多和田葉子さん、『雪の練習生』

 タイトルを見て、まさに今読むのがぴったりなのでは…?などと、ちらりと思ったのであった。なはは。『雪の練習生』の感想を少しばかり。

 “自由自在という言葉が浮かんで、そうだ、わたしも自由自在に自分の運命を動かしたい、そのために自伝を書こう、と思った。”(71頁) …そうそれもなんと、一種の北極語で! ホッキョクグマの北極語、ぶらぼ!

 なんてなんて楽しくて美しくて愛すべき、ホッキョクグマ三代の物語だろう…と、深々と満足の溜息が出る。いやそれよりも何よりも、こんなに驚きに満ち満ちた(ファンタスティックとでも言いますか…)話であるにも関わらず、すんなりと入り込んで彼らの姿をまざまざとまな裏に浮かべながら三代のホッキョクグマたちに寄り添えた…という束の間の、なんと素晴らしかったこと! 時にはその立派な立ち姿を仰ぎ見て、時にはその見事な毛皮に触りたいものだなぁ…などと思いながら、心ゆくまで堪能した。
 一話目の「祖母の退化論」には、すこぶる唐突にキエフでの会議に出席するためにホテルに泊まっているホッキョクグマが登場する(しかも自伝の執筆なんぞを始めているではないか…!)。そこで流石にいささか面喰うものの、立ち止まる閑もあらばこそ、そのままどんどん話が流れていくので何だかぐいぐい惹き込まれていってしまう…という、元サーカスの花形である“わたし”のお話である。そして二話目の「死の接吻」では、その“わたし”の娘トスカと女曲芸師ウルズラの活躍へと話は移り、最終話の「北極を想う日」ではベルリン動物園に暮らす孫のクヌート…へと、物語は繋がっていく。それぞれに全く趣を異にする三つの物語であるが、どれをとっても非常に内容が濃く、読み終える頃には三代に渡るホッキョクグマたちの姿が胸に焼き付けられている。しっかと。
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )
« 2月3日(木)の... 2月4日(金)の... »