
Photo by Chishima,J.
(エゾリス 2006年4月 北海道帯広市)
「ガシガシガシ…」。1匹のエゾリスが地上に落ちたカラマツの種子を齧っている。平日の昼間は人通りが絶えないこの場所も、土曜の朝とあって今はエゾリスの独壇場だ。周辺の梢からはカラ類やマヒワの囀りが心地よいBGMとして、柔らかな陽射しとともに降り注ぐ。
忙しないリスとは対照的に、こちらはじっくり観察を決め込む。地上に樹上に落ち着きのなかったリスが、エゾノコリンゴの樹上にとどまって何かしている。双眼鏡を当てると、はたして冬を越してドライフルーツ状になっているコリンゴの実を採食している最中だった。太目の枝をしっかりと後肢で掴み、体の前半部を伸ばして、前肢で不安定な枝先を押さえながらの、実に器用な食事である。
枝先で採餌するエゾリス
2006年4月 北海道帯広市

Photo by Chishima,J.
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「チョッ、ピィー、チョチョ…」。雪解け水を集めて滔々と流れる川の畔にその声を聞いた。渡来直後で疲れているのか、弱々しい声ではあるが確かにアオジの囀りである。十勝地方の夏鳥の渡来は3月20日過ぎのヒバリに始まるが、4月15日前後にアオジが到来すると、夏鳥の渡来も本格化した感がある。いわば夏鳥シーズンの開幕といえる。力弱い1羽の声は、ともすれば早瀬の音にかき消されてしまいそうだが、半月後の夜明けにはこの河畔林は、アオジの囀りで満ち溢れているはずだ。その情景を思い浮かべながら、足元に目をやると、淡い緑が瑞々しいフキノトウが残雪を破って顔を覗かせていた。
雪解け期の川
2006年4月 北海道帯広市
冬期の渇水から一転して膨大な水量が流れる。

Photo by Chishima,J.
アキタブキ(いわゆるフキノトウ)
2006年4月 北海道帯広市

Photo by Chishima,J.
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「フィーフィーフィーフィー」。ゴジュウカラの澄んだ声が響き渡る、明るい林の湿った地面にザゼンソウの花を見つけた。開きかけのためか、毒々しさを感じさせない。周囲の林床を気も早く深緑の絨毯にさせているフッキソウは、まだつぼみかつぼみにもなっていないものが大部分で、見ごろはもう少し後になりそうだ。近くのシラカンバの樹洞から、1羽のゴジュウカラが弾丸のごとく勢いよく飛び出していった。巣作りの最中だろうか。
ザゼンソウ
2006年4月 北海道帯広市

Photo by Chishima,J.
樹洞から飛び出すゴジュウカラ
2006年4月 北海道帯広市

Photo by Chishima,J.
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「キュロキュロキュロ…、クアアアア」。森の中にある小さな池の周囲は、エゾアカガエルの甲高い声の喧騒に包まれていた。風もなく周りの木々と空の青を映した穏やかな水面をよく見ると、所々から潜望鏡のようにカエルの顔が突き出している。脇の潅木では、今しがたまで地面で餌を摂っていたカシラダカのオスが、カエルと張り合うかのごとく美声を披露し始めた。北へ帰る間際の冬鳥と、冬眠から覚めたばかりのカエルがシンクロした、贅沢な瞬間だ。なおも歩を進めるとカエルたちは三々五々、池の底へ身を潜めてしまい、先ほどまでの賑わいが嘘のような静寂だけが残った。池の端に屈みこんで水面を覗けば、そこかしこに卵塊が。新しい生命の誕生も間近である。
エゾアカガエルの産卵池
2006年4月 北海道帯広市

Photo by Chishima,J.
水面から顔を覗かすエゾアカガエル
2006年4月 北海道帯広市

Photo by Chishima,J.
エゾアカガエルの卵塊
2006年4月 北海道帯広市

Photo by Chishima,J.
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「ピィーヨ!」。数羽のヒヨドリが騒々しい。どうやら、ヤナギの花を食べるのに夢中なようだ。ふと何かがひらひらと、視界の片隅を横切った。蝶だ。思わず追いかける。地面に降りたのを確認し、近寄るとクジャクチョウであった。成虫のまま越冬する本種は、他の蝶に先がけてまだ寒い時期から姿を現す。大地や枯れ木の褐色と残雪の白色が入り混じった物憂い風景に、妖艶な雰囲気を漂わせたクジャクチョウが彩を添えていた。
ヤナギの花を食べるヒヨドリ
2006年4月 北海道帯広市

Photo by Chishima,J.
クジャクチョウ
2006年4月 北海道帯広市

Photo by Chishima,J.
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春の風物詩を心行くまで堪能した休日の翌朝、鉛色の空から降り出した雪は原野を再び白銀に染め抜き、現在も降り続いている。こうしたことをあと数回繰り返して、この十勝にも本当の春がやってくる。
(2006年4月16日 千嶋 淳)