鳥キチ日記

北海道・十勝で海鳥・海獣を中心に野生生物の調査や執筆、撮影、ガイド等を行っています。

宗谷丘陵(9月25日)

2010-10-21 17:44:55 | 鳥・秋
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All Photos by Chishima,J.
宗谷丘陵を渡り行くヒガラ 以下すべて 2010年9月 北海道稚内市)


 緑の中に褐色が目立ち始めた丘陵が日本海へ向かって落ち込んで行く先は、日本最北端の地、宗谷岬。岬の先の宗谷海峡は、この時期にしては穏やかで青い海面は夏の延長のようだ。そしてその海の向こう、40数㎞を隔ててサハリンの島影が、冷たく澄んだ朝の空気の中はっきりと浮かび上がっている。といっても、私がここに車を止めたのは景勝を楽しむためではなかった。鳥の姿を求めてゆっくり流しているところに、丘陵の落ち込みと逆行して飛んで行く、無数の小鳥の姿に気付いたからである。


宗谷丘陵より北側を望む
丘陵の先の海は宗谷海峡。その奥にはサハリンの島影が青く浮かび上がる。
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 スズメより小さいその鳥の正体は、ヒガラであった。丘陵の大部分は放牧地や採草地として切り開かれ、利用されているが、沢の低い部分だけは灌木林が残っており、ヒガラは岬方面からこの灌木伝いに移動した後、丘陵が一気に高度を上げるこの尾根を、地上すれすれの高さで超えているようだった。沢の下部から数十~100羽ほどの群れが絶え間なく飛び出して来る。一つの群れが越えたと思うと、もう次が下から向かっている。その途切れることない様は、ハシボソミズナギドリの北上群が海上を川のごとく、帯状に飛んで行く風景の陸上版といった雰囲気である。観察した一時間ばかりの間にも、軽く数千羽が渡っただろう。


続々渡るヒガラの群れ
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 「チィー」、「ツッ」と金属的なか細い声で、しかしそれが集まって賑やかに眼前を通り抜ける。中に「チチピーチチピー」と囀っているものがいるのは、渡りによる気分の高揚を反映しているのか。体重10gにも満たないこの小鳥にとって、40kmを超える海上越えは相当きついのであろう。点在する灌木の枝先や道路脇のガードフェンスに降り立ち、束の間の休息を取る個体も少なくない。息を整えたヒガラは、再び通過中の群れに加わり、一路南を目指す。その先には放牧された黒牛や、近年出現した風力発電の風車群。そうした障害を交わしながら、彼らの旅はどこまで続くのだろう…。


羽ばたくヒガラ
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 ヒガラは、北海道では針葉樹があれば平地から山地まで広く分布する鳥で、留鳥というイメージが強い。それでも10月頃になると河畔のヤナギ林や市街地の公園のような、普段見かけない環境で小群と出会う機会が増える。室蘭の測量山などタカ類の渡りで有名な場所では、ヒガラ等のカラ類もまた多数渡って行く。それらを見ると「環境の厳しい山地から降りて来たのだろうか」と思うものだが、宗谷海峡を渡る大群の存在は、サハリンや大陸といった国外からも相当数が渡来することを示唆している。もっとも「国外」などという感傷に浸っているのは人間主体の考え方で、餌や空間をめぐって日々厳しい生存競争の中に身を置く鳥にしてみたら、視界の先に陸地があって、そこに新天地があるかもしれない以上とにかく飛んで行くだけのことなのかもしれない。


束の間の一息(ヒガラ
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宗谷丘陵より南を望む
放牧牛の背後には風力発電の風車群。風車群は猛禽類や渡り鳥への影響も懸念されており、近年問題になることが多い。
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 「クィクィ」、数羽のツグミが鳴きながら頭上を通過した。「キョッ、キョッ」の声はアトリのはずだ。直後、胸のオレンジ色とM字に切れ込んだ尾羽を双眼鏡の視野に捉えることができた。「ツッ」とアオジに似るが弱い地鳴きはカシラダカ。再度ツグミかと思ったシルエットは、白い眉斑の眩しいマミチャジナイだった。様々な鳥が海峡を越えて渡って来る。そしてその多くは日本より北で繁殖し、越冬や通過のため訪れる種類である。つい半月前まで猛暑を引き摺っていた北海道も、その北端からじわじわと冬の気配に覆われつつあることを実感した朝だった。


ツグミ
冬鳥の代表格。道北では9月下旬、道東では9月末から10月上旬に初認されるが、数を増すのは年明け以降のことが多い(「二山型」の記事も参照)。
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(2010年10月21日   千嶋 淳)