とぎれとぎれの物語

瀬本あきらのHP「風の言葉」をここで復活させました。小説・エッセイをとぎれとぎれに連載します。

自画像

2012-03-15 23:18:00 | 日記
自画像



 二つの人物像を先ずご紹介します。






 実は上の絵と下の絵は同じ画家の自画像です。一見別人のように見えます。しかし、よくよく見ると年齢の差が出ているだけで同一人物だと合点できます。子どもを抱いている像はいかにも幸せそうで微笑ましく感じます。逞しささえ感じます。反面生活感が滲み出ています。中年のころの自画像は省略しましたが、この画家は自分を冷静に客観的に見つめています。飾るということはありません。
 この画家は彼のマリー・アントワネットの肖像画を描いたフランスのエリザベート・ヴィジェ=ルブラン(1755年 - 1842年)であります。彼女はマリー・アントワネットの寵愛を受けつつ肖像画を描き続け、王妃の運命とは裏腹に絵の世界で名声を不動のものにしました。妃が追われる身となっても権威の復活を信じて描き続けたと言われます。

 私は、いろいろと思案しましたが、意を決して京子さんと会うことにしました。
 アトリエに通されて久しぶりに京子さんを見ると、神話の世界に住んでいたはずの神聖な感じがした女性とは随分違う生身の女性が佇んでいる雰囲気に先ず気圧されました。美人だが、絵の中とは違う。私はルブランの子どもを抱いた像を連想しました。絵は化ける。改めて実感しました。
 彼女とのアトリエでの会話を次にメモしておきます。


 以前私がこの部屋に入ったときとは随分様子が違っていて驚きました。

 全部片づけてしまいましたから・・・。

 でも、よかったです。帰ってこられて。

 最初は貴方を避けようと思っていましたが、今は感謝しています。

 佐山さん、いい絵をたくさん描いてください。

 ありがとうございます。ここにまた帰ってきて初めて自分が見えてきました。

 そりゃよかったです。

 古賀さんにも感謝しています。ちょくちょく来ていただきました。

 子どもさんは?

 ええ、隣で寝てます。

 後で寝顔を一目見たいです。

 ええ、ぜひ見てやってください。

 ところで・・・。私はそう言いかけて次の言葉が出なくなった。

 なんですか。

 いや、な、なんでもないです。・・・京子さんは描かないんですか、ルブランのように。

 えっ、ルブラン。

 そうです。

 ・・・今のところ子どもが小さいので・・・。でも、いずれ・・・。

 あ、そうですか。そりぁ楽しみだ。ところで・・・。

 なんですか。

 いや、お母さんお元気ですか。

 どちらの・・・?

 いや、どう言いますか、そのー・・・。

 実母のことですね。

 え、ええ、そ、そうです。

 別れてからますます元気になりました。

 あ、そうですか。

 で、あのー、絵を・・・。

 えっ、ご存知でしたか。

 そ、そうです。画伯から聞いてまして・・・。

 父は、はっきり見えたそうです、私の絵の中の姿が。

 そりゃよかった。見えますよ、見えますよね、お父さんなんだから。私はそう言いながらこみ上げてくる感情を抑えていました。

 母は負けん気が強いので、大変なことをしてくれました。

 とんでもないです。見えてよかった、よかった。

 で、あのー、新しいお母さんは傍におられたんですか。

 いたそうです。

 で、・・・。

 敗北ですね。完全に。

 敗北?

 そうです。一言も言えなかったそうです。

 父を唆した負い目もありますからね。私も・・・、私も今にとことん・・・。

 とことん?

 ええ、やっつけます!


 私は、京子さんのその言葉を聞いてなにも言えなくなりました。


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