とぎれとぎれの物語

瀬本あきらのHP「風の言葉」をここで復活させました。小説・エッセイをとぎれとぎれに連載します。

そば畑にて・・・

2012-10-15 23:33:46 | 日記
そば畑にて・・・



 収穫前のそば畑

 岡田さんから連絡を受け、そばの種の収穫を手伝うことになりました。初めての経験なのではりきって出かけました。



 この前の風景とは全く違いますね。そう言いながらすっかり褐色に色づいた畑で作業しているたくさんの会員を私は見渡していました。

 広いですから機械作業が主体となります。畝本さんには袋詰めしたそばの種をトラックに積んでいただきます。と岡田さんが説明しました。

 あのコンバインに乗っているのが郁子さんですね。

 そうです。旨いものですよ。すっかり農業者になりきっています。

 働いていらしゃる会員さんの中には県外のお方も・・・。

 そうです。数人ですね。

 製粉もここでなさるんですか。

 いや、近くの工場に出します。製粉するのは半分ですね。残りは種のままで県外に出します。本場の信州にも出します。案外好評ですよ。

 そうですか。そば粉は地元の蕎麦屋に卸されるわけですね。

 ほとんどそうですね。少し残しておいて収穫祝いということでそばを作って会員が食べます。畝本さんもまたご招待します。

 ありがとうございます。ご縁市場には・・・。

 今年はそう思っています。粉の販売をしたいと思います。それからそば打ちの会もします。そうですね、臨時の蕎麦屋を開いてもいいですよ。

 市場のブランドを作ってくれという話があったそうなので、ぜひお願いします。

 やりましょう。そうですね、今年ばかりというのではなくで続けて・・・。

 ぜひ続けてください。古賀さんにも言っておきます。いずれ会議があると思います。そう言いながら私は袋が積んである作業場に出かけました。そこでは五人の男の会員が作業していました。その中に他とは違うやや色白の中年の会員がいました。近づいてよく見ると、郁子さんによく似ている感じがしました。

 失礼ですが、貴方は郁子さんのお父さんでは・・・。

 ええ、そうです。娘からそばの収穫だと聞いて駆けつけました。・・・どなたでございましょうか。

 ああ、失礼しました。畝本と申します。

 あ、貴方が畝本さんですか、娘が大変お世話になっています。

 お世話だなんてとんでもないです。

 私は、東京で仕事をしていますが、こちらには年に何度か来させて貰っています。

 そうですか。郁子さんはいろいろ出来るんで、岡田さんとか、ご縁市場の方たちは喜んでおられます。

 親が言うものおかしいですが、ああ見えていろいろな資格を持っています。全部自分で勉強しました。

 演劇の関係の仕事をされていたとか聞きましたが・・・。

 そうなんです。誰の影響でしょうか、小さいころから演劇が好きでした。

 そうですか。私はそう言いながら父親の表情をじっと見つめ、中村仙女という名前が口をついて出てきそうになるのを必死にこらえていました。

 ・・・私も出雲に住みたいです、娘と一緒に。

 えっ、そうですか。すると東京の仕事は・・・。

 ええ、まだ迷っていますが・・・、いずれ区切りをつけて・・・。

 ・・・。

 落ち着いたいいところですね、出雲は。

 郁子さん、喜ばれると思います。

 そうでしょうか。うるさがるんじゃないかと思っています。

 いや、いや、そんな・・・。

 市場のみなさんと働きたいと思っています。足手まといになると思いますが・・・。

 いや、そんな・・・。私はそう言いながらコンバインを運転している郁子さんを遠くから見つめていました。

  
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地域ブランド

2012-10-12 23:44:10 | 日記
地域ブランド







 商工会の会長と市の係員が古賀さんのところへやってきて、地域ブランドの立ち上げということを提唱したそうだ。・・・長柄さんが私の家にやってきてそういう話をしました。・・・いやいや、理念としては妥当で素晴らしいよね。「市内の農林業の特徴を活かした農林産品や加工品の魅力を地元にアピールし、地産地消を推進するため、地域ブランドを立ち上げ、育成を図ること。 そして、地域ブランドの推進により、農林産物全体のイメージアップを図り、消費を拡大するとともに、生産者と消費者を結びつけ、農林業の活性化を図る。また、地域ブランドをまちの個性ある資源として位置づけ、活用することにより、農業・林業・商業・工業・観光の連携と、市民参加・協働による地域活性化を図り、関連産業も含め、市の産業振興につなげる。」。・・・うんうん、なるほど。古賀さんもまいったらしい。

 それで、また会議を開くんですか、と私。

 らしいね。

 ということは町を挙げてご縁市場を振興するということですね。

 いい話じゃないですか。

 私はね、どこでも考えそうなブランドではつまらないと・・・。

 ・・・反論した。

 その通り。古賀さんが、では、どういうプランをお持ちですか、と聞いてきた。

 で、答えたんですか。

 ないから答えようがない。

 私は、若い層からいいアイディアが出てきそうな感じがしていますが・・・。

 若い者。

 そうです。岡田さんのところの郁子さんたち、それに京子さん。・・・私だったらミニチュアの夜光マスコットなんかいいと思ってます。

 夜光・・・。

 そうです。蓄光パウダーを使った変身マスコットですよ。立派な陶芸家たちがいらっしゃる。

 面白いね。畝本さん、古賀さんに話してみたら・・・。

 いや、思いつきですよ。

 アイディアマンだね、貴方は。冗談めいた私の話が意外にも長柄さんに評価されて私はとまどいました。


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母親として・・・③

2012-10-10 23:55:49 | 日記
母親として・・・③



 小磯良平(1903~88)「日本髪の娘」

 小磯良平を言う時どうしてもこの作品を挙げねばならない。それほど端正な作品で完成度が非常に高い。色彩のバランスも素晴らしく、緊張感が溢れていて、これぞ小磯だという感じがする。


 中村さんは私たちとは初対面にもかかわらず、すっかり心を許して話していて、私は郁子さんに対する責任をひしひしと感じていました。

 ・・・ああ、そうでした。・・・お願いがあるんです。

 どういう・・・、と私。

 何も難しいことではありません。・・・郁子は今の仕事に生きがいを感じています。みなさんの活動に望みを繋いでいます。過去にあの子もいろいろありました。でも、すっかり元気を取り戻しました。ですから、今の仕事が続くように・・・、いや、こんなことを私が言うのはおかしいですね、ですから、絶えずとは申しません、遠くから見守ってやっていただきたいのです。

 分かりました、お母さん。私は素直な気持ちでそう返事しました。長柄さんも、ご心配はいりません、努めて・・・、と答えました。

 ありがとうございます。冴子さんや京子さんが近くにいらしゃるので不安はないのですが、気が強いのでこれから何をしでかすか分かりません。何か不都合なことをすれば厳しく叱ってやってほしいのです。

 え、心がけます。私はそう言いながら胸が熱くなっていました。郁子さんが娘のように思えてきました。

 私にできることが何かありませんでしようか。改まった調子で中村さんは言いました。私はどう答えていいかとまどっていました。すると、突然長柄さんが言いました。

 お母さん、絵を描いていただけませんか。

 絵ですか、どういう・・・。

 貴女の舞台姿です。

 ええっ、・・・突然で答えにくいのですが・・・、私も仕事に加わらせていただくという意味を込めて、・・・そうですね、少し時間をいただければ・・・。

 そりゃありがたいです。長柄さんがぱっと明るい表情になりました。

 私も嬉しいです、ぜひ・・・。私もお願いしました。

 ええ承知しました。

 ありがとうございます。

 も一つ最後にお願いがございます。・・・今日お話ししましたことは、ぜひ内密に・・・。中村さんは、そう言うと、ほっとしたような和らいだ表情になりました。

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母親として・・・②

2012-10-08 22:46:14 | 日記
母親として・・・②



「母と子」(パブロ・ピカソ 1922年 油彩)
 ビカソの母子像は他にもあるが、私はこの作品が好きである。抽象を嫌っている訳ではない。素直に私に入ってくるからである。


 ・・・私は若いころ出雲にきたことがございます。私の劇団の地方公演を松江で行ったときでした。一畑電車に乗って出雲大社にお参りしました。その時、車内から眺めた宍道湖の景色が非常に印象的でした。阿国ゆかりの出雲に将来何かの形でご縁が生まれるような予感がしました。それほど私には全国にない美しい景色に見えました。・・・しかし、その頃は舞台での仕事は端役ばかりでしたので、行きたくても行くだけの余裕がありませんでした。それが今やっと実現して喜んでいます。

 そうですか、地元に住んでいるものとして光栄です。と長柄さんが応じました。

 郁子が先にご縁をいただきましたが、これも何か引き合うものがあったからだと私は思っています。

 郁子さんも演劇関係の仕事をなさっていたとか聞きましたが・・・。私が話の接ぎ穂を出すと、中村さんは私をじっと見つめて急に黙ってしまいました。

 郁子さんに私たち助けていただいています。と長柄さんが助け舟を出してくれました。

 ええ、そのことなんです、演劇で躓いていたところ、みなさんに助けられ大きな目標が出来て郁子も喜んでいるようです。・・・郁子と私は親子ですが、父親と私は・・・。そう言ってまた中村さんは黙ってしまいました。

 結婚はなさっていない・・・。長柄さんがそう踏み込みました。

 ええ、そうなんです。・・・父親は絵の商売をしていまして、私も絵描きの端くれですからいつも助けてもらっていました。

 と仰いますと・・・。長柄さんがまた踏み込みました。

 若いころ演劇では生活が出来なくなって困っていました。しかし、絵だけは描き続けていました。そういう時、画材の費用を出してくれたり、あちこち絵のセールスをしてくれました。・・・ですから命の恩人です。・・・郁子が生まれたことを契機に演劇を止めて三人で暮らしたかったのですが・・・、止められました。演劇の道に賭けなさいと強く勧めました。・・・そう言われて、私も決心しました。郁子を育て、この人に恩返しをしたいと思うようになりました。

 郁子さんは、冴子さんをお母さんと思っていたとか・・・。

 そうなんです。冴子さんにも随分お世話になりました。演劇の稽古とか地方公演に追われていた私の代わりに郁子の世話をしていただきました。だから、郁子は私より冴子さんと接する時間が多かったと思います。

 で、冴子さんと貴方はどういうご関係ですか。長柄さんが続けて尋ねました。

 ええ、冴子さんは画家の家系を継ぐ立派なお方です。私はごく普通の家の生まれですが、やはり二人とも絵に関係していたのでお会いする機会がよくありました。知り合いに絵の紹介をしていただいたこともあります。そのことと、・・・実は二人は同じ町の出身です。

 えっ、どこですか。と私は咄嗟に何かを感じましたので、そう尋ねました。

 諏訪です。

 諏訪市ですか、あの諏訪大社のある。私は確認しました。

 そうです。

 やっぱり。

 えっ、どうしてですか。

 冴子さんが諏訪の出身だということは誰かから聞いていましたので、そのことからの推測です。

 おい、おい、話が変な方向に・・・。と長柄さんが言いましたので、私はそれ以上そのことには触れませんでした。

 
 
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母親として・・・①

2012-10-06 23:18:40 | 日記
母親として・・・①




ルドン (「Beatrice」 1885制作 個人蔵)
 ルドンの植物画の色彩感覚は豊かで目を見張るものがある。こういう人物画での優れた色彩表現はその内奥を描き尽くしている。


 ご縁市場が開店してから間もないころ、長柄さんから電話がありました。

 例の中村仙女のマネジャーから電話がかかってきて、玉造温泉まで来ているので会いたいと仰るんだよ。

 マネージャー・・・。

 いや、いや、本人も来ているらしい。

 えっ、本人が・・・、それで・・・。

 何か伝えたいことがあるらしい。・・・だから、今夜付き合ってくれないだろうかと・・・。

 今夜。
 
 今夜と仰るんで、何か急いでおられるようだけど・・・。長柄さんの話は要領を得なかったが私は同行することにしました。車に乗せてもらって着いたところは玉造温泉のある老舗の旅館でした。受付に用件を言うと立派な身なりの中年の男が出てきて、丁寧な言葉で応対しました。突然お電話して申し訳ございません。実は舞台が終わってから飛行機で参りました。明日はまた東京に帰ります。そう言って部屋まで案内してから男はどこかへ消えていきました。しかたなく二人は案内された部屋に入って行きました。すると、本人が笑顔で出迎えてくださいました。和服がよく似合っていました。

 ごめんなさい、お忙しいところを呼びつけたりしまして。さ、どうぞ中へお入りくださいませ。言われるまま二人は畳の部屋の床の間の前に座りました。すると、中村さんは電話で食事の請求をして、私たちの前に端坐しました。私はその風格のある美しい姿に圧倒されてかなり緊張してしまいました。長柄さんも口許をひきつらせていました。まもなく食事が運ばれてきました。

 失礼ですが、お酌させてください。すらりと伸びた白い指に私は見とれていました。娘の郁子から事情はすべて聞いております。みなさんとても親切にしていただいていて喜んでいます。

 いえ、むしろ岡田さんの方が・・・、と長柄さんが返しました。すると、またの機会に岡田さんにもお礼をする機会を作ります、と返事が返ってきました。私たちが杯を飲み干すと、実はお願いがございまして・・・、と改まった口調で中村さんは話し始めました。

 
  
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