西崎憲さん、『飛行士と東京の雨の森』

 『飛行士と東京の雨の森』の感想を少しばかり。

 “これは少し難しかった。この写真は確かに何かを訴え掛けてくる。しかもそれはとてもよいメッセージだ。” 64頁

 とてもよかった。長さもまちまちな7篇。どこかで続く終わらぬ雨降りの音色を聴き分けようと、全身を澄ましている…と、そんな心地にさせる話もあれば、鋭く手加減のない話もあり、堪能した。とりわけ中篇の「理想的な月の写真」は、心ふるえた。

 「理想的な月の写真」は、音楽事務所を構える主人公のもとに、一風変わった実入りの良い依頼が舞い込むところから始まる。その仕事とは、自殺をした娘の為に、彼女が好きだった幾つかのものを音楽にして、CDを作って欲しいという内容だった。
 話を引き受けた“わたし”は、ごく限られた作曲の素材と、依頼人である父親から知らされた僅かな情報だけを頼りに、若くして自ら命を絶った女性の人生をたどる。その死に至るまでの魂の遍歴に少しでも迫ろうと、まずは育った土地まで足を運び、更に思惟を重ねていく。個人的な事柄は普遍へと押し広げ、想像で補い、そしてそれを音楽へと繋げていった。
 自殺者の心理を、内側から知ることは決して出来ない。でも、たとえば、『重力と恩寵』についての友人柴木との会話の件は、ぞくりと興味深かった。言葉では掬い切れないことが残ると知りつつ、言葉を連ねて思いを深める。そうやって丁寧に作り上げられた音楽を、直接に聴けないのは頗る残念だけれど。
 静かな旅のような、とても大切なことを突き詰めた淵へといざなわれるような、不思議な話だった。最後は胸が詰まった。

 他に好きだったのは、タイトルが詩のようで読む前から気になっていた表題作や、私にはソフトロックがよくわからないけれど「ソフトロック熱」。あと、設定に惹き込まれた「奴隷」は、びりっと刺すような逸品だった。

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