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鳥キチ日記

北海道・十勝で海鳥・海獣を中心に野生生物の調査や執筆、撮影、ガイドを行っていた千嶋淳(2018年没)の記録

雨の日もまた良し

2007-06-20 23:52:55 | 自然(全般・鳥、海獣以外)
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All Photos by Chishima,J.
小雨降る河川敷のノゴマ・オス 2007年6月 北海道中川郡幕別町)


 小雨に煙る河川敷の草原で、1羽のノゴマの雄に出会った。水滴が与えた艶が草々の瑞々しさを引き立て、その中に打ち込まれた測量杭を赤く染める塗料や巻かれたピンクテープの蛍光色さえも飲み込もうとしている朝、1羽のノゴマの雄に出会った。彼の体は濡れていたがそこにみすぼらしさは無く、彼も今の自分の状態に不自由を感じている風ではなかった。つい先頃、雨が降り出すまでは力強く囀っていたようだが、今は囀るでもなく、かといって近くの潅木に引っ込むでもなく、この弱い雨に打たれている。晴天時なら青空や土埃に掻き消されそうなボディの褐色が、喉のルビー色や眉、喉の白線、目先の黒色に劣ることなく、背後の緑に映えて優しい対比を成していたのが印象的だった。

                  *
 「ケケシ、ケケ」、近くでオオヨシキリが弱々しく鳴いた。日本の多くの水辺で代表的な夏の小鳥である本種も、十勝地方では分布の辺縁であるせいか数が少なく、出会いの機会は少ない。もっとも、十勝川が直線化され、背後の湖沼や湿原が埋め立てや乾燥化される以前の数十年前には、少なからぬ数がいたようであるが。それはともかく、本州の草いきれに噎せ返る真夏のヨシ原であっても力強く、そしてけたたましく自己主張する本種を見て育ってきた私にとって、十勝のオオヨシキリが何とも自信無さげに、かつ途切れ途切れに囀るのがいたく不思議である。周囲に同類が少なく不安なのか、あるいは替わって近縁種のコヨシキリが多くて遠慮しているのか…。そんな思いに捉われていると、件のオオヨシキリは去年の枯れ草を伝って姿を現してくれた。本州でなら毒々しいほど鮮やかな目一杯に開いた口中の赤も、半開きの口中では中途半端な赤に感じた。


オオヨシキリ
2007年6月 北海道中川郡幕別町
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コヨシキリ
2007年6月 北海道中川郡池田町
こちらは晴れた朝に撮影したもの。白い眉斑上の黒線が特徴。歌はオオヨシキリより軽快でリズミカル。
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 本州以南の各地から梅雨入りや大雨の報が聞こえてくる今日この頃だが、梅雨とは無縁と思われている北海道でも6月後半から7月前半にかけて雨や曇天が続き、「蝦夷梅雨」などと呼ばれたりもする。
 雨が降ると、自身や機材が濡れるのを避けてつい野外に出なくなりがちだが、実は雨の日は雨の日なりの魅力がある。上記ノゴマのように晴天の乾燥した時より周囲の緑をはじめとした風景が優しいタッチになることにくわえ、猛禽類など天敵が不活発になっていることから来る寛容さによるのか、鳥がこちらの接近を許してくれる。またこの時期、晴天時には午前中の早い時間に活動を停止してしまうか、少なくとも人間の目には付きにくくなる多くの小鳥が日中でも観察可能なのも雨天時の魅力の一つといえる。


正面顔(ノゴマ・オス)
2007年6月 北海道中川郡幕別町
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 雨に濡れてその美しさを増すのは、何も鳥だけではない。これからの時期原野や湿原を彩るヒオウギアヤメやノハナショウブといったアヤメ類の青は、雨や霧の雫に濡れ、暗雲を背後にしてより映える気がする。アヤメに限らず、フウロの類やツユクサ等青~紫系の花は、雨と結びついた時に美しさの真価を発揮すると感じるのは私だけだろうか。
 ノゴマやオオヨシキリを観察した日の午後、いよいよ本格的に降り始めた雨の中、海岸の原生花園へ出かけた。予想通り、ぽつぽつ咲き始めたアヤメ類の紫は生き生きとしていたが、いざ写真を撮ろうという段になって、花用のレンズを持って来ていないことに気付いた。自分のドジさに苦笑しながら、一方で肩の荷が下りたような気もして、誰もいない原生花園での昼寝を楽しんだ。


ヒオウギアヤメ
2006年6月 北海道中川郡豊頃町
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6月中・下旬の花4点

カラマツソウ
2007年6月 北海道帯広市
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サイハイラン
2007年6月 北海道帯広市
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コケイラン(黄色の花)
2006年6月 北海道中川郡幕別町
右側にはピンク色のサイハイランの姿も見える。
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エゾノハナシノブ
2007年6月 北海道帯広市
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(2007年6月20日   千嶋 淳)


「美しい」歌い手

2007-04-25 22:05:05 | 自然(全般・鳥、海獣以外)
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All Photos by Chishima,J.
エゾアカガエル 以下すべて 2007年4月 北海道十勝郡浦幌町)


 予定していた用事が午前中に片付いたのは、4月にしては暑い日だった。折からの気温の高さによる陽炎にくわえ、風も出てきたので水辺の鳥の観察・撮影は諦め、入ったことのない適当な林道に分け入った。林はカラマツの幼齢林を主体とし、これといって見るべきものもなかったが、途中フクジュソウ群落の黄色に目を奪われ、車を止めて窓を開けた。気温の高い昼下がりに特有の温暖な空気が流れ込むと同時に、甲高い喧騒が耳に飛び込んできた。「キュア、キュア…キロッ、アアア…」。知らなければ鳥の声、特にコガモやマガンの声のように聞こえるかもしれない。しかし、ここは山中の林道。
 声の主はエゾアカガエル。道路下を流れる沢の脇にある小さな池からのようだ。学名をRana pirica といい、種小名の「ピリカ」はアイヌ語で「美しい」を意味している。姿の方はともかく、声の方はその名に恥じないものといえる。
 双眼鏡で覗き込むと、多数の蛙が右往左往している。ゆっくり路肩を下るが、流石に着く頃には先程までの喧騒が嘘の様な静寂に包まれていた。ササの陰に身を隠して待つことおよそ10分。池の奥から回復してきた合唱は飽和して大合唱となり、周囲を包み込んだ。同時に警戒を解除した蛙が、そこかしこで活動を再開した。
 産卵にはまだ早いのか卵塊は見当たらないが、抱接している雌雄の姿が多い。中には三、四匹の雄に抱きつかれている雌もいる。もっとも、雌はそんな雄どもを大きな後ろ足で力強く振り払っていたから、必ずしも雄の力づくではないらしい。産卵は込み合ったこの池を避けるのか、抱接したまま上陸し、どこかへ消えてゆくペアも少なからずいる。


大人気?(エゾアカガエル
下の赤っぽいメスに、少なくとも3頭のオスが抱きついている。
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 風が止んだようだ。空の青と木々の枝振りが、浅い水底に降り積もった去年の落葉とともに水面に映える。景色はまだ寒々しいが、陽光が燦燦と注ぐこの小さな池は蛙たちの生命力で満ち溢れている。


抱接(エゾアカガエル
澄んだ水は水底と水面を同時に映す。
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(2007年4月25日   千嶋 淳)


哀しきキツネ

2006-11-24 15:14:41 | 自然(全般・鳥、海獣以外)
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All photos by Chishima,J.
キタキツネ 2006年11月 北海道広尾郡大樹町)


 T川の河口は、十勝海岸の中でも私の好きな場所の一つである。川自体は改修によって直線化されているが両岸には湿原が広がり、それを高台から俯瞰するとなかなか豪快な眺めとなる。ただ、いつもの周遊コースからはちょっと離れていることもあり、この日久しぶりに訪れた。時刻は午後の3時ではあったが、すっかり短くなった晩秋の陽がヨシ原を黄褐色に、ハンノキ林を黒褐色に照らし、期待通りの景観を呈してくれた。ただ、鳥の方はさっぱりで、期待していた猛禽類や小鳥の姿は皆無に等しい。海上に目を転じると、クロガモやシノリガモをはじめとした海ガモ類やアビの姿がちらほら見えるのが、迫りつつある冬を示唆している。

シノリガモ
2006年11月 北海道広尾郡大樹町
左端がメスで、ほかはオス。オスは「道化師カモ」という英名そのものの顔をしている。
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 帰途につこうと観察器具等を片付けていると、どこからか1匹のキタキツネが歩いて来た。ふさふさの冬毛が周囲の冬枯れた風景に馴染み、夕陽に照らし出されて美しい。私は車の陰に身を隠し、望遠レンズを構えようとしたがキツネはどんどん近寄って来る。珍しいこともあるものだと慌てて標準レンズに付け替えたが、キツネは我々から10mくらいの距離で止まってこちらを凝視している。これは幸運な出会いだとしばらくシャッターを切っていたが、驚いたことにキツネは近付いてきて、車の傍に落ちていたゴミに興味を示し始めた。さらには車にも興味を示し、中を覗き込むような仕草をしている。この瞬間にすべてを理解した。これは幸運な出会いなんかではない!このキツネは餌付いているのだ。試しにこちらから近付いてみると、一瞬警戒こそすれ、我々が立ち止まると逆に寄って来る始末だ。油断していると、鼻先を摺り寄せてきそうな距離までやって来る。なんともいえぬ哀しい気分になり、キツネを追い払った。キツネはしばし遠巻きにこちらを見ていたが、やがて夕闇迫る原生花園の中に吸い込まれるように消えていった。


上目遣いで接近中(キタキツネ
2006年11月 北海道広尾郡大樹町
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車に興味を示す(キタキツネ
2006年11月 北海道広尾郡大樹町
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人に急接近(キタキツネ
2006年11月 北海道広尾郡大樹町
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 帰りの車中、なぜこんな場所に「観光ギツネ」のような個体がいるのだろうと不思議に思い、考えた。「観光ギツネ」とは観光客の多い道路や駐車場に住み着き、観光客の与える餌に依存しているキツネで、各地で見られる。ここは観光客などそうそう訪れる場所ではなく、夏のシーズンには花目当てに多少の人はやってくるが、それにしても微々たるものだし、そういう人達はそれなりに自然との付き合い方もわかっているだろうから、キツネに餌を与えることもなかろう。


「観光ギツネ」2点(キタキツネ
2006年6月 北海道河東郡鹿追町

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 と、高台の一部で何かの工事をやっていたのを思い出した。否、厳密に言えば休日なので工事は休みだったが、何かの施設を建築中で、「こんな場所に景観を損ねるようなものを作らなくても…」と思ったのを思い出したのだ。おそらくキツネはそこで人に慣らされたのではないか。初めは、その辺に捨てていた弁当の余りの御相伴に預かりに来ていただけかもしれない。そのうち皆の目に触れるようになり、可愛さのあまり餌を与えるようになり、そう時間のかからない内に手渡しで餌をもらうようになったのだろう。


大口開けて(キタキツネ
2006年11月 北海道広尾郡大樹町
牙を剥き出しにして怒って…いるのではなく欠伸中
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 工事は雪が降れば終了もしくは春まで中断となるだろう。しかし、ここで餌をもらうことに味をしめたキツネは通い続けるだろう。もちろん、雪に閉ざされた原野に餌を持った人など来るはずもない。数ヶ月の餌付けでこの個体の狩りの能力が落ちていたとしたら、あるいはもしこの個体が幼獣で人から餌をもらうしか生きてゆく術を知らなかったとしたら、一瞬の餌付けはキツネにとってかえって仇になるだろう。
 それだけではない。有名なようにキタキツネはエキノコックス症を媒介する。キタキツネとネズミ類の間で生活環を成立させている多包条虫が人体に寄生することで発生し、肝臓や脳を侵し、死に至らしめる場合もある。手渡しで餌を与えるなどという行為は、自殺行為に等しい暴挙である。
 「危険」で人馴れしたアザラシについてふれたように、野生動物との不用意な接触は動物と人間の双方にとって不幸を招くことを再認識する必要がある。


黄昏の湿原を背景に(キタキツネ
2006年11月 北海道広尾郡大樹町
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(2006年11月24日   千嶋 淳)


冬支度

2006-11-11 20:36:21 | 自然(全般・鳥、海獣以外)
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All photos by Chishima,J.
エゾリス 2006年10月 北海道帯広市)


 木漏れ日の照明が黄色く染め抜いた林床を、数匹のエゾリスが忙しなく駆け回っている。既に多くの個体で赤褐色の夏毛は前肢や後肢の一部に留める程度で、灰褐色の厚い冬毛がほぼ全身を覆っている。風も無い穏やかな秋晴れの下、リスたちはチョウセンゴヨウマツの実やカシワまたはミズナラの実(ドングリ)など、各自好みの餌での食事に夢中だ。観察していると、中にはクルミの実をくわえたまま遠くへ走り去ってゆく個体もいる。一体どこへ行くのだろうか?
餌を求めて駆けるエゾリス
2006年10月 北海道帯広市
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クルミをくわえて走るエゾリス
2006年10月 北海道帯広市
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 リスの早足の足元にも及ばない私の追跡では、最後まで見ることはできなかったが、状況から推測するに林内のどこかへクルミを貯蔵していたのだろう。長く厳しい冬を目前に控えたこの季節、リスたちは林内の土中や木の股などへの貯食を活発に行う。シマリスの貯食が冬眠中時折覚醒した際の食料なのに対し、冬眠しないエゾリスでは常食となるから、その熱心さもひとしおだ。いろいろな場所へ分散して食料を貯蔵し、その距離は数百mから時に1kmに及ぶこともあるという。


エゾリス
2006年10月 北海道帯広市
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シマリス
2006年6月 北海道大雪山系
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 「フィフィフィフィ…」。エゾリスの合間を縫うようにゴジュウカラがやはり数羽、地面に降りて跳躍しながら餌を探している。無事餌を発見した個体はすぐさま木の幹に戻り、樹皮の隙間に餌を挟んで固定してから、のみ状の嘴でつついて食べる。こちらの餌はヒマワリの種だ。ヒマワリの種など、もちろん自然界では林内に存在しないものだが、この都市公園ではエゾリスへの給餌が半ば公然と行なわれており、そうした人たちが撒いてリスが食べ残したものだろう。それにしてもゴジュウカラもひっきりなしに、地上と木の幹を往復している。どうやら食べているのは採取した内の一部で、やはり多くは蓄えている模様だ。


地上で餌を探すゴジュウカラ
2006年10月 北海道帯広市
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樹皮の間に餌を挟んで食べるゴジュウカラ
2006年10月 北海道帯広市
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 よくこのようなリスや小鳥が貯食した実の一部が「忘れられて春に発芽し、森や林を広げてゆく」というような話が解説書等にもっともらしく書かれ、それを読んで自然界の見事な仕組みに頷いたりもする。しかし、このことは科学的には証明されていないのだそうだ。動物たちが「忘れる」ことを証明することの困難さからである。室内実験では、鳥は貯食した場所周辺の木や石を手がかりに、かなり長期間にわたって正確に記憶しているらしい。たしかに、生命線となる食料の貯蔵場所をそう迂闊に忘れて良いほど冬の動物たちの生活は余裕に満ちていないだろうし、もし忘れてしまうくらいならそのような行動が進化することもなかっただろうという気もする。本当のところは当の動物のみ、あるいは食われる側の植物のみぞ知るところなのだろうが、麗らかな日和の下にあるこの街中の緑地でも来るべき飢えと寒さの季節への準備が、体の内外へ栄養を蓄えこむ形で着実に行われ、束の間の暖と穏を楽しむ余裕があるのは人間くらいのようである。


ゴジュウカラ
2006年10月 北海道帯広市
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 上記の描写や写真は今からおよそ半月ほど前のものである。気が付けば暦は立冬を過ぎ、残った葉を散らして原野の風景をより冬枯れに近付ける冷たい雨が降っている。鳥の世界でもアオジをはじめとした夏鳥がほぼ姿を消し、僅かに残ったカワラヒワやベニマシコなども一部の越冬個体を除いて近々渡ることだろう。代わってハクチョウ類やワシ類など、冬の使者の姿は目に付くようになってきた。今年はオオモズやキレンジャクなども早い時期から観察されているが、冬鳥の渡来状況はどうだろうか?久しぶりに極北の小鳥で沸く冬があっても良いのではないだろうか、と密かに楽しみにしている。いずれにしても季節の変わり目は近く、それは取りも直さずエゾリスやゴジュウカラがあの穏やかな秋の日に溜め込んだ食料を当てにする日も近いということである。


ベニマシコ(メス)
2006年10月 北海道中川郡豊頃町
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オオハクチョウの飛翔
2006年10月 北海道河東郡音更町
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オオモズ
2006年11月 北海道中川郡豊頃町
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(2006年11月11日   千嶋 淳)


昔日の名残

2006-05-09 01:09:20 | 自然(全般・鳥、海獣以外)
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Photo by Chishima,J. 
耕地や道路に囲まれた残存林 2006年4月 北海道十勝川下流域)

 4月下旬、季節はずれの夜半の大雨が十勝川とその支流を濁流に変えた。一夜明けて十勝川下流域を訪れてみると、川幅の狭い支流は堤防直下まで勢いよく泥混じりの水を流下させ、所々農地や時には道路までもが冠水しており、通行止めになっている箇所もあった。河川の改修や灌漑・排水がこれだけ発達した現代でもこうなのだから、治水技術の及ばなかった頃はさぞかし大変だったに違いない。もっとも治水の利便と引き換えに、あまりにも多くの湿地や湖沼が失われたのではあるが。
豪雨後の風景
2006年4月 北海道十勝川下流域


手前の杭は堤防、通常はヤナギ林の背後を川が流れる。
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濁流は中央の堤防を超え、背後の農地を大きな池に変えた。
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Photos by Chishima,J. 

 そんなことを考えながら農耕地をめぐっていると、ある林が目に止まった。農耕地内の残存林や防風林はこの地方では普通の風景なので、普通だったら気に留めることもないのだが、若いカラマツやヤチハンノキを主体とする貧弱な林が多い中で、ハルニレなどの大木から成るこの林には目を惹かずにいられなかった。周辺は足繁く通っている地域ではあるが、いつもの巡回コースから外れているため、今まで気付かずにいたようだ。
 早速足周りを長靴に変えて明渠排水を飛び越えると、林に歩を踏み入れた。耕地内の林、特にカラマツ林は林床や植生の階層構造が乏しいのを特徴とするが、ここは違う。長さ数100m、幅せいぜい50mの小面積ではあるが、しっかりとした三次元構造が林に「厚み」を感じさせる。特に林床は周囲の冬とも春ともつかない風景とは裏腹に、既に様々な色が春を演出している。残雪に変わってその純白によって青空との美しい対比を作り出しているのは、アズマイチゲの群落だ。そうかと思えば、こちらではエゾエンゴサクの青とキバナノアマナの黄がパッチ状に混生し、目に眩しい彩を醸し出している。全体の色調を緑に統一しているのはフッキソウ、一様な緑になりかけるとザゼンソウがぬっと顔を現し、決してマンネリを許さない。春の林の足元はかくも美しかったか…。

アズマイチゲ
2006年4月 北海道十勝川下流域
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エゾエンゴサク
2006年4月 北海道十勝川下流域
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キバナノアマナ
2006年4月 北海道十勝川下流域
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ザゼンソウ
2006年4月 北海道十勝川下流域
周囲はフッキソウなど。
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Photos by Chishima,J. 

 至福の一時を満喫していると、物音とともに背後をエゾユキウサギが駆けてゆくではないか!屈みこんで食い入るように花を見ている私に気付かないのか、すぐ後ろで止まった。カメラを構えたい気持ちをぐっとこらえ、目だけウサギに向ける‐今それ以外の動きを示したら、ウサギはまさに脱兎のごとく逃げてゆくだろう‐。一分ほど無言の対峙が続いた後、ウサギは再び跳躍を繰り返しながら林外へと消え、束の間の一期一会は幕を閉じた。あとに残ったのはハシブトガラやゴジュウカラの朗らかな囀り。そういえばこの林は面積の割りにカラ類やキツツキ類の影が濃いことに気付く。キバシリまで鳴いている。彼らの営巣やねぐらの場所となる樹洞がそれだけ豊富ということであろう。繰り返すが、たかだか幅数100m、幅は50mにも満たない耕地残存林である。

エゾユキウサギ(夏毛へ移行中)
2006年4月 北海道十勝川下流域
写真は農耕地へ出てきた個体。
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ハシブトガラ
2006年4月 北海道帯広市
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Photos by Chishima,J. 

 人里離れた桃源郷に迷い込んだかのような私の白昼夢を、すぐ横の道路を走るトラクターが打ち破っていった。どのような事情があったのかはわからないが、周辺の森林や原野が開墾や灌漑によって急速に失われる中で、この一角だけは少なくともこの何十年か人の支配を受けずに歩んできたようだ。開拓からおよそ100年、ことごとく切り開かれたかに見える大地にこのような昔日の名残を見出すのは悪くない心持ちである。先日見たフクジュソウの大群落は、巨木の残る神社の片隅だったっけ。近くないどこかでタンチョウが鳴いた。

フクジュソウ
2006年4月 北海道十勝川下流域
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Photo by Chishima,J. 

(2006年5月8日   千嶋 淳)