橡の木の下で

俳句と共に

大出岩子第3句集『鶲くる』紹介

2023-03-19 13:17:02 | 句集紹介
『鶲くる』
令和5年2月19日発行
著者 大出岩子
発行 揺籃社
定価 2,000円

著者略歴
 
昭和19年 栃木県矢板市泉に生まれる
昭和58年 馬酔木初投句
昭和59年 馬酔木を退会
     「橡」創刊とともに投句
昭和63年 前期毎日俳壇賞受賞
平成20年「橡」同人となる
平成22年 句集『嶺桜』刊行
平成25年 橡賞、青蘆賞受賞
平成28年 句集『榧の実』刊行
  俳人協会会員

問い合わせ

〒322-0007
栃木県鹿沼市武子1176番2
TEL0289-65-3836


『鶲くる』に寄せて

 平成二十八年刊行の『榧の実』に続く大出さんの第三句集『鶲くる』 に再び拙文を寄せる機会をいただいた。先ずお祝いと、感謝の気持ちを伝えたい。
 この間に大出さんは長い看取りの末に最愛のご主人を送られた。また一番の俳友であった柿﨑さんとの別れ。その試練に重なるようにコロナウイルスのパンデミック。いつも笑顔溌剌の大出さん。その氏から折にいただく書状などのちょっとした一行に、何とはなしに陰りを感じることもあった。しかしコロナ渦中の行動制限で一度もお目にかかれず過ごしてきた。
 本集のゲラが送られてきて圧倒された。自然詠、旅吟、人事句、日々の全てが渾然一体となり、俳句の正しい骨格の上に力強く詠われている。その風韻、風格。悲しみの時を耐えながら俳句というものはおのずから熟成するということだろうか。

夕日背に海女の太腰潮垂るる
丹頂の雛のかくるる葦の花
身の丈に余る大鎌真葛刈る
畦豆を抱へて逃ぐる子連れ猿
鳥肌の火勢鳥またも水打たる
蝦夷りすの産屋胡桃の花すだれ
家鴨二羽連れて棚田の田草取
雪しんしん武家の屋敷に暮しの灯
河骨の水りんりんと夜が明くる
暮れ残る池塘幾百ほととぎす
黄華鬘や浜の掃除に漁夫集ひ
神妙に小銭浄むる遠足子
駆出しの罠師たぢろぐ猪腑分け

 旅吟の多くは柿﨑さんを含むお仲間との吟行だろう。ことに火勢鳥は柿﨑さんの故郷での作。読者は旅の嘱目がまさに作者の眼そのものになっていることを理解するだろう。

根深汁長子いよいよ父似なる
腕白もすでに還暦野火放つ
鶺鴒のいつも小走り桜東風
留守四日庭に狸の棲む気配
野焼翁子猫拾ひて畦走る
開け放つ土間を客間を鬼やんま
厳戒の夜々を遠出のうかれ猫
撃たれしと聞きたる兎庭にをり
蜜豆やアクリル板に友隔て

 より身近な日常吟。うかれ猫や蜜豆にコロナの世相も俳味濃く詠まれた。

ががんぼや手足励ます夜の看取り
点滴の夫にまたたくミニ聖樹
延命を医師に問はるる聖夜かな
点滴に頼む身命雉子の声
病室に祝ふ金婚なづな粥
病み果ての無言の家路春北斗
人垣に遠く荼毘待つ雉子のこゑ

 夫君の看取りの作品。『鶲くる』という集名は発病されたご主人が庭に来る鶲を好まれ、句材にといつも知らせてくれたところから付けられたという。ががんぼの句、励まし摩るのは患者の手足とも、また我が手足とも。何れにしても手足という末梢から身体全体に、そして心にと自らの励ましが及ぶ。足長のががんぼの踊りに目が遊ぶ。

子雀に仏飯ほぐす雨の軒
お花畑夫と来し日も蝶群れて
梨剥いて彼の世の夫に頼みごと
忍び入る野焼の煙一年忌 
  悼 柿﨑昌子様
花の雨追うて来し背の忽と消え
母の日の花に囲まれ独りの食
父の日や子の来て夫の弓磨く

 最新詠からあげた。

 一日も早く世の中が落ち着き、また大出さんにお目にかかれますようにと願う。ご家族や、お仲間ばかりでなく、災害で被災された人々などもいつも全力投球で支えようとされる大出さん。これからご自分のためだけの実りの時間も持たれるのではと思ったりしている。
             令和五年 二月

                      三浦亜紀子