ミャンマーチーク屋さんのわが道を行く

日々の出来事と旅と愚痴と文句を勝手に語る日記。

余ったら返す

2008-10-31 16:07:57 | 時事(国内)
現在、世界恐慌一歩前などといわれている。日本でも先日、
日経平均が一時7,000円を割るなど、株価低迷と円高が続いている。
先週、中国で円から中国元に何度か換金する際、その度に円高を
実感するようなレートの変動があった。
また、投資をしている人々にとっては、なんともし難い時であろう。
底値を判断する材料も乏しい中、「塩付けしてしばらく忘れるしかない…」
と考えている方も多いのではないだろうか?

そのような中、麻生内閣が支持率低迷を打破するための目玉にしている
2兆円規模の家計支援策なるものがあり、どうも税金を納めていない人も
含めて、一律に給付金としてバラまく「定額給付金」を支給することに
なったそうである。

当初のボツになった定額減税案では、標準的なサラリーマン世帯
(夫婦、子供2人)で6万5000円をもらえるはずだったが、
定額給付金では1世帯あたり3万8000円に落ち着いたようである。
専門家の間には「こんな規模じゃ物足りない」との声が根強いそうだ。
所詮、本音は総選挙対策だろうが…

また、麻生さんは、先日ついに3年後の消費税の引き上げを正式に明言した。
個人的には、必要ならば消費税引き上げは賛成だが、しかし、その前に
公金の使い道だけは、ぜひキチンとして頂きたい。

タクシー居酒屋なんてもっての他である。公務員はハッキリ言ってお金に
苦労していないので、根本的に金銭感覚と危機感に乏しいのである。
だから使い方が間違っているかどうかも判断できないのだ。
本来なら民間から雇用してでも、金銭感覚にメスをいれる必要があるだろう。


年度末の官公庁にに慣習化された、以下のような会話がある。

予算は使わなきゃ「おこられる」「来年もらえない…」

これは税金である、余ったら返すのが筋である。



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中国紀行 その3

2008-10-30 18:33:11 | 旅行(海外)
中国、最後の目的地は、山西省の平遥(ピンヤオ)というところ。
再び列車の切符を買いに北京駅へ。しかし、今回2度目の没有
(ないよ)であった。硬臥も軟臥もである。やはり、まだ中国は
そこまで楽をさせてはくれないのであった。
そこで、まず山西省の省都、太原(タイユアン)まで列車で行き、
そこからバスでアクセスすることにする。太原(タイユアン)は
西安など、西へ行く列車の通過点なので列車の本数も多い。
案の定、翌日の硬臥下段149元(約2,080円)を見事ゲット。

そして翌朝、山西省、太原に到着。
すぐに駅前から路線バスに乗り長距離バスターミナルへ…。今、振り返ると
我ながらセコイと思ってしまうのだが、北京ダックなんぞを食べている
くせに、こういうところを未だタクシーに乗れないのである。昔取った杵柄
というのは、案外、根が深いのかもしれない…。
長距離バスターミナルからバスに乗り、およそ2時間。目的地、平遥
(ピンヤオ)に到着である。

山西省の平遥(ピンヤオ)。ここは平遥古城とも呼ばれ14世紀、明代始めに
造営された町が城壁の中にそのまま残っていて、修復しながら未だ人々が
普通に暮らしている場所である。世界遺産に登録されながらも、朽ち果てている
建物も多くもったいない気もするが、それがまた、作られたテーマパークとは
異なりリアルな趣が感じられて素晴しかった。

街の人々は、主に観光業で生活の糧を得ており、城壁内には土産屋や食堂、
カフェ、そして宿が溢れている。しかし、中国人観光客が連日大量に訪れるため、
かなり騒々しいのが難点である。おそらく今、中国国内の観光地は、どこも
同じようなものなのだろうが…。これも経済成長がもたらしたひとつの現象である。

周囲6キロにも及ぶ城壁内は、思いのほか広いのでここでもレンタルサイクル
が大活躍である。600年以上前の街並みを自転車で走るのは、何ともいえない
気分であった。肥溜めの汚物を運ぶロバや練炭を運ぶ荷馬車が、街の風景に
これほどマッチしたところもなかなかないような気がする。これで、騒々しい
中国人さえいなければ…と何度思ったことだろう。
(よその国からやって来て、大変失礼な話しだが…)

またこの街の公衆トイレは、さすがに世界遺産に登録されているだけ
あって北京のそれよりもきれいであった。扉もちゃんと付いていた。
トイレと言えば、ここに来る途中の太原のバスターミナルでのこと。
「ここもきっと改善されて、きれいなんだろう…」と高を括って入ると、
そこにあった光景は、5人がしゃがみ込み、顔をこちらに向けて
一列に大をしている姿が…そこには、扉も壁もさえぎる物は何もなく、
ただ穴だけがある中国伝統のトイレであった。

やはり、まだまだ地方では健在なのであった。

沿岸部と内陸の格差などと言われて、すでに10年以上が経っている。
現在、その格差は広がる一方で、都市部ではすでに先進国並みの収入を
得ている人々も多い。今回、とあるハルピンの理容店の求人広告には、
理容助手、月額500元+実績というような張り紙があった。また、
山西省の太原では、地元資本の大きなホテルの求人に、服務員月額
980元、技術工員1300元、副経理1800元~などというものもあった。

ちなみにこの時、1万円がおよそ700元である。

どこの国にも格差は存在する。と言ってしまえばそれまでだが、
中国のそれは、他の途上国と比べても、やはりちょっと深刻なようである。
しかし数字での格差は、案外実感が持てないものである。本来は生活自体
(物質的なものや人々の持つ情報量など)を見比べて考えれば、そこには
さらに大きな格差が存在するはずである。

まあ、そんなことより、8日間という短い日程でしかも、そのうち3泊が
車中泊というちょっと大人気ない旅行だったが、楽しかったな。

やっぱり旅はいいなー。夜行列車での移動は、特に昔を思い出させてくれる。
今では、どこでも熟睡できるようになったが、旅を始めたばかりの10代
後半の頃は、不安で怖くてほとんど寝れなかったな。

旅はやはり移動することだと思っている。ひとつの街に長期滞在して
どんなに、他の旅行者とつるもうが、移動だけは絶対にひとりですべきである。
言葉の通じない国で、切符を買い乗り物に乗る。現地人に囲まれて移動し、
目的地に着くと、道に迷いながら、時には人に道を聞きながらホテルを探す。
この間に、親切を受けたり、ボラれたり様々なトラブルに合うものである。

しかし、この時の不安や恐怖感や心細さを乗り超えた時、少しだけ
自分自身が強くなれたような気がするのである。だからひとりで日本を
出たら、一人で行けと言いたい。だからといって複数で旅をすることを
否定するわけではないけれど。あくまでもひとり旅の話だ。

話しがそれたが、さて次回は何処へ行こう?

やっぱり北朝鮮かな…?

おわり…




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中国紀行 その2

2008-10-29 16:49:02 | 旅行(海外)
次の目的地を目指すために、ハルピンから再び列車にて北京へ。
ハルピン駅で切符を購入しようとするが、ここで今回初めての
「没有」である。硬臥も軟臥もない。短期旅行で座席での1泊
は辛いし…。市内のCITSにでも行ってみようかと思ったが、
宿泊しているホテルの隣に火車票の看板があったのを思い出し
先にそちらへ…。

そしてそこには見事、2枚の北京行き硬臥の切符があるではないか。
しかも駅売りと同額である。中国で希望通りの列車の切符が買えると
なんだがうれしくなる。まるで今日はラッキーな日なのではないか、
と思うくらいである。かつては1日仕事だったからだろうか…?
しかし、今でも途中駅からの寝台の切符などは非常に困難なようだ。

そして翌朝、再び北京に…。
宿は、故宮の北、南鑼鼓巷に取った。この通りは、安宿やカフェ、
雑貨屋などが並びいずれバンコクのカオサンロードのようなツーリスト
エリアになるような感じのところである。いや、もうすでになっている
ような感じもする…しかし、カフェも雑貨屋もちと高めであり、
どちらかというと、欧米人が好みの店が多い。

泊まった宿で自転車を借り、市内を走る。しかし、北京のメイン観光は
故宮でも万里の長城でもない、動物園である。目的は大熊猫、パンダのみである。
なんと言ってもここでは、ガラス張りなしでパンダが見れるのである。
パンダ好きには最高の場所だ。午後からにも関わらず、運良くパンダが
木登りしたり走ったりするのが見れ、アップの写真もたくさん撮れて大満足で
あった。以前はクッキーなどを上げられたのに、今回はそのようなことは
誰もしておらず、少し残念であった。これもモラルの向上か、まぁ
素晴らしいことである。

その他、北京では、天安門広場の公安の異様なまでの多さにびっくりした。
制服だと対外的な印象が悪くなるからなのか、私服の公安も大勢いるのだが、
しかし、目つきも相当悪く、手ぶらでイヤホンときては、いかに私服でも
誰が見ても一目瞭然ではないのか…。フリーチベットのTシャツでも着て
警備するくらいしないとバレバレであろう。

そして北京ダックを食し、次なる目的地、山西省、平遥(ピンヤオ)
へ行くために、再び北京駅へ列車の切符を買いに行った…。

そうそう、北京駅に隣接する国内線航空券売り場には、早朝などの条件が
あるが、かなり安いチケットも販売されていた。

北京―ハルピン片道290元(約4,060円)、北京―上海片道240元
(約3,360円)、北京-西安―重慶―ラサ―北京1500元(約21,000円)、
北京―ウルムチ片道440元(6,160円)などなど、

中には鉄道の硬臥並みの運賃で飛べるところもあり、中国でも空の
自由化が確実に進んでいるようであった。
中国の飛行機も使い方次第で、時間も費用も効率よく旅行できる
交通手段になったのだと、つくづく時の流れを実感してしまった。

つづく…



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中国紀行 その1

2008-10-28 18:00:24 | 旅行(海外)
昨日、帰国致しました。

7年ぶりの中国、今回は青島経由で北京へ。
北京では、かつて目も当てられなかった恐怖の公衆トイレもすっかり
生まれ変わり(しかし、未だ扉はない。もちろん大のほうだ)また、
古い街並みもほとんど整備され、街は本当にきれいになっていた。
強制的に立ち退きを迫られた人々のその後などを考えなければ、
中国はオリンピックを機に、ある意味本当にがんばったようである。

北京へ着いた当日、そのまま北京駅へ直行し、黒龍江省のハルピン
行きの切符を購入する。15分並んですんなり硬臥が買え、普通の国に
なりつつある中国を実感した。さすがに当日の硬臥は難しいだろうと
思っていたので、なんだか拍子抜けですらあった。上段で263元
(約3600円)。中国の列車は、深緑色の窓の開く従来の客車から、
空調完備型に移行しつつあるようで、あらためて時代の流れを感じた。
これにより、硬座でも以前と比べると料金は、多少上がったようである。

一度は訪れたかったハルピン。ロシアが作った街並みと、満州国時代の
建築物が残り、街はとても垢抜けていた。ロシア雑貨のお店やロシア料理の店
も多く、ここではロシア三昧である。創業100年以上の伝統あるロシア料理屋
では1500円ほどでフルコースが食べられる。これで2人分の料金である。
元で考えれば高いが、店の雰囲気も良く、日本で考えれば1~2万くらいする
ような店である。コストパフォーマンスは最高であった。連日通ってしまった。

宿泊先は、満州国時代の旧大和ホテルである。といっても今では普通の
賓館だが、ここの貴賓楼は当時の建物を使用していて凄かった。
貴賓楼には高くて泊まれなかったので、中だけを見せてもらったが、
重厚観溢れる内装は、とてもノスタルジックな気分にさせてくれた。
おそらくは、伊藤博文や石原莞爾など、当時の政治家らも泊まった
ことであろう。そう思うと、非常に感慨深いところであった。

ハルピンは黒龍江省の省都で大きな街だが、大きな道を1本外れれば、
時折、ロバが荷を引いて走っていたり、道端には白菜やネギが天日干し
されていたりと、割とのどかなところでもあった。
見所などはあまりないので、街を歩いてはボーッとしての繰り返しである。
寒い地方なので、非常に強い石炭臭のする街であった。

つづく…



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お知らせ…

2008-10-19 16:29:29 | つぶやき
ミャンマーチークフローリング専門販売「ふたば」からの
お知らせです。

明日10月20日(月)~10月27日(月)まで臨時休業
致します。この間のお問い合わせのご返答は、10月28日(火)
以降になりますので、何卒ご了承下さいませ。


以下は、以前勤めていた上司のブログの一部である。
勝手な引用だが、元部下ということでお許しいただきたい。

「素敵な関係」

友人でも、恋人でも、夫婦でも・・・
お互いを高めあえる関係がとても素敵だと思う。
野暮ったいもの同士が出会って、素敵になっていく。

しかし、素敵だと思われているもの同士が出会ったとしても、
理想を求め過ぎて、お互いに描いたものが違うように感じてしまい
壊れてしまう事もある。

僕は思う。・・・
相手が素敵でなくなる責任は、自分にあるのだと思う。
その事に気付かない事が一番の原因だからだ。

人は人によって輝きをます。

思いやりや優しい気持を持って、接していく事で自分も相手も
素敵になるのだ。

その気持を失わない関係が素敵な関係だ。

「素敵な関係か…」、ある意味、理想である。

しかし、毎日の生活の中で、このような素敵な関係を維持するのは、
容易ではないだろう。現実の毎日は仕事や生活に追われ、心身共に
疲れていることも多く、相手の声に耳を傾けられないこともまた、
多いからである。

良い時もあれば悪い時もある。誤解もあれば理解もある。
そして、固執もあれば妥協もある。

何にしても言えそうだが、目指すのはセカンドベストくらいが
ちょうど良いのかもしれない…。

それにしても、当時は、こんなことを書く人だとはとても
思えなかったな…。
歳は60手前だろうか…?感覚の若さにびっくりである。
今では自ら会社を経営する傍ら、いくつかの企業の社外取締役
などもやっているそうだ。

社外取締役か…いいなー。(何をするんだろ…?)

それではまた、帰国後においで下さいませ。



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中国

2008-10-18 19:04:10 | 旅行(海外)
明後日からお休みをいただき中国へ行くことになっている。
なぜ中国なのかは、少し前に書いたので割愛するが、結して
行きたい場所ではない…。
このように、せっかくの休みを使って行く目的地が行きたい
国ではないということは、非常に悲しいことだが、まぁ、
これも普段の行いの賜物か、神の思し召しであろう…。

中国を訪れるのは実に7年ぶりで、しかも北京は10年ぶりである。
経済成長著しい国の7年や10年は、日本の時間的な速度と比べると
おそらく数倍もの速さで変化しているに違いない。

果たして、どのように中国は変わったのだろう?

鉄道の切符などは楽に購入できるのか?
未だ、駅にダフ屋はいるのか?
人々は列を作って並ぶことが出来るようになったのか?
痰や唾は吐き続けているのだろうか?
未だ、立って飯を食っているのか?
列車車内の座席で子供におしっこをさせていないだろうか?
未だ、窓から全てのゴミを捨てているのか?
闇両替は…?(もう、そんな時代ではないか…?)

昔は中国を旅した旅行者と出会うと、中国人の悪口で大いに
盛り上がったものである。それが悲惨なら悲惨なほど面白くて、
話しに花が咲いた。

そんな私自身も嫌な思いをたくさんしたが、親切にしてくれた
中国人(漢族)の人たちも、たくさんいたのもまた、事実である。
ただ、当時の中国では、切符を買ったり、宿に泊まったり、物を
買ったりするというような他の国でなんでもないことが、極端に
大変であり、困難を伴ったということである。

そういう意味では、変化しているといっても、どんどん普通の国に
近づいているだけである。

なんだか世界中の国々が、どんどん均一化してしまうようで、
個人的には、ちょっと寂しい気がしている。


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対処の仕方

2008-10-17 18:52:32 | 時事(国内)
このところの金融危機は1929年に始まった世界大恐慌以降、
最大のものだといわれている。しかし連日のように報道される
世界同時株安などのニュースを見ていると、結果的にさらに
人々の危機感を煽り、消費低迷に繋がる悪循環を促して
いるように思えてならない。報道を抑制するだけで人々の
不況意識をもう少し、押さえられそうな気もするのだが…

経済学者に言わせると、元々、資本主義社会は本質的に
不安定なものだそうである。

資本主義におけるお金という存在は、物々交換の手間を省き
経済を効率化したが、しかし、お金そのもの自体には、実は
何の価値もないのだという。

また、お金は、それを何かと交換してくれると予想して持っている
に過ぎないそうで、従ってそういう意味では、お金自体がある意味、
投機なのだそうである。そして、結局、お金の信用とは「皆がお金
だと思っているからお金だ」ということで支えられているに過ぎない、
と言えるようである。

そう考えると、お金は経済の効率化を多分にもたらす半面、
大変な不安定をもたらす可能性も持つことになり、そういう
意味では、お金が支える資本主義において、効率化と安定の
共存はありえない、とも言えるそうである。

従って、このような金融危機は、資本主義においては、
いつ起きても不思議ではない、必然的なものとしてあるのだと
学者らの世界では言われているそうである。

この手の話は、実はなかなか理解しがたいが、最終的には
なんとかなるだろうと、専門家も見ているようである。

歴史を顧みれば、経済はバブルと崩壊を繰り返しながら
確実に効率性は増しているそうで、今回の金融危機も
このようなサイクルの一端に過ぎない…と言えるようである。

個人的に一番いけないと思うのは、「不況意識を皆が持たない」
これに尽きるような気がしている

「知らなきゃ、幸せ」「知らないうちに通り過ぎる」

案外、ベストな対処の仕方かもしれない…?












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「話す」ということ…

2008-10-16 16:52:47 | つぶやき
よく、「話し上手は聞き上手」と言われる。

確かに、コミニュケーションスキルの高い人は、総じて聞き上手
ではないかと感じる。人は一般的に年齢を重ねれば重ねるほど、
人の話しを聞かなくなり、自分の話ばかりする傾向にある。
年寄りなどが、その良い例である。

しかし、中には年齢の高い人でも、落ち着いて人の話しに耳を
傾けてくれる方もいる。そのような人は、ほど良く会話の中に
自分の意見をおり交ぜ、良いボールを返してくれる。

言葉のキャッチボールのプロである。

先日、そのような方と話をする機会があった。
歳はすでに80に手が届きそうなおばあさんだったが、
品のある顔たちで、言葉使いも丁寧、しかもレスポンスも早い。

聞くと、定年まで大きな会社の秘書室に勤務していたそうである。
すでに退職して20年近く経つのに、昔取った杵柄か、さすがに
大会社の秘書ともなると、人との接し方を心得ているものであると
妙に感心してしまった。

こういう方との会話は、実に気持ち良い気分にしてくれる。

まぁ、男性と女性では多少の違いはあるだろう。しかし、
自分が歳を取った時、果たしてこのような話し方ができるのかと、
自問自答してみるが、全く自信が無い。
おそらく、品のない話し方で、自分の話ばかりしているような
気もする。終いには、周囲から嫌われて、誰も話を聞いてくれない、
なんていう光景も脳裏に浮かんでくる。

「聞き上手」

常に頭の片隅に留めておきたいことである。


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「書く」ということ…

2008-10-15 18:35:46 | つぶやき
記憶というものは実に曖昧なもので、私などは覚えた
瞬間から物事を忘れていくタチである。
従って、思いたったことや明日やらなければならないことなどを
できるだけ紙に書くようにしている。

また、「書く」ということは、自己の目的意識を高めるのに
最適の手段だそうである。

書くということで、自然と自己意識の中に言葉が浸透し、
時には自制を促がし、時にはやる気を出させてくれるように、
意識付けてくれるそうである。

副産物としては、「なんとなく、そうだったかなー」などという、
うろ覚え状態も書き出すということで、限り無く減っていく。

食した物とカロリーを書き出すことで、自然とダイエットが
できてしまう、という話は有名だが、これなどは、その最たる
ものであろう。

また、仕事に対しても同じことが言えそうである。

例えば、まず、年間の売り上げ目標を決める。すると月別の目標が
おのずと出てくる。そしてそれを営業日数で割ると1日の売上目標が
出てくる。当たり前の話だが、これを全て紙に書きだして、あと
どのくらいやらなければ、目標達成とならないのかを常に把握しておく。
すると、自然に数字に対しての危機感が生まれ、目的意識が高まり
これが自身の行動に反映されるのである。

「頭の中でだいたい解かっているからいい…」では、駄目である。
紙でなくてもパソコン上でもいい、とにかく文字を記すことが大事なのである。

私自身も最初は半信半疑であったが、効果は絶対にある…と言える。

目標のある方はぜひ、お試しあれ。



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のんびりと…

2008-10-14 19:24:24 | 時事(国内)
「夢の超特急」と呼ばれた、初代新幹線が今年11月末を
もって、完全引退するそうである。今から44年前の1964年、
東京オリンピック開会直前に開業し、当時、世界最速の
210キロで、東京と大阪を3時間半で結んだそうである。

44年前に210キロ、現在は「のぞみ」で300キロと言うことは、
44年で90キロ進化したということだが、そう考えると、
高速鉄道のスピードの世界は、案外難しいものなのかも
しれない…。常に安全と向き合わなくてはならないから、
ということだろうか?

先日、新幹線を運行するJR東海は、自社でリニアモータカーを
走らせる計画を発表した。まずは、東京と名古屋間だそうだが、
時速500キロということで、40~50分で結ばれるそうである。

ひと昔前、「せまい日本、そんなに急いでどこへ行く」
と言う交通用語があった。確か車のスピードを抑制させる、
という意味合いだったが、快適さばかりを求める今の時代には、
戒めの言葉として、また新たに使えるような気がする。

早くて便利なことの対局にある、のんびり時間を掛ける
ことでしか味わえないものもあるのである。

人間、急ぐのを辞めると、案外楽に生きられるような気がしている。














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