ロビンの観劇日記

芝居やオペラの感想を書いています。シェイクスピアが何より好きです💖

「帰れない男 ~遺留と斡旋の攻防~」

2024-05-18 16:55:05 | 芝居
4月30日、本多劇場で倉持裕作「帰れない男~遺留と斡旋の攻防~」を見た(M&O Plays プロデュース、演出:倉持裕)。



招かれた屋敷にて、
帰り方を忘れて滞在し続ける男。
引き留める代わりに
目で共謀を訴えかける若い女。
度々留守にして
男と妻の時間を作る屋敷の主人。
遠くの宴と、
呆れるほど長い廊下を背にした
幻想譚。(チラシより)

ネタバレあります注意!!
まったく知らない作者の芝居だったが、この日見て驚いた。
とにかく面白い。

まず舞台の構造が面白い。
長方形の和室の前面に細長い廊下。
下手に和室の出入口と廊下。その先に引き戸か障子戸があるらしい。
上手に二階への階段とまっすぐ続く廊下。
さらに左に折れて右に続く廊下。その先に玄関があるらしい。
和室と前面の廊下との間に見えない壁があるらしい。
和室の奥は大きな障子窓になっているが、障子紙が貼ってないので中庭が見える。
(だが登場人物たちには見えない設定)。
その先に屋敷の一部であるお座敷が見える。

時代は昭和初期らしい。
季節は梅雨時。
若い作家・野坂(林遣都)と、この家の妻・瑞枝(藤間爽子)がテーブルについている。
男は着物姿で、食事を済ませたところ。
女中(佐藤直子)が皿を下げに来る。
書生(新名基浩)も来る。
瑞枝は馬に危うくひかれるところを野坂に助けてもらったので、お礼に屋敷に招き、仕出しの食事でもてなしたらしい。
野坂が着ているのはここで借りた着物だった。
彼は帰宅する前に着替えようと思い、「私の服は?」と尋ねる。
彼の服は泥だらけになったので、今洗って干していると言われる。
書生が「お泊まりになられてはいかがですか?」と出過ぎたことを言い出し、女中にたしなめられる。
この家には客がよく来る、中には何日も泊まって行くのもいる、
今彼が着ているのは、その中の誰かの着物だろう、と言われる。

初老の主人(山崎一)が帰宅する。
白いスーツ姿。60歳くらい。
妻が野坂に助けられたことをすでに聞いていて、礼を言う。
彼は、自分より「うんと若い妻」を持っていることを気にしている。
野坂の書いた幻想小説を読んでいて、彼のことを「先生」と呼ぶ。
 自分は仕事で忙しく留守がちだが、どうぞゆっくりしていってください。

この屋敷はとにかく広いので、客がトイレに行こうとして迷い、どうしてもたどり着けずにとうとう中庭でやってしまった人もいるという。

次の場面で、野坂は和室の隅にある机で仕事している。
もうこの家に馴染んでいるようだ。
そこに彼の友人・西条(柄本時生)がやって来る。
野坂の家では妻・ひよりが待っているというのに「ひよりさんを何日も待たせて」と彼を責める。
実は昨年、ひよりは久保という男と何やらあり、それを野坂が強く責めたため、ひよりは自殺未遂するという事件があった。
久保というのは、野坂が作家になるのをずっと助け、導いてくれた恩人だった。
二人のことを知り、久保のひよりへの気持ちを知った時、野坂は久保に対して初めて優越感を覚えたのだった。

その後、野坂は突然失踪。
その数日後、瑞枝も消える。
だが野坂は女中の手を借りて、この広い屋敷のどこかに潜んでいた。
誰もいないと思った女中が合図の鈴を鳴らしたため、野坂は上手の廊下の上の納戸みたいなところからゴソゴソと出て来るが、そこを西条に見つかってしまう。
瑞枝も一日で戻って来る。
西条は野坂に「ひよりさんを僕にくれないか」と言い出す!
そうか、そういうことだったのか。
だが野坂はすぐには答えない。
その後、瑞枝と野坂は出奔。
だが何があったのか、二人はすぐに戻って来る。
廊下で野坂に会うと、瑞枝はとげとげしい。
彼の態度が煮え切らず、いつまでも妻ひよりを手放そうとしないのを知って怒ったのだろうか。
彼も意外と冷たい。

中庭の向こうの座敷で、瑞枝が花を活けている姿が障子に映る。

女中によると、20年位前、前妻がひどいいびきをかき始め、主人は「しっかりしろ!」と言い続けたが、前妻はそのまま死んだ。
女中は「その頃のご主人に、またお会いしたいというのが望みです」と意味深なことを言う。
だが、これが後の伏線になっているわけでもないのが残念。
ただの思わせぶりなセリフだった。

みなが居間にそろっている時、女中が瑞枝に、花バサミがなくなりました、と言い出したことから騒ぎが起こる。
瑞枝が、花バサミはちゃんと片づけたわ、と言うが、女中は、いえ、ありません、きっとまだお座敷にあるのでは、と言う。
瑞枝がきつく、片づけたわ!と言い続けると、突然、それまで黙って聞いていた野坂が大声を上げ、無いんだったら座敷にあるんだろう、
探してみればいい、と怒鳴る。
彼の剣幕にみなシーンとなる。
その後、みなバラバラに散り、主人の影が中庭の向こうの座敷の障子に映ったかと思うと・・・。
瑞枝は気配に気がついたのか、障子を開けて立ちすくむ。
野坂もそばで見ている。


実に独創的で面白い戯曲だ。
作者は昔の人かと思ったら、まだ50代だという。
すっかり騙された。
ただ、「省線」などという言葉が若い人にわかるだろうか。
劇団チョコレートケーキみたいに「用語解説」が必要かも。

ところで、ラストで夫はなぜああいう行動をとるのだろうか。
妻と野坂が深い仲になったことを、彼らの激しい諍いから察したからだろうか。
いや、そうではあるまい。
もともと彼は、理由はわからないが、二人を接近させようとしていたし。
それよりも、ああいう場面で妻を𠮟るのは、客であり居候である男のすることではなく、夫たる彼のすべきことだった。
野坂の振舞いによって、この家にはもはや主人の居場所がなくなってしまったのだ・・・。

彼の心の謎は謎のまま残るが、西条、女中、書生のいずれもくっきりと個性的に描かれている。
芝居の中心である3人は言うまでもない。
舞台の構造も非常に面白い。

友人の奥さんを「僕にくれないか」だなんて人権無視もいいところだが、当時はそんなものだった。
妻は夫の所有物だった。
谷崎潤一郎と佐藤春夫の間の「細君譲渡事件」というのもあった。

山崎一は、期待通りの好演。
こういう役をやらせたら右に出る者はいない。
作家役の林遣都も妻役の藤間爽子も初めて見たが、驚くほどうまい。
女中役の佐藤直子もベテランらしく、いい味を出していた。

実に不思議な雰囲気の戯曲だ。
久し振りに、これからが楽しみな劇作家を発見した。














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