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鳥キチ日記

北海道・十勝で海鳥・海獣を中心に野生生物の調査や執筆、撮影、ガイドを行っていた千嶋淳(2018年没)の記録

春風に誘われて…

2006-04-16 22:12:38 | 自然(全般・鳥、海獣以外)
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Photo by Chishima,J. 
エゾリス 2006年4月 北海道帯広市)

 「ガシガシガシ…」。1匹のエゾリスが地上に落ちたカラマツの種子を齧っている。平日の昼間は人通りが絶えないこの場所も、土曜の朝とあって今はエゾリスの独壇場だ。周辺の梢からはカラ類やマヒワの囀りが心地よいBGMとして、柔らかな陽射しとともに降り注ぐ。
 忙しないリスとは対照的に、こちらはじっくり観察を決め込む。地上に樹上に落ち着きのなかったリスが、エゾノコリンゴの樹上にとどまって何かしている。双眼鏡を当てると、はたして冬を越してドライフルーツ状になっているコリンゴの実を採食している最中だった。太目の枝をしっかりと後肢で掴み、体の前半部を伸ばして、前肢で不安定な枝先を押さえながらの、実に器用な食事である。

枝先で採餌するエゾリス
2006年4月 北海道帯広市
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Photo by Chishima,J. 
                  *
 「チョッ、ピィー、チョチョ…」。雪解け水を集めて滔々と流れる川の畔にその声を聞いた。渡来直後で疲れているのか、弱々しい声ではあるが確かにアオジの囀りである。十勝地方の夏鳥の渡来は3月20日過ぎのヒバリに始まるが、4月15日前後にアオジが到来すると、夏鳥の渡来も本格化した感がある。いわば夏鳥シーズンの開幕といえる。力弱い1羽の声は、ともすれば早瀬の音にかき消されてしまいそうだが、半月後の夜明けにはこの河畔林は、アオジの囀りで満ち溢れているはずだ。その情景を思い浮かべながら、足元に目をやると、淡い緑が瑞々しいフキノトウが残雪を破って顔を覗かせていた。

雪解け期の川
2006年4月 北海道帯広市
冬期の渇水から一転して膨大な水量が流れる。
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Photo by Chishima,J. 

アキタブキ(いわゆるフキノトウ)
2006年4月 北海道帯広市
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Photo by Chishima,J. 

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 「フィーフィーフィーフィー」。ゴジュウカラの澄んだ声が響き渡る、明るい林の湿った地面にザゼンソウの花を見つけた。開きかけのためか、毒々しさを感じさせない。周囲の林床を気も早く深緑の絨毯にさせているフッキソウは、まだつぼみかつぼみにもなっていないものが大部分で、見ごろはもう少し後になりそうだ。近くのシラカンバの樹洞から、1羽のゴジュウカラが弾丸のごとく勢いよく飛び出していった。巣作りの最中だろうか。

ザゼンソウ
2006年4月 北海道帯広市
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Photo by Chishima,J. 

樹洞から飛び出すゴジュウカラ
2006年4月 北海道帯広市
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Photo by Chishima,J. 

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 「キュロキュロキュロ…、クアアアア」。森の中にある小さな池の周囲は、エゾアカガエルの甲高い声の喧騒に包まれていた。風もなく周りの木々と空の青を映した穏やかな水面をよく見ると、所々から潜望鏡のようにカエルの顔が突き出している。脇の潅木では、今しがたまで地面で餌を摂っていたカシラダカのオスが、カエルと張り合うかのごとく美声を披露し始めた。北へ帰る間際の冬鳥と、冬眠から覚めたばかりのカエルがシンクロした、贅沢な瞬間だ。なおも歩を進めるとカエルたちは三々五々、池の底へ身を潜めてしまい、先ほどまでの賑わいが嘘のような静寂だけが残った。池の端に屈みこんで水面を覗けば、そこかしこに卵塊が。新しい生命の誕生も間近である。

エゾアカガエルの産卵池
2006年4月 北海道帯広市
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Photo by Chishima,J. 

水面から顔を覗かすエゾアカガエル
2006年4月 北海道帯広市
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Photo by Chishima,J. 

エゾアカガエルの卵塊
2006年4月 北海道帯広市
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Photo by Chishima,J. 

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 「ピィーヨ!」。数羽のヒヨドリが騒々しい。どうやら、ヤナギの花を食べるのに夢中なようだ。ふと何かがひらひらと、視界の片隅を横切った。蝶だ。思わず追いかける。地面に降りたのを確認し、近寄るとクジャクチョウであった。成虫のまま越冬する本種は、他の蝶に先がけてまだ寒い時期から姿を現す。大地や枯れ木の褐色と残雪の白色が入り混じった物憂い風景に、妖艶な雰囲気を漂わせたクジャクチョウが彩を添えていた。

ヤナギの花を食べるヒヨドリ
2006年4月 北海道帯広市
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Photo by Chishima,J. 

クジャクチョウ
2006年4月 北海道帯広市
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Photo by Chishima,J. 

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 春の風物詩を心行くまで堪能した休日の翌朝、鉛色の空から降り出した雪は原野を再び白銀に染め抜き、現在も降り続いている。こうしたことをあと数回繰り返して、この十勝にも本当の春がやってくる。

(2006年4月16日   千嶋 淳)


雨中日記

2005-07-16 23:29:57 | 自然(全般・鳥、海獣以外)
 先週までの30℃を越える猛暑が嘘のような曇天が、ここ数日続いている。週間予報を見ても暫くは曇りと雨の繰り返しで気が滅入る。北海道には梅雨は無い筈なのだが、6月後半から7月前半のこの時期、すっきりしない天候が続くことが多く、蝦夷梅雨(えぞつゆ)などと言われたりする。これは熱帯気団と寒帯気団の境界である寒帯前線が、北海道にもかかることが多いためらしい。
 今日も十勝野には低い雲が垂れ込めていた。内陸では時折薄日も差したが、川沿いに出ると完全に霧雨の状態である。十勝川沿いにはかなりの内陸にまで霧が入ってくる。かつては湿原の中を蛇行して流れていた暴れ川を、直線的な水路に改修したためだろうか…。

霧雨に煙る十勝川
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Photo by Chishima,J.

 葉に纏わりついた水滴が瑞々しいオオイタドリ群落の背後、1本の枯れ木にチゴハヤブサの姿を認めた。本来はふわふわな羽毛も折からの霧雨でじっとりと濡れ、何ともみすぼらしい。普段なら飛ばれてしまいそうな距離だが、濡れた翼で飛ぶのが億劫なのか、横目でこちらを一瞥しながらも飛び立つ気配は一向に無い。

冷たい雨にじっと耐えるチゴハヤブサ
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Photo by Chishima,J.


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 チゴハヤブサは、日本では北海道と東北地方の一部でのみ繁殖するハヤブサの仲間であるが、十勝地方では比較的普通に観察できる猛禽類といえる。5月10日前後に渡来し、10月上旬までは見られる。平野部の農耕地に多く、農耕地内の防風林にあるカラスの古巣は格好の営巣場所である。猛禽類というと他の鳥類や哺乳類を捕食するイメージが強いが、本種は専ら昆虫類を捕食する。写真のように捕えた昆虫を、脚で掴んだまま空中で食べている姿を観察することが多い。夏の終わりから秋口にかけては、湿原の上空などを旋回しながら、トンボ類をひっきりなしに捕えては食べているのをよく目にする。勿論鳥類もその食物には含まれており、秋に砂浜でトウネンを追いかけているのを見たことがある。

チゴハヤブサ4態

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Photo by Chishima,J.

飛翔時には、アマツバメ類に似た鎌型の翼が特徴的
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Photo by Chishima,J.

農耕地内の電柱に見られることも多い
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Photo by Chishima,J.

捕らえた昆虫を空中で食べるチゴハヤブサ
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Photo by Chishima,J.

 堤防上を進んでいると、脇の叢から子ギツネが現れた。晩夏から初秋の子別れにはまだ早いが、どういうわけか母親の姿は付近に見当たらない。狩りにでも出かけたのか。久しぶりに見た子ギツネだが、1ヶ月前と比べるとだいぶ大きくなっている。それでも道端のクローバー相手にじゃれついて遊ぶ姿は、あどけない子供そのものである。私らの姿を見て一度は遠ざかって行ったが、路傍での戯れに夢中になる余りか、再び近付いてきた。折角の機会とばかりこちらもシャッターを切るが何しろこの天候、シャッターが落ちるよりも早く子ギツネが動く。

みすぼらしい雨中の子ギツネ
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Photo by Chishima,J.

 最近またキツネが増えたように思う。私が北海道に来た10年少し前は、本当にキツネが多かった。帯広の郊外には、夜になると市街地のゴミ捨て場を漁りに行く「都市ギツネ」達がいた。その後疥癬が流行したと言われた頃に、確かに目にする機会は少なくなった。それと同期して、定量的なデータを集めていたわけではないが、それまで余り出会うことの無かったエゾユキウサギの姿や痕跡を目撃することが多くなった。そして、ここ2、3年はキツネとの出会いの頻度がまた増えているように感ずる。エゾユキウサギやエゾライチョウは今後どうなってゆくだろうか。

五月の子ギツネ 
ただし上の写真とは別の場所で撮影
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Photo by Chishima,J.

 堤防斜面に打ち込まれた木杭の上で、ヒバリが喧しく囀っている。ヒバリは、ここ十勝では3月下旬、大地がまだ雪と氷に閉ざされている時期にいち早く渡来し、間近に迫った新しい生命で溢れかえる季節の存在を、歓喜の歌で高らかに鼓舞する春告鳥である。その春告鳥がこんな遅い時期の、それも日没間際の薄暮時に熱心に囀っているというのは、余程配偶者に恵まれない「もてない」個体なのか。それとも何回も繁殖を繰り返す旺盛な雄なのか。はたまた本種の囀り自体になわばりの誇示や異性の誘引といったものとは別の機能が存在するのか。

薄暗い原野で自己の宣伝に勤しむヒバリ
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Photo by Chishima,J.

 想像を逞しくしている内にも、ますます低く厚く地表を覆った雲は昼間の残光を遮り、夜の帳を招き入れようとしていた。こんな日は早く家に帰って、せめて南国の太陽に思いを馳せながら泡盛のロックでも呑むに限る。そう思うとエゾセンニュウとアマガエルの夜想曲に包まれつつある原野を後に、一路帰途についた。

(2005年7月4日     千嶋 淳)