クレア・キーガン、『青い野を歩く』

 アイルランドの作家と言うこともあり読んでみたくなった、『青い野を歩く』。

 そこにある空気の澄み具合とか熱さとか冷たさとか生活の濁りとか、静かに降り積っていくばかりの人の思いとか……寡黙な不器用さとか。全てが愛おしくもあり、呼吸のようにすうっと自然に浸透してくる切なさでもあった。
 ああ、何があっても歩いて行くのね。生きていくのね、ゆくあてもなく。…なんて。

 とりわけ好きだった「青い野を歩く」は、村のチャペルでの結婚式の場面から始まる。式を執り行った神父の胸は、実は誰にも打ち明けられない悲哀に満たされていた…。ああ寂しい、それは哀しいねぇ…と思いながら読んでいくのだが、物語のラストでそんな気持ちがふうっと掬い上げられる。浮き上がる。そこがとても素敵だと思った。
  もう一作すごく好きだったのは、「クイックン・ツリーの夜」。亡くなった神父の家に引っ越してきた風変わりな女と、隣家に雌ヤギと暮らすこれまた風変わりな独身男が出てくる物語だった。四十歳前でドゥーナゴアの丘に移ってきたマーガレットは、かなりの人嫌いらしき生活ぶりで周辺では好奇の的になる。けれども本人は意にも解さぬ様子で、ひどく迷信深い生活を送っていた…。読み始めてすぐの辺りでいきなり、マーガレットが“どういうわけか、家のまわりのすべての草の葉に小便をかけてやりたかった”という文章にぶつかったりして、「???」と面喰ったりもしたけれど、そんな奇妙さ味わいもひっくるめて堪能した作品である。アイルランド色が濃い点も良かった。
 他に印象深かったのは、「長く苦しい死」と「森番の娘」。この二つの作品には、それぞれに“語る”女が出てくる。片や作家で片や主婦なのでその意味合いは全く違うのだが、自身の身に起こったことを物語化していくという衝動は共通しているような気がして、そこも面白かった。
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コメント
 
 
 
はじめまして? (だな)
2010-02-11 14:19:10
「だな通信 ミステリー文庫」という書評ブログの管理者です。
いつも貴方のサイトを面白く読ませていただいております。
かってながら自分のブログメインページからリンクさせていただきました。
相互リンクなどしていただけたら幸いです。

それではまた、遊びに寄らさせてもらいます。

 
 
 
はじめまして (りなっこ)
2010-02-17 06:36:58
コメントをありがとうございます。
リンクしていただいているのですね。よろしくお願いします。
 
 
 
『青い野を歩く』読了 (音八)
2010-03-13 18:37:12
 先ほど『青い野を歩く』を読み終わりました。短編ということもあって、忙しい中、ちょっとずつ読むには最適の本ですね。
 ご指摘の通り、「クイックン・ツリーの夜」は面白かったです。最初は「雌ヤギ」というのが本当のヤギなのか人間の女性の比喩なのかと戸惑いました。ヤギと暮らすというのがあまりにも非常識に思われましたので。
 カトリックの信仰の盛んな国だけに、宗教の存在が強く出ていますね。時々出てくる「プロテスタント」という単語も気になりました。カトリックは多いけど、プロテスタントはまた別の存在なんだという印象を受けました。
 ダブリンで聖パトリック大聖堂を見たことがありますが、カトリックの施設だと思ってましたが、プロテスタントのものでした。後で知りました。
 敬虔な信仰心、保守的な風土、人生への諦め、人間の美しさと汚さみたいなものが織り込まれている、素晴らしい作品ばかりで、おすすめの書だと思います。
 

 
 
 
Unknown (りなっこ)
2010-03-20 17:13:17
>音八さん
こんにちは、コメントをありがとうございました。
「クイックン・ツリーの夜」の雌ヤギは、確かに女性っぽい感じがしましたね。
カトリックとプロテスタントのことは、なかなかピンと来ない部分もありましたが、私も興味深く読みました。
 
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