、昔は、筥崎宮近隣に生姜畑が広がっていたことから、筥崎宮を参拝した際には、新生姜をお土産に持ち帰った名残で、放生会では、葉のついたままの新生姜を販売しています。

 

 

このあと、最初のゴール地箱崎駅へ。箱崎駅から吉塚駅に向けて歩きます。

 

筥崎宮の前の道路は、旧唐津街道です。「従是東表粕屋郡」という道標があります。

ここは、箱崎と馬出(まいだし)との境界です。昔は、馬出は、那珂郡、箱崎は、粕屋郡でした。

  

東公園に入ります。

 

  

福岡県庁横を通り吉塚駅へ。吉塚駅から電車で博多駅へ。博多駅でゴールのスタンプをいただきました。

 

 

 

 


楽しいウォーク「宗像・自由が丘散策」(福岡県宗像市)

2022-09-16 14:21:43 | ふくおかウォーキング協会

9/14(水)ふくおかウォーキング協会楽しいウォークは、「宗像・自由が丘散策」でした。

集合場所は、JR赤間駅。この日は、トラック協会の「海の中道ウォーキング下見」と重なり協会員何人かがそちらの方に行きましたので参加者は29名。

宗像市は、北九州市と福岡市の間に位置し、両都市のベットタウンとして発展し続けています。

特に、「自由が丘」は、昭和38年(1963)頃から丘陵地を切り開き「森林都市」の名でニュータウン開発が進みました。

自由が丘(森林都市)は、名前の通り団地すぐそばに森林が残り、森の中に遊歩道を作って団地のオアシスにしようと、住民有志が地権者に相談し、2009年から整備を始め、翌2010年に

完成しました。今回のウォーキングは、その自由が丘の遊歩道散策です。

 

コースは、赤間駅をスタートし、自由が丘中央公園~自由の森遊歩道~自由が丘11号公園~3号線徳重交差点~釣川桜公園~JR赤間駅ゴールの約11kmです。

今日も朝から気温がうなぎ上りで暑いです。予報では、33~35度になりそうです。

9:30ウォーキング開始。

  

最初の休憩がスーパーサニー。サニーの横にあるパナソニックのお店には、懐かしい「ナショナル坊や」がいました。

もう60年ぐらい前かな、♪明るいナショナル、明るいナショナル・・・・♪の歌と一緒にCMが流れていました。

このナショナル坊や、パナソニック創業100周年記念で作られたそうです。

  

休憩後再スタート。

自由が丘中央公園は、白水池があり、約700mの散歩コースがあります。

 

 

中央公園の所で車道ルートと遊歩道ルートに分かれます。遊歩道ルートは、坂道で健脚者コース、坂道が苦手な人は車道コースへ。

私は、遊歩道コースにします。

  

 

 

 

この遊歩道は、宗像市民の散歩コースになっているのでしょうか、何人かの人とすれ違いました。

歩いているとオルレコースを思い出します。

  

展望台に着きました。

 

 

約30分で遊歩道を下りてきました。車道ルートと自由が丘11号公園で合流しました。

 

  

ここからは、県道75号線沿いに歩きます。

名残伊豆丸遺跡は、6世紀後半から7世紀初頭のものです。中には不動明王の像があるそうです。

また、名残には、「名残城」という山城があったそうです。

 

コースは、釣川沿いに歩きます。

 

田久桜公園で休憩。

  

ここからゴールまで約2km。

12:00 JR赤間駅にゴールしました。

 

 

 

 


サタデーウォーク「三瀦町・クリークの郷を歩く」(福岡県久留米市~三瀦郡大木町)

2022-09-13 13:13:54 | ふくおかウォーキング協会

9/10(土)のふくおかウォーキング協会サタデーウォークは、「三瀦町・クリークの郷を歩く」でした。

集合場所は、西鉄大善寺駅、参加者29名。

久留米で間違えやすい地名が、善道寺町と大善寺町。善道寺町には、浄土宗大本山「善導寺」があり、JR久大線の駅名も善導寺です。

大善寺は、西鉄天神大牟田線の駅で特急も停車します。ですが、大善寺というお寺が見つかりません。調べてみると、大善寺の玉垂宮は、長い間寺院と神社が一体的に祀られた典型的な

神仏習合の神社でしたが、明治2年(1869年)廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)により、大善寺は廃止され、玉垂宮のみ残り、現在に至っています。

大善寺というのは、玉垂宮のことだったのですね。

大善寺駅前には、鬼夜(おにや)で松明を掲げる人のモニュメントがあります。

鬼夜とは、毎年1月7日の夜に大善寺玉垂宮で行われる追儺の祭事で、大6本が松明6本が境内を巡る火祭りである。1994年重要無形民俗文化財に指定。日本三大火祭りとされることも。

勅命を受けた玉垂命(藤大臣)が肥前国水上の桜桃沈輪(ゆすらちんりん)を368年仁徳天皇56年)1月7日の夜、松明をかざして討ち取りその首を焼き払った故事が祭りの起源とされる。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

今日歩く「三瀦(みずま)町」は、現在久留米市に合併していますが、合併する前は、三瀦郡三瀦町でした。旧三瀦郡(特に三瀦郡大木町)は、かつてから日本屈指のクリーク地帯で、

町の総面積の約14%を掘(クリーク)が占めています。町全域に縦横無尽に張り巡らされており、その歴史は荘園時代にまで遡るほどです。堀は用水のためだけではなく、

かつて湿地だったこの地に、生活や農業用地を確保するために土を掘り上げて作られた、先人による農耕文化です。

このコース本来は、今年2月のコースでしたが、コロナで中止の為、9月のサタデーウォークに組み入れられました。下見も昨年12月3日に終わっていたのですが、忘れていたところが

ありましたので、今年7月20日に個人でもう一回下見をしました。(写真は、下見に行った時の写真も掲載しています)

  

9:30ウォーキング開始。コースは、大善寺駅スタート~水沼の里~玉満玉垂宮~クリーク親水公園~高良玉垂宮~石丸山クリーク公園~西鉄大溝駅ゴールの約10km。

 

コンビニから田園地帯に入ります。

 

県道84号線。ここは、道路幅が狭く、おまけに歩道がありませんので一列歩行します。

 

西鉄の踏切手前から左折します。

  

三瀦体育館の手前を左折します。しばらく行くと、「水沼の里2000年記念の森公園」があります。ここで休憩。

 

「水沼の里2000年記念の森公園」は、もともと某大学の建設用地でしたが、大学は建設されず、町(当時の三瀦町)が買い上げ、おりしも20世紀末でしたので、水沼の里2000年記念の

森公園として整備しました。「豊かな樹林地の形成、ゆとりの空間の提供、ふれあいの場の形成、こどものあそび空間の提供」を目的として、平成13年に完成した公園です。
公園の敷地面積は、およそ62,000平方メートルあり、公園内は、四季を通して楽しめる62種類の樹木(約1,500本)と43種類の地被類等を植栽しています。
公園のメインスペースでもある「大芝生広場」は、敷地面積がおよそ14,000平方メートルあり、毎年11月に開催される「みづま祭」をはじめ、多くのイベントに利用されています。
また、「ふれあい広場」には、遊具が充実しており、夏場は水遊びができる噴水(ジャブジャブ池)が上がるので、特に小さいお子様連れのご家族には大変人気の公園です。

 

休憩後再スタート。徳泉寺、玉満玉垂宮を通っていきます。

  

生岩入口の信号の所には、「大犬塚六地蔵」があります。室町時代中期の作だそうです。

 

生岩から生津に向かい、途中天神橋から右折します。(本来のコースは、生津から県道706号線に向かうルート)

ここには、クリーク親水公園があります。

 

 

 

福光交差点から左折。十間橋から右折し山の井川沿いに歩きます。

 

 

大福橋を渡りしばらく歩くと久留米絣の「松枝玉記」の実家があります。

久留米絣を家業とする松枝家は、福岡県三潴(みづま)郡大木町で1870年(明治3年)頃、松枝光次という人が初代として絣を作り始めました。

その後二代目の栄、三代目の玉記、玉記の孫の哲哉、その息子の崇弘、というように現在まで久留米絣は作られ続けています。

三代目の松枝玉記(1905~1989)は、旧制八女中学卒業後、家業の絣織りを始めました。

黒に近い濃紺地に、伝統的な幾何学模様が中心だった久留米絣にやわらかい色を取り入れたり、精巧な絵絣を創出しました。

庶民の日常着だった久留米絣を、芸術の域にまで高めた人です。1957年に重要無形文化財技術保持者となり、1959年には、技術保持者の代表者となりました。

 

高良玉垂命神社で休憩。高良玉垂命神社の鳥居は「明神鳥居」で天明9年(1789)に建立されたそうです。

 

高良玉垂命神社からゴールまでは約2kmです。今日は暑いので皆さんちょっとバテ気味です。

石丸山公園入口信号から西鉄の踏切を越え「クリークの里石丸山公園」に入ります。

大木町はクリークで知られる(平安時代にはクリークが現在の町面積の約15%を占めていた)地域であることから、その農耕文化の遺産を後世に伝えるために整備された公園です

広場には滑り台やブランコなどの遊具などが設置されているほか、クリークを住みかとする動植物を保護すべく、自然観察園として利用されています。

敷地内にはクリーク資料館もあり、かつて使用された農具などを展示しています。

  

 

11:40 ゴールの西鉄大溝駅に到着しました。

 

 

 

 

 


楽しいウォーク「那珂川河畔~ららぽーと福岡へ」(福岡市中央区~福岡市博多区)

2022-09-09 18:44:46 | ふくおかウォーキング協会

9/7(水)ふくおかウォーキング協会楽しいウォークは、「那珂川河畔~ららぽーと福岡へ」でした。

この日の目玉は、今年(2022年)4月25日にオープンした「ららぽーと福岡」です。ららぽーとの入口には、24,8mもある巨大な「ガンダム像」があります。

このガンダム像、時報に合わせて動きます。また、夜には、映像を交えてのショーが開催されます。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

集合場所は、警固公園。参加者43名。

コースは、警固公園スタート~警固~薬院~宇賀神社(高宮公民館)~県知事公舎~清川ロータリー~那珂川河畔~竹下駅~ららぽーと福岡ガンダム像ゴールの約10kmです。

9:30 警固公園をスタート。国体道路から警固交差点を左折、薬院方面に向かいます。

   

 

 

最初のトイレ休憩は、宇賀神社がある高宮公民館。

宇賀神社は、黒田稲荷とも呼ばれ、稲荷は五穀豊穣を司る神で、祭神は倉稲魂命(うかのみたまのみこと)、約300年前、享保の大飢饉で大勢の人が亡くなりました。黒田の殿様が「風雨順時」

「五穀豊穣」を祈って、ここ一本木の森に稲荷神社を造りました。やがて庶民や商工業者に福禄の神として信仰が広まって、一般の参拝に来るようになりました。大きな提灯には、

黒田家の家紋が描かれています。

  

  

休憩後再スタート。県警本部長公舎、県知事公舎を通り、日赤通りへ。

  

日赤通り高砂から右折し、清川へ向かいます。今は、清川という地名になっていますが、明治末期には、「新柳町」と呼ばれていました。江戸時代からの「柳町」は、博多区下呉服町あたりに

ありましたが、1909年(明治42)九州大学医学部設置が決定し、柳町の遊郭は、新柳町としてこの地に移転しました。

博多の民謡「博多子守歌」にもこの柳町が出てきます。(513) 博多子守唄 福岡県民謡 - YouTube

博多子守歌は、私がまだ20代の頃は、コンパなどでよく歌っていました。現在、博多の若い人はこの歌をしらないでしょうね。あと、正調博多節、博多ワルツなどもありますが・・・・

その清川に、「清川ロータリー」があります。昔は、ロータリーの真ん中に馬車の馬の飲み水として「井戸」があったそうです。その井戸に死亡した遊女や病気で働けなくなった遊女が

投げ込まれたといううわさがあり、ロータリーを撤去するにも、たたりを恐れ、現在の形になったそうです。

  

清川から百年橋を通り那珂川河畔へ。

 

  

那珂川河畔からJR竹下駅に入ります。ららぽーとのJRの最寄り駅が竹下駅です。

 

 

11:30 ららぽーと福岡へゴール! ガンダムが迎えてくれました。

ららぽーと福岡は、福岡市青果市場跡地に今年4月に完成した施設で「遊んで・体験して・食べて・くつろげる施設」がキャッチフレーズです。

子供たちに仕事体験できる「キッザニア福岡」も施設の中にあります。

  

 

12時の時報と共にガンダムが動き出しました。

 

 

 


9月例会「天道から新飯塚へ」(福岡県飯塚市)

2022-09-05 17:43:25 | ふくおかウォーキング協会

9/3(土)ふくおかウォーキング協会9月例会は、「天道(てんとう)から新飯塚へ」でした。

今日は、朝から怪しい雲があり、いつ雨が降るかわからない状態です。集合場所は、JR天道(てんとう)駅。参加者33名。

天道」という地名が珍しいので調べてみました。

「天道」は、旧嘉穂郡穂波町天道、遠賀川の支流穂波川沿いに位置し、江戸時代は、旧長崎街道飯塚宿と内野宿の間の宿で川舟の水運基地、商業地として栄えた。

天道駅前の県道473号線は、旧長崎街道でした。

天道駅から少し離れた所に「天道(てんとう)宮」があります。御祭神は、大日靈貴命(おおひるめむちのみこと)=天照大神とあり、素盞嗚命(すさののおのみこと)、菅原道真公が合祀

(ごうし)されています。由緒によると、朱雀天皇の承平・天慶の御代平将門・藤原純友の反乱(承平・天慶の乱)の際、源満仲勅命を受けて、先ず将門を東国にて討ち、のちに純友を現在の

大将陣に対陣し決戦を挑む。満仲勅命を奉じ朝敵を討ち祖神の加護を信じ戦うべしと部下に命じて大将陣の麓に祭る天照大神に祈願し、全軍玉串を襟に挿して戦い撃滅するを得たりと言えけり、

即ちこの頃天道神社ありしもと考えられる。今より約千年以前のことなり。

この天道宮から、「天道」という地名が生まれたと思われます。※京都にも同じ「天道神社」があります。関連性は不明です。

 

 

コースは、天道駅から大将陣公園~鶴三緒~遠賀川河畔~JR新飯塚駅ゴールの約10kmです。

然し、今日はいつ雨が降るかもわからないので大将陣公園は、パスすることにしました。

9:40 コンビニをスタート。

 

天道地区は、ホルモン料理のお店屋さんが多くみられます。

  

行けなかった「大将陣公園」(下見したときの写真を使っています)

 

大将陣山は天慶4年(941)源満仲が藤原純友の反乱討伐の勅命を受け、当山に陣を置き天道の加護により亡ぼそうと西麓に日天子を勧請し祈ったので、大将陣山と称したと伝えられています。
園内にはおよそ2,500本のソメイヨシノが植えられており、毎年桜まつりが開催され多くの花見客で賑わいます。
山頂には大将陣スタードーム(天文台)があり、第2、第4土曜日に観望会を行っています。(飯塚市観光ポータルより)

 

コースは、平恒地区へ。

 

平恒は、もう廃止になりましたが、上山田線(飯塚~田川川崎間)がありました。平恒駅があった所です。

 

南尾交差点から入ると「大起(おおだち)関記念碑」があります。当地出身で身長194cm、体重187kgと当時としては大型の力士で昭和30年(1955)には、東小結まで昇進しました。

  

大起関記念碑の横には、「皇大神宮」があります。ご祭神は、大日靈貴命(おおひるめむちのみこと)(天照大神)です。

当初は山上の最も高い所(元宮)にありましたが、老人・子供達の参詣に不便なため、江戸後期に伊勢谷76番地に移転しました。然し、その後住友忠隈炭鉱の発展拡張により、伊勢谷76番地の

境内地をボタ山用地として供することになり、大正10年(1921)3月現在地に移転しました。

 

 

忠隈地区に入ると雨が降ってきました。参加者の皆さん一斉に傘をさして歩きます。

忠隈は、筑豊本線貨物支線の駅がありました。また住友忠隈炭鉱があった所です。

忠隈炭鉱は、明治18年10月から麻生太吉が経営に着手していたが、明治24年と翌25年に続いた大水害により甚大な損害を受けたうえに、大断層に突き当たって出炭不能となり資金も底をついて

苦境に立たされた。それを明治27年4月、住友が麻生太吉から買い上げ再開発した。それから70有余年、住友忠隈炭鉱は昭和36年9月30日閉山。その住友忠隈炭鉱を継承した第二会社の

忠隈炭鉱株式会社も、昭和40年8月20日鉱業権を放棄。こうして忠隈炭鉱は完全に閉山した。

 

 

 

忠隈炭鉱のボタ山は、筑豊富士と呼ばれています。この日は、雨で視界が悪いので見ませんでしたが、昔の写真ですが、下記のような山です。

飯塚消防本部、筑豊自動車試験場を経て鶴三緒橋のコンビニで休憩。

  

休憩後再スタート。

 

 

雨が本降りになってきました。

 

11:23 新飯塚駅にゴール。今日のコースは、ショートカットしたため約7kmのウォーキングでした。

 

 

 

 


楽しいウォーク「西区の海岸とグルメスポットを巡る」(福岡市西区)

2022-09-01 13:15:36 | ふくおかウォーキング協会

8/31(水)ふくおかウォーキング協会楽しいウォークは、「西区の海岸とグルメスポットを巡る」でした。

西区今宿から糸島半島を周遊する県道54号線は、二見ヶ浦を始め絶景のロケーションを誇り全国からの観光客が訪れています。

また、海沿いには、カフェやレストランなどが立ち並び観光客からの人気を得ています。

今回は、西区北崎にある「ざうお本店」から西区今宿までビューポイントを楽しみながらのウォーキングコースです。

 

集合場所は、JR九大学研都市駅。ここからバスでスタート地のざうお本店前まで移動します。参加者33名。今回も私がリーダー。

  

約20分で「ざうお本店前」に着きました。バスは、私たち団体のほかに二見ヶ浦に向かう若い女性たちのグループも乗っており、満員状態でした。

ざうお本店前からウォーキングスタート。

天気が良ければざうお本店からのビーチは、正面に志賀島が見え絶景のロケーションなんですが、今日はいつ雨が降るかもわからない天気で遠くが霞んでいます。

ざうお本店のHPは、こちら ↓↓

福岡・糸島でのお食事や宴会は「活魚茶屋ざうお本店」 (zauo.com)

  

ざうお本店の横には、海釣り公園です。

11月から3月までは、海釣り公園横で「カキ小屋」がオープンします。HPは、こちら ↓↓

唐泊恵比須かき小屋(通称:カキ小屋) |唐泊WEB (karatomari.jp)

 

 

糸島半島の少し出ている部分が「津舟崎」と呼ばれている所です。

津舟崎には、「白山(しらやま)神社」があります。

正保3年(1646年)現氏子区の大原地区が開拓された時、柑子岳の臼杵氏の慶城址の権現社と称するのを下寄りに移し、伊弉那美命を氏神として祀ったことにはじまります。
天保4年(1833年)2月、中腹の城山の東に移し、更に明治17年11月、風光明眉な字津舟に移しました。
祭神 伊邪那美尊・素戔男尊・稲田姫命・市杵島姫命

 

ここは、日の出のスポットとしても有名です。右側の写真は、今年元旦の初日の出です。

 

ここには、サンフラワー、魚庄というグルメスポットがあります。

HPは、こちら ↓↓

【糸島のカフェ】sunflower(サンフラワー) | Fukuu (fukuumedia.com)

魚庄 大原店 - 魚介 居酒屋 海鮮丼 (gorp.jp)

 

先に進みます。左側には、今年7月にオープンした、台湾カフェ「ムーンムーンムーンカフェ」です。

HPは、こちら ↓↓

ムーンムーンムーンカフェ|トップページ (3moon-cafe.jp)

 

その先が「糸島食堂」です。11時開店ですが、もう20数人の行列ができています。休みの時は、この行列が100人近くなるそうです。

HPは、こちら ↓↓

海が見えるレストラン 糸島食堂 - 食堂 (gorp.jp)

  

糸島食堂の横には、新しくホテルが建設中です。新しいレストランもできるのか楽しみです。

大原海水浴場を過ぎたところに今年3月にオープンした博多明太子木藤商店の「海のはなれ」があります。

敷地内には、「OVAL」といってタイ料理やベトナム料理のお店もあります。

HPは、こちら ↓↓

木藤商店■辛子明太子Webショップ(福岡博多の辛子明太子・いわし明太子製造販売-通販お取り寄せ可) / 海のはなれ (kifuji.com)

 

今津運動公園で休憩。

今日は、晴れてはいないですが、湿度が高く蒸し暑いです。会員の方には少々バテ気味の方もおられます。

ここからゴールまでは約4,5kmです。体調のすぐれない方は、バス停も近くにありますのでバスで帰ってもらうようにしました。

 

バスで帰られる方を見送り再スタート。

 

瑞梅寺(ずいばいじ)川河口は、日の出と可也山に沈む夕日のスポットです。

写真左は、日の出、右は、可也山に沈む夕日です。

 

 

 

12:30 JR今宿駅にゴールしました。今日も暑かった・・・・

 

 

 


サタデーウォーク「赤坂散策と福岡城址散策」(福岡市中央区)

2022-08-30 11:14:52 | ふくおかウォーキング協会

8/27(土)ふくおかウォーキング協会サタデーウォークは「赤坂散策と福岡城址散策」でした。

本来は、今年の2月に「福岡城址の梅園散策」で組み入れられていましたが、コロナ禍で中止になりましたので、このコースお蔵入りかな?と思ってましたが、8月のサタデーウォークに

組み入れられました。8月だったら梅の花は咲いていませんが、福岡城址は四季を問わず楽しめます。

ウォーキング協会の下見は、昨年12月に終わりましたが、今月9日、個人でもう一回下見をしました。集合場所は、警固公園、参加者35名。

今回は、私がリーダーです。9:30ウォーキング開始。

  

コースは、警固公園スタートし、赤坂緑地~桜ヶ峯神社~護国神社~鴻臚館~福岡城址~平和台競技場~大濠公園能楽堂ゴールの約10km。

 

警固公園から国体道路に入ります。歩道の所に何やら看板が・・・・・PCR検査場です。

  

警固交差点から護国神社までの約800mの区間は、「ケヤキ通り」と呼ばれています。ケヤキの木が約100本植えられています。

 

ケヤキ通り「赤坂2丁目」信号より左折すると、高校女子駅伝の名門校「筑紫女学園中・高校」(通称筑女)です。

 

筑女から右折して「赤坂緑地公園」に向かいます。ここは、古い邸宅跡地を地域の公園として福岡市が解放しました。

 

赤坂緑地から下りてきます。

 

桜ヶ峯神社

 

このあたりは、「桜坂」です。桜坂の地名は、この桜ヶ峯神社から由来しています。

桜坂の前の名は、「練塀町(ねりべいちょう)」と呼ばれていました。黒田長政が築いたといわれる土塀から由来しています。西鉄市内電車(廃止されています)の電停にもこの地名がありました。

また、桜坂から薬院方面に行った動物園入口あたりには、「古小烏(ふるこがらす)」という地名もありました。これは、江戸時代に一度警固神社と合祀されてしまいましたが後に分離され現在の位置に戻りましたので古小烏と呼ばれていました。

 

桜坂には、チーズケーキやパンの有名店があります。

 

六本松交差点から護国神社に向かいます。護国神社で休憩。

  

休憩後再スタート。ケヤキ通りから中央市民センターに向かいます。

中央体育館は、コロナ予防の接種会場になっています。

  

体育館の横から舞鶴公園に入ります。

 

 

このコース本来は、2月に組み入れられていましたが、コロナ禍で中止になり今月のサタデーウォークに再度組み込まれました。

2月ですと、福岡城址梅園の梅の花が綺麗なんですが、今は、葉っぱだけです。

 

舞鶴公園から大濠公園に向かいます。

名島門は、先週歩いた「名島城」で使っていた門です。何人かの過程を経てこの地に移設されました。

 

 

 

11:44大濠公園能楽堂にゴールしました。