宇月原晴明さん、『安徳天皇漂海記』

 『安徳天皇漂海記』、宇月原清明を読みました。

 “「不可思議なるものはな、魅入るのだ。すべて不可思議なるものは、はるか上天(テングリ)へと続く彼方の消息を帯びている。彼方は人に憑き、人は彼方に魅せられてやまない。魅入られた魂が何事もなくこの世に還ってくることは、汝が思っているほど容易ではないのだ」” 287頁

 怒涛の語りに押し流されました。
 第一部に登場するのは、源実朝やかつての彼に仕えた側近である武者です。そして語り手はその元側近。時を隔てて当時を振り返りつつ、彼が語る驚くべき事実を孕んだ物語。彼のみが知る、将軍実朝の真実…。
 見てきたかのような辻褄合わせで要所要所に実朝の歌が挿し入れられ、「きっとこの歌はこの時の…」などとまことしやかに語られるのが、なかなかどうして快感です。百も承知で騙られる快感、とでも言いましょうか。
 第二部に登場するのは、時を経、万の波を経た南宋の皇帝です。そして、皇帝の終焉の運命にほんの少しだけ交叉して行くマルコ・ポーロの軌跡や、クビライの姿も出てきます。その語り口や、めくるめく異国情緒の中の典雅な美しい幻想性は、私の大好きな澁澤龍彦の『高岳親王航海記』へのオマージュに仕上がっているのです。なんと…。そして第一部と第二部をつなげる存在が、神器に封じられた幼き帝。

 この作品の魅力は、ある種のまがまがしさにもある気がします。特に第一部では、纏いつく様な不吉な禍々しさにすっかり魅了されてました。あとはやはり、めくるめく絵空事に見事に騙されたい…という欲望をすごく巧妙にくすぐってくるところ、かしら。
 (2007.6.11)

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