マンガについて(2)


 マンガ家のペティイヨン Petillon が去年、かなり意義深い作品を出してます。「『迷』探偵ジャック・パルメール」シリーズの『ヴェール事件』L'Affaire du voileというやつです。筋は単純で、突然失踪してイスラムに改宗したらしい娘をパルメールが母親の依頼で探す、というものです。

 これだってたいして笑える作品ではないです。そもそも無邪気に大笑いできるようなギャグは全くありません。
 だけどフランスにおけるイスラム、女性のヴェール、アラブ系若者の社会統合などなどわんさかある問題、矛盾をひとつひとつ扱って、苦い笑いを誘うのです。
 フランスのこういう現状をあまり具体的に知らない方には啓蒙的価値があると思います。なんといってもイメージの説得力は強力です。

 さらに面白いことにペティイヨンはこのマンガにアラブ語版を作って同時に発表してるんですね(↑の右)。中のページの絵は、日本のマンガのフランス語版によく見られるように、左右反転印刷になってます。アラブ語は右から左に読む言葉ですから。

 訳者のタハル・ハディ氏が巻頭にこう書いてます:

 「ジャック・パルメールがその貧弱なアラブ語力を通じてイマーム・ボゾボゾの論理を理解できたなら? あるいはまたボゾボゾがぺルラン夫人の生活の仕方を少しでも理解できるようになったなら? もしそうならこのマンガはその目的を達したことになります。イデオロギーや宗教が人間たちの間を遠ざけてしまう傾向があるのに対して、このマンガの目的は人間たちの間を近付けるということにあるのです」

 その意気やよし。 (^_^)

 ペティイヨンは、たぶんかなり売れている作家です。アングレーム国際漫画祭で賞もとったことは度外視しても、彼のL'Enquete Corse が映画化(日本題:『コルシカ・ファイル』)されてるくらいですからね(日本公開を見に行った人はアクション映画を期待してたみたいですね。そういう宣伝の仕方をしてたんですね)。サトラピの『ペルセポリス』とは受容のされ方が違っていると思います(ちなみに出版元は大手のAlbin Michelです)。

(それにしてもJack Palmerなんて名前は全然フランス的ではないです。わたしはあまり読んでないので知らないのですが、このヘッポコ探偵はなに人という設定なんでしょう? 名前を除けばマヌケなフランス人にしか見えないですが・・・ 探偵という存在自体がそもそもフランス人の感覚ではアングロ=サクソン的なものだということなんでしょうか?)

 さてさて、このマンガにも一瞬日本人が登場します。イスラムの某教団に捜査に来たパルメールの目の前で、責任者が日本のテレビ取材団に教団の案内をしているんですね。彼は:

「ご安心くださったと思います。わたしたちは日本の若い女性の方々にヴェールを着させる陰謀をしているわけではないんですよ」

てなこと言ってにこやかに一同を送り出してるんです。 (^_^;)
 まったく日本人てなんなんですかね? というか、なんだと思われてんですかね?・・・ (T_T;)

 最近発表されたばかりの作品というのはマンガに限らず、今いくらおもしろく、評判になっていても10年先、50年先には全く忘れられ、歴史的価値もさほどなくなっているかもしれません。つまり、安心して長く研究できる対象ではないです。

 でも・・・ そういうことを言って「今」をパスしていると日本の目は、テレビで面白い番組を見たいだけという好事家の目、観光客の目になってしまう危惧を覚えるのです。テレビや観光が悪いわけではありませんが、面白いもの見てそれでおしまいでは、フランスのイスラム教団にいいようにあしらわれちゃうでしょう・・・

 で、フランス(に限らないですけど)の「今」って、かなりマンガの中に詰まってると思います。 (^_^)
 これは日本で少なくとも何人かの人がフォローして紹介していく労をとる価値があると思うんですよ(日本でフランス語圏マンガ、世界のマンガの今を扱う人はまだまだ多くないように思います。わたしはアルジェリア紹介で手一杯なので、なんとか他の方に頑張ってほしいです)。

 ちなみにL'Affaire du voileフランス語版とアラブ語版は、金沢大学の図書として入れてありますから、ご覧になりたい方は公立図書館の相互貸借を利用されれば、送料数百円で手にすることができます。 (^_^)y

[追記] おっと、いま気がついたんですが、この2冊は登録が消耗品扱いになってますね。事務の方の判断です。これじゃ学外から借りだせないです。困りました・・・
 誤解のないよう申し上げときますけど、わたしは別にマンガ本わんさか校費(元をたどれば国民の血税!)で買いこんで読んでるわけではありません。これは日本国に一部あったらのちのち資料として財産になると判断したものだけ校費を使って学校に所蔵してもらっているわけです。たとえば前のSpirou et Fantasio a Tokyoはそこまで大層なものと思わなかったので私費で買ってます。 07.07.11.

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