ジェイムズ・ホッグ、『悪の誘惑』

 『悪の誘惑』の感想を少しばかり。

 “この瞬間から私は、自分が福音の使者というよりはその闘士として、この世から主の敵を一掃するよう神慮によって定められたのだということが分った。” 140頁

 とても面白かった。神か、はたまた悪魔の導きか。“神に選ばれたものは決して誤ちを犯さない”という、驕慢な教義に魅入られ、数奇な人生を送ることになった男の、常軌を逸した信仰の末の転落を描く物語。おどろおどろしい怪奇を堪能したが、読み終えた後の驚愕の眩暈が一等忘れがたい。幾つかの疑問が脳裏をめぐり、世界が傾いだ。

 読み始めてしばし、編者が語る部分が思いの外長いことに気付いたが、その理由は後でわかる。舞台は17世紀のスコットランド。不信の徒の夫と、厳格な改革派の信者である妻…という不幸な結婚をした夫婦が、二人の息子に恵まれる。しかし、両親があまりにも不仲な為、兄と弟とは別々に育てられ、悉く正反対な青年に成長する。そんな二人が遂に出会ったとき、運命の歯車は、やがて起こる悲劇へ向けてごとりと大きく回りだしてしまう…。
 と、“編者が語る”第一部で、ある事件を中心にした兄弟の経緯が詳らかにされている。そしていよいよ第二部が、“罪人の告白”である。つまり、外側から読んだ話の顛末を、今度は当事者の手記としてなぞることになる。この、二通りの物語を後から照らし合わせてみるのが、素晴らしい効果で、めくるめく心地へと捕りこまれた。ほう…。

 第三部の最後の最後まで、みっちりと面白かった。常軌を逸した信仰が、それ故にこそ、魔に付けいられる話として読んでいたけれど、結局のところ…(むむむむむ)。訳者註に従って最後に読んだ序文の中の、“スコットランド的”という言葉も興味深い。

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