鳥キチ日記

北海道・十勝で海鳥・海獣を中心に野生生物の調査や執筆、撮影、ガイド等を行っています。

「国境」のウニ漁

2010-03-15 22:27:46 | ゼニガタアザラシ・海獣
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All Photos by Chishima,J.
2頭のラッコ 2009年7月 北海道根室市)


 空も海も初冬の鉛色である。岬から望む海面の所々にヒメウや、渡来して日の浅いコオリガモの小群が散見される。その更に奥、絶妙な加減で傾いた貝殻島灯台のすぐ脇と、そこから歯舞諸島へ広がってゆく海域には合計四隻の、中~大型船舶が停泊していた。望遠鏡を通して見ると各船は錨を下ろして泊まっており、船から近くの別の海面までエンジン付きゴムボートや磯船が白い飛沫を上げながら、働き蟻のようにせっせと往復している。

歯舞諸島海域に展開するウニ漁船団
2009年12月 北海道根室市
中央の貝殻島灯台付近に1隻、その右に2隻、左に1隻、合計4隻確認できる。
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 上は昨年の12月1日朝、根室市の納沙布岬から観察した、歯舞諸島海域でのロシアの母船式ウニ漁である。波が比較的穏やかだったこの日は、午前の遅い時間になっても漁がまだ盛んで、近くの港から海鳥観察のため乗船した遊覧船で中間ライン付近まで近付くと、その様子を手に取るように見ることができた。案内してくれた漁協の職員は、「相当量を獲っているはずだが、中間ラインの向こう側なので我々にはどうしようもない」と悔しがった。そして、ロシアの潜水夫が操業中に飲みたくなり、ゴムボートで根室に上陸してビールを買い、帰ろうとしたところを不法入国で逮捕されたという、「国境」ならではのウソのようなホントの話も披露してくれた。


母船式ウニ漁の様子4枚
2009年12月 北海道根室市

貝殻島付近に停泊した母船から、小型の磯船が出発する。
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十分な漁獲があったのか、ゴムボートが母船へ向かう。背後は萌茂尻島。
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磯船がこの日何度目かの出発。背後は水晶島。
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磯船とゴムボートが、貝殻島手前ですれ違う。
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 歯舞諸島と周辺海域は本来、ロシアの海洋保護区に指定されているはずであり、以前は国境警備隊以外の船を見ることは稀だった。それがこの数年、制度が変わったのか、密漁の横行が黙認されているのか、ごく普通の光景となった。こうして獲られたウニは根室をはじめ道内各地へ、「ロシア産」あるいは「北方四島産」ウニとして安く出回ることになる。近年の水揚げ量は、ロシアの当該海域での割当て量をはるかに超えているとの指摘もあるから、密漁もかなりのウエイトを占めるのだろう。


「ロシア産」生ウニ
このような折が780~980円程度で売られ、根室ではそれよりはるかに安い。この折は赤みの強いエゾバフンウニが中心のようだ。
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 先週あたりから、納沙布岬周辺でのラッコによるウニの食害がさかんに報道されている。常時複数頭見られるようになったラッコが、放流したウニを食い尽し、深刻な被害を与えているという、よくある図式である。多くの報道では、ラッコの目撃頻度や数の増加について、「千島列島での手厚い保護の結果、数が回復してきた」というような見方がなされている。果たして本当だろうか。従来豊かな海だったはずの歯舞諸島周辺での、最近のウニをはじめとした資源の収奪ぶりをみると、「向こう」の海中環境が大幅に悪化した結果、「こちら」の沿岸に押し寄せて来ざるを得なくなったのではないかとも考えてしまう。少なくともその可能性も念頭に入れて、議論を進めるべきだろう。


ラッコ
2009年7月 北海道根室市
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岩に上陸したラッコ
2009年7月 北海道根室市
このような姿勢だと、カワウソ等と同じイタチ科の動物であるのがよくわかる。
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 同じような心配を、ゼニガタアザラシに対しても抱いている。道東だけの数でみたら増加傾向にあるが、極東側の分布の中心とされる歯舞・色丹の現状が不明のまま手放しに喜んだり、それで被害が増えたからといって駆除を検討したりすることが妥当だろうか。気が付いてみたら歯舞・色丹が滅茶苦茶な状態になっており、個体群としての存続すら危うくなっていることはないかと案じるのは杞憂だろうか。過剰な漁獲による海の環境の変化や海上交通の活発化は、ケイマフリ、エトピリカなどの海鳥類にもやはり影響を与えているはずである。
 十数年前、納沙布岬から歯舞の島々を望み、国境警備隊の船しか航行しない海や貝殻島、オドケ島等に大挙して上陸するアザラシを見ると「まだ聖域がある」との安心感に浸れたものだが、最近では岬から島々を見るたびにそうした安堵感は消え失せ、危機感のみが募るのが残念である。


ゼニガタアザラシの親子(左が新生仔)
2009年6月 北海道東部
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ケイマフリ(冬羽)
2009年12月 北海道根室市
冬羽とはいえ脚にほとんど赤みが無いのは若い鳥?
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(2010年3月15日   千嶋 淳)


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