ミャンマーチーク屋さんのわが道を行く

日々の出来事と旅と愚痴と文句を勝手に語る日記。

フィリピン 1988年

2009-08-02 16:41:34 | つぶやき
フィリピンのアキノ元大統領が亡くなった。かつて21年間も
続いたマルコス独裁体制を倒した立役者である。

日本人の我々には、彼女よりもハワイに亡命した故マルコス
大統領の奥さんのイメルダ夫人がマラカニアン宮殿に残して
いった大量の靴のほうが記憶にあるかもしれない。

「ピープルパワー革命」

当時流行った言葉である。確かに彼女のおかげでフィリピン
に民主主義が寝付いたのかもしれないが、しかし、変わった
事といえば国民が選挙で大統領を選べるようになったこと
だけだ。貧富の差は相変わらずだし、タイやマレーシアそして
インドネシアなどのアセアン後発国が続々と発展を遂げる中、
相変わらず出稼ぎ国家の域を出ていない。

亡くなったアキノ元大統領は、所詮、この国の一部の大金持ちに
過ぎなかったのだ。彼女の実家の巨大な農園は、この国の貧しい
人々の働きによって成り立っていた。生前彼女は、このことに話が
触れるのを極端に嫌がったそうである。

私が初めてフィリピンを訪れたのは1988年である。当時片道
3万8千円だったエジプト航空の便は遅れに遅れ、深夜にマニラ
に着いた。空港の出口の先には、深夜なのに数百人の人だかりが
あり、思わず後ずさりをしたものである。

旅慣れてなかったこともあり、当時まだ地球の歩き方もフィリピン
編などなかった。ガイドブックは高級ホテルしか載ってない様な
使えないものしかなく、何も分からなかった私は、この国で散々、
やられ放題やられたものである。毎日のようにボラれ、騙され、
おまけに人生初の強盗もこの国である。物価の安いこの国で、
最初の5日間だけで10万円があっさり消えた。

ひどい国だと心から思ったものである。

そして、その時の大統領がアキノ元大統領だったのだ。大統領に
なり2年目が経った頃だったが、すでに彼女の人気はなかった。
どこの街に行っても、スラムがあり人々は本当に貧しかった
ように見えた。

最近は行くこともないが、今でも根本的にこの国の貧しさは
変わっていないようである。

お金持ちにしかチャンスのない国。お金持ちの人が統治する国。

それでは何も変わらない。









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1 コメント

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思い出しました (ジョエル)
2013-09-16 22:22:32
初めまして、私もはじめてフィリピンに行ったのが1988年の7月でした。同じく空港に人だかりが凄く軽くカルチャーショックを受けました。
当時まだ18才と若かった事もありなんとか一週間の滞在を乗り切りましたが、体力の衰えを感じる今だったらキツイ国ですね
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