カナダ森林火災 亜紀子
ここ何年も毎度のことだが、暑い。しかし今夏は言葉通りの未曾有の暑さ。七月、八月の最高気温の記録更新、九月に入っても残暑継続。コロナによる生活の規制が解かれても、次は熱中症アラート。不要不急の外出は控えてなるべく涼しい場所でお過ごしくださいの日々。近くの公園も日盛りは蝉の声ばかりで子供らの姿もなく。これでは俳句の種は沸騰ならぬ、払底。その上これも未曾有の集中豪雨に悩まされた。それまで穏やかに暮らしていた地域での洪水、土砂災害。痛ましい被害はいつ何時誰の上に降りかかるか分からない。「線状降水帯」という気象用語が俳句に取り込まれる。橡誌の投句稿にもちょこちょこ散見。この長い用語を何とか収めようと工夫を凝らしている。新しい言葉の種といっても、実生活では御免蒙りたい。
カナダ、ブリティッシュ・コロンビア州もこの夏は未曾有の山火事が発生した。この文を書いている今現在も進行中。娘が州第二の都市ケローナに暮らす。ケローナ市は中央に大きなオカナガン湖を挟み、この湖水の影響下、高緯度にあるカナダの都市にしては比較的穏やかな気候で果樹園の広がる風光明媚な土地。ワイナリーも名物で、どことなく琵琶湖の周辺を想像させる。娘曰く、実際滋賀県から来ていた子は故郷に似ていると言っていたそうだ。リタイアしたカナダ人が住みたい都市第一位とのこと。
しかしながら頻発する森林火災はケローナでも毎年のことで、気候変動、温暖化で加速。それなりに対策は進み、悲しいことではあろうが、住民はある意味慣れてもいる。八月末、慣れていたはずの山火事がそれまでの異常乾燥と折からの強風に煽られ制御不能になった。
娘がラインで山火事の写真を送ってきた。今回は大変らしい、避難も始まっているとのこと。ただ娘の職場や住まいは湖の東側、火災は西側でその時は対岸の火事と思っていた。炎も湖は越えられないだろうと。それがあれよ、あれよと言う間に東側に飛び火。火のついた燃え滓は火災旋風に巻き上げられ危険区域拡大。職場のある州立大学も避難指示が出て、普通に出勤していたお昼から早退に。不幸中の幸い、娘の住まいのある地域は避難指示も勧告も出されていないのでとにかく帰宅するという。ただし大家さんたちは既に「逃げたよ」と。州は非常事態宣言を出し、軍も出動。その日の夕方までに唯一車を持っている娘がルームメートをそれぞれ迎えに行き全員集合。一応準備を整えて、万が一の時の避難ルートを確認したそうな。娘の職場は海外から応援に入った消防隊の宿舎になったとのこと。それから一週間ほど、州の山火事アプリ、市のニュース等々、本人はスマホ頼りに情報を取るのでこちらからはなるべく質問など控えて、こちらもネットで毎日、毎日状況確認。そんな状況下で、住民たちは焼け出された人たちへの支援物資を自発的に集めている。娘も石鹸だの、レトルト食品など、ガソリンをセーブするために徒歩で行ける所へ持って行き、その先は車を出せる人がセンターまで運んでくれたそうな。全てスマホでのやり取りでスムーズ。気温の低下と、いささかの降雨の助けを得て最悪の状況は脱し娘たちは安堵。
後からネットで見たニュース番組では今年のカナダ全土での山火事件数六千。数も火の勢いも大きさも過去に例を見ないと。地元の消防隊はもとより、南ア、オーストラリア等各国の消防隊員の助っ人も、パラシュートで山奥に降りたり、木々を切り倒したり、燻る地面を消火したりと昼夜を分かたず真っ黒になって活動。住民に人的被害は無いようだが、燃える木々の下敷きになって十九人の消防士が命を落としている。ケローナ市長は現地入りしたトリュドー首相に対し、消防隊員の教育と拡充に予算をつけて欲しいと訴えていた。
ところで彼の地での生活上デジタル情報は必須であると分かった。三十年前、あちらに暮らしていた折、日本のマイナンバーに当たる個人番号を貰った。娘に聞くと、娘のナンバーは紙媒体で受け取ったという。調べたところ、プラスチックカードの紛失、悪用が相次ぎ現在はカードは廃止。個人番号は生涯に渡る重要なものであるから、個人で厳重に管理し、IDとして使用してはいけないとしている。例えば病歴など告げる場面で番号を問われても応えないようになど、細かな例も示されている。
マイナンバーに紐づける情報が多ければ多いほど危険に晒される確率は高まる。不便を強いられてもマイナ保険証は持つまいと思っているが、この際カード返上が一番安心かしら。成り済ましだって起こり得る。悪知恵は善良な知恵の先を行くのが世の中。名画アラン・ドロンの「太陽がいっぱい」を思い出すのは古過ぎか。デジタル化とはデジタルカードのことではない筈。