橡の木の下で

俳句と共に

「選後鑑賞」令和6年「橡」6月号より

2024-05-28 16:18:55 | 俳句とエッセイ
選後鑑賞     亜紀子

屋久島の沢は濁らず春驟雨  北山委子
 
 緑の島屋久島はまた雨の島。その年間降水量は東京の二〜三倍という。島の最高峰宮之浦岳はほぼ二千メートル。他に千メートル級の山々が四十峰近く。黒潮の影響で多量の水分を含んだ空気が海抜0メートルから一気に上昇し雲となって多量の雨を降らすそうだ。花崗岩の渓谷をその水は濁ることなく下ってゆく。どの沢も言葉にできぬ美しさと聞いている。屋久島を訪れたことはないけれど、掲句がどこかで見た写真、エメラルド色の沢水を思い出させてくれた。

黄砂降る遍く瓦礫積もる町  中崎かづえ

 一月の震災、直後には瓦礫に雪が降り積もった。やがて黄砂が流れてきた。今ははや端午の五月。初夏の光が注いでいるのだろう。瓦礫の撤去、壊れた建物の解体は道半ばのようだ。望むのはどの人にも遍く安心できる普通の生活。

わが庭のお地蔵さまも花の客 今村さち

 床しいお庭。床しい宴。小さくて柔和なお顔のお地蔵様を想像した。

車椅子二人がかりや花の坂  大野藤香

 バリアフリーとはいかない道のようだが、花の造詣深く、花を愛する作者ゆえ、周囲の人たちも協力して桜の元へ案内されている様子。多少難儀なことではあるが、今を盛りの景色を楽しまれているようだ。この文章を書いている折、作者の訃報が届いた。合掌

春の雨宛名の滲む地震見舞  高沢紀美子

 能登の大震災。羽咋市の掲句作者の所は難を逃れたように見受けられる。しかしながら、届いた地震見舞いは涙雨に濡れている。

寄り合ひてはづむ会話や草の餅 久川裕恵

 掲句作者は七尾市在住。こちらも被災は免れた様子。お喋りのお仲間は俳句友達か、あるいは御近所さんか。
気心知れた集まりは楽しいもの。寄り合い、草の餅という語が気分を伝えてくれる。

スワン舟湖にあふるる春休み 山﨑淑子

 ギコギコとペダルを踏んで進むスワンボート。子供連れが多いことと思う。湖いっぱいに繰り出して、春休みの大賑わい。というところが実景ではないかと想像するのだが。掲句の措辞の不思議、どこか夢見るような心地がする。

カヤックの櫂のぬひゆく芽吹谿 久保裕子

 こちらはカヤックの渓流下り。芽吹き始めの水しぶきは冷たいが、櫂を操り清流をゆく爽快さ。ボートは自らの半身のごとく、まさに谷間を縫いゆく情景。

漁火の春満月に濡れゐたる  小泉洋子

 春満月、海も遠い漁り火も全てが滴るような月光に照らされて。陶然と波音を聞く。

ぎくしやくとグーパー体操うららけし 石井登美子

 グーパー体操とは手指の運動かしらと思いきや、調べたところ足指の開閉運動とのこと。この足の握力強化が、捻挫予防、バランス能力向上、歩行速度上昇等々の効果を生むそうだ。ぎくしゃくながら、のんびりと明るく励む作者。このうららかな気分も鍵。転ばぬ先の杖、私も早速試している。

足が生え蝌蚪散りぢりに子供部屋 髙橋榮子

 昔、小学生だった子供たちの学校で、雨のある日、子蛙たちが一斉に池を出て校庭中に広がっていく場面に遭遇した。足の踏み場もない体で、蛙を踏み潰さぬよう苦労した。掲句、生き物好きなお子さんの、いやはや大変な子供部屋。