風に吹かれすぎて

今日はどんな風が吹いているのでしょうか

ルル

2007年07月17日 | ストーリー
岬の先のオリーヴ色の家にルルはひとりで住んでいた。
家の北側には海から吹きあがる風を防ぐ松林が植えられ、
南側にはレンガで囲まれた小さな花壇があった。
花壇は長い間放置され、雑草が生い茂っていた。

彼女は若い頃は都会で税理士事務所で働いていが、
村人の噂によれば、誰かにひどく失恋して貯金とわずかな退職金をはたいて、この家を買った。
家族は家に戻って来いと何度も彼女を口説いたそうだが、
彼女は必要最小限の身の回りのものを持って7年前の秋にこの家にやってきた。
 
この家は80年ほど前に、都会の相場師が別荘として建てたもので、
隅々まで当時の流行の最先端の工夫が施されていた。
風呂は活性炭が練りこまれた人工石を楕円形にくりぬいたもので、
寝室の天井は開閉式のガラス板で出来ていた。
すべての窓ガラスにはステンドグラスの星座が嵌め込まれ、
床はコルクのような弾力のある木製品で敷き詰められていた。

相場師は美しい妻と双子の娘を連れて二年連続で夏のヴァカンスをこの家で過したが、
それ以来再びここを訪れることはなかった。
噂では、妻と娘達を残して、突然蒸発したらしい。
前金で5年契約で庭師の契約を結んでいたヒョルム爺さんは、
契約期限が切れても庭の手入れをし続けていたが、
いつのまにか痛風になり、年老いた妻に見取られひっそりと亡くなった。

ふらりとこの村を訪ねてきたルルは、その荒れ果てた家を一目見るなり気に入った。
不動産屋はその様子を見て、駄目元で相場の3割増の値段を提示したが、ルルはあっさり承諾した。
有頂天になった不動産屋は、高額なベットや絨毯を斡旋しようとしたが、
彼女は微笑を浮かべて首をよこに振るばかりで、不動産屋をがっかりさせた。

この村に越して来てからも、村人はルルの姿を見ることは滅多になかった。
庭も荒れたままだし、窓もひっそりと閉じられていた。
週に一度ほど、まだ客の少ない午前中に、彼女は村のグローサリーストアに買い物に出かけ、
食料とワインを買い込んだ。
いつも口数が少なく、店のおかみが何かを問い掛けてもかすかな笑みを浮かべるだけだった。
教会が何回かミサの案内状を出したし、村の集会の案内状も出したが、
いずれも彼女が姿を現すことはなかった。

それでも2年目の春、村人はルルが大きすぎて不恰好な麦藁帽子をかぶって、
花壇の手入れをしている姿を見ることが出来た。
都会育ちの彼女はわずかな野良仕事でもきつそうに見えた。
15分も雑草を抜くと汗をしきりに拭いだし、木陰に座りこんで長いこと休んでいた。
何人かのお人好しが手伝いを申し入れてみたが、微笑を浮かべて首を横に振られた。

(いつか続く、予定)