アンドレ・ピエール・ド・マンディアルグ、『狼の太陽』

 『燠火』が素晴らしかったので二冊目。『狼の太陽――マンディアルグ短編集』の感想を少しばかり。

 絶品。やはりこれもまた大好きな世界、うとりうとりと隅々まで堪能した。ため息の零れそうな頽廃と背徳にまみれるにまかせ、野蛮な残酷美を賞する後ろめたさの甘やかなことと言ったらもう…。綾なす言葉の迷宮をさ迷い、己の今いる場所を何度でも見失っては、行きつ戻りつしながらいつしか私もたゆたうような感覚に溺れているのだった。どこまでも艶やかにめくるめくっていく幻想的なイメージの連なりは、豊饒と言ってもいいほどなのに、そこに語られている物語の内容がこんなにも暗欝であったり異様に歪んだ官能に満たされている…という、何となしにアンバランスであやうい感じが、何よりの魅力だ。そして、独特な視野狭窄感にぞくり。

 中篇と呼んでもいい長さの「考古学者」は、とりわけ好きな作品である。夢想の常習者コンラッド・ミユールが、目の前に広がる海原へと身を投じて潜水する…という空想に耽るところから話は始まる。そしてその空想は、アマルフィのホテルに残してきた許婚者ベッティナとの出会いの回想へと移ろっていくのだが…。
 この考古学者コンラッド・ミユールの胸中に渦巻く女性への嫌悪感や恐怖心の描かれている箇所が、読んでいて何とも言えずよかった。女好きな男については左程の興味もないけれど(だって普通だし)、過剰に女嫌いな男のことはかえって気になるものらしく、何か…珍かな虫が琥珀みたようなものに閉じ込められているのを、矯めつ眇めつ仔細に観察させてもらっているような気持ちになってきて、意外にもそれが快感(たぶんS…)であることに気が付く…。ふ。
 おぞましい幻想に縁取られた、一人の夢想家の恋の悲劇。

 シュークリームを巻きつけた果物パイ、杏の小型ケーキとアンゼリカの葉っぱ…のローエングリン風果物パイ、チョコレートとピスタチオ入りクリームの巨大な睡蓮型の……(延々)。“クリームと裸体とを結びつける偏執的欲求”でいつも胸がいっぱいなマリー・モールの、一冊の古書をめぐる顛末を描いた「女学生」。赤く燃え続けるパン切れにはりついた虫を殺めた途端、体が縮んでしまい、しょうことなくパンの内部にもぐり込んでいく伊達者プルトーの話「赤いパン」。非情でならしたイダリウム船長が、鉱石のように輝く目の女に誘いこまれた断崖の劇場で、思いがけない目に合う「断崖のオペラ」。など、6篇。
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )
« 3月23日(水)の... 3月27日(日)の... »