イスラム音楽を語る夜 その二

 えー自分の出演するイベントのご案内で恐縮です。 f(^_^;)

 「フェスティバル・コンダロータ ラマダンの夜2006」に来日するアーチストの紹介イベントイスラム音楽を語る夜の第二回が9月16日(土)に予定されてます(まだウェブページに案内が出てませんが)。会場は前回と同じく東京渋谷 Up Link Factory、19時開演、1800円(ワンドリンク付き)です。

 今回ご紹介するのはグナワ・ディフュージョン(アルジェリア/フランス/モロッコ/チュニジア)、メルジャン・デデ(トルコ)の二組のアーチストで、ワールドミュージック評論の雄サラーム海上さんが司会をしてくださいます。

 でもって、不肖わたくしがゲストでお話しすることになってるのですけど、ほんとにうまくしゃべれるんだろうか。いまから不安にさいなまれてます。(T_T;)

 ちなみにその翌日17日に第三回が予定されているのに気がつきました。これのことは全然知りません。サラームさんに聞いてみよ・・・

06.08.30追記。17日は京都での開催でした。メルジャン・デデは関西(大阪)公演があるのですね。

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ジダン話「○○人だから、どうのこうの」

 
 さてジダンに関して、彼のアルジェリア的性格の話ばかりになってきましたが、イタリアと対比したときのフランス的性格、ということもあわせて考えてみたく思います。

 話がスタンダールまでさかのぼっちゃうのが恐縮です・・・ たぶんわたしの考えていることをわかっていただくには『恋愛論』断章75みたいなのを見ていただくのが一番かもしれないと思いますので。
 こういうのです:

「大軍の退却にあたって、イタリアの兵士にむりに冒す必要のない危険を注意してやってみたまえ。彼は君にほとんど感謝せんばかりで、注意深くその危険を回避する。同じ危険を親切気からフランスの兵士に指摘してみたまえ。彼は諸君に見くびられたと思い、自尊心に駆られて、すぐその危険を冒しに行く。そして万一やり遂げると、今度は諸君を嘲笑しようとする」

(こんな断章が『恋愛論』という名の本に入っているということを奇異に感じられる方も多いかもしれません。でもこの本は、実は文化論の本でもあるのです)
 それにしても、最初読んだ時は、それがどうした? と思うだけでしたが(他にも真意の分からないおかしな考察がこの本にはたくさんあってそこがまた面白いんですが)、やっぱりこれ、実際にフランス人の行動を眺めていると、なんとなく200年前スタンダールが言いたかったことが見えてくる気がします。学びてときにこれを習う、っていうやつです。

 スタンダールは「だからフランス人は『自然』じゃないのだ!」と、フランス人の「気取り」「虚栄」を批判したいのでしょうね。たしかにフランス人の性格をうまくとらえている気がします。この例でフランス人は、「おれはどんな危険より強いのだ!」と証明したい心からわざわざ危険を冒しに行くのだと思います。

 それで・・・ジダンの場合「おれはワールドカップより、サッカーより強いのだ!」と言いたくさせられちゃったんじゃないか。
 そう考えるなら、たいへんアルジェリア的反応であるかもしれませんが、同時に非常にフランス的である、とも言えるように思うのです。

 マテラッツィは、たぶんジダンのフランス的心理を見定めて、イタリア人のレアリスタとして、有効打突を入れることに成功したんだろうなと思います(こういうイタリア人理解、どうでしょう?)。そしてそれには、やっぱりワールドカップ決勝、引退試合というお膳立てが前提だったと思うのです。
 
 変なことを言うかもしれませんが、いまでは、マテラッツィが具体的な言葉として何を言ったか、というのは実はそんなに重要なことではないのかもしれないと思ってます。
 ジダンがマテラッツィの侮辱に反射的に反応したわけでないということも、わたしにそういうことを思わせるようになってきたと思います。
 彼は少し笑ってさえいた。最初は「こんなおれにとって大事な試合で、そんなチャチな挑発におれが乗るってのかい。おいおい馬鹿にすんなよ」と思った、そういう笑いじゃないかと思います。

 しかしマテラッツィが執拗に侮辱を繰り返すうちに、その言葉がある時点で突然別レベルで意味を持ってジダンに襲いかかったのじゃないか、「大事な試合」という意味が一瞬にして裏返しになったのじゃないか、マテラッツィの言葉はそういう意味をジダンが感じるようなアクセント、抑揚を持ちえていたのじゃないか・・・
 簡単に言うなら、次のようなことをマテラッツィが「言っている」ようにジダンが感じたから、あんなことが起こったんじゃないかなあ、と思うのです・・・
 
 (これ、あんまり書きたくなかったので、それもあってぐずぐずしてたのですが・・・)
 「あんた、移民のくせしてフランスの英雄だってな。神様みたいにあがめられて、うれしいんだな。結局そういうのが好きなんだ。その程度だよ、あんたは。キレやすいあんただが、ここはおとなしくするんだろうな。大事な試合だからな。いつもキレたようなふりしてたのは、格好だけだったな。かしこいぜ、あんた・・・」

 この究極の嘲りを否定するには、やっぱり明確に物理的に動いてレッドカードもらわないといけないわけです・・・
 やっぱりわたしにはそんなことが起こったように思えます。
 前にも書きましたように、「証明」できるわけではありませんが。


 ところで、わたしとつきあいのあったイタリア人というとみんな非常に常識的で温厚な人たちだったので、あんまり今回のマテラッツィ(たしかにかなり粗暴な人ではあるようです)の件の参考にはならないように思います。
 いわゆる(スタンダールが指摘しているような)イタリア人のリアリズム、みたいなものを感じることはあまりありませんでした。

 一回だけ、そういうものを感じたのは、スタンダール研究家のフランチェスコと話している時のことでした。

 これも前に書きましたが、イタリア人のフランチェスコやドイツ人のネルリッヒさん(このエントリーをご参照下さい)がスタンダール研究に一生懸命になるモチベーションというのは、何百年にも渡って営々と積み重ねられて来た仏=伊、仏=独の直接文化交流が、現代の英語万能潮流に押し流されて潰されてなるものか、すべて英語を迂回しないとフランス人とイタリア人の知的コミュニケーションが不可能になるようなことにさせてたまるか、ということであって、彼らはそういう大義の戦いを戦っているわけです(上の写真はネルリッヒさんとフランチェスコの本です)。
 でもいつだったかフランチェスコとしゃべっていたとき彼がふと暗い表情で、

 「この大義は失われたと思う」

ってぼそっと言ったことがあります。世界が英語のモノポリーになっていくのはもう止めようがない(すくなくともイタリアでは、ということですが)。それは現実として認めたうえでこれから何をするか考えなくてはならない、ということですね。

 わたしはそれを聞いて、いやそんなことはないんじゃない?と反論してしまいました。
 でも反論しながら頭にあったのは、こういうのがイタリア人のレアリスモっていうんだろうなということと、おれもまぎれもなく観念論者の日本人だな、ということでした・・・

 塩野七生氏が『文芸春秋』でイラク戦争のときの例をあげて、イタリア政府のまことに現実主義的な臨機応変の対応を褒めていたことを思い出します。
 でもイタリア人のやり方を日本人が真似て成功させるの、たぶんぜったい無理です。

 日本人というと・・・ 
 いつもやるとは限らないにしても、現実における成功可能性の小ささを無視してなにかの大義、なにかの目的のために猪突猛進する、それも集団的に幻想を抱いて---みんなで一生懸命頑張れば、きっとできるんだ! 友情、努力、勝利! 少年ジャンプだ! プロジェクトXだ!---というのがかなり好きなんだと思います。
 冷静に考えたらほとんど勝つ見込みのないような、そういう勝負に突っ込んで行く。こういうのはやっぱり日本人の性格なのかもしれないし、結局なんとかいっても最終的に日本人の強みってこれしかないのかもしれません。
 そう思うと複雑な心境です。

 イタリア人に限らず、世界のだいたいの人にとって、こういうのは奇異に見えると思いますよ。日本語専攻してかなり日本滞在歴も長く、日系企業で働いたりしてきたフランス女性が、

「そのやり方でうまくいくことがあるのは認めるけど・・・ でもそれでうまくいくのって日本人だけだと思うよお」

としゃあしゃあと言ってのけたのを聞いたことがあります(ちなみに、実も蓋もないようなことを平然と言ってしまうというのは、なんかフランス的性格といえるような気がしますね。 (^_^;) )。

 でも、大革命からナポレオンの頃はフランス人もわりと少年ジャンプ的なところ、あったかもしれません。ナポレオンの有名な言葉、

 Impossible n'est pas francais.

なんかその現れのように思います。
 このせりふは、「不可能はフランス語(あるいはフランス的)ではない」という訳が適当でしょう。わたしの知るかぎりナポレオンは「余の辞書に不可能という字はない」てな尊大なことは言わなかったみたいです。
 たぶん彼はこれ、わりと好きなフレーズだったのでしょう、何度も使ったみたいです。たとえばこれなんかでわかりますが、部下を励ますために使ってたのかなと思います。「陛下、不可能です!」と弱音を吐く部下に「不可能って、フランス語ではないね(だから不可能だなんて言葉を使うな。不可能なんて言うな。もう少し頑張ってやってごらん)」と叱咤激励するための言葉なのでしょうね。
 それでつい頑張っちゃったフランス人は欧州を制覇、モスクワまで行ったわけです(もちろん背後には革命とか自由思想の伝播とかありますが)。

 というわけで、民族、国民の性格とかいっても、永遠不変のものじゃないと思いますよ。(たとえば日本の場合、史上かつてなかったほど子供たちが「壊れやすくなった」ということを念頭におかないといけない時代になっていると思います・・・)

 ジダンが頭突きしたのは、彼のアルジェリア人的性格のゆえか、フランス人的性格のゆえか・・・ 考えているうちにこういう「○○人だから」こうである、というタイプの思考法自体がもっている有効性と限界とがみえてくる気がします。

 ジダン話の最後は、あらぬ方向に話がとびました。 m(_ _)m 

 これで終わりにします。 (^_^)y


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リベリ

 さてジダン話--Zidanade と呼べないかな (^_^;)--の続きをお休みしているうちに、書き足したいことも報道されていました。

 Jeune Afrique 8月6日−12日号で、夏のアルジェリアについてCherif Ouazani記者の書いた記事にジダン事件のことが載ってました。
 当然かもしれませんが、決勝直後はアルジェリアでもこの事件の話でもちきりだったそうです。ウワザニは「アルジェリア人はみなジダンの行為を理解した。アルジェリア人の母を侮辱して、ただですむわけがないのである!」と解説して、

「おそらく彼の長いキャリアのなかで、今回はじめてジダンはフランス人である以上にアルジェリア人であったのだ」

というアルジェリア人の意見を紹介しています。これが一般的見解だ、ということですね。
 
 しかしアルジェリア人の支持ということでは同じフランス・ナショナルチームのフランク・リベリ選手の人気もうなぎ上りだというのが興味を引きます。アルジェリア系イスラム教徒の女性と結婚するために改宗、ワールドカップの各試合の前にはコーランの一節を唱える敬虔さを示し、夏休みは奥さんの里であるアルジェリア西部で過ごしているのですね。

 こういうの、アルジェリア人は絶対喜びます。(^_^) 
 それで、彼がトレムセンの町やガザウエトの海岸に姿を現すと、大歓声で迎えられるのだそうですよ。 (^_^)

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グナワ・ディフュージョンよりメッセージ

 10月に日本公演を行うグナワ・ディフュージョンから、イスラエルのレバノン侵攻を受けて発信されたメッセージを、彼らの曲 Charla-town の音声ファイルと共に転送してきました。

 列挙された主張を全てここに掲載することはしません。
 ただ、わたしがこころから賛同する、未来に向けた主張を二つ引用しておきたく思います(原文フランス語。拙訳)。

 イスラエルの子供たちが憎しみと自民族至上主義の中で、武器と軍事的栄光の倫理的、審美的不幸の中で育つことがないように。

 パレスチナとレバノンの子供たちが復讐欲の中で育つことがないように。彼らが持つことを許されなかった尊厳のかけらを暴力によって取り戻そうとする望みの中で育つことがないように。

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イスラム音楽を語る夜 その一

 うわ、うっかりしてこれのご案内を出すのを忘れてました。m(_ _)m
 「フェスティバル・コンダロータ ラマダンの夜2006」に来日するアーチストの紹介イベントイスラム音楽を語る夜なのですが、実はこれももう今日(20日)夜の話なのです。ごめんなさい。m(_ _)m 行ける方はぜひ聞きに行って下さい。会場は東京渋谷 Up Link Factory、19時開演、1800円(ワンドリンク付き)です。
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ジダンとネジュマ

 某所でみつけたジダンの広告ポスターです。ネット上にみつからないのでこんな形で載せてしまいますが、これは広告なので問題ないのでは、と思います・・・

 先に書きましたとおり、彼はアルジェリアの携帯電話会社(といっても本社はカタールで現社長はカナダ人ということですが)ワタニヤ・テレコムと契約、同社−−商標はNedjma、つまり「星」−−のコマーシャルに出演しているのです。

 最初見たときわたしには一瞬、黒服のジダンがイスラムのイマームみたいに見えちゃいましたね。 (^_^;)

 とにかく今アルジェリアにはこのポスターが溢れていて、テレビコマーシャルがばんばん流れている、というわけですね。
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回復


 みなさま
 ご心配かけましてどうもすみません。おかげさまでなんとか手術はうまくいきました。術後ちょっと無理することがあっていまも眼帯をはめてますが f(^_ロ;) これももうすぐとれると思います。
 はげましのお言葉をいくつも頂戴してしまい、なんともかたじけなく思います。
 ほんとうにありがとうございました。 m(_ _)m
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ジダン事件 Jeune Afrique 「キレる」ということ

 仕事で忙殺され、そのくせ合間にコンサート行ったりしている間に、ジダン事件をめぐる議論もだいぶん沈静化しましたが、trotteurさんの重量級の議論にお答えしておきたく思いますから、なんとかもう少し書いておきます。

 フランス語誌 Jeune Afrique 16-22 juillet号(上)は当然ながらもうずいぶん前に届いていました。ジダン事件報道は、思った通り、別に新材料があるわけではありませんでした。細かいところではいろいろありますが、省略します。(次の週の号はもうイスラエルのレバノン侵攻の件で大変です。この大事件の前では、ジダンの事件ばかり扱っているのは不謹慎のようにも感じられます・・・)

 記事は Marwane Ben Yahmed による2ページのもの。タイトルは La part d'ombre d'un genie ですから「天才の影の部分」ということです。そこに Hamid Barradaという人の囲み記事が入っています。

 ベン=ヤハメド記者はご存知の諸事実をあげたあと「これらすべては彼がキレた perdre ses nerfs ことをおおむね説明はする。しかしいかなる意味でも免罪するものではない」としながら、括弧つきで「(ハミード・バラダははっきり別の意見を持っているが。囲み記事を参照)」と付け加えています。Perdre ses nerfsはたぶん「忍耐力を失う」くらいに訳せると思います。

 ベン=ヤハメド記者の方はまったくの常識的意見ですが、Jeune Afriqueとしては対称的意見を並べてある意味でバランスを取ったのでしょうね。

 バラダ記者の囲み記事の方のタイトルは L'honneur de la tribu で「部族の名誉」です。
 いかにも、という感じですが彼の言うには、ジダンの行為は「spontane'なものを何も持っておらず、brutalite'に relever するものでは全くない」ということになります。・・・ 意味は「思わずやってしまった、というようなものではないし、性格の粗暴さの現れでは全然ない」というような日本語にするのが一番妥当かなあと思いますが、このあたりは法律関係の方の助けが要るかもしれません。
 
 一番気になったのが disjoncter という言葉です。EX-wordでは「1.ブレーカーが落ちる。2.(話し言葉)(人が)現実から離脱する、ドロップアウトする」となってますが、
 「彼は disjoncter したのだろうか? 絶対にそんなことはない。彼自身の説明がそれを証明している」とバラダは言うのです。
 上に出て来た perdre ses nerfs という言い方と disjoncter という言い方ではかなり意味するところが違うように思いますが、おそらく現在の日本語に当てはめればどちらも「キレる」というのに近いのかな、と思いましたが、どうでしょうか。
 日本語で「キレる」と言ってしまうと、興奮、逆上して日常的道徳、倫理の禁忌を冒す行為をしてしまうことを意味するとは言えそうですが、その冒す「度合」がかなり曖昧だと思えます。
 許されない行為ながら肉体的危害を与えるとはほとんど言えないものから、ナイフでも持ち出して相手に危害を加えようとする行為まで、「キレた」結果の行為ということでひっくるめられそうな気がするのです。日本の社会生活の中である人が「キレた」と言うとき、日本社会の拘束の枠から1センチ出るのも100メーター出るのも「キレる」と言ってしまえるように思う、ということです。

 ジダンは perdre ses nerfsしたかもしれないけど disjoncter はしていない。胸板に頭突きはしたけど、当然ながら怪我をさせるほど殴り倒したわけではない。本当にブレーカーが落ちるように現実感覚を失い「我を忘れた」なら、つかみかかって殴りかかり、半殺しにしていてもおかしくないところではないでしょうか。もっとも人間は本能といっていいレベルで人殺しにつながりかねないような暴力には抑制が働く、と考えられますからあまり単純に考えることはできませんが。
 ともかくことは冷静に、象徴的レベルで展開されているとわたしには思えます。
 
 trotteur さんのおっしゃる通り「ジダンは善い人を演じている(させられている)」という認識は、たしかにわたしにあります。
 しかしいつもは「我慢して」演じているとは思いません。
 人間だれしも他の人に評価され、褒められるのは心の底ではうれしいものだと思います(そのへんひねくれた反応を示す人間はかなりいて、実はわたしもそのひとりなのですが)。ジダンはアルジェリア系の血を大切にする男ですが、それでもフランスでフランス的社会規範のもとで生きることの方を選んだわけです。非アルジェリア系が大部分を占めるフランス社会に受け入れてもらい、評価してもらいたくないわけがないのです。
 ジダンも普通はフランスの英雄の役を引き受けることを嫌がってはいないと思います。

 マテラッツィが巧みだったとしたら、それはジダンのこの心の安定を支えているものの深いところに打撃を加え得たことだったと思います。
 そしてその打撃を加えるためには、ワールドカップ決勝、ジダン自身の引退試合という前提条件が必要だったように思うのです。これについては次のエントリーで書きます。

 trotteurさんの言われるような、ジダンは「侮辱に暴力でこたえ」たのだという捉え方を、わたしも否定はできません。でもわたしには、ワールドカップ決勝、引退試合だったからこそ、ジダンの行為には

「ほら、このとおり、こんなに大事な試合であっても許されない行為を俺はやるよ」と、象徴的レベルで「示した」

という表現を与える方が的確であると言うこともできるように思うのです。
 だからわたしは、この議論の最初の方で言ったとおり、ジダンは「自分はサッカーより強い」と世界に示した、というかそのように「言った」ことになると思うのですね・・・

 結局あんまりうまく書けませんでしたが、うーん、この場合、わたしの主張の正当性は「証明」できる性質のものではないような気もします。逃げをうっているようで申し訳ないのですが。 m(_ _)m


 ちなみにJeune Afriqueのバラダ記者の結論は「明らかにこのアルジェリア人、このカビル人は自らの同族に忠実であった。フランスで生まれ、全くフランス人であり、同国人にちやほやされる aduler 彼だが、それでもなお出身の部族の精神的戒律 precepte を保持しているのだ」というものです。
 それでもなお「部族の価値観は、いわゆる共和国の価値観と呼ばれるものと必ずしも両立不能というわけではない」とバラダは付け加えています。

 これについては、アルジェリア人としてのジダンがフランス人としてのジダンを否定してしまわないように---そんなことしたら「所詮アルジェリア系のフランス社会への統合は不可能」ということになってしまう---バラダも苦心したのかもしれません。

 ジダンの行為はたしかに多くのフランス人に支持されましたが、それでも30%近くのフランス人は容認していないのです。このあたりをうまくつかれると確かに極右のつけいる隙ができます。

 バラダは「侮辱が家族に対するものであって政治的、人種差別的含意はなかったなどというのはまったく意味のないことだ。母親も、人種も同じことだ」とも言ってます。そう、まさにイスラム的コンテクストではこれが言えてしまうからこそデリケートなのです。

 昨日の『スポーツニッポン』にジダンのインタビューが載ってました。
 そこで彼は、挑発の具体的内容について明らかにしなかったことについて、

 「これまでのキャリアで、僕はいつもピッチであれピッチ外であれ、起こった問題については控えめな態度でやってきた。このルールを変えずにいこうって決めたんだ」

と述べています。
 こういう風に収めるのが、たしかに最良の手段に違いありません。

 ちなみにこのインタビューではジダンは、ブーテフリカ大統領の招きのことは言ってませんが、秋にアルジェリアを訪れる話はしていますね。大統領のモーションに対してはどう答えるんでしょうね?・・・

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rai info/ライ・ニュース 049

NOUVEL ALBUM DE CHEB MAMI

ライ・ニュース 042をご参照下さい) 
 シェブ=マミのニューアルバムの発売日がやっと発表されました。10月23日だそうです。1年以上待たせたのですから、もうこれ以上はそんなに遅れないと思います。
 なおマミは去る7月16日にモロッコのアガディールで開かれた Festival Timitar で10万人の観客を前に歌いましたが、海賊盤がでるのを避けたいということで、新アルバムからは一曲も歌わなかったそうです。
 ちなみに数日前 Beur FMでマミの新曲らしきものがかかっていたという情報も入っています。
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夏休みの予告です


 わたくしごとで恐縮ですが、目の手術をすることになりました。

 左目に翼状片という疾患があって乱視になっているという診断は1年前からもらっていたのですが、ここ2ヶ月ほどで急激にひどくなって、実は今では目の前ボヤボヤなのです。メガネをかけてごまかしてましたが、とうとう手術が必要ということになりました。
 術後しばらくは痛いのだそうで (^_^;) 嫌ですがこれは仕方ありませんよね。

 ということで、ちょっとブログを楽しく書ける状態が戻るまで時間がかかるかもしれません。そのまま夏休みに入ってしまおうと思います。8月7日の手術以降、9月はじめまでは、重要なライ・ニュースを除いて、だいたいお休みにします。

 7日までにジダン事件締めくくりとか、書くべきことを書いてしまいたく思ってますが、できるかな・・・

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