橡の木の下で

俳句と共に

『野鳥園』平成23年『橡』2月号より

2011-01-28 10:43:52 | 俳句とエッセイ

野鳥園      三浦亜紀子

十一月、小春のひと日、野鳥観察に出かける。知人で野鳥園のボランティア・ガイドをされている方が、数人を誘って案内をしてくださる。

名古屋市内に、水鳥の生息地としてラムサール条約に登録された干潟がある。藤前干潟、シギ・チドリの渡りの有数の中継地だ。多くの市民参加の保護運動の末、干潟一帯の環境保全が可能になった。

干潟を臨み、窓越しに観察できるビジターセンターに赴く。秋冬は潮汐の関係であまり観察には適さないとのことだが、その日はお昼頃にまずまずの引き潮。のどやかな秋日が満ち、浅い水がさざ波立てて煌めいている。鴨類、鷺、鶚、それに浜鴫の集団。干潟を越えて彼方に草原が広がっていて、そこからは鷹類が狩りに通ってくるという。そんな話を伺っていると、突然浜鴫の集団が飛び立つ。集団のままさっと方向転換すると、鴫たちの身体は陽光を返し一瞬閃く。身をくねらせた大きな魚の銀鱗のよう。何に駆り立てられるのか、遠目には理由もなく翻っているように見え、しばし銀色の鴫の舞い。やがて水の深い方へと消えて行った。古い映画「いそしぎ」のテーマ曲を思い出す。

小さな州に立ち木の残骸か、大きな流木のようなものがあった。鶚が一羽水面に急降下して魚を仕留める。おそらくボラで、それを携えて木にとまる。まだ尾鰭の踊る魚を足で押さえ、頭か、鰓のあたりからむしり食う。それを遠巻きに見ていて見ぬふりをしていた青鷺がひと足ひと足浅瀬を歩いて近づいて来た。鶚のすぐ下に立ってじっとしている。とある拍子に魚の食べ屑が水に落ちるや否や、すかさず拾い食う。よほど慣れているのか、一度は空中キャッチ。我慢強い青鷺は鶚が食事を終え飛び去るまで、じっと同じところでおこぼれを拾っていた。

我々も時間が許せばいつまででも鳥たちを見ていて飽きぬが、その日はさらに先の草原まで足を延ばした。金魚の生産地として名のある弥富市の野鳥園は、干拓地にあり、隣接する森には鵜のコロニーがある。後背には広い田畑と、葭、芒の茂る草原を持つ。周辺に鳧、田鳧、隼、鷹類、梟などが生息。園はこの豊かな周辺環境を支えに、三十五年程前人口的に造成された鳥の楽園。灌木林、草地、池、沼地や水路がバランスよく揃う。水辺の草紅葉に秋色整うの感。水上に鴨類が少し。姿の見えぬ尉鶲の火打石の音。庭のベンチで池を眺めて昼食。何やら鴨たちが色めきたったと思う否や、大鷹が鴨を襲う場面に息を呑む。水上の鴨を上空から目がけて水中に水漬けたのだが、失敗。若い個体とのこと。鷹も鴨も必死。

この日、特別に普段は閉じられた隣接の森の戸を開けていただく。保護された鳥の小屋があり、御昼寝中の木の葉木菟を見学。思った以上に小型で、耳羽が可愛らしい。すっぽりと森の光と影に溶け込む体色。いずれ自然に戻すとのこと。

園から再び車で移動し、干拓地のはずれ、芦、芒の草原へ向かう。このあたりは草原性の猛禽類の生息地。手つかずの草原の広がる地は本州ではこの辺りが最後とも云われる。残念なことだが、この広い草原は現在開発されていて、キャンプ場になりつつある。藤前干潟を守る運動は盛り上がりと持続性を持ち、見事実ったわけだが、こちらの保護は成されなかった。知名度も低く、政治と経済と、その思惑と、何がどうなっているのだろうか。

秋の日が傾き始めた。黄金色した草の穂に風が渡る。その一処でショベルカーが二台、休みなく仕事をしていた。人が社会を形成し、経済で生きていくのは必至かもしれぬが、眼前の造成活動が、果たして人の死活にかかわるかどうかは知らない。生息する鷹にとっては死活問題。先の野鳥園の森の寝屋へ還る鵜の竿が、頭上を越えて行く。鵜は高みから俯瞰して、自分たちの塒は周辺の広い環境に支えられているのを知っているが、言葉とお金を持っていない。我々は街の中でお財布を握り、あれこれ声高に喋りながら、大事なところが見えていないように思える。

 


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草稿01/27

2011-01-27 09:30:29 | 一日一句
街凍るとぼしき星の傾きて  亜紀子

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草稿01/26

2011-01-26 11:13:08 | 一日一句

冬灯なかに人住むひとつづつ

ピザ竃口開け春も遠からじ

亜紀子


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草稿01/25

2011-01-25 09:43:08 | 一日一句

飛脚便啓翁桜運びくる

みちのくの雪深からむ温室桜

啓翁桜固く束ねて芽の精し

亜紀子


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草稿01/24

2011-01-24 10:47:43 | 一日一句
城址公園一月の空広きのみ 亜紀子

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