羽を休める鳥のように

きっとまた訪れる薄紫の夕暮れを待ちながら

分不相応

2012年01月30日 | Weblog
叔母から譲り受けた黒いコートをクリーニングに出すことにした。
父が亡くなった冬、病院で叔母と会った帰り際ふと
「○○子はそのコートしか無いのかい?」と叔母特有のほんわか困った顔で
聞かれた。とてもやさしい声だった。
わたしはヨーカ堂で2~3千円で買った紺のコートをいつも着ていた。
前にも書いた気がするけれどその頃は、
父の病院、娘の病院、自分の病院と歩きながら、
コートについた大きめのポケットに
いつも文庫本を入れていた。病院の廊下で待つ時のために。
ベビーシッターの仕事もしていたし
自分にかけられる時間もお金も皆無だった。

「コート?うん、まあそうかな」と笑って答えたわたしに
叔母は自分が若い時に着ていたコートをプレゼントしてくれた。
薬科大学を出た後叔母がどういう青春を過ごしてきたのかわからない。
わたしが物心ついた頃にはもう自営業をとりしきる少し厳しいきれいな人だった。
時々仕立て屋さんが出入りしていたのを覚えている。
叔母の洋服はほとんどがそのひとのオーダーメイドだったのではないか。

結婚をしなかったこともあり叔母は血縁のあるわたしをよく可愛がって
なにかと心配もしてくれた。
厳しく感じた一面もやがて薄れ(わたしを気にかけてくれた故だったと思う)、
知性と品位のある叔母は90歳を過ぎた今も健在。

コートはわたしに誂えたようにぴったりだった。
譲り受けてから10年は経つ。コートが誕生してから60年くらいは
経っていると思う。
父の葬儀に着たあと埃を払い陰干しにしたりして時々点検はしていた。
今回、義父の法要で冷たい雨の中を着用したので、
クリーニングに持っていった。
チェーン店では「洗濯表示ラベルがない(オーダーメイドなので)物は普通
預からないのだが、とりあえず工場に聞いてみる」との事で
その後電話があった。9600円プラスいくらか、、という話だった。

一万円弱!・・・新しいコートが買える金額!
さすがにあの紺のコートはもう着ていないがここ数年は新調していない。
相変わらず安物・・・。
新しく欲しいけれどそれほど差し迫っていないので何着かあれば
それでその日の気分で着られるからOK。

結局、チェーン店はやめて検索して三鷹台のクリーニング店が
℡したとき感じよかったのでもっていった。
「大切なお品物ですね」と開口一番言ってくれた。
上等のカシミヤで襟元は長い毛足の毛皮。すごくきちんとした縫製ですね、
ということだった。
分不相応の気がしてならないが、
ずっと大切にしようと思う。
大切に扱ってくれる店を見つけてよかった。