橡の木の下で

俳句と共に

吉村姉羽句集『花の切符をにぎりしめ』序

2012-05-12 10:00:23 | 句集紹介

『花の切符をにぎりしめ』に寄せて  亜紀子


 

 『橡』の東京例会で久しぶりにお会いした姉羽さんは建築家として独立され、ご自分の事務所を構え、例会では披講係りとして溌剌と活躍されていた。

「俳句と仕事と比重半々で、ゆっくりやっていますよ。」とのお話だった。

 その後縁あって、姉羽さんもメンバーの一人である町野先生のおこじょ会の月例句会に入れていただいた。吟行中は姉羽さんの頭の中では地図上の方角と、実際の道筋や建造物とが有機的に結びついていて、初めての土地も迷うことがない。私などはいつも頼りっぱなしだ。その余裕を姉羽さんは観察に回される。句会の果てたその日のうちに、まとめられた清記句稿が事務所からメールで会員全員に送られてくる。彼女の俳句精進ぶりは確かなものであった。

 そんな吟行会の昼食の卓で、私事で家屋の窓枠の構造の質問をした。私の知りたかったことを、周りを見回し実例を示しながらすっきりと説明してくださった。さらさらと紙ナプキンに描かれた図解が専門家のスケッチ帖のようであった。時に吟行先に仕事の電話が入る。顧客の要請と、工学・法・環境の要請、また建築家自身の矜持、全てを総合したバランスの上に成るのが建築の仕事であろう。片手間にこなせる類いのものではない。

 姉羽さんの生活は仕事半分、俳句半分ではなく、どちらも十全に全開しているのである。俳句も建築も彼女の中では乖離することなく、おのずと融合し、吉村姉羽その人を形作っているようだ。それはこの集中に挿まれた文章にも語られているし、またこの瀟洒な句集の構成にも見ることができよう。

 

街おぼろ浮島となる摩天楼

ルーキーの一打に風も光りけり

ほころびしあとの迅さや花便り

豹紋蝶細き足場をかいくぐり

原宿の人波に消ゆ合格子

函嶺の春炉にくべる桜薪

猪口茸の傾ぶきて梅雨明けにけり

数幹の新樹縞なすデッサン館

霧不意に湧けり湖畔のジャズ祭

銀漢や遠く草津も灯をためて

金風や列乱れなき黒酢甕

寝ねがての荘に夜襲や木の実雨

椋鳥も来て土たたく地鎮祭

ハロウィンに総身点す米軍艦

嫁がむと言だしかねて年暮るる

クレーンの鼻先そろへ年送る

砂漠発宇宙経由の初便り

風邪の神肩をたたきて忍びくる

鯛焼き屋鯛の魚拓を掲げをり

銘木にしるす符牒や初仕事

SLの一笛ながく御慶かな

垣に干すサリー幾いろ青嶺立つ

花御堂シャムの乙女の横座り

ボスポラス釣り竿櫛比うららなり

冬萌や子規も波郷も伊豫生れ

 

 有季定型を単なる形骸とせず、その本質にある美と力を追求する正攻法。そこに若さと新しさを盛込んでいる。

 

 自然と建築というテーマで、とある美術館の話を伺った。短いEメールでのやりとりだ。

「自然に勝る建築は存在しないのです」

姉羽さんの結びの文章である。この人の世界観の支柱を見た思いであった。

 

野遊びや花の切符をにぎりしめ

 

 ほんの一興と微笑みながら、人知れぬ努力を重ねられ、その手のひらにしっかりと花の切符を握りしめ、思いは無垢なる童女のごとく、今日もまた次なる駅へと進まれることと思う。

 


『花の切符をにぎりしめ』連絡先:

吉村姉羽(よしむら あねは)

〒152-0001

東京都目黒区中央町 1-9-29-504

FAX050-3535-2673 

 

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