鹿島アントラーズ原理主義

愛する鹿島アントラーズについて、屈折した意見を述べていく場です。

石川再びレンタルへ

2007年01月17日 | Weblog
石川竜也選手のモンテディオ山形への期限付き移籍について
石川竜也選手は2007年2月1日よりモンテディオ山形への期限付き移籍が決定しましたのでお知らせいたします。
■期限付き移籍先  : モンテディオ山形
■期限付き移籍期間 : 2007年 2月 1日 ~ 2008年 1月  31日
■プロフィール   :
氏名    石川 竜也(いしかわ たつや)
生年月日  1979年12月25日
身長/体重 179cm/69kg
ポジション DF
出身地 静岡県
経歴 藤枝東高校 - 筑波大学 - 鹿島アントラーズ - 東京ヴェルディ1969
■出場記録     :
     チーム         リーグ戦 カップ戦 天皇杯
2002 鹿島(J1)           6(1)  4(0)   2(0)
2003 鹿島(J1)          14(0)  2(0)   4(0)
2004 鹿島(J1)          12(2)  5(0)   1(0)
2005 鹿島(J1)          10(0)   4(0)   1(1)
2006 鹿島(J1)           3(0)  1(0)    -
2006 東京ヴェルディ1969(J2) 21(1)  -     1(0)
                            ( )は得点


石川がモンテディオ山形へレンタル移籍。
昨季レンタルしていたヴェルディでは、一時レギュラーを得るもチームの若返り方針により契約ならず、宙に浮いていた状態であった。
山形は一昨年に田中康平がレンタルされていたことで知られる。
康平は出場機会こそ少なかったがゴールも奪い、昨季は鹿島で先発するほどの成長をみせて帰ってきた。
石川もあやかりたいものである。
今回の移籍の裏には、去年退職した平野勝哉氏のモンテディオ山形強化育成部アドバイザーとして就任があったと思われる。
不用意な余剰人員を抱えず、永く選手と共に進むクラブの方針が垣間見られる。
石川もこのレンタルで一皮剥けて熟練の味を身につけて欲しい。
少なくとも、国立で観た柏戦の石川は存在感がなかった。
守備は見せ場がなかっただけであるが、攻撃参加が影を潜め、石川を起用する意味を感じ得なかったことだけが記憶に残った。
まだ27歳。
人間の成長に年齢制限はない。
光るものを持っていることだけは伝わっているのだ。
活かす術を身につけろと言いたい。
山形は最上義光の地である。
武勇・知略の山形城城主も駒姫の秀次切腹に連座させられ不遇を託った。
しかし、その後の改易は免れる策はあったはず。
知恵を絞るのだ。
脳は生きているうちに使え。
ファンタジーを持つSBにもう一度相見えたい。

未来の10番入団へ

2007年01月17日 | Weblog
塩釜FCからJ1鹿島へ 18歳遠藤「レギュラー取る」

J1鹿島アントラーズ入団が内定していた宮城・塩釜FCのU-18日本代表MF遠藤康(18)の入団会見が16日、塩釜市内のホテルで行われた=写真。塩釜FC出身としては11人目のJリーガーとなった遠藤は、1年目からレギュラー獲得を目指すと宣言。J10冠を狙う鹿島の力になると誓った。◇
塩釜が生んだ天才レフティーが、プロの世界に宣戦布告だ。会見前に契約書にサインし、晴れて鹿島の一員となった遠藤は笑顔で「今はレギュラーを取りたいとしか考えていない」と、日本代表MF本山やU-22日本代表MF増田ら先輩に臆することなく言い放った。


左足から見せる高い技術はすでに高い評価を得ている。「入ってきたときから上(プロ)まで狙える選手として育ててきた」と塩釜FC・小幡理事長。中3で高校生が出場する大会に出場させるなど厳しい環境に身を置かせ、鍛え抜いた。

鹿島・椎本スカウト部長は「小笠原のような選手になって活躍してもらいたい」と、前鹿島で岩手・大船渡高出身のメッシーナMF小笠原の名前を出して期待を寄せた。

記念撮影用に手渡された鹿島のユニホームはエースナンバーの背番号10。「今は不安というより楽しみ」と語る遠藤は強豪・鹿島でも存在感をアピールする。(有吉広紀)

■遠藤 康(えんどう・やすし)
1988(昭和63)年4月7日、仙台市生まれ、18歳。3歳年上の兄の影響で、幼稚園から『なかのFC』でサッカーを始める。中野栄小から中野中、塩釜高に進み、中学入学後に塩釜FC入団。中学1年時にU-15クラブユース選手権、中学3年時と高校3年時にU-18クラブユース選手権出場。1メートル70、68キロ。ポジションはMF。家族は両親と兄。


塩釜FC・遠藤、鹿島で地位築く

10番のユニホームを鹿島・椎本スカウト部長(右)から手渡され、笑顔を見せる遠藤

 塩釜FCからJ1鹿島に加入するMF遠藤康(18)の入団会見が16日、宮城・塩釜市内のホテルで行われた。

 詰めかけた記者団を前に、精度の高い左足キックが武器のホープは「早く試合に出られるように頑張りたい」と力強く宣言。鹿島は日本で常にトップレベルにいるチーム。(入団できて)本当にうれしいです」と満面の笑みを浮かべた。

 同席した鹿島の椎本邦一スカウト部長は「今は(MF)本山が着けているけど、将来は(遠藤に)着けてもらいたい」会見用に10番のユニホームを用意。粋な演出で新戦力を大歓迎し、「中盤でタメを作ってリズムを変えられる選手。小笠原満男(メッシーナ)のような選手になってほしい」と鹿島で絶対的な地位を築き、イタリアに巣立った司令塔の後継者として期待をかけた。
 28日に入寮し、翌29日のチーム始動に備える遠藤。2月1~3日の新人研修を経て、同5日からの宮崎キャンプでアピールを目指す。「(将来は)世界に出て行けるような選手になりたい」ときっぱり。塩釜が生んだスター候補生が、この日、夢への大きな一歩を踏み出した。

 ◆遠藤 康(えんどう・やすし)1988年4月7日、宮城・仙台市生まれ。18歳。兄の影響で幼少時からサッカーに触れ、仙台市立中野栄小入学と同時に、なかのFCに入団。本格的にサッカーを始める。中学から塩釜FCジュニアユースに入団。1、3年時に日本クラブユース選手権(U―15)出場。高校でも、そのまま塩釜FCユースに進み、3年時にクラブユース選手権(U―18)に出場。家族は両親と兄。
(2007年1月17日11時03分  スポーツ報知)

将来の10番候補。
これは頼もしい。
しかしながら現10番の男と同様に世界を意識している点は少々気になるところ。
「2部でも3部でも」と意味不明なことを言い出されるのは全くもって笑止千万。
まあ、これも話題性の演出、座興であることは承知の上ではあるが。
当面のライバルは同期入団の小谷野になるのであろうか。
同年代の二人が切磋琢磨して上を目指すことはとても喜ばしいことである。
片倉小十郎と伊達成実を彷彿させられる。
確かに成実は出奔してしまった。
しかしながら上杉征伐での帰参は劇的でござろう。
外へ目を向けようとも、常に自分の居場所をそして行いを見つめるべきである。