消えた絵

手紙を書く婦人と召使 (フェルメール・1670年作 アイルランド国立美術館蔵)
もともとフェルメールの現存する作品は少ない。だから、作品の価格は莫大な金額に値する。この作品は数百億円とも言われている。ところがこの作品が何度も盗難に遭ったというから驚きである。他にもそんな話はいくらでもあるという。信じられない話である。
さて、この数日間私は体調が悪くて悶々としていました。風邪のような感じでもありましたが、熱がないので何が原因か分からなかったのです。その上、こんなことを考えてもいました。「あの絵は私が買うべきではないのか」。そうです、私が働きかけてアトリエの主たちが帰ってきて、再出発の記念すべき作品が出来上がりました。いや、私の働きをここで強調するつもりはありません。なんだか強い責任を感じたのです。「そうだ、あの店にもう一度出かけよう。お金? お金はないが、分割払いという方法もある」。私はそう決心しました。
ない。どこへ消えたんだ。私は戸惑いました。店からあの作品がなくなっていました。
ご主人、あの女性像はどうしたんですか。もしかして盗まれたとか・・・。
ああ、あの古賀画伯から頼まれた作品ですね。
そ、そうです。
売れました。
ええっ、売ったんですか。
そうです。
あの絵は売らないということに・・・。
ああ、そうだったですね。この前店でそんな話をしてましたね。もちろん、一人の判断で売ったわけではありません。ちゃんと画伯に相談しました。画伯は困っておられましたが、佐山さんやモデルの京子さんとも相談され、結果として売ることになりました。
そんな・・・。
どうしてご不満ですか。
いや、特別な思い入れがあったものですから。
あの絵がお気に入りだったのですね。それではこの前私に意思があることを仰ればよかった。相談させていただきますよ。
いや、この前はそこまで考えていませんでした。
そうですか。
で、だれが買ったんですか。
中年の女性です。美人でした。いや、そんなことはどうでもいいですが・・・、どう言っていいか・・・、どうも京子さんが画伯を説得されたみたいですね。
ん、ということは、京子さんの知り合い・・・。
いや、はっきり申し上げましょう。実は京子さんの実のお母さんが来られたのです。
ええっ、あの離婚・・・、いや、驚きました。しかし、どうして分かったのですか。
私も事情はよく分かりませんが、京子さんが絵のことを仰ったみたいで・・・。
・・・。
画伯も事情が呑み込めたようでして、私に電話して、売ってくれということでした。画伯の声が震えていましたので、ややこしい事情があるという感じがしました。
・・・。
もう少しここに置いておきたかった・・・。
で、いくら・・・。
そうですね、画伯は五万ということでしたので・・・。
二十号だから百万ですか。
ええ、まあ、そういうところです。
で、現金で・・・。
そうでした。覚悟しておられたみたいで・・・。
私は、その話を聞き、ほっとすると同時に、なんだか大きな問題につながらなければいいがと思いました。


手紙を書く婦人と召使 (フェルメール・1670年作 アイルランド国立美術館蔵)
もともとフェルメールの現存する作品は少ない。だから、作品の価格は莫大な金額に値する。この作品は数百億円とも言われている。ところがこの作品が何度も盗難に遭ったというから驚きである。他にもそんな話はいくらでもあるという。信じられない話である。
さて、この数日間私は体調が悪くて悶々としていました。風邪のような感じでもありましたが、熱がないので何が原因か分からなかったのです。その上、こんなことを考えてもいました。「あの絵は私が買うべきではないのか」。そうです、私が働きかけてアトリエの主たちが帰ってきて、再出発の記念すべき作品が出来上がりました。いや、私の働きをここで強調するつもりはありません。なんだか強い責任を感じたのです。「そうだ、あの店にもう一度出かけよう。お金? お金はないが、分割払いという方法もある」。私はそう決心しました。
ない。どこへ消えたんだ。私は戸惑いました。店からあの作品がなくなっていました。
ご主人、あの女性像はどうしたんですか。もしかして盗まれたとか・・・。
ああ、あの古賀画伯から頼まれた作品ですね。
そ、そうです。
売れました。
ええっ、売ったんですか。
そうです。
あの絵は売らないということに・・・。
ああ、そうだったですね。この前店でそんな話をしてましたね。もちろん、一人の判断で売ったわけではありません。ちゃんと画伯に相談しました。画伯は困っておられましたが、佐山さんやモデルの京子さんとも相談され、結果として売ることになりました。
そんな・・・。
どうしてご不満ですか。
いや、特別な思い入れがあったものですから。
あの絵がお気に入りだったのですね。それではこの前私に意思があることを仰ればよかった。相談させていただきますよ。
いや、この前はそこまで考えていませんでした。
そうですか。
で、だれが買ったんですか。
中年の女性です。美人でした。いや、そんなことはどうでもいいですが・・・、どう言っていいか・・・、どうも京子さんが画伯を説得されたみたいですね。
ん、ということは、京子さんの知り合い・・・。
いや、はっきり申し上げましょう。実は京子さんの実のお母さんが来られたのです。
ええっ、あの離婚・・・、いや、驚きました。しかし、どうして分かったのですか。
私も事情はよく分かりませんが、京子さんが絵のことを仰ったみたいで・・・。
・・・。
画伯も事情が呑み込めたようでして、私に電話して、売ってくれということでした。画伯の声が震えていましたので、ややこしい事情があるという感じがしました。
・・・。
もう少しここに置いておきたかった・・・。
で、いくら・・・。
そうですね、画伯は五万ということでしたので・・・。
二十号だから百万ですか。
ええ、まあ、そういうところです。
で、現金で・・・。
そうでした。覚悟しておられたみたいで・・・。
私は、その話を聞き、ほっとすると同時に、なんだか大きな問題につながらなければいいがと思いました。
