チャリンコ漫遊

ゆ~っくり、の~びり、新しい景色と新しい世界を求めて…リンリン・尺八・田舎暮らし… 

朝日新聞1月11日木曜日▪天声人語▪書き移し

2024年01月11日 | リンリン
雪の吹きすさぶ海沿いの小さな町。高倉健の演じる男が、ふらりと居酒屋に入る。奥には倍賞千恵子演じるおかみ。他に客はいない。「正月も、くにには帰らないのかい?」。ぽつぽつした会話から、孤独を抱えた者同士だと互いに悟る。その時、店のテレビから歌が流れてくる▼〈お酒はぬるめの燗がいい/肴はあぶった……〉。哀切に満ちた声で八代亜紀さんが「舟唄」をうたわなければ、映画「駅 STATION」は成り立たなかっただろう。劇中で3度も流れる。脚本家が歌の世界にほれぬいた▼映画の2人だけでなく現実でも、孤独にさいなまれる時はある。見えや体面を放り出したい時もある。「舟唄」は、そんな背中をそばで静かに見守ってくれる歌だった。口ずさみながら、夜を過ごした人も多かろう▼当初は、美空ひばりをイメージしてつくられたものだったという。だがめぐりめぐって、デビュー9年目の八代さんの手元に届く。あの情念の宿ったハスキーな声を通じて、あるべき1人酒のたしなみ方を教わった身としては、運命の気まぐれに感謝せねばなるまい▼かねて「歌は誰かの心を表現する代弁者だ」と語っていた。だからこそ「なみだ恋」や「雨の慕情」などの名曲に、多くの人が自分を重ね合わせたに違いない。八代さんが亡くなった。享年73▼都会の盛り場で、どこかの港町で。弔いの杯が傾けられていることだろう。よけいな飾りはいらない。〈涙がポロリとこぼれたら/歌いだすのさ 舟唄を〉2024-1-11



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