![シリモチハナレメイエバエ](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/36/64/68376d21821d84777ed164acbe8f2e32.jpg)
2008.11.29 白菜畑で翅が伸びきっていないハエに出会った。
この様子はどういう状況なのか、またハエの正体は誰なのか、しかるべきところに問い合わせた。
ウミユスリカ様からの回答は
「本来だったらこういう状態の生態写真では同定はまず無理なんですが、たまたまこの画像のハエは、雄の腹部後半の形態が非常に特殊なグループなので、ある程度の絞込みができました。
イエバエ科ハナレメイエバエ亜科のシリボソハナレメイエバエ属Pygophoraの一種です。ただ、細くなった腹部後半の背面がキール(船の竜骨)みたいになっているかどうかがこの画像ではちょっと判断しにくいので種までの同定は保留いたします。
腹部第5節背板剛毛の感じから、シリモチハナレメイエバエPygophora confusaの可能性が高いとは思うのですが。
恐らく幼虫も成虫も肉食で、微小な昆虫を捕食していると思います。」
三枝豊平様からの回答は
「ハナレメイエバエ亜科Coenosiinaeのハナレメイエバエ族Coenosiiniの1種です.この亜科の属までは以下の検索表で検索してみてください.
おそらく翅を伸展する直前か,伸展失敗した個体でしょう.
検索表の1は写真からは不明ですから,3からはじめてみてください.用語などは北隆館の新訂原色昆虫大図鑑第3巻の双翅目の概説などを参照してください.以下のものは,私が私のコレクションに基づいて作製したもので,ややくどい印象を与えますが,初心者にもわかるようにしたので,おそらく属の検索は可能でしょう.
ハナレメイエバエ亜科Coenosiinaeの属の検索表
1.3本の下前側板(腹側版)剛毛基部を結ぶ逆三角形(倒三角形)は,高さが底辺(上の2本を結ぶ仮想線)の1/2以下で,且つ下端の刺毛の位置は底辺の中央のレベルより後方に位置する.・・・・・・ミズギワイエバエ族Limnophorini・・・2
3本の下前側板(腹側版)剛毛基部を結ぶ逆三角形(倒三角形)は,ほぼ正三角形か,あるいは高さが底辺(上の2本を結ぶ仮想線)の1/2より長く,且つ下端の刺毛の位置は底辺の中央のレベルか,それより前方に位置する・・・・・・・・・・・・・・・・ ハナレメイエバエ族Coenosiini・・・3
2.小腮鬚は匙状;一般に腹部は細長い・・・カトリバエ属Lispe
小腮鬚は細長い;イエバエのように腹部は短く丸い・・・・ミズギワイエバエ属Limnophora(ここには翅のR4+5脈基部の膨らみに刺毛を欠くタカネイエバエ属Spilogonaも該当するが,高山性で平地にはいない)
3.頭部の前額眼縁板の上方にある後向きの額眼縁剛毛(reclinate ors)は2対(これらより前方には前向きや内向きのorsがある);後脛節の基部より2/3以内にある前背剛毛は2本(先端近くにはもう1本ある)・・・4
頭部の前額眼縁板の上方にある後向きの額眼縁剛毛(reclinate ors)は1対(これらより前方には前向きや内向きのorsがある);後脛節の基部より2/3以内にある前背剛毛は1本か0(先端近くにはもう1本ある) ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ハナレメイエバエ属Coenosia
4.中脛節は中ほどに1本の後背剛毛をもつ;単眼三角板(単眼を含む粉で覆われた光沢のない三角の領域)は大型で,その前端は触角基部近くの前額帯の前縁にほぼ達する・・・・・・5
中脛節は中ほどに2本の後背剛毛をもつ;単眼三角板(単眼を含む粉で覆われた光沢のない三角の領域)は小型で,その前端は触角基部より遥か前方で終わり,前額帯の前縁には達しない(多くの種では雄の第5腹節背板の後縁は中央部で強く突出する) ・・・・・・・・・・・・・・・・ シリボソハナレメイエバエ属Pygophora
5.小楯板剛毛は2対4本;後脛節は基部から2/3までの間に2本の後背剛毛を持つ;翅は透明で前半が暗色にならない・・6
小楯板剛毛は1対2本;後脛節は中ほどに1本の短い後背剛毛を持つ;翅の前半は暗色・・・・・・・・・・・・・・・・・・ヘリグロハナレメイエバエ属Orchisia(普通種のヘリグロハナレメイエバエO. costata1種のみ)
6.触角刺毛に生じる毛は大変短く,そのために触角刺毛は櫛歯状ではない・・・・・・ホソハナレメイエバエ属Caricea
触角刺毛に生じる毛は大変長く,最長のものは刺毛本体の長さの1/3に達し,そのために触角刺毛は櫛歯状になる(雄では上側だけ,雌では下側にも長い毛が生じるので両櫛歯状になる)・・・・・・・クシヒゲハナレメイエバエ属Pectiniseta(P. yaeyamensisヤエヤマクシヒゲハナレメイエバエ1種が八重山諸島に普通に生息するのみ)」
さらに三枝様の回答は続く
「あなたが撮影された翅が伸びていない個体の腿節などが屈曲しているのは,囲蛹内の蛹の段階では,蛹のクチクラのサイズより成虫のそれの方が一般に大型のために,例えば,しばしば腿節はある程度曲がった状態で成虫形成が起ります.羽化段階では成虫のクチクラはまだ硬化していないので,翅を展開・伸張するのと同様に,血圧でこれらを伸ばしていきます.これは体,特に腹部の筋肉を収縮させることで,体の容積を縮めるような圧力になり,ヘモリンフ(血リンパ)に圧力がかかり,これで成虫の形になるように,縮んでいる各部が,風船に空気がはいるように,展開していきます.成長が不十分で小型の個体は体液(要するにヘモリンフ)が不足していたり,十分に成長した個体でも羽化後に傷が生じてそこから出血がおこると,十分な血圧に達しないために,成虫の本来の形にならないで,各部の十分な伸張が起りません.また,羽化後クチクラは急速に硬化を始めますから,何らかの理由でそれまでに十分に血圧を加えて体の各部を伸張する時間が足りないと,各部の伸張が不完全で終わります.チョウで羽化時に十分に翅を展開できるような場所がないと翅の形が異常になるのもこの理由からです.」
「腹部後半の背面がキールみたいになっているという状態」と「第5腹節背板の後縁は中央部で強く突出する」という記述とは同じ意味でしょうか?と再質問すると三枝様から更に詳細な説明をいただいた。
「これは同じ意味です.この状態はPygophora属シリボソハナレメイエバエ属の中でも変化があり,ほとんどそのようになっていない種もあります.
あなたが撮影され,ウミユスリカさんがシリモチハナレメイエバエPygophora confusaであろうと同定された,この種の側面図を先ず示しておきます.背面図とこれとは別種のウロコシリモチ(ハナレメイエバエ)Pygophora lepidoferaの側面図を次とその次に図示しておきます.後種の場合には第5腹節背板の突出はかなり弱くなっています.前種はこの背板のやや側部に近く上を向く小型の剛毛が何個か長い一般の剛毛に混じって生じていますし,後種ではこの部分に鱗状の剛毛が生じています.」
![シリモチハナレメイエバエ側面図](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/74/c4/f004d088e17601ed118101d236bb60b0.jpg)
シリモチハナレメイエバエ側面図です.第5腹節背板の突出は強く、この背板のやや側部に近く上を向く小型の剛毛が何個か長い一般の剛毛に混じって生じています.
(写真、解説文ともに三枝豊平様提供)
![シリモチハナレメイエバエ背面図](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/47/a6/d45e271bbcae3e8f688208812ed49f87.jpg)
シリモチハナレメイエバエの背面図です.この位置から見ると,第5腹節背板が両側から側圧されてしかも後方にやや突出している状態がわかると思います.(写真、解説文とも三枝豊平様提供)
![ウロコシリモチハナレメイエバエ](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3f/22/b844498fa570298cf217317019b7d633.jpg)
これはウロコシリモチハナレメイエバエの側面図です.
シリモチハナレメイエバエより第5腹節背板の突出が弱い状態がわかります.ここに生じている鱗状の剛毛はあまりはっきりしませんが,黒く写っているものがそれです.(写真、解説文ともに三枝豊平様提供)
以上は「一寸のハエにも五分の大和魂」という画像掲示板でのやり取りをほぼ再現したものである。通常、人の投稿画像を無断で借用するのはご法度ではあるが、この時の掲示板のデータが管理人の誤操作により消去されてしまったので、三枝様の投稿画像をあえて使用して再現を試みた。