小さな栗の木の下で

保護犬のミニチュア・ダックスを引き取り、
小型犬との暮らしは初めて!という生活の中で、感じたことを徒然に…。

ピッコイ母、大丈夫かな。

2012-10-31 | 犬&猫との暮らし

 23日に亡くなったブナの姉妹犬ピッコイのことがブログに綴られていた。

 ピッコイ母がブログに書くことができたのは5日後のことだったし、「悲しみは癒えませんが、書き留める事で前に進めるかと思って書きました」というピッコイ母のメールに、彼女の哀しみの深さを思い知らされ、遠く離れた場所で涙するしかありませんでした。

 ピッコイはブナやクリと同じように階段が昇れなくなり、寝室を1階に移したと書いてあった。夏頃から粗相が増え、旺盛な食欲に衰えが見え始めたそうだ。夜、鳴くようにもなり、徘徊して椅子の下に入り込んで出られなくなって鳴くこともしばしばで、目が離せなかったようです。

 「朝起きたとき、仕事から帰ったときは大概は家の中は大惨事となっていて、大量のシーツを捨て、ピッコイのお尻や足を洗って、洗濯をする日々でした。」

 それはうちも同じ。
 打ち合わせや取材から帰ると、ブナがウンチやオシッコを踏んづけて歩き回っていることが多くなり、私はお菓子の「きのこの山」「たけのこの里」をもじって「わああ、ウンチの山、オシッコの里じゃ~ん! これじゃあ糞尿の館だよ~」などと言いながらブナを遠ざけて、慌てて床掃除をし、踏ん付けて汚れた敷物などの洗濯に追われるのです。

 でも、私がまだ「ウンチの山、オシッコの里じゃ~ん」などと軽口が叩けるのは、私がフルタイムの勤め仕事ではないからだと思う。

 先日も夜、私が寝入ってから歩き回っていたブナがよろけて、水皿をひっくり返していた。ガチャーン、ビッシャーという音にガバッと起き上り、盛大に床にこぼれた水を拭いていたら、今度はあろうことか犬座布団にシャーっとオシッコをするブナ。「わあー、水難ダブルパーンチ!」と声を上げて、濡れた座布団も片付ける。夜中の2時半に水攻めに遭うとはねえ。

 ブナは徘徊するけれど、まだ夜鳴きはせず、狭い場所に入りこむこともない。夜中の水攻めや糞尿の始末はトホホなのだけど、それでも私は、打ち合わせや取材がない限り、基本的に自宅作業であり、夜、眠れなくても昼寝だってできる。 

 でもピッコイ母は、夜中の徘徊や夜鳴きに付き合ったうえ朝の排泄による大惨事を片付け、ピッコイを残して急いで仕事場に向かわなくてはいけなかったわけです。仕事中もどんなにか心配だったことだろう。

 帰宅したらしたで、またまた室内の汚れと格闘し、ピッコイの汚れた手足や身体を拭いてやり、洗濯物の山を片付けなくてはいけなかったのだ。

 先の見えない、そんな大変なことと、ピッコイ母が独りで向き合ってきたのかと思うと、それだけで私は号泣する。やり場のない気持ちを抱え、どんなに切なかっただろう。肩を抱いて一緒に泣いてあげたかった。

 こんなに大変な日々は耐えられないと思っても、この日々に終止符が打たれることが何を意味するか分かっているから、「終わってくれ」とはとても思えない。終止符が打たれたときのほうがもっと耐えられないもの。

「ピッコイを見送って初めて、家に自分一人しかいないことの痛みを感じました。
 寂しいとか悲しいとかではなく息が苦しくなるくらいの痛みです。」

 ああ、ピッコイ母……、大丈夫だろうか。「大丈夫ですか」だなんて、こんな子供じみたことしか言えない自分が情けない。

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フリーランス同士の絆

2012-10-29 | つぶやき

 同じフリーライターのノリ子さんとは、ある官庁の広報誌の仕事で知り合い、今回も同じ雑誌の仕事をした。官庁の広報誌では、もうひとり、ユカリさんというフリーライターと一緒に仕事をし、個性の違う3人が自らを「三人官女」と呼び、定期的に飲み会をしたり、電話で気ままなおしゃべりを楽しんできた。

 ユカリさんは真面目で素直、そして聞き上手。ノリ子さんは大きな出版社での編集経験もあるからか物知りだし、海千山千といった頼もしさがある。

 「三人官女の会」を重ねるごとに気が置けない間柄となり、お互いに「ここはこうしたほうがいいのではないか」とか「そういう態度はよくないんじゃない?」などと言い合える仲になった。それぞれが自分には耳の痛いことでもきちんと耳を傾け、話し合うことができることは、とてもステキなことだ。

 フリーランスなので、取材や打ち合わせ以外は基本的に自宅作業。同じ媒体の仕事をしていても、それぞれに違うページを担当しているわけだから、お互いに会うことは少ない。けれど、ときどき一緒に飲んで近況報告をしたり、本音をぶつけ合ったり。

 今回の雑誌の仕事ではノリ子さんと毎日のように電話で長話をしていた。いっぱいメールも来た。そのつど思ったことやお互いのページ構成について感じたこと、一緒に撮影をしたときの感想などを述べ合い、最終的にさらにお互いの理解を深め合うことができたことは、大きな収穫だった。ちゃんと意見を聞き合うという姿勢が心地よい。 

 さらに今回は、執筆やアドバイザーとして加わった藤田千恵ちゃんと再会でき、数年間疎遠だったことの意味も分かり安心できたうえ、千恵ちゃんとノリ子さんが最終的には分かり合えたたことも、私にはとてもうれしかった。

 千恵ちゃんとノリ子さんは、初めは何となくお互いの歯車が噛み合わない様子だったけれど、入稿の頃には相手への誤解もすっかり解けて、千恵ちゃんは「ノリ子さんの冷静な物の見方やあっけらかんとシニカルな発言をしながら励ましたり、慰めたりしてくれた彼女からのメールにはとても救われた」と言っていた。


 いいなあ、こういう関係って。フリーランスだから経験する、苦い思いも分かり合えることは心強い限りだと思う。

 三人官女の飲み会には、カメラマンさんやデザイナーさんが加わることもある。官庁の広報誌の仕事では官僚の態度には腹が立つことばかりだけれど、この仕事で付き合いが密になったことが収穫だったと口ぐちに言う。本当にそう思う。

 10月の初めに行った蔵元さんの取材はカメラマンの圭子さんが撮影を担当してくれたのだが、車中で圭子さんや千恵ちゃんそれぞれのパートナーの話でいきなり盛り上がり、とても楽しい道中となった。もちろん千恵ちゃんの紹介してくれた蔵元さん、稲葉酒造場さんが素晴らしかったことはいうまでもありません!(このお話はまた後日、きちんと記しておきたいと思っている。)

 圭子さんはブログにも、立ち寄った筑波山麓のお蕎麦屋さんでのひとコマを美しい写真で残し、楽しかった一日を記録していた。


 ノリ子さんと千恵ちゃんとは打ち上げを兼ねて、低山ハイクに行こうかという話をしている。今のところ高尾山が有力候補。ヒマラヤ登山を3回も経験している千恵ちゃんが「高尾山はいい!」とノリノリの様子。ノリ子さんは山歩きは久しぶりだから、彼女曰く「私はリハビリ」(笑)。

 千恵ちゃんは日本酒の専門家らしく「オススメのお酒を持参する」とか「麓の美味しいお蕎麦屋さんを知っているから、帰りにそこで一杯やる」などの計画を伝えてくれ、私はそれを楽しみに仕事に励んでいるといった感じだ。


 三人官女のひとりであるユカリさんとも雑誌校了後、飲み会の約束をしており、そちらも楽しみ。それぞれフリーランスだから一匹狼なのだけど、分かり合える同業者がいることはとても支えになります。

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えらかったね、ピッコイ

2012-10-28 | 犬&猫との暮らし

 23日に亡くなったブナの姉妹犬ピッコイは、その前の晩、もう自力では上がれなくなったピッコイ母のベッドに上がる仕草を見せたので、ピッコイ母が抱いてあげてやると、以前していたように枕に顔を乗せて眠ったそうだ。

            

 ピッコイは、古くてくたびれてしまった服をもう脱いでしまおうと決めたのね。それをピッコイ母に知らせるために一緒に眠ったのでしょう。最期の晩に自ら添い寝をしに行ったピッコイ。えらかったね、ピッコイ。

 ブナも家の中をうろうろ歩き回り、排泄も定まらなくなっているので、家を開けて帰ったときは床掃除に大汗をかくことが多くなってきたけれど、ブナ&クリの主治医の酒井先生は痴呆気味のブナについて「犬本人は大した苦しさもなく、ぼんやりと霞の中にいるような状態なのではないでしょうか」と言っていた。

 「それなら、いいや」と思った。ブナが辛くないのであれば「いいや」と思う。

 先生がいうように、きっとピッコイも苦しくなかったのだと思う。食べものを吐いても、それは肉体が受け付けなかっただけで、何とか食べてもらいたいというピッコイ母の気持ちは、ちゃんと受け取っていたと思う。

 くたびれちゃったのは肉体だけです。ピッコイのスピリット・マインドはいつまでも清らかに、ピッコイ母を包み込んでいるはずです。トチがそうしてくれたように。

            
            お花に囲まれたピッコイ

 「ピッコイのブログ」を読んで、またひとしきり泣いてしまった。

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結局は“人”

2012-10-26 | つぶやき

 新しい雑誌の仕事で、疎遠になっていた、日本酒を専門とする文筆家の千恵ちゃんと再会し、縁を手繰り寄せることができた。そういう機会が得られたことは、本当に嬉しいことだった。

 千恵ちゃんとの再会と、熱き酒造家さんへの取材のことをブログに残したら、それを読んでくれたお米の育種・開発をしているSさんからメールが届いた。何でも7年前に育種して、今、何とか酒造家さんたちに広がりつつある酒米「吟のさと」についての報告があり、ぜひ千恵ちゃんを紹介してほしいという。

 その方のメールにあった「小生の、この酒米に掛ける思いの発露とお酌み取り頂いてご容赦下さい」という一文に、私は心打たれ、すぐに千恵ちゃんに連絡を取ると、彼女は快く「私自身は、文章書く以外はからっぽの人間なので、むしろSさんからいろいろなことを教えて頂くことになること必至ですが、どうぞよろしくお伝えください」と返信があった。

 私からすれば、おふたりともその道のオーソリティーである。多分、おふたりがそういったことをし続けてこられたのは、自分ひとりの力でできたことではないこともよく分かっているという謙虚さを持ち、それでいて自分がテーマとして追い続けていることへの情熱があったからだろう。そのことが、言葉の端々やその姿勢によく表れているので、心打たれたのだと思う。

 こういった方々をつなげてあげられることが、私にはとても嬉しかった。

 「経験は大事だ」とよく言われる、もちろんさまざまな経験をしないよりはしたほうがいいと思う。
 でも、経験してきたはずなのに、それを次の仕事や人間関係に活かせていない人もいる。頑なに我慾だけに走り、経験をまったく活かせない人がいることを、今回新しく作る雑誌で思い知ることになったのだけど、千恵ちゃんやSさんの自分の仕事に対する、いい意味での自負や真摯な姿勢を見て、心地よさを感じたとともに、仕事は「人」を大切にすることだと改めた思った。

 新しい仕事の正念場(だけでになく、ルーティンワークでも)であったり、土壇場でこそ、その「人」の人間性が表れ、本心、本音が透けて見える。自然を相手に仕事をしている人には、言い訳や言い逃れ、辻褄合わせなど屁のツッパリにもならない。人はこころを持った、いのちのある自然界の生物なのだから、本当なら我慾や場当たり的な対応で済まない。

 でも、人間はどうしても自分の思い通りにしたいという、愚かな慾に走るものなのだなあ。まあ、どじょう内閣を見れば、よく分かることなのだけどね。

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ピッコイが天に召されてしまいました

2012-10-23 | 犬&猫との暮らし

            

 10月23日午前9時半近く、携帯の着信音が鳴ったので、発信者を見るとピッコイ母だった。「いい知らせでありますように!」と思いながら出たのだけど、私を確かめるピッコイ母の声が震えていたので、その瞬間、言葉を失いました。


 午前9時ごろ、ブナの姉妹犬、ピッコイがトチの元にいってしまった。

 先週、ピッコイ母は1週間、修学旅行の引率で家を留守にしなくてはいけなかったそうで、ピッコイの老化が進みはじめていたから、断腸の思いで出かけたことでしょう。

 ピッコイ母が帰ってくるまで、待っていたんだね、ピッコイは。ピッコイ母の留守中に逝ってしまったら、ピッコイ母がどんなに苦しい思いをするか、ピッコイには分かっていたのね。
 ピッコイ母が休暇に入って3日目、ピッコイ母にちゃんと世話をする時間を与えてあげて、ピッコイは静かに去っていったのでした。

 ピッコイはグリーンランド語で「Good」の意味。そのとおりに本当に「Good Girl!」でした。美人だったし、年を重ねるごとに聞き分けもよく、大人しい、いい子になっていました。
 ピッコイを預かったとき、私がひとりで4頭のラブを見ていたことになるのだけれど、何の問題もなく散歩に行くことができたし、吠えることもなく、みんな大人しく過ごしていた。あの存在感が懐かしい。


 私の携帯に雑音が入り、会話が聞き取りづらくなったため、一旦電話を切ることになってしまった。だから、ピッコイとの最後の時間について詳しくは分かりません。
 ピッコイ母の近くには犬仲間がたくさんいるから、きっと弔問も多く、皆が別れを惜しんでいると思うから、こちらからはあえて電話はかけず「落ち着いたら連絡をください」とメールした。

 それからノエホタ母に報告し、またふたりで泣いた。花だけでも送ろうと言い合い、その手配だけ済ませたのでした。


 離乳期に一番食べるのが遅かったピッコイ。あっと言う間に食べ終わったほかの子に横取りされてしまうので、少し離れた場所で食べさせてやったことを昨日のことのように思い出す。もう14年以上、前のことなのに。

            
            生後1週間の頃。まるで子豚みたい。
            イエローの奥から「はる」「ピッコイ」「ほたる」かなあ。

 きょうだい達が1歳を迎えた頃、みんなで集まったこともあったなあ。母犬のトチを囲んで、ブナ、ピッコイ、ほたる&ノエル、はるの6頭のラブが一同に会した光景は圧巻でした。

             

        


 ピッコイもいろいろなところに連れて行ってもらったね。1頭飼いだったから、本当に大事にされて、存分に可愛がってもらったね。

             

 ピッコイ母は私に「ごめんね、ごめんね」と言って電話口で泣いていました。「トチより長生きさせてあげようと思っていたのに」って。そんなこと、謝ることじゃないよ、ピッコイ母。大型犬の14年7カ月は充分長生きだもの。

 成長期のピッコイの写真やほたるの写真が私の手元にあるのは、それぞれの飼い主さんたちがわざわざ写真を送ってきてくれたからだ。有難いことです。


 ピッコイ母には感謝しかありません。トチの子を大事に育ててくれて、しかも病気にもせずに、こんなに長生きさせてくれて、本当にどうもありがとう。

 私同様、一人でピッコイを慈しんできたピッコイ母。トチが亡くなっても、うちにはまだブナとクリがいたから、その世話をすることで気が紛れることがあったけれど……、ピッコイ母の心情を思うと胸がつぶれそうです。

 ピッコイ、トチやはる兄ちゃん、前に一度一緒に遊んだノエルに会えましたか? みんなに会ったあとでいいから、しばらく泣き暮らすであろうピッコイ母にぬくもりを届けてあげてね。

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ピッコイが心配

2012-10-21 | 犬&猫との暮らし

 昨日、ブナの姉妹犬であるピッコイが、食欲もなく、水も飲まなくなっているという連絡があった。
ピッコイも少し痴呆気味で、狭い所に入りこんだりするようで、ピッコイ母は入りこむ隙間があるような場所は、お風呂マットでふさいだりと、いろいろ工夫しているらしい。

 ピッコイ母はインターナシュナルスクールの先生なので、仕事はフルタイム。ピッコイのことをよく知っている犬仲間に見てもらえるとはいえ、仕事に出てもどんなにか心許ないことでしょう。

 昨日は立てなくなったピッコイを獣医さんに連れて行き、点滴を打ってもらったという。修学旅行の代休で、今週は家にいられるというから、私も少し安心したけれど、どうか、どうか、ピッコイに食欲が戻りますように。

 トチ、お願い、どうかピッコイを守ってあげて……。

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ブナ&クリの胴輪を新調

2012-10-21 | 犬&猫との暮らし

 少し前に2頭のハーネスを新調した。ブナの足取りが日増しに怪しくなってきたので、胸部を線(ヒモ)で支える今までのハーネスから、面で支える胴輪に変えたのである。

 通気性の高いエアメッシュを使用していて、背中部分をさっと押さえてやれば、転ぶ前にふらつきにもすぐ対応してあげられて、なかなかよい。これは大型犬用品の専門店「アイアンバロン」で購入。

 「アイアンバロン」は高齢犬用の介護用品が充実していて、心強いお店なのです。これからもきっと、いろいろ用意しなくてはいけないものも出てくるだろうな。

 

 ブナは毎日、家の中を徘徊している。歩き回りたいのだから、外にも出たがるかと思えば、さにあらず。痴呆症だから徘徊しているのだけで、歩き回りたくて、家中をうろうろしているわけじゃないのだ。
 散歩に出ようとしても特に喜ぶ様子もなく、玄関を出たところで立ち止まり、マンションのエントランスを出たところで立ち止まり、やっとエントランスのスロープを降りたかと思うと道の真ん中で立ち止まり、のそりのそりと亀の歩み。

 一方クリは、家ではたいてい寝そべっており、動き回るのが難儀なようで、朝も起こしに来ないこともある。起こしに来ない代わりに、向こうのほうで寝そべりながら、「起きよ!」とひと声、ふた声吠えるのである。でも、散歩となると行きたがり、外ではブナよりはるかに軽快に歩く。

 なので、今は散歩のパターンも3パターンになった。ひとつはブナとクリを別々に散歩させるパターン。クリをまず連れ出して、近所を一緒に歩いて帰り、そのあとクリを待たせて、ブナを連れ出す。ブナの散歩の距離はクリより短い。

 もうひとつは2頭一緒に連れ出して、ブナに合わせた距離を散歩してから、一度みんなで家に戻り、もう少し歩かせるために、クリだけ改めて連れ出すパターン。

 3つ目が、一緒に車に乗せて河川敷まで行くパターン。河川敷へ行っても、以前のように橋を渡り、土手道を歩くことはもうほとんどない。その前にブナがへたばったり、クリの足がもつれたりするので、車からあまり遠くへ離れて行かないことにしている。

 それでも、河川敷にはいろいろな犬が散歩をしに来るので、ブナやクリの嗅覚が刺激され、少し活き活きするのが見て取れる。だから、以前のように毎日ではないけれど、河川敷への散歩は今のところ、まだ続けているのだ。万が一のためにドッグキャリーハーネス(抱っこひも)をリュックに入れて。

 車に乗せる時も、車から下ろす時も、もう2頭とも私が抱き上げての作業。ブナはだいぶ軽くなったとはいえ、やはり気をつけないとこっちの腰がやられちゃう。

 新しいハーネスにはしたけれど、ぼちぼちブナには後ろ足用の歩行補助ハーネスが必要になりそうだ。

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大木トオルさん主宰のセラピードッグ活動を見学

2012-10-14 | 犬&猫との暮らし

 今日は中央区晴海にある老人介護施設に、セラピードッグ活動の見学に行った。招いてくださったのは、国際セラピードッグ協会代表の大木トオルさん。

 大木さんは、東洋人ブルースシンガーとして初めて米国労働省の認可を受けて永住権を取得した、日本を代表するブルースシンガーで、「ミスター・イエローブルース」と賞賛されている著名な方なのだけど、シンガーである一方、セラピードッグの育成や動物愛護法の改正などにも力を注いでいる稀有な人です。

 実は、ブルースシンガーとして名前は知っていたけれど、その歌声を聞いたこともない私が、そんな有名な人に直接会ってお話をするというのも失礼な話なのだけど、セラピードッグの現状も勉強不足なまま、いろいろな質問をしても無知な人間を見下すこともなく、紳士的に丁寧に対応してくれるその態度に、大木さんの懐の深さを感じたのでした。

 大木さんが進めているセラピードッグの活動は、単に「癒し」を与えるセラピーではなく、動物介在療法として「治療」や「医学的な予防」を行うもので、個々の患者の症状を見ながら進めていくという意味では医療従事者と連携が必要であることから、生半可な知識では進められないものだということを改めて知った。

 アメリカに在住している大木さんが、日本国内で診ている患者数は1万2000人に及ぶそうです。認知症の高齢者から障害者、疾患を持つ子どもたちまで幅広く、特に高齢社会に突入している日本では動物介在療法が成果を上げる一方、セラピードッグを必要としている高齢者数にセラピードッグに数が追いつかない状況になっているといいます。

 大木さんが教育しているセラピードッグは、すべてガス室で命を絶たれる寸前の捨て犬たち。大木さんに見込まれて拾われた犬たちは生き直して、人のために施設で活動する。そして、認知症などによって家族の名前さえ忘れてしまった人たちの記憶と力を呼び起こし、再びその人たちが生き直す手助けをしているのです。

 1頭をセラピードッグに育成するのに2年半、200万円以上のお金がかかるそうだが、大木さんはそれを続けてきた。
 いのちのバトンが渡され、見えない輪がつながっていく現場を直接この目で見て、自分では自力で立つこともできないような、要介護4、5という高齢者の拍手の音を聞き、大木さんの活動の大きさを感じた1日でした。

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