All Photos by Chishima,J.
(タンチョウ 2011年10月 北海道十勝郡浦幌町)
先日、高台からタカや小鳥の渡りを観察していた時のこと。「コアー、クルルッ!」というタンチョウの声を遠くに聞いた。木々を渡る風の音や上空を飛ぶ小鳥の声、下界を走る車のエンジン音等に掻き消されそうではあったが、確かに聞いた。もっとも私には覚えがあった。少し前まで、ある畑でタンチョウのつがいが採餌しているのを観察していたからだ。双眼鏡でその辺りを眺めると案の定、件の畑の背後、川の堤防上に1羽のツルを認めた。望遠鏡を通せば、長い嘴を開けて鳴いているのもわかる。発声を目視してから少し間を置いて、今度ははっきりとツルの声が秋の朝の冷気を震わせた。
面白いのでツルの位置を記録し、帰宅後に「Google Earth」で高台との距離を測ってみた。結果2.98kmということで、ほぼ3kmの距離を経て声が伝わっていたことが明らかになった。人間が己の声を3km先まで届かせようとしたら容易なことではあるまい。鳥類の中で大声の持ち主といえば、南米のカンムリサケビドリが挙げられようか。現行の分類ではカモ目に配されながらもキジやコウノトリ的な特徴も持つ、この不思議な鳥を実見したことは残念ながら無いが、ハドソン(*)は著書「ラ・プラタの博物学者」の中で、およそ1000のチァカァ(カンムリサケビドリの現地名)が夜中に飛んで地上に舞い降りた後に歌い始め、「平原の周囲数マイルの空気を反響させた」と記述しているから余程のものであろう。もっともこれは1000羽が結集しての声の話で、単独の個体が出す声としてはタンチョウも鳥類のトップクラスに冠するのかもしれない。
3kmとまではいかなくても1km程度なら余裕で声を届かせることのできるシマフクロウやオオワシ、オジロワシ、オオハクチョウ等、北海道には大型で声も大きい鳥が多い。その中でも地上の喧騒をものともせず遠くまで声を届けるタンチョウを見ていると、「鶴の一声」の諺が生まれたのも納得がゆく。ただ、最近の十勝川、特に下流域ではタンチョウが過密気味でどこかで一声上がれば隣接するペアがそこかしこで鳴き始め、とても一声では収まらないのが現状である。
タンチョウの親子
2011年10月 北海道中川郡豊頃町
*ハドソン:W.H.Hudson(1841-1922)。ナチュラリストで作家。アルゼンチンに生まれ育ち、後にイギリスに渡った。主な著作に「ラ・プラタの博物学者」、「鳥たちをめぐる冒険」、「鳥と人間」等。緻密な観察に基づく科学的なな行動、生態の記述や文学性豊かな表現、当時既に進行していた自然破壊や近代文明に対する警鐘等、科学と文学の融合を目指した独特の世界は、現在のバードウオッチャーも学ぶべき点が多い。
(2011年10月25日 千嶋 淳)