ブログ 「ごまめの歯軋り」

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読書ノート 大矢真一著 「ピタゴラスの定理」 東海大学出版会(2001年8月)

2018年09月02日 | 書評
ピタゴラスの定理と敷石モデル

幾何と代数のつなぎ目、ピタゴラスの定理の果たした役割と証明法の歴史 第3回

序(3)

幾何学はエジプトのナイル川の氾濫後の耕作地形の策定という必要性から実用上の発展をしたと言われる。そもそも真っすぐな直線を引く事ことは二点を縄でピンと張ればできるが(今でも大工は炭壺に入った紐を2点で固定し、紐を持ち上げて落とせば直線になることは行われている)、二点間の長さは縄の一定間隔(単位)の結び目の数を数えれば測量できた。しかしに直線がなす角度の測定は容易ではなかったし、東西南北の線が直交するかどうかもわからなかったとしよう。中国の伝説では、伏義という神さんが定規を持ち、女禍という神さんがコンパスを持つ絵が描かれている。この書物は漢時代の書であり、少なくとも2000年以上前にはコンパスと定規があったようだ。エジプトでは紀元前1000年以上前「縄張師」という測量士がいたようである。縄張師は地上に幾重かの円を描き、真ん中に真っすぐな棒を垂直に立てその影が最も短くなる時が南中時であるので、その影を延長した線が南北線となるとし、そして御園と午後の影のアガサが一致する点を結ぶと東西線となる。その交差する角度が直角であるとした。こうして神殿や新しい耕作地境界の線引きができたという。ところが縄張師はそれとは別に(3:4:5)の原理と使って直角を作ったという。縄張師はこの方法で方形の角の直角を出していた。この三つの辺の長さが3,4,5の三角形が直角三角形であるということは、インドでも中国でもずっと古くから知られていた。古代中国の漢時代に書かれた数学の書物「周脾算経」には、周公の時代(今から3000年ほど前)に(3,4,5)の直角三角形ができることが書かれている。そのまま信用はできないとしても紀元前後にはピタゴラスの直角三角形は知られていたことにはなる。古代インドでも中国と同じような時代に(3,4,5)のピタゴラスの原理は知られていたようである。紀元前8世紀のものであるインドの書物には、(5,12,13)を使った直角三角形を作る方法が書かれている。この時代には証明はなかっただろうが、ピタゴラスの定理のは断片的に知られていたと考えるべきである。こうなるとピタゴラスの定理はピタゴラスよりもずっと以前に発見されていたといわなければならない。つぎにピタゴラスの定理の曙というべき、ピタゴラス以前にピタゴラスの定理はどうして発見されたかについて考えてみたい。平面幾何学において直角三角形の斜辺の長さを c、他の2辺の長さを a, b とすると、ピタゴラスの定理式a^2+b^2=c^2がピタゴラスの定理です。(a,b,c)の整数の組をピタゴラスがどのようにして発見したのかは想像の域を脱しないが、今四角数から推測してみよう。平方数とは、ある整数の2乗(平方)で表される整数のことである。四角数とは、多角数の一種で、正方形の形に点を並べたときにそこに並ぶ点の総数に合致する整数のことである。それは同じものである。平方数を小さいものから順に列記すると、0, 1, 4, 9, 16, 25, 36, 49, 64, 81, 100, 121, 144, 169, 196, 225, 256, 289, 324, 361, 400, 441, 484, 529, 576, 625, 676, 729, 784, 841, 900, 961, …である。1=1×1、4=2×2、9=3×3、16=4×4、25=5×5、36=6×6、49=7×7・・・・・である。四角数は1+3+5+7+9+・・・のように1から始めて奇数を順に加えてゆくと、その和はいつもある数の平方になっており、1=1×1、4=2×2、9=3×3、16=4×4、25=5×5、・・・・・これを点として並べると四角形になる。推測であるがピタゴラスはその過程で一つの例として(9=3×3、16=4×4、25=5×5、すなわち9+16=25)ピタゴラスの定理式を発見したのではないかと思われる。二組の四角数の和が又何かの数の二乗となるの事の発見に結び付いたという推論である。この四角数という方法では、(3,4,5), (5,12,13),(7,12,13)といった斜辺と底辺の差が1という整数の組しか得られません。ピタゴラスの定理式が成り立つ整数(a,b,c)を探し出す一つの方法であるが、逆の定理であるこのような三角形が直角三角形になるという事は分かりません。そこでピタゴラスが石畳を見て発見したという説が有力になります。むろんこれは2つの直角二等辺三角形からなる正方形で隙間なく敷き詰めるモデルです。この直角二等辺三角形はピタゴラス学派を窮地に追いやりました。正方形を2つに割った直角二等辺三角形の直角を挟む辺の長さを1とすると、斜辺は√2になり、整数どころか無理数なのです。これをピタゴラスが学派は口外してはならない秘密の数として封印しました。ピタゴラスより前にピタゴラスの定理があったということが確かだとすると、ピタゴラスは何をしたのかということが問題となります。つぎに考えましょう。

(つづく)