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よっちゃんのおててつないで

よっくんとカブの夫婦ウオーキングブログです。
2018年12月長崎出島~東京日本橋完歩。

楽しいウォーク「福間海岸散策と宮地嶽神社の菖蒲園を巡る」(福岡県福津市)

2025-06-15 06:37:52 | ふくおかウォーキング協会

6/11(水)ふくおかウォーキング協会楽しいウォークは、「福間海岸散策と宮地嶽神社の菖蒲園を巡る」でした。

先週土曜日は、久留米石橋文化センターの花菖蒲鑑賞でした。今回は、宮地嶽神社の菖蒲園鑑賞ウォークです。

花菖蒲についてまとめてみました。

花菖蒲は、比較的水はけのよい場所を好む(ただし開花期には特に水分が必要である)6月ごろに花を咲かせる。花の色は、白、桃、紫、青、黄など多数あり、絞りや覆輪などとの組み合わせを

含めると5,000種類あるといわれている。花弁の付け根は黄色である(アヤメは網目模様、カキツバタは白い一筋の線)。葉幅はアヤメ(葉幅が狭い)とカキツバタ(葉幅が広い)の中間ぐらいと

される。系統を大別すると、品種数が豊富な江戸系、室内鑑賞向きに発展してきた伊勢系肥後系、原種の特徴を強く残す長井古種の4系統に分類でき、古典園芸植物でもある。

第二次世界大戦後は系統間の交配も進んでいる。他にも海外、特にアメリカでも育種が進んでいる外国系、キショウブとの交配によるキハナショウブ(アイシャドウアイリス)

原種ノハナショウブの自然変異タイプがある。(wikipediaより)

江戸系

江戸ではハナショウブの栽培が盛んで、江戸中期頃に初のハナショウブ園が葛飾堀切に開かれ、浮世絵にも描かれた名所となりました。旗本松平定朝(菖翁)が、60年間にわたり

300近い品種を作出し、名著「花菖培養録」を残し、ハナショウブ栽培の歴史は菖翁以前と以後で区切られます。こうして江戸で完成された品種群が日本の栽培品種の基礎となりました。
花びらの間に隙間がある三英咲きが多く、江戸っ子好みのキリッとした粋な感じを持つのが特徴です。
また、庭園などに群生させて楽しむ目的を持って改良されてきたため、病気や直射日光に強く栽培も容易で見事な群生美を見せます。

伊勢系

現在の三重県松阪市を中心に鉢植えの室内鑑賞向きに栽培されてきた品種群です。伊勢松阪の紀州藩士吉井定五郎により独自に品種改良されたという品種群です。

昭和27年(1952年)に「イセショウブ」の名称で三重県指定天然記念物となり、全国に知られるようになりました。
花弁はちりめん状で深く垂れる三英咲きで、女性的で柔和な感じの印象を与えます。鉢植え栽培を主とし葉と花が同じ高さにまとまることが特徴です。

肥後系

 現在の熊本県を中心に鉢植えの室内鑑賞向きに栽培されてきた品種群です。肥後熊本藩主細川斉護が、藩士を菖翁のところに弟子入りさせ、門外不出を条件に譲り受けたもので、

「肥後六花」の一つです。満月会によって現在まで栽培・改良が続けられています。菖翁との約束であった門外不出という会則を現在も厳守している点が、他系統には見られない習慣です。

しかし大正に会則を破り外部へ広めてしまった会員がおり、現在では熊本県外の庭園などで目にすることができます。
 草丈は低めで花は堂々たる大輪で、花弁が僅かに重なり合う六英咲きが多く、花、葉とのバランスもよく男性的な風格を備えているのが特徴です。しかし、風雨に弱く群生美の点で

やや劣る欠点がありますが、肥後系の特徴を生かし庭植えでもよく咲き競う優れた品種が作出されています。注)肥後六花・・・・芍薬、椿、朝顔、山茶花、菊、菖蒲

長井系(長井古種)

山形県長井市で栽培されてきた品種群です。1962年(昭和37年)、三系統いずれにも属さない品種群が確認され、長井古種と命名されたことから知られるようになりました。

江戸後期からの品種改良の影響を受けていない、少なくとも江戸中期以前の原種に近いものと評価されています。現在、34種の品種が確認されています。長井古種に属する品種のうち

13品種は長井市指定天然記念物です。江戸系より古い時代に栽培されたもので古種系とも呼ばれています。
草丈が高く花形も小さく野性的であるが花色が変化に富み清楚な美しさがあるのが特徴です。(以上東京菖蒲会HPより引用)

 

今日の集合場所は、JR福間駅、参加者33名。前日から雨でしたので天候が心配でしたが、何とか今日一日は持ちそうです。

 

今日のマップ

宮地嶽神社菖蒲園

宮地嶽神社では、5/24~6/15まで菖蒲祭りが開催されていました。100種10万株の江戸菖蒲が咲き誇っています。

  

 

 

紫陽花も見頃です。

 

 

再び菖蒲園へ

 

  

参加者皆で記念写真

境内には、フクロウが2羽います。

宮地嶽神社では正直者がフクロウの鳴声に誘われ金の玉を授かった。そんな黄金伝説が有ります。そこで、フクロウは神の使いとして崇めています。

 

テレビCMで有名になった宮地嶽神社の「光の道」

毎年2月末と10月末に海の方から沈む夕日が参道を照らします。これが「光の道」です。

 

宮地嶽神社から宮地浜へ

鳥居の先が相ノ島

宮地浜から松林を通りゴールのJR千鳥駅へ

 

12:30JR千鳥駅に到着しました。

 

 

 


6月例会「久留米の花菖蒲を求めて」(福岡県久留米市)

2025-06-10 12:42:57 | ふくおかウォーキング協会

6/7(土)ふくおかウォーキング協会6月例会は、「久留米の花菖蒲を求めて」でした。

久留米市内の花菖蒲の見どころは、中央公園12,000株、大隈公園4,000株、石橋文化センター10,000株です。

今日は、このうち中央公園、石橋文化センターの花菖蒲を歩いて鑑賞するというもの。

集合場所は、JR久留米駅。参加者33名

今日のマップ

JR久留米駅東口

 

久留米は、4月の久留米ツツジマーチ以来ですが、駅前には、大きなマンションが工事中です。

 

駅前から昭和通りを通り寺町へ。ここもツツジマーチの時に歩きました。

 

遍照院では、泰山木の花が咲いていました。

  

西鉄櫛原駅を通り、中央公園へ

 

中央公園は、4月に行われたツツジマーチの会場です。

会場の裏には、菖蒲園がありました。ただ、全般的に見て、見ごろを過ぎていたように感じました。

 

 

  

中央公園から石橋文化センターに向かいます。

 

石橋文化センター園内マップ

いろいろな花が咲いています。

・カンナ・ナスタチューム(金蓮花) 

  

バラ、スカシユリ

 

アカンサス

  

花菖蒲

石橋文化センターの花菖蒲は、30種1万株あるそうです。

白鳥もいます。

   

睡蓮

飛び石を通りバラ園へ

 

左側に見える建物は、「楽水亭」です。

  

バラ園です。

 

 

     

紫陽花

 

  

石橋文化センターを出て、高良川沿いに歩きます。ここは、ツツジマーチのコースになっています。

ツツジマーチの時に遊歩道の工事していましたが、きれいに整備されていました。

 

ダイレックスの反対側に昭和12年(1937)創業のラーメン「南京千両」があります。

ここが、久留米ラーメンの発祥地ともいわれています。

 

諏訪野町公園です。ここでは、睡蓮が見頃です。

  

 

諏訪野町公園からゴールの西鉄久留米駅に向かいます。

12:20 西鉄久留米駅にゴールしました。

 

 


やさしいウォーク「お菓子の道を歩き、ひよこ工場を見学しよう!」(福岡県飯塚市)

2025-06-08 05:49:42 | ふくおかウォーキング協会

6/5(木)ふくおかウォーキング協会やさしいウォークは、「お菓子の道を歩き、ひよこ工場を見学しよう!」でした。

長崎から北九州小倉までの旧長崎街道は、別名「シュガーロード」とも呼ばれています。

江戸時代「鎖国」がとられていた中でも長崎は、オランダ、唐との貿易を行っていました。長崎で輸入された「砂糖」は、長崎街道を通り大坂まで運ばれて行きました。

長崎街道道中の長崎は、「カステラ」、佐賀県小城は、「羊羹」、佐賀市「丸ボーロ」、飯塚「ひよこ」「千鳥饅頭」「南蛮往来」、小倉「栗饅頭」などのお菓子が生まれました。

これがシュガーロードです。(他に博多「鶏卵素麺」、諫早「諫早おこし」、大村「へこはずし」、嬉野「逸口香」など)

昭和に入り、炭鉱ブームで沸いた飯塚では、炭鉱で働く人の甘いお菓子またお土産として「ひよこ」「千鳥饅頭」が発売されました。

今日は、その「ひよこ」工場見学です。

「ひよこ」ですが、今や、飯塚いや福岡を代表するお菓子です。東京にも「東京ひよこ」という会社を作っており、昔、私がサラリーマンだったころ、東京からの出張で来られた方が

東京土産ということでこの「ひよこ」を持ってこられたことがあります。その時はみんな唖然としていました。

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集合場所は、JR飯塚駅 参加者22名。

飯塚駅に向かう途中、川にナマズが泳いでいました。

また、こんなスリムな建物もありました。ここにチャンポン屋さんがありましたが、昨日から休業されていました。

集合場所のJR飯塚駅

  

今日のマップです。

9:30スタート

  

さかえ屋南蛮往来店(旧さかえ屋本店)

長崎街道沿いに店舗がありますが、2015年からシャトレーゼ傘下に入りました。

  

穂波川沿いに歩きます。

 

ひよこ穂波工場が見えてきました。

  

直売所 電話が七四五とは・・・・飯塚名物も右から書いています。

 

二代目「石坂 茂さん」像

 

ひよこの「吉野堂」HPを見てみると、

「ひよ子」のふるさとは、筑豊飯塚。飯塚は昔からお菓子づくりが盛んに行われてきました。それは鎖国時代に長崎の出島に輸入された砂糖が小倉まで運ばれる長崎街道(シュガーロード)に

沿って、お菓子づくりの文化が育まれてきたからです。また筑豊といえば、明治初期から炭坑で栄えたところ。肉体労働が続く炭坑で働く人たちの、エネルギーとなる甘いものが好まれたことも、

お菓子づくりを支える結果となったのでしょう。その飯塚の地に初代店主・石坂直吉が菓子舗「吉野堂」を開業したのは明治30年。屋号である「吉野堂」は、福岡から飯塚に抜ける

八木山に咲く「染井吉野」に由来したものです。

時は大正元年、飯塚市で明治より続く菓子屋を営んでいた二代目店主・石坂茂は、カフェを営むほどチャレンジ精神が旺盛でした。菓子作りでも従来の丸い形ではない、もっと愛される饅頭を

といつも考えていました。そんなとき、夢の中に現れたひよこ。 その愛らしさにやっと探していたものと巡り合えたと感じた二代目は、その形づくりに没頭します。当時、丸や四角しか

なかったお菓子の世界で、立体的な、しかもひよこの形をしたお菓子は誰もが想像すらしなかったもの。試行錯誤の末、大正元年の冬、独特の木型とともに、愛らしい形の饅頭「ひよ子」は

やっと誕生しました。茂にとって、この菓子は苦労の末授かったわが子と同じ。だから「ひよ子」と名づけました。わが子「ひよ子」、という思いからです。

工場見学は、写真撮影禁止ですので工場内の写真はありません。

工場見学終了後、できたての「ひよこ」をいただきました。

     

できたての「ひよこ」は、温かく美味しくいただきました。

係の方に電子レンジで温めてもこの味がいただけるか聞きますと、出来立てに近い味が味わえるそうです。今度電子レンジで温めてみようかな~

帰りは、少し違った道を通ります。江深橋を渡り、長崎街道に面している「貴船宮」を通ります。

 

ゆめタウン飯塚が仮ゴールです。 12:05 ゆめタウンにゴールしました。

  

 

 

 

 


楽しいウォーク「森林セラピーロード(篠栗九大の森)ウォーク」(福岡県篠栗町)

2025-06-06 10:48:41 | ふくおかウォーキング協会

6/4(水)ふくおかウォーキング協会楽しいウォークは「森林セラピーウォーク(篠栗九大の森)ウォーク」でした。

篠栗九大の森」は、篠栗町と九州大学が共同で整備・管理を行っている、約17haの広大な森です。森の中心の池(蒲田池)に浮かぶのが、円柱の巨木、ラクウショウ。根元が水につかった状態で

自生し、水面からは幹の周りに呼吸するための呼吸根が伸びてきて、その姿はどこか幻想的です。

この光景が、「ジブリの世界」とインスタなどで公開され、今では、旅行会社のコースにも入っています。

以前、ふくおかウォーキング協会でもこのコースのウォーキングを行いましたが、9月ごろだったので「水の中に浮かぶ木々」が見れませんでした。

ここを探索するのは、この時期(田植え前の池に水が多いとき)が一番です。

 

集合場所は、JR門松駅、参加者38名

今日のマップ

  

9:30 スタート

   

約40分で「篠栗九大の森」に到着

 

休憩後森の中に入ります。

  

くりのき広場

  

今日は天気が良く暑くなってきそう。こういう時は、木漏れ日の中を歩くのが一番ですね。

このあたりも炭鉱だったのでしょうか?

 

水辺の森にやってきました。

 

この木は、「落羽松(らくうしょう)」という木です。

 

何枚も写真を撮ってきました。

 

水辺の森を楽しんでから北口ゲートに向かいます。

 

再び南口ゲートに戻り、トイレ休憩です。

南口ゲートに咲いていた花

  

休憩後次の目的地「やまや」へ向かいます。

これは、スモークツリーです。

「やまや」に到着。篠栗町にある「やまやファクトリーテラス」は、工場が隣接しており、「知る」「買う」「食べる」のめんたいこを体感できる施設です。

 

博多のお土産といえば「明太子」ですが、山陽新幹線博多駅延伸で明太子の需要が大きく伸びました。

現在福岡県内で明太子を製造している会社は、大小含めて約200社あります。

 

 

「やまや」の工場見学を終え、ゴールのJR篠栗駅に向かいます。

 

12:10 篠栗駅にゴールしました。

 

  

 


第72回元気スマイルウォーク「幻の早良国吉武高木遺跡と飯盛神社」(福岡市西区)

2025-06-03 18:30:07 | ウォーキング

6/1(日)第72回元気!スマイルウォーク「幻の早良国吉武高木遺跡と飯盛神社」が開催されました。

この元気スマイルウォークは、福岡県内6ウォーキング協会が一堂に集まりウォーキングを楽しもうというもの。

今回は、ふくおかウォーキング協会が担当です。

このコース、何か月も前から準備されていたリーダーのふくおかW協会理事Tさんが、今月中旬膝を痛められ、入院されることになりました。

入院される前にこの大会の段取りを書いた書類一式を預かり、他のスタッフと打ち合わせ、何とか開催にこぎ着けました。

Tさんの書類は、事細かく書かれており、スタッフ一同感激していました。

今回の会場は、西区の西部運動公園です。地下鉄の駅から徒歩15分かかるので参加人数が心配でしたけど約80名の参加でした。

8時からテントなどを建て、9時40分出発式を迎えることができました。

 

8:00から会場設営。

 

元気!スマイルウォークは、福岡県内6ウォーキング協会が一堂に集まりウォーキングを楽しもうというもの。

9:40出発式です。

10:00  10kmコースからスタート。10分後に6kmコーススタート

 

今日のコースの見どころです。

私は、スタッフとして本部待機。何かあった時にすぐ出られるよう準備をします。

写真は、5/21に下見に行った時のものです。

 

飯盛神社参道。流鏑馬の時ここを馬が走ります。

 

 

粥占いは、2/14,流鏑馬は、10/9に行われます。

 

 

かなたけの里へ向かいます。

 

かなたけの里公園で休憩

 

 

休憩後再スタート、三瀬街道金武宿に向かいます。

 

今日のコースのメイン「吉武高木遺跡」です。

 

吉武高木遺跡は、

早良(さわら)平野の中央部を流れる室見川の東にあり、西は飯盛山に抱かれ、旧石器時代から中世にいたる複合遺跡。周辺には、弥生時代前期末~中期後半の甕棺(かめかん)を主体とした墓地である吉武大石遺跡、中期後半の墳丘墓である吉武樋渡(ひわたし)遺跡などがある。

早良(さわら)平野の中央部を流れる室見川の東にあり、西は飯盛山に抱かれ、旧石器時代から中世にいたる複合遺跡。周辺には、弥生時代前期末~中期後半の甕棺(かめかん)を主体とした墓地である吉武大石遺跡、中期後半の墳丘墓である吉武樋渡(ひわたし)遺跡などがある。

1984年の調査では、甕棺墓34基、木棺墓4基、土坑墓3基が発見され、銅剣、銅矛などの武器類、多鈕(たちゅう)細文鏡、銅釧(どうくしろ)、翡翠製勾玉(まがたま:富山県糸魚川産)などの玉類が

出土した。なかでも三号木棺墓から出土した「銅鏡・勾玉・銅剣」の三点セットは、現時点で最古の「三種の神器」であろう。また大石地区では、1985年に200基の墓(甕棺墓を中心に)が

見つかっており、未調査区域をあわせると2000基以上の墓があるとされる。

当時としては弥生時代中期はじめ(紀元前100年ごろ)にこれほどの副葬品がまとまって出土するのは珍しく、「早良王墓」と呼ばれ、魏志倭人伝に記載される伊都国と奴国の中間に位置する

王国(早良王国)の存在したのではないかという推定もなされた。現在、現地はやよいの風公園として整備されている。

吉武高木遺跡からゴールの西部運動公園に向かいます。

12:40 6kmコースがゴールしました。

13:00には、10kmコースがゴールしました。

 

14:00 後片付けも終了。事故もなく無事終了しました。

 

 

 

 

 

 

 


楽しいウォーク「那珂川河畔散策」(福岡市南区)

2025-06-01 17:22:46 | ふくおかウォーキング協会

5/28(水)ふくおかウォーキング協会楽しいウォークは、「那珂川河畔散策」でした。

このコース、実は昨年11月の例会のコースでしたが、雨のため中止となり、今回に繰り越ししました。

集合場所は、西鉄大橋駅、参加者37名

今日のマップ

9:30スタート

 

JA三宅から左折

 

三宅中央公園では、園児が運動会の練習をしていました。

 

那珂川河畔を歩きます。

 

シナサワグルミ 初めて知った名前です。

 

塩原公園で休憩

休憩後、清水橋を通り対岸へ

 

 

清美大橋を渡り高宮に向かいます。

 

11:30 西鉄高宮駅にゴールしました。