日本人はフランス語を誤解している!・・・と思うけどなあ・・・
フランス語系人のBO-YA-KI
わたしの「研究」:最後の直線コース。まあ、人生も。
ピケティのことは、もう日本では全く語られなくなった感がありますが、わたしにとっては彼は非常に有意義な作家でした。
Le Capital au XXIe siècleを読んだおかげで、スタンダールについて長年ひっかかっていたところがパラパラと解けていきましたから。
わたし、というひとはのんきなもので、というのはのんきに生きさせていただける時代に生きたということでもあるのですが、とくに自分の仕事の最終目標がなにであるか明確に把握せずにここまで生きてこさせていただけました。これには時代に感謝したいと思います。もっとも苦言を呈したいところも多々あるのは事実ですが。
とにかく今はその最終目標が見えた感じがしています。確信、と言ってもいいでしょう。大悟徹底、かどうかは禅のひとにきいてみないとですが。
正直に申しますと、スタンダール研究に関していえば、ネット上にほったらかしにしていたわたしの"4 amours"論文をある方が転載してくださったこと、マリー・ダリューセックさんがこれについてひとことメールでほめてくれたこと、で十分報われていると思っています(←これを読まれる方には何のことかわからないと思います。すみません)。
あとは、わたしの書いたものを読んだり、発表を聞いたりされた方が心の中でわたしの主張にすこし納得してくださったら、それで十分幸せだと思います。
でも、いちおう大阪大学には「博士論文だします」と予告を入れておきました。正直、完成は何年後になるか分からないのですが、とりあえずわたしの出来うる限りの力で説得力あることを書き残しておこうと思うのです。「書く」ということは、文学作品にしろ論文にしろ、それだけで「権力」が発生してしまう行為なので、だからこそフーコーやらバルトやらが悪戦苦闘したわけなんだと思いますが。
フランス文学研究を始めるときに、対象となる作家を「なんとなく」スタンダールに決めたのと同じように、わたしの最終論文は『パルムの僧院』についてだ、というのも「なんとなく」決めていました。そうやってだらだら続けてきたスタンダール研究、『パルムの僧院』の本質(!)は何かについてずっと――たしかに間歇的にではありますけど――考え続けた、その思索に、ピケティさんのおかげでゴールが垣間見え、最後の直線コースに入れた感じがするわけです。年齢的にもちょうどいい感じですし、そういう意味でもわたしは非常に恵まれた人生だったと思います。ここで頓死してもまあいいかと思える感じではありますが、それもなんなので、大枠は日本スタンダール研究会でお許しいただける限りどんどん発表していくし、このブログでもぶわっと書いておこうと思います。
引っかかったところ、分からないなと思うところは、無理に説明しようと思いませんでした。それで業績の方はまあ、本質的なひっかかりとは違うテーマで、これは確実かな、と思うところを書いて出していったわけですが、それでも最初の疑問、問題意識、ひっかかりを忘れたことはありません。そういう疑問はどうでもいいものだとは思い定めず、これは確かに疑問であり、いつか解ければいいな、という状態で置いてあった感じです。それがピケティをきっかけにするする解けていったわけで、今もその過程の最中というわけです。
アランが『わたしは問題を待たせておくのが好きだ。あえて全ての問題を、と言おう」と、まさしく彼がスタンダールについて書いた文章の中で言っていますが、その教えをわたしは守った感じで、幸いにも生きているうちにその問題が解け始めたということですね。しかしアランって決め台詞がうまいですね。
松原雅典先生たちに何年か前、今後は――ということは死ぬまでということですが――スタンダールとニーチェというテーマでいくと宣言したことがありますが、それも別に引っ込めることはしません。わたしの『パルムの僧院』論は、ある意味では、厳然としてそういうものになるからです。
というようなことを書いていると、わたしが文学研究の世界に「閉じこもる」のかと思われる方も多いと思うのですが、そういう感じでもないです。なぜなら、文学というのは、実際に「生きること」と合わせないと、「生きない」、つまり「真価が発揮できない」ものだと思うからです。
スタンダール自身が「生きた、書いた、愛した」Visse, scrisse, amò というイタリア語を墓碑銘にしているくらいですから。わたしも、だいたい一生かかずらわった作家の生き方に沿ったようなことをしたいし、スタンダールはそれに値する素晴らしい作家だと思うのです。むかし研究対象をスタンダールに決めたのはほんとによかった、と今つくづく思います。
ごたくはこのくらいにして。
今朝、パンを食べていてまたひとつ思い当たった感じがしました。
『パルムの僧院』を読まれた方はみな奇異に感じると思うのですが、この小説は最後のところが粗書きみたいになっています。わたしは、ゴンゾが出てくるあたりから、スタンダールがこの作品に結末をつけようとして無理を始めた感じをもっていました。今でもそう思います。こういうの、「初心わするべからず」の言葉のわたし的解釈に沿ったものです。往々にして「専門家」になると、そういうのは忘れられてしまう場合が多いらしいのですが。
それで思いました。周知の通りこの小説を口述筆記していたスタンダールは、そこまで語り続けてきたのと同じ性質の推進力ではもはやこの小説を「進める」ことが難しくなって、サンドリーノの誕生のあたりから「寓意」の世界に入っていったんじゃないでしょうか。ちょうどゲーテ『ファウスト』の第二部みたいな。『赤と黒』でもそういう部分がないわけではないです。つまりレナール夫人の死を語った一段落、『赤と黒』終結部の最終段落です。
だから、この部分は一応はそれらしく書かれたものが出版者に削られてレジュメみたいなものになったというわけではなくて元からこうだったということ、そしてサンドリーノ、クレリア、ファブリス、「ジーナ」(つまりサンセヴェリナ公爵夫人でもモスカ伯爵夫人でもなく、もちろんピエトラネーラ伯爵夫人でもなく、ということ)が相次いでばたばた死んでいくのは肉体的な死を死んでいるというより非常にidealな意味での死を死んでいるのだろうということ
なんだろうと思うわけですよ。
・・・というようなことが書けたということで、ひとつ幸せをわたしはもちました。I say it's all right.
コメント ( 3 ) | Trackback ( 0 )
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ブログ形式がご自分には合うと、以前おっしゃってた気が・・・。
令和になりましたし、そうしますか。
難しい時代ですけどね。
『パルムの僧院』の結末をリアルにつけたいときに、いちばん厄介なのはクレセンチ侯爵です。彼がいるおかげで本当らしいシチュエーションが思いつけなかったんでしょうね。どうもスタンダールはプランなしで最後近くまで口述していったみたいですから。