ブナとクリが亡くなったあと、やはり淋しかったのか、私にまとわりついてきたボッチ。犬たちを探すようにあちこち歩き回ったり、落ち着かない様子の日々が続いた。
犬たちがいた部屋でつまらなそうにしていたボッチ
そのうち、なぜか私の足を噛むようになった。知らぬ間に春が過ぎ、部屋の中では素足で過ごすようになった私には衝撃だった。急に足の甲やかかとに噛みついてくるのだもの。「い、痛いったら!」とふりほどくと、さらに飛びついてきたりするのだ。
それはまるで深い喪失感からの立ち直りのプロセスを見ているようだった。
ひとり取り残されてしまった現実におろおろして、その訳を問うかのように私にまとわりついていたかと思ったら、今度は怒りからなのか、八つ当たりをするように私に噛みついてくる。
本来はその次に受容期が訪れるとされているけれど、その頃にうちにカヤがやってきたのだ。
それまでは私を噛んでも私の近くにいたし、犬たちと過ごした部屋にいたのだけれど、カヤが来てからは、以前過ごしていた出窓とその近くに設置してあげたボッチのダンボールの家にいることが多くなった。
出窓でごろり
グルグル回りながらカヤがボッチに近づいていくと、ボッチは「フーッ!」「シーッ!」と威嚇していたけれど、カヤは全然気づかない。その後、ボッチはそんな拍子抜けの体験を何度もすることになる。
「確かに自分を見ているようだけれど、吠えるでもなく、そのうち向こうに行ってしまうコイツはいったい何者なんだろう?」とボッチはいぶかしそうにカヤを見ていた。
そのうちカヤが自分に危害を加えない相手であることが分かると、わざとカヤの近くをすり抜けたりするようになった。それでもカヤは見えないから何の反応もない。自分だけ気にかけて、やっぱり拍子抜けの様子のボッチ。
私はボッチがカヤに猫パンチをくらわし、目に傷を負わせることを心配していたのだけど、カヤがボッチに近付いて行っても、ボッチから手を出すことはないようだった。
最近カヤも、私のほかに何かいるということには気づいてきて(何しろ猫のオシッコやウンチは臭いがキツイからね)、ボッチの部屋に探索しに行ったりするのだけど、結局見えないために深追いはせず、私が居る場所を求めてやってくるのだった。
手作りのダンボールの家。屋根には爪とぎを設置している
ここのところボッチは、何もしない、どこか普通ではないカヤのいる生活に慣れて来て、カヤに近づいて匂いを嗅いだりしているし、黒ラブ3頭がいたときのように、私やカヤがいるソファーの縁で過ごすこともある。ボッチの喪失感も少しは紛れてきたのかもしれない。
カヤの避妊手術、乳腺腫瘍の切除、右目のゲンタマイシン処置、点眼薬等々で14万円以上かかってしまった。
なんで貧乏の私に持ち合わせがあったかというと、哀しいけれどブナとクリが逝ってしまい、医療費等の出費がなくなったからだった。切なくてどこにも出かけなかったし、酒は飲んでも美食に費やすわけでもなく、重なって仕事をこなしたおかげで対価も重なり、それが少し貯まっていたからだ。
どこかから借りなくてもカヤの治療費が出せたことは神様の采配だと思う。
そして、今月10日にカヤは左目もゲンタマイシン処置を行って毛様体を破壊した。いずれ両目とも萎縮してしまうかもしれないけれど、カヤが痛みから解放されてば、見れくれはやっぱり気にしない。
おまけにカヤの左耳は鼓膜が破れているようで、ものすごい汚れが鼓膜の再生を阻害する可能性があるため、全身麻酔が効いているうちに耳の中の毛を抜き、洗浄もしてもらった。長年の汚れは手ごわくて、まだまだ処置は続く。
左目の処置や耳、歯石の処置にも5万円以上かかった。これからもカヤに何かあるといけないから、来るものは拒まずに仕事を受けていたら、猛烈に忙しくなってしまい怒涛の日々だった。
忙しいときに限って父が急性前立腺炎とやらで入院し、何度か病院に行くことになったために、余裕のないスケジュールを組んでいた私はいきなりあっぷあっぷの状態に陥り、スケジュール管理の甘さを反省したのだった。
ああ、ブナの状態が悪化するなか、博多だ知多半島だって日帰りで取材に出かけ、あっぷあっぷしていた1月初旬にも、やっぱり父が自転車で転んで左腕を粉砕骨折し、何度か実家にいかなくてはならず、あのときも「忙しい時に限って」と思ったものだ。
でも、父だって好きでケガをしたり病気になったりするわけじゃないのだから、時間のやり繰りは私がしなくてはいけないのだ。腰を悪くしてヨチヨチしか歩けず、排尿障害でおむつをしながらも意に介さず、83歳になっても現役で好きで仕事をしているんだもの。大したものだと思う。
まだ数日、怒涛の日々が続きそうだけど、何とかがんばろう。明けない夜はないことだしネ。父のように意に介さず、カヤのように何でも受け入れて……。
目が見えないのに、私が移動した場所にいつの間にかちゃんとくっついて来ているカヤ。お風呂に入っていると、擦りガラス(正確には樹脂だけど)の向こうに、カヤが来ているのがわかる。脱衣場へは段差があるのに、まるで見えているように昇り降りして来る。
一番のお気に入りの場所は、やはり一日のうちで一番長く居る仕事部屋らしい。パソコンに向かっていて、ふと振り向くと犬の布団から外れて呆けたように眠っていた。
思わず近くに置いてあったデジカメでパチリ。次に振り向くと、また寝相が変わっていた。振り向くたびに寝相が変わっていて面白かったので、カヤの寝相4連発です。なんとしどけない……。
安心しきっている証拠でしょうか。うちに来た当初は左旋回するばかりで、気を許して眠りこける姿を見ることがなかなかできなかったから。
表情も柔らかくなり、すっかりうちの子になりました。