年寄りの漬物歴史散歩

 東京つけもの史 政治経済に翻弄される
漬物という食品につながるエピソ-ド

関東一の猛暑を懸念しつつ埼玉県立熊谷図書館へ

2024年08月23日 | 陸軍特別操縦見習士官1期
浦和の埼玉県文書館の1階に埼玉県立図書館浦和分室がある。激セマの図書館というか、本の引き取り所。ブックポスト。浦和分室は、資料の閲覧、貸出、返却等ができる埼玉県立図書館の窓口です。
 この窓口の人に熊谷の県立図書館の所蔵している昭和18年9月の埼玉版の新聞検索を頼んだ。手持ちの新聞は毎日新聞埼玉版で残りは朝日と読売となる。地元の埼玉新聞は文書館の昭和18年9月の縮刷版があるのだが9月の大部分が白紙で、9月末に新聞記事が出ていて、月末に繰り上げ卒業した師範学校卒業生の配属小学校が記事として残っている。それによると特攻で亡くなった叔父の赴任先が今の越谷市大袋小学校のようだ。この小学校にごく短い期間に先生をしていたという親族の言い伝えがある。そして川辺村の自宅に小学生の慰問袋が贈られいたという。この話の事実確認はどの様にしたら良いのだろうか。
 県立図書館浦和分室で調べてもらったら、朝日は戦後から、戦前のマイクロフィルムで保存しているのは毎日と読売だった。
 今はデジタル化している新聞があって、昔べったら市の資料調査で、横浜の新聞博物館で検索していた。検索用語が漬物用語と一致しなくてヒットしないことが多く、多分誰も検索していないので出てこないとおもっている。
 熊谷の県立図書館は数回訪問していて、様子が判っているが、今回は車でなく、JR熊谷駅から歩きかバスで計画する。東京では結構閉館日に図書館へ行ったことがあるので、まず休館日の確認。そこから関東一の猛暑と言われる熊谷の気温、夕立の様子。そこにまだ一回も熊谷駅に行ったことが無いことから,帰りと街散歩も出来たらとおもう。
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