小さな栗の木の下で

保護犬のミニチュア・ダックスを引き取り、
小型犬との暮らしは初めて!という生活の中で、感じたことを徒然に…。

地震大国であることを実感する毎日

2012-02-29 | つぶやき

 日付が変わって、寝入りばなにけたたましく携帯の緊急地震警報が鳴った。私個人の携帯はそういった設定がない機種なのだが、仕事先から支給されている携帯が警報音を鳴らす。初めて聞いた時には、本当にびっくりしたものである。

 画面を見ると「千葉県東方沖を震源とする地震が発生する」と書かれている。大きなヤツが来るかもしれない。すでに雪が降り出していたので、避難するとなると大変だなと思いながら、ストーブを消して身構えた。しばらく経っても揺れは感じなかったので、テレビをつけて地震情報を確認する。銚子市で震度1で、ほかの地域の震度は書かれていない。かなりビビっていたので、ちょっと気が抜けてしまった。

 けれど、今日夕方6時過ぎには福島県沖を震源とする地震があり、最大で震度4を記録した。こんなに頻繁に揺れて、フクイチは大丈夫だろうか。建屋に溜まった汚染水は漏れ出していると推測されるが、見えないからどうしようもない。

 毎日毎日、日本のどこかで必ず揺れている。本当に日本は地震大国である。先日も「首都直下で起こる東京湾北部地震で、これまで想定していなかった震度7の揺れが都心部を襲う可能性があることが分かった」と発表されたばかり。

 ドカっと来るのではなく、当たり障りない程度に小出しにしながら、プレートを調節してくれるというわけにはいかないのだろうか。

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大きくなったクリのイボ

2012-02-28 | 犬&猫との暮らし

 「イボ」と言っていいのか分からないけれど、ほかに言いようがないのでしようがない。

 クリの左前肢の肘あたりにできたイボは、2年くらい前には小指の先ほどだったのに、今で親指大の大きさになり、肘からぶらさがっている。

                 

 こんなに肥大してしまった。体の成長は止まっているのに、こういった出来物は成長していくのだから、実に不思議だ。

 小学1年生の姪っ子に「おばちゃん、クリの足にウンコ、ついてるよ」と言われたときには、本当にクリが可哀想になった。う~ん、確かに、そんなふうに見えないでもないけど…、それはあんまりだ
「違うのよ~、これはイボだよ」と言ったものの、
「イボって、なあに?」と聞かれて、うまい説明が思い浮かばない。
「一種のできものかなあ」
「できものって、なあに?」
「ううん、皮膚がね、ぽちっと盛り上がって、それが大きくなって……」
 と一生懸命答えを探しているうちに、腑に落ちない表情をしながら「ふうん」と言い残して、姪っ子はあっちへ行ってしまった。

 付け根は直径5ミリ程度で、肥大したそれがぶら下がっている。ぶらぶらしているので、千切れてしまうのではないかと心配だ。イボの付け根を糸で縛っておけば、自然とポロリと取れるなどと、昔よく年寄りから聞いていたので、そんなことを獣医さんに言ったら「ううん、それはあまり進められませんねえ」と失笑を買ってしまった。

「もし千切れてしまったら、どうしたらいいでしょうか?」と間抜けな質問をする私。すると、当然のことながら、まずは止血。「それには多少痛いと思うけれど、『クイックストップ』を押し当ててください」と言う。

 「クイックストップ」は犬や猫の爪切りの際、深爪で出血したときに、トリマーさんたちがよく使う粉末の止血剤である。
 以前は常備していたけれど、成犬になった犬たちの血管を傷つけるほど切り詰めることはないので、というか、黒犬の黒い爪だと内部の血管が見えないため、怖くて、いつも申し訳程度にしか切らないのです。それでクイックストップも買い置きをしなくなったのでした。

 にもかかわらず、昨年12月、うっかりクリの爪の血管を切り、全然血が止まらなかったので、慌てて酒井先生に分けてもらいに行ったため、今はうちにある。
 クイックストップを調達しに行っている間も、クリの爪からは血が出続けていて、帰ったら床が血だらけだったけれど、クイックストップを使ったら、さすがにすぐ血が止まった。「クイックストップ」の名前どおりなのです。で、先生は取りあえずそれで、イボの傷口を止血しなさいと言うのです。

 クイックストップの主成分は塩基性硫酸第二鉄。強い酸化剤と考えれば分かりやすく、一瞬のうちに患部を酸化させる、つまり瞬間的にやけどを負わせて止血してしまうといった感じらしい。爪の血管くらいならクイックストップを少量押しつけておけば、すぐ血も止まるけれど、イボが千切れた傷口に押しつけられたら、かなり痛そうだな。

 クリには「このイボを天国にまで持って行ってね」と話して聞かせているのだけど、どうか千切れずに、そして、もうこれ以上大きくなりませんように。

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ピッコイまで前庭障害に

2012-02-28 | 犬&猫との暮らし

 2月の初め、ブナの姉妹犬ピッコイが前庭障害になったという連絡があった。正確には、発症してすぐにピッコイ母から携帯にメールがあったのに、通常確認している受信ボックスとは違うフォルダーに振り分けられていたため、ブログのコメントで知ったのだ。

 前庭障害は意外と身近に存在する病気なんだなと思ったけれど、言いかえれば、ブナもピッコイもそれだけ長生きしているということなのだ。犬も人間同様、長生きすればそれだけ老齢性の病を患う確率が高くなる。

 私が前庭障害を知ったのは、ノエホタ家のノエルが発症したからだ。ノエホタ母が一番うろたえたと思う。何しろ初めて見る症状で、初めて聞く病名だったから。
 私はノエルの前庭障害の話を聞き、実際に首を傾けて同じ方向に歩いて行ってしまうノエルの動画を見ていたので、トチの眼震を見てすぐに前庭障害だと察し、その状態に接していたので、ブナが前庭障害になったときも慌てずに対処できたと思う。

 多分ピッコイ母も、つい1カ月半前に発症したブナの状態を知っていたので、ピッコイのその様子から前庭障害だろうということが分かったろうし、どうなるか不安であっても、どういう経過をたどるか理解していたと思う。ピッコイ母はフルタイムで仕事に出ているので、ピッコイのケアに苦労したと思うけれど、幸いピッコイの回復はトチやブナより早かった。

 ほたるは分離不安が激しくなり、留守番ができなくなったというが、留守番はできるけれど、ブナも年中私にくっついて回るようになった。ブナが熟睡している時は別として、私がお風呂に入ればお風呂の扉の前に来て、押し開けて入ってこようとするし、トイレに立ってもくっついてくる。耳が聞こえず、眼もおぼろになってきたので、きっと不安なんだと思う。

 コマンドも聞けなくなった。指符を使っても従えないし、我慢ができなくなった。トイレも然りで、以前は家の周辺の道路になど排泄しなかったのだが、マンションを出てすぐに排便してしまうこともある。「ブナ、ここでするなら、家で済ませておきなさい」と言っても、もう聞こえないのだからしょうがない。

 土手の階段もスムーズに昇降できなくなった。急な傾斜の土手を登るには後押しが必要だし、クリも足をとられて転ぶことが多い。それでも2頭は散歩に行きたがる。行きたがるうちは、いつまでも連れて行ってあげるからね。

            

 若い頃のように「服従を徹底させる」などという気持ちはもうないので、多少あっちこっちにふらふら歩いてもブナやクリのペースで歩かせ、自由に匂いもかがせてあげている。あと1週間もしないうちにブナは14歳になる。
 ほたるもピッコイも姉妹犬全員が、揃って元気で14歳を迎えるなんて、天国のトチもきっと喜んでいるに違いない。

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復興への道のりは長い

2012-02-21 | 旅先でのお話

 2月上旬、仕事で被災地に足を運んだ。
 仙台から沿岸部の名取地区へ行き、田んぼの除塩作業の進捗状況を取材して、そのまま北上して塩釜、東松島を通って、石巻、女川、南三陸町から気仙沼へ。
 
 大震災から3カ月も経たない6月初めに、岩手県久慈港からやはり沿岸部を北上して八戸港を訪ねたが、そのときより今回のほうが衝撃が大きかったのは、被災から11カ月を経ようというのに、被災地が無残な姿のまま復興とは程遠い状況だったからだ。

 石巻で沿岸部の木材加工工場を取材して、女川、気仙沼では漁業関係の方から話を聞いた。小雪がちらつく中、気仙沼から陸前高田、大船渡を経て釜石までひた走る(運転したのはカメラマンさんだったけど)。
 津波に襲われた地域とそうでない地域の落差の大きさを地元の人は「天国と地獄」と言ったけど、まさにその通りだった。すべてを失った人たちといつもの日常を続けられる人たちが同じ地域に暮らす現実の重みがついて回る旅だった。

 被災した様子は映像や写真で見てきたけれど、現場の空気感は報道からでは伝わらないということを実感した。やはり行かなければ肌身で感じることはできない。それくらいシビアな出来事だったのだと思い知らされた。

 カメラマンとして画像を残す立場ではなかった私は、なおのこと行く先々の惨状をカメラに収めることができなかったし、私ごときがそれをしても伝えられるものではないと思った。カメラを構えることもはばかられる気がした。「心に刻む」、それしか私にできることはないと思った。

 それなのに、現場の声は陳情と要求しかないと考えている、ある省の広報担当の役人は、カメラマンが撮影した被災地の写真を、震災後1年の特集を組む広報誌に掲載しようとしたら、「上(幹部)から『けしからん』と言われたから差し替えろ」と言う。「復興している写真が欲しい」と言う。「現地は一部復旧している所はあっても、がれきは山のように積まれたままで、主幹産業も『復興』などという言葉とは程遠い状況だった」と告げると「ええ~、そうなんだ」とぬかした。

 そんな「小役人の鏡」のような人と対峙しながら悶々としていたので、ブログも更新できずに日が過ぎてしまったのであった。 

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