久々にカヤックビルダーの洲澤さんからメールが届きました。私個人に宛てたものではなく、仲間うちへの通信で、時折「かもーてメール」という件名で回ってきます。今回「電子メールでお話しするには、矛盾のある内容ですし、普段は送信しない内容ですが、あえて送信します」とあり、「静かに明かりを消しましょう」と題し、山口県上関に建設予定の原子力発電所について、彼の思いが綴られていました。その中から抜粋して紹介します。
「生きる希望と力と充足感は、自らのうちにしか見いだせない。希望は自らが変わることのみによって生まれる。ぼくは若いころ、水俣に足をはこび、玄海松浦原発予定地に足をはこび、大分火力発電所予定地に足をはこび、そうおもった。
消費の渦から遠ざかる。それしか自らの暮らしぶりを変える方法はないと信じている。だから、ぼくは街から離れ、薪を切り、畠を耕し、カヤックを作り、漕いでいる。
ぼくの作るカヤックやパドルは口を利かない。だけど、「原発いらん!」その思いを、ぼくの方法で凝縮したのが、ぼくの作るカヤックとパドルだ。
自らの暮らしぶりが変わるぶんには誰も文句はいわない。僕は僕の方法で「原発いらん!」暮らしを続ける。」
彼はいつも声高に叫ぶわけではないけど、消費社会にあって生きる姿勢を自ら常に問い続け、体現しているんですね。
仕事上で理不尽な思いをさせられても、こうした知人たちのまっすぐな眼差しに触れることで、自分自身のバランスが保てているのだと思うと、何にというわけではないのだけど、いや「すべてのことに」かな、自然と感謝の気持ちが湧き上がってくるんだぁ。
「生きる希望と力と充足感は、自らのうちにしか見いだせない。希望は自らが変わることのみによって生まれる。ぼくは若いころ、水俣に足をはこび、玄海松浦原発予定地に足をはこび、大分火力発電所予定地に足をはこび、そうおもった。
消費の渦から遠ざかる。それしか自らの暮らしぶりを変える方法はないと信じている。だから、ぼくは街から離れ、薪を切り、畠を耕し、カヤックを作り、漕いでいる。
ぼくの作るカヤックやパドルは口を利かない。だけど、「原発いらん!」その思いを、ぼくの方法で凝縮したのが、ぼくの作るカヤックとパドルだ。
自らの暮らしぶりが変わるぶんには誰も文句はいわない。僕は僕の方法で「原発いらん!」暮らしを続ける。」
彼はいつも声高に叫ぶわけではないけど、消費社会にあって生きる姿勢を自ら常に問い続け、体現しているんですね。
仕事上で理不尽な思いをさせられても、こうした知人たちのまっすぐな眼差しに触れることで、自分自身のバランスが保てているのだと思うと、何にというわけではないのだけど、いや「すべてのことに」かな、自然と感謝の気持ちが湧き上がってくるんだぁ。