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華竜の宮


  上田早夕里        早川書房


 久しぶりに読み応えのあるSFを読んだ。傑作だ。面白い。どういえばいいのかな。昔、ケビン・コスナーの「ウォーターワールド」という映画があった。あれと小松左京の「日本沈没」と眉村卓の「司政官」を足して、大アイデア小アイデアいろいろなオプションをくっつけた小説といえば判るだろうか。
 物語の舞台のほとんどが海上である。だから海洋冒険SFといってよい。人類の行く末が最後に示されるが、明るいものではない。悲しいシーンも多い。それでも、妙に開放的な明るさの読後感を持った。海の上は風が流れていることが多い。その海の上の話だから、流れる風で淀みがぬぐわれ、何かが洗われる。そうだ、この小説には作中に常に風が流れているのだ。
 25世紀。地殻変動で陸地のほとんどは水没した。人類は残った陸地に住む陸上民と海で生きるのに適した身体をもつ海上民に別れていた。
 主人公は外交官の青澄。日本の外務省に所属している。海上民のトラブルの処理に当たる。他に副主人公ともいうべき人物が二人。どこの国にも所属しない海上民集団のオサ、ツキソメ。汎アジア連合の海上警備隊隊長のタイフォン。ツキソメ以外は組織に属する人間。個人の信念か組織の利害か、眉村SFのような葛藤が描かれる。ツキソメは自由人。多くの海上民をたばねるオサである。青澄は日本国籍を取らせるべくツキソメと接触するが、ツキソメは年寄りか若いのか判らない魅力的な女性。
 タイフォンは海上民の安全を第一に考えて、海上強盗団の摘発に精を出す。ところが汎ア連合政府がどこの国のタグも持っていない海上民は強盗団とみなして海軍が攻撃をはじめる。海上民出身のタイフォンは板ばさみになる。
 秀逸なアイデアが二つ。アシスタント知性体。そして魚舟。どういうものかはここでは書かない。知りたければどうか読んで欲しい。
 上記の3人以外にも多くのキャラクターが登場する。みんな魅力的だが、小生は1つだけ不満がある。青澄があまりにその名のとおり青臭い。もう少し腹黒いところも臭わせる大人であったなら、大人でありながら青年の志を忘れていない、そういうキャラなら、ふくらみがあって良かったのではないか。
 伊藤計劃亡き後、上田早夕里が日本SFのトップランナーであるといってもいいのではないか。

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