老いの途中で・・・

人生という“旅”は自分でゴールを設定できない旅。
“老い”を身近に感じつつ、近況や色々な思いを記します。

天神祭 その②  ~花火~

2019年07月26日 19時44分55秒 | 旅行/色々な風景
 前夜の薪能が素晴らしかったので、本宮の昨夜も花火見物に出かけました。

 天神祭は、日本の三大祭りの一つと言われているだけあって毎年多数の見物客が訪れますが、特に花火目当ての人は物凄く、又大川が大きくカーブしているので花火見物に適した場所がある程度限られており、絶好の見物場所は身動きが出来ないほどになります。

 前日に薪能を見た帝国ホテル前は丁度花火打ち上げ場所の対岸にあり、大阪の風向きを考えると風上になり、花火の煙を気にすることが少ないので、前日の薪能の見物客の少なかったことに味をしめ、混雑を覚悟の上で再びこの場所を目指しました。

 花火開始の1時間半以上前に着くように、随分と早めに自転車で家を出発し、途中大川沿いに企業や団体の奉納船の飾り付けや、観客が乗り込む様子を見たりしながら目指す場所まで急ぎましたが、ホテルに近づくにつれ人が多くなり自転車は押して歩くことになりました。

 ホテル近くに自転車を置く場所を見つけ、そこから河川敷に降りましたが、既に満足に歩けそうもない位の人混み。前夜に座った石段もシートなどで席が確保されており、座る場所は全く見つからず、近くの道路沿いに何とか二人が座れる場所を確保。

 これでやっと一段落し、途中で買ってきた飲み物や食べ物で腹こしらえ。
その内に、下流側から船渡御(ふなとぎ)の色々な船が賑やかに上って来始め、逆に上流側からは先ほど見た企業や色々な団体の奉納船が連なって下ってきて、お互いすれ違うたびに賑やかな大阪締めの挨拶を交換し、賑やかな祭り気分が盛り上がります。

 やがて、17:30の定刻に花火が開始。
打ち上げ場所が直ぐ前の対岸なので、殆ど間上に上がって首が少し痛くなるのは仕方がないとして、遠方から見るのとは違って目と音が同調し、やはり迫力が違います。

 久しぶりに迫力ある花火を楽しんだものの、人の多さを考えると少し早目に退去することとし、まだまだ押し寄せる沢山の見物客に逆らうように自転車を置いた場所に着き、そこらは暫くの間自転車を押しながら進むような状態でしたが、何とか無事に帰宅できました。

 行く度に沢山の人出に圧倒され、翌年は涼しい家でTVでの祭り見物を楽しんでいるのですが、やはり生の迫力が懐かしくなり、次の年にはまた出かけるという繰り返しですが、高齢になっても気分ときめく夏祭りです。(まさ)


大川の上流方面では、儀装が整った企業や団体の奉納船に乗り込む人達。川沿いには露店が並んでいます。

下流から上ってきた船渡御の船

船の合間を縫ってドンドコ船が軽快に動き回ります

ドンドコ船も行きかう船と大阪締めの挨拶

上流から下ってきたお馴染みのチキンラーメンの船


いよいよ奉納花火開始。

空にはまだ少し明るさが残っています

花火

同上

同上

同上

同上

同上

天神祭 その①  ~準備と薪能~ 

2019年07月25日 22時00分49秒 | 旅行/色々な風景
 今年は梅雨入りが遅くて心配していましたが、宵宮の7月24日に合わせた様に梅雨明けすると共に、気温は急上昇し、“天神祭の頃が大阪で一番暑い”との言い伝え通りになりました。

 昨日の宵宮は、“水上薪能”を見に出かけました。
2年前に初めて見て、普段は「能」に触れ合う機会も少ない私にとっては非常に新鮮な体験だったので、今年もと出掛けた次第です。

 OBP/帝国ホテル前に停泊している能船で催され、能船への乗船券を持たない我々はホテル前の石段に座って見せて貰うのですが、このような珍しい催しにも拘わらず人出は意外に少なく、落ち着いて見られますし、何しろ無料でしかも遠慮なく写真が撮れるというのが最高です。

 到着した17:30頃にはまだ蒸し暑さが残っていましたが、持参の食べ物や飲み物でお祭り気分を味わいながら、開始を待っている間に段々と涼しくなり、川風も吹き始めて、絶好の夕涼み気分となりました。

 薪能は18:40からの開始なのですが、その前にドンドコ船や獅子舞/傘踊りなどの行事もあり、やがて定刻になると、点火式などもあり徐々に雰囲気が高まる中、「三番叟」「羽衣」「猩々乱(しょうじょう・みだれ)」の3題の能を拝見しました。

 始まる頃には薄暮だったのが徐々に薄暗くなり、やがて完全な日没となる中で、涼しい川風に当りながら、水面に揺れる薪に照らされながら見る能は、本当に幻想的で日常とは切り離された様な一時でした。

 天神祭への船の準備や、この薪能の様子を紹介しましょう。(まさ)

<準備>

船渡御のために儀装を待つ艀たち(数日前に、造幣局の横で)

儀装中の艀(24日朝)

同上

橋の上には、神船を見降ろさないように幕が張られています


<薪能>

能船

同上

同上。能舞台の四隅には柱があります。(シテが被る能面は極めて視野が狭いので、この柱が距離感の目安になるようです)

ドンドコ船。回転時には水しぶきが上がり迫力があります

獅子舞と笠踊り

見物席。ホテル前の石段ですが余り人が居なくて特等席です。

点火式。種火は天満宮から箱に入れて神主が運ぶようです

薪に無事点火

能「三番叟」 まだ外は明るさが残っています

同上 アップ

能「羽衣」 少し暗さが増しました

同上。 返された羽衣に着替えました

同上 能面のアップ

薄暗くなった能船

同上の提灯

能「猩々乱」

同上 アップ

すっかり暗くなった川に浮かぶ能船

人間の行動学(北山君遺稿) Chistes編 その⑥ ~色々な生き方~

2019年07月24日 21時34分29秒 | 北山君 遺稿集(人間の行動学)
 今日は近畿地方では梅雨明けが宣言されました。
まだ湿度が高い上に、気温も35℃を超え、いよいよ本格的な日本の夏到来と言う事になりますが、TV報道では1年度にオリンピック開催と報じられています。
高齢者は運動自粛を薦められるようなこの暑さの中での全力でのスポーツは練習豊富な元気な選手にとっても非常に過酷なものには間違いないでしょう。

 更に、大阪では一番暑い時期と言われている天神祭は今日が宵宮で、私は大川沿いでの薪能を楽しんできましたが、その様子は明日にお知らせするとして、今日は北山君の遺稿集を続けます。

 LGBTが市民権を獲得しつつある現在ではそれ程珍しくない話題かも知れませんが、この文章が送られてきたのは15年位前のことですから、海外で確固たる基盤を築いた北山君の人種や人権に対する考え方の一端が理解できるでしょう。(まさ)


 40年振りに、4人の幼友達がレストランで再会して旧交を暖めました。
上手い料理を食べ、ワインを飲み、想い出話しに時間は過ぎて行きました。その内の一人が手洗いに立った時、3人の話しは子供達の事に入りました。

 一人が言いました;
私の息子は、私にとって「誇り」に値するように成長したよ。会社でメッセンジャー・ボーイとして働きながら大学で勉強し、経営学を修め、アメリカにも留学、会社の重役になり、今その会社の代表になっているんだよ。お金も沢山稼いでいるんだが、親友を大事にするという心根も持っておる息子なんだよ。親友の誕生日にベンツの新車を贈り物にしたんだから。

 二人目が続けました;
それは良く出来た息子だよ! 私だって、私の息子を一番誇りにしているんだよ。旅行会社のセールスマンから身を起こし、仕事をしながらパイロットの免許を取ったんだ。そして航空会社に入って、仕事振りを認められ、重役はもとより共同経営者になって、今じゃその会社の過半数を持つ株主になっておるんだよ。大金持ちになっておるんだが、親友の誕生日に、ボーイング737を贈り物したんだ。

 三番目が遮りました;
二人の息子に乾杯だな! しかし、私の息子だって大金持ちなんだよ。
建築学を学び、建築会社を起こして大成功しているんだ。もう有り余る金を稼いでおり、親友の誕生日に1000M2の土地に、大邸宅を贈り物にしたんだよ。もう君達と同じく息子を誇りにしているんだ。

 3人が、お互いの息子を褒め称え、祝杯をあげているところに四人目の幼友達が帰って来ました。
彼は、聞きました;
何だ、どうして三人で嬉しそうに祝杯を交わしておるんだい?

 三人はそれぞれ同じことを・・・
息子たちの話しをしているんだよ。三人の息子は、親の誇りにできる
立派になったことを。ところで、お前の息子は? 何をしているんだ?

-息子か?息子はゲイなんだよ。ゲイ・バーでゲイ・ストリッパーとして毎晩、踊りながら生きておるんだ。
=!そりゃー残念だな。ゲイか?? 気を落としておることが判るよ。同情するよ。
-いや~、何とも思ってないよ。
それに息子に変わりないし、お前さん達と同じように息子を自慢にしているし、誇りに思っている。しかも幸運に恵まれているんだ。 先日、息子の誕生日に土地1000M2、新築の大邸宅に呼ばれて行ったらそれは親友から贈られたと言うんだ。もう一人からは、ボーイング737の飛行機を贈られ、他の親友からベンツの新車も貰ったんだよ。 三人も親友を持っておるし、親友を大事にする息子なんだよ!

結論;
 男女の人権、個々の人権を尊重する時代になっている。決して人権無視や人種の差別は止めるべきである。娘や息子の人権、生き方にも同様、暖かく見守ってゆくべきである。

人間の行動学(北山君遺稿) Chistes編 その⑤ ~予測の基準は?~

2019年07月23日 19時58分39秒 | 北山君 遺稿集(人間の行動学)
 いよいよ本格的な暑さ到来ですね。
今日は神戸に出向いて、先日亡くなった叔母の49日に出席しましたが、神戸も蒸し暑かった!!
少し中断しましたが、また「人間の行動学」(北山君遺稿)に戻ります。
今回は、この暑い時期を少しでも忘れようとして、冬に向かっての話題です。(まさ)


 猛暑の夏が過ぎて初秋・・・インディアンの老酋長が老衰で亡くなり、後継者として若いインディアンが選ばれました。老酋長のように一族から信頼されるに相応しい実力を持つ若きインディアン(スペイン語ではインディオ)です。

 秋が深まり一族郎党から、若き酋長は聞かれました。
「酋長!、間も無く冬が来るんですが、今年の冬は寒いんでしょうかね~?」と。
若き酋長、亡くなった老酋長からどのようにして天候を見極めるか、予測するのかを聞いていなかったことを思いだしたのですが、即座に答えねば一族の信頼を失うので、答えました。
『オ~、今年の冬に備えるために薪を集めておくように! 寒くなっても困らんように準備するのは当然だよ』と。

 数日後、この若い酋長は、合理的な知識を習得しておるのを思いつきました。
“こういうことは気象庁に聞けばよい”と・・・、公衆電話に走りました。
『モシモシ、今年の冬は寒いんですかね?』
「多分、寒くなると云う観測です」と気象庁の担当が答えました。
若き酋長、直ぐに帰って一族郎党に命令をしました。
『来る冬に備えて、精出して薪を集めるように!』

 一週間後、若き酋長は再度、気象庁に電話をいれて聞きました。
『今年の冬は、必ず寒くなるんですね?』と。
「勿論です、今年の冬は寒くなりますよ」
若き酋長は飛んで帰って、一族郎党に告げました。
『集められるだけの薪、燃えるもの全てを集めるように!今年の冬は寒くなるんだから!』

 さらに一週間後、若き酋長は気象庁に電話をしました。
『今年の冬は絶対に寒くなるんでしょうな?』と。
電話に出た気象庁の担当官は答えました。
「必ず、今年の冬は例年以上にものすごく寒くなるのは間違い無いです! 私共が観測を始めて以来の寒さになるんです!」

 若き酋長は問い返しました。
『すみませんね~何度も聞いて・・・ところで気象庁ではどうやって今年の冬が凄く寒いと予測するんでしょうかね?』
担当官は声を少し低めて答えました。
「あのですね~、インディアンが必死になって薪を集めておるので、必ず寒くなるんです」

教訓:
 まあ誰も、世の中の先の事に、確固とした結論を下すことは不可能である。
経済も、社会も、通貨のレートも、株価も、自然&天候も、男女の恋愛そして愛し合って結婚した夫婦の将来も・・・そうです全て将来どうなるか
予測は予測、確固とした結論は出せないのが、この世である。
予測や観測に右往左往することは、避けるべきである。

「美しい日本語」続編 

2019年07月22日 20時14分40秒 | 面白い言葉や語源など
 先日お知らせした「小・中学生に日本語ブーム」に刺激され、『美しい日本語』で検索した所、色々な方がこの事に触れられていますが、その中で風花未来(かざはなみらい)氏が書きこまれている「美しい言葉辞典」(https://kazahanamirai.com/)というのが目につきました。


 風花(:晴天にちらつく小雪片。降雪地から風に吹かれて飛来してくる小雪)を名乗り、“言葉の取次人”と自称される風花未来さんは、色々な日本語の美しさについて書き込まれていますので、時間を見つけて一度全てに目を通してみたいと思いますが、取りあえず同氏の2019.05.25付け「美しい日本語をまとめてみました。」(https://kazahanamirai.com/utukusiinihongo-collection.html)の中で、紹介されている日本語の中で気になった3つを紹介させていただきます。


<心眼(しんがん)>
 「デジタル大辞泉」に拠ると、“物事の真実の姿を見抜く、鋭い心の働き。心の目。(「しんげん」とも言う)”とありますが、同氏の注釈では、「心眼」という文字には次のような知恵が含まれているようです。
・心で見ないかぎり、大切なものは何も見えてこない。物事の本質は心眼でなければ見ぬけない
・打算や欲で物事を見ても真実は見えない、心を澄ましてあるがままを見る時にだけ真実は姿をあらわす
・肉眼で見えるものは大した意味を持たない。肉眼には見えないものを大事にする心こそが人生を豊かにする


<身土不二>
 仏教用語では「しんどふに」と読み、食養用語では「しんどふじ」と読みます

(しんどふに)仏教用語。「」(今までの行為の結果=正報)と、「」(身がよりどころにしている環境=依報)は切り離せない、という意味。

(しんどふじ)食養運動のスローガン。「地元の旬の食品や伝統食が身体に良い。」という意味で、大正時代に「食養会」が創作した言葉です。
何れにも、「身」と「土」は分けられないものと言う知恵が含まれています。


<たそかれどき(誰そ彼時)・かはたれどき(彼は誰時)>
 「たそがれ」は江戸時代までは「たそかれ」といい、「たそかれどき」の略語です。陽が沈んであたりが暗くなってきて、目の前の人の顔を見ても、誰なのかがわからないくらいの明るさしかない時間帯のことを「たそがれどき(誰そ彼時)」と呼びます。

 「たそかれどき(誰そ彼時)」は日没後を指しますが、夜明け前のことは「かはたれどき(彼は誰時)」というようです。

 本当に深い意味が籠った日本語ですね。(まさ)