ミャンマーチーク屋さんのわが道を行く

日々の出来事と旅と愚痴と文句を勝手に語る日記。

中国紀行 その1

2008-10-28 18:00:24 | 旅行(海外)
昨日、帰国致しました。

7年ぶりの中国、今回は青島経由で北京へ。
北京では、かつて目も当てられなかった恐怖の公衆トイレもすっかり
生まれ変わり(しかし、未だ扉はない。もちろん大のほうだ)また、
古い街並みもほとんど整備され、街は本当にきれいになっていた。
強制的に立ち退きを迫られた人々のその後などを考えなければ、
中国はオリンピックを機に、ある意味本当にがんばったようである。

北京へ着いた当日、そのまま北京駅へ直行し、黒龍江省のハルピン
行きの切符を購入する。15分並んですんなり硬臥が買え、普通の国に
なりつつある中国を実感した。さすがに当日の硬臥は難しいだろうと
思っていたので、なんだか拍子抜けですらあった。上段で263元
(約3600円)。中国の列車は、深緑色の窓の開く従来の客車から、
空調完備型に移行しつつあるようで、あらためて時代の流れを感じた。
これにより、硬座でも以前と比べると料金は、多少上がったようである。

一度は訪れたかったハルピン。ロシアが作った街並みと、満州国時代の
建築物が残り、街はとても垢抜けていた。ロシア雑貨のお店やロシア料理の店
も多く、ここではロシア三昧である。創業100年以上の伝統あるロシア料理屋
では1500円ほどでフルコースが食べられる。これで2人分の料金である。
元で考えれば高いが、店の雰囲気も良く、日本で考えれば1~2万くらいする
ような店である。コストパフォーマンスは最高であった。連日通ってしまった。

宿泊先は、満州国時代の旧大和ホテルである。といっても今では普通の
賓館だが、ここの貴賓楼は当時の建物を使用していて凄かった。
貴賓楼には高くて泊まれなかったので、中だけを見せてもらったが、
重厚観溢れる内装は、とてもノスタルジックな気分にさせてくれた。
おそらくは、伊藤博文や石原莞爾など、当時の政治家らも泊まった
ことであろう。そう思うと、非常に感慨深いところであった。

ハルピンは黒龍江省の省都で大きな街だが、大きな道を1本外れれば、
時折、ロバが荷を引いて走っていたり、道端には白菜やネギが天日干し
されていたりと、割とのどかなところでもあった。
見所などはあまりないので、街を歩いてはボーッとしての繰り返しである。
寒い地方なので、非常に強い石炭臭のする街であった。

つづく…




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