シルヴェリオ・ペソーア公演間近!

 で、六本木ヒルズ降りてみたら、シルヴェリオ・ペソーア公演のポスターがありました(↑)。そうそう、5月2日、3日夕方にこの建物の横のアリーナでやるんでした。(^_^)v
 立見で2500円ですが、小学生以下は保護者同伴に限り無料となってますね。ぜひ家族連れで行ってください。若い世代のワールドファンが育って欲しいですからね。 (^_^)

[追記] ところでこのペソーアのポスターを見たとき、「ユリ・ゲラー」を連想してしまいました。(^_^;) こんな昔の人のことを思い出したのは、ちょうど「笑い展」で、ゲラーがはやらせたかの有名な「スプーン曲げ」を大勢の子供たちにやらせてビデオに撮った作品を見たあとだったこともあるかなと思います。子供がやるものだから「ネタ」が見えてしまってました。 (^o^) でもこういうの「微笑ましい」とは思うけど、笑う、という反応ではないと思うんですよね。 (^_^;) 07.05.01.

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笑いは・・・


 「笑い展 現代アートにみる『おかしみ』の事情」(於森美術館、5月6日まで)。

 上野の西洋美術館から六本木に回ったんですが、こっちは大変な人出でした。(^_^;)
 さすがはゴールデンウィーク。エレベータが長蛇の列(↑ あれ、暗くてよく分りませんね。不審物探知機のところなんですが)。(^_^;;)
 六本木ヒルズ入ってから出てくるまでの間に、どっと疲れました。(T_T;;)

 ・・・全然はなし変わりますけど、わたし基本的に顔が笑い顔だ、と人に言われることがあります。 (^o^) (^o^;)
 でも笑いそのものにはかなり難しいところがあって、よっぽどナンセンス度が高くないと心から笑うというところまでいかない人だと思ってます。「意図」が見えちゃうと「面白い」とは思えても、笑い出すという反応には至らないんです。

 ということで、この展覧会は「おかしみ」という概念の周囲をめぐるということなら「理解」できますが、「笑い」というのとは全然べつのような気がしました・・・

 個人的な感想ですからあんまり気にしないでいただきたいんですけど・・・

 とにかくわたしは疲れちゃうと、音楽はまだしも、アートはだめですね。心に入ってこない。
 これも個人的な話ですけど・・・


 
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パルマ!


 さてその国立西洋美術館では5月29日から8月26日まで『パルマ イタリア美術、もう一つの都』展があるわけで、今から楽しみでわくわくしてます。 (^_^)y

 パルマ、といってもサッカーの中田英寿がいたチームのことしか思い浮かべない人が多いでしょうから、「ただのイタリアの田舎町じゃないの?」という反応でパスされてしまわないよう、主催者はいまから大判の冊子(↑)を作ってこの町の文化的意義について啓蒙を試みています。

 わたしもちょっと、援護射撃をいたします。(^_^)v

 スタンダール愛好家にとってパルマ(フランス語読みでパルム)の名は、傑作『パルムの僧院』の舞台として格別に親しみ深いものです。もっとも物語の設定には架空の点が多いので別に現地に行ってもとくに「ここがスタンダールの書いているあれか」という感じでの感慨を覚えることはありません。ただこの作品が『ファルネーゼ家興隆の起源』なる古文書(といっても今でいう裏話、ゴシップのたぐいなんですが)から着想を受けているのは確実で、その中心人物アレッサンドロ・ファルネーゼが疑いなく『パルムの僧院』の主人公ファブリス・デル・ドンゴの最初のモデルであり、ファルネーゼ家がパルムの支配者であった以上、『パルムの僧院』がこの町を舞台としていることの必然性は疑いないと思います。

 それだけではありません。スタンダールは、この町が生んだ天才画家コレッジオの作品が大好きで、その優しい悦楽感に魅了されていました。『パルムの僧院』の主人公でイタリア一の美青年だというファブリスには「コレッジオ風の顔立ち」une physionomie a la Correge が与えられています(第一部第五章)。
 自著『イタリア絵画史』続巻のために、「パルマ画派」の章も書きかけていました(もっともそれは、彼の本が実は大部分 Luigi Lanziの書いた絵画史のまる写しで (^_^;) ランツィがパルマ画派について大きな部分をさいていたので当然といえば当然なのですが)。
 18世紀までの絵画観からすればこれは順当なところで、パルマ画派の創始者コレッジオは当り前のようにティツィアーノ、ラファエロと並び称せられていたのです。
 でもその後の絵画観の変遷やパルマの町の政治的文化的沈滞から、だんだん脇に置かれるような感じになってしまいました。
 イタリア絵画というと日本でかなり知られているような気がしますが、よくよくその「イタリア絵画」の中身を考えてみると結局ほぼフィレンツェ、ヴェネツィア、ローマの三大都市を中心とした流れの中の作品群に限られるのです。
 状況はイタリア本国でもさして変わらなかったのかもしれません。上記の冊子によれば今回の展覧会が「世界で初めて、パルマ派の画家たちの作品をまとまって紹介する」ものだということですから。
 でも、いよいよパルマ画派再評価の機が熟したのでしょう。

 ルーヴルで『モナリザ』のある部屋は、もうわたしの覚えている限りでも何回か改装、配列替えが行われていますが、『モナリザ』の横にコレッジオの『聖カタリナの神秘の結婚』が並べられていた時期がありました。
 コレッジオの力量は、レオナルドと比べても遜色ありません。彼の描く人物は「神のごときレオナルド」とは違った個性の上品さ、美しさを見せるのです。

 今回の展覧会ではコレッジオ作品として『幼児キリストを礼拝する聖母』と、コレッジオのフレスコ画を元に描かれた『聖母戴冠』を見ることができます。
 
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版画


イタリア・ルネッサンスの版画展(於国立西洋美術館。5月6日まで)

 ゴールデンウィークの上野なんて大混雑だろうと思ってましたが、この展覧会はそんなにたくさんの人はいないですから、ゆっくり見られますよ。 (^_^)y
 国立博物館のレオナルド特別展の方もまあ気にはなりますが、こちらは6月17日までやってるので、なにも人出のピークに行くこともないでしょう。(^_-) それに見逃してもわたし的にはそんなに惜しくないので・・・

 さて版画展ですが、こんな地味なものを見に行ったのは、美術紹介、評論も残しているスタンダールが参照したイタリア名画の18-19世紀のグラビア版画の現物が見れるかな、と思ったからですが、展示品はかなり時代が早いものばかりで、その意味では空振りでした。
 とにかく写真のない時代は絵画の複製というのはグラビア版画であって、スタンダールのようにイタリア現地に行って現物を見る機会のない人のために流通していたのです。すぐれた版画家の作品は本物と拮抗する重要性を当時の人々の美的感性の上に持っていたはずなのです。

 さてこの国立西洋美術館ですが、所蔵品は松方コレクションを元にしているのですね(↑)。事情は全然調べてませんが、とにかく第二次大戦後フランスに残っていた分をフランス政府が返還してくれたおかげで、今日日本で相当充実した常設コレクションを見ることができるわけです。

[追記]  常設展のところで売っている小冊子記載の沿革によると、当初は「フランス美術館」という名前が想定されていたんですね。そりゃあ、フランスとしては大コレクション寄贈するんだからそのくらいはしてもらわないと、という感じでしょうが、それだとフランス美術だけしかないみたいだ、とかいう反対が出てこうなったのかな。なんかいろいろありそうですね。07.05.01.
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クロッシング・ザ・ブリッジまだやってます!


 このエントリーでは『クロッシング・ザ・ブリッジ』もう上映が終わったようなことを書いてしまいましたが、それは間違いで、上映は5月4日まであります。
 シアターN渋谷さんはじめ多方面にご迷惑をおかけしてしまいました。
 ここに心からお詫び申し上げます。
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シルヴェリオ・ペソーア  ブラジル東北地方と南仏オクシタニー

 
 アオラ・コーポレーションさんから初来日直前の緊急発売CDというのがあったので聞いてみました。
 Silverio Pessoa シルヴェリオ・ペソーア。CDはこれ↑。
 コンサートはカンバセーションさん協力ですが、主催はなんとあの森ビル株式会社。5月2日、3日と六本木ヒルズのアリーナでスーパーライブと称して、するんです。こういう企画がどんどん出てきたら、少しは時代に影響するでしょうか。

 ブラジルは北東地方(ノルデスチ)の音です。
 わたしはこっちの方はよく知らないです。でも一聴してなんだかマッシリア・サウンド・システムとかデュパンとかの南フランス系の音を連想して親しみを覚えました。考えてみれば無理もないです。ブラジルはポルトガル語ですが、南仏オクシタン語とはほんと近い兄弟ですからね。
 でもマッシリアたちが今でも素人的なところを残すバンドなのに対して、ペソーアの方はどんどん音が広がっていって破綻を見せないプロフェッショナルです。シンセを使っているんでしょうがいろんな音を、まるでビッグバンドジャズみたいな音まで出してくるんです。わたしの耳にはサンバに聞こえるリズムも出てきますが、彼は出身地の民謡フォホーの発展形を目指してるんですね。ここにも「自らのもの」を磨きあげようという試みがあります。国際的な支持を得るのは当然です。

 でもこんな多様なミクスチャー音、ライブではどこまで再現できるんでしょうか?

 以前カメルーンのサリー・ニョロが体のあちこちにポケットをつけて楽器を入れ、とっかえひっかえ弾いたり吹いたりしていたのを思い出しました。
 あれみたいなことを、ペソーアもやるのかな? エレクトリックに処理するのかと思いますけど・・・

 興味津津だけど、わたしは行けないかな・・・
 連休中いくらかお時間ある方はペソーアのコンサートを楽しむというのも選択肢のひとつに入れられるといいと思いますよ。

[追記] このCD、タイトルは CABECA ELETRICA CORACAO ACUSTICOといいます。日本盤のタイトル『エレクトリックな頭脳、アコースティックな心』どおりですね。久保田麻琴さんの日本語解説がついてますが、付録のリブレットは仏葡英語です。

 あ、やっぱりペソーア自身のメッセージの中にこんな一節がありました。

「この音楽集は、曲作りと仲間たちとのつきあいの産物です。ブラジル北東部ペルナンブコ地方の姿そのままの混淆をみせるだけでなく、わたしが最近ツアーで訪れたフランスとオクシタニー(南仏)にも目を向けています。そして諸民族の文化的再会と、文化の革新的結合への可能性を提案しているのです。でもまあ、そういうことは新しい未来のこととして置いておいてください。

楽しくお聞きくださいね。

シルヴェリオ・ペソーア  フランス、サンテミリオン山にて。2005年6月19日」

いいですね、これ。(^_^)
マッシリア・サウンド・システムとかを連想したわたしの印象は間違ってなかったですね。よかったよかった。

ちなみにこのメッセージはフランス語とポルトガル語だけで、英訳はありません(別に英語しか読めない人にいじわるしたわけじゃないと思いますよ。こういう付属リヴレットってページ数が限られているからやむなく割愛したんでしょう)。
CD自体 L'Autre Distributionというフランスの会社が配給してます(電話番号02ではじまってるから、ええとどっち方面だったかな。パリじゃないですね)。

フランスとかフランス語って、こういうところでひょいっとささやかな存在感を持つんですよね。でも英語だけやってる人がこういうのに出くわしたときの反応はたいてい「なんだ、英語になってない部分があるじゃないか」というものにしかならなくて、フランス語の存在に対して「いまいましさ」を覚えるみたいに思うんですよね。そんなこんなで、フランス語っていじめられるんですよ。フランス語って損だなあ、ぶつぶつぶつ・・・(フランス語系人の典型的ボヤキ。 (;_;) )  07.04.29.

[表記法など一部修正しました。07.04.30]
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同業者の批判にこたえて


 金沢大の授業も二週目に入り、ようやく落ち着いてきました。 (^_^)y

 ところで文学部文学科のオリエンテーションでわたしがよく話す内容について、いろいろ批判をちょうだいしたりするんですよね。
 これはいまの日本の大学の現状を知っていただくためにもよいと思われるので、ちょっとわが同業者の批判と、わたしの感想(反論とまではいきません)を書いておきます。

 批判というのは主に、文学部文学科に来てこれから日英米独仏中に言語学の7つのコースからどれを専攻しようか選ぼうという一年生にわたしがよく話す内容は、ちょっとまずいんではないかい、というものです。

「『日本で接することのできるフランスって非常に限られているので、誤解が非常に多い』というようなことをあなたは言うが、誤解以前に何も知らないのが現状。『誤解』などと、否定的イメージを持つ語をなぜ使用するのか」

「『フランスについてはいくつか諸君も体験があると思います』などとあなたは言うが、聞く方はフランス体験など何もないのだ。だからプレッシャーに感じて、フランス関係はやーめた、と最初からひいてしまう可能性がある」

「今、大学に入ってくる人たちにフランス語の文化なんて言っても何のイメージもない、と思った方がいい。フランスという国がどこにあるのかも知らないかもしれない。高校での世界史未履修が問題になったが、地理だってあまり習っていない。大きなスポーツ大会でフランスの選手の優勝などがあれば、そういう国もあるなあ、と判るくらいである」

「つまり彼らにとってはフランスさえ銀河の果ての存在みたいなものなので、あなたみたいにいきなりアラブ・アフリカがどうのこうの言っても、おそらくてんで結びつかないのではないか」

 さて。(^_^;)

 いまの学生さんたちが例の「ゆとり教育」等で甘やかされ基礎教養を欠いている、という認識は一般的なものとなっています。わたしへの批判は大きな意味でこの認識から来ていると思います。
 そういう認識には、あたっているところがあるかもしれません。
 だから、たしかにわたしが話すことは、現時点で「フツブン」にお客を呼ぶためには逆効果なのでしょう・・・

 でも、それを認めた上で、やっぱり言っておきたいことがわたしにはでてくるのです。
 つまり、これって見方を変えれば、日本の進むべき方向性みたいなものを指し示してい気もする、ということです。
 なぜなら、もし今の若者たちが教養を欠いていると言えるなら、これまで日本の知識人と呼ばれる人たちに業病のごとくまつわりついていた妙な西洋崇拝もない、ということのはずですから(無自覚な対米崇拝傾向の方はもちろん健在だし大問題ですが)、彼らがどんどん関心と知識を「横に」伸ばすようにするのがいいのじゃないか、ということです。

 第二次大戦以前だったら「オーベーショコク=先進国」の思想、技術を必死にとりいれて追いつく努力をするたけでよい、いわゆる先進国以外の国々に目をやる必要はない、という態度でいけていたのかもしれません。

 でも、いまは違うんじゃないでしょうか。
 たとえば今日誰がアラブ世界の、イスラム世界の地球的重要性を否定することができるでしょう? あんまりこの国々のなかに「先進」国を見る人はいませんが。
経済方面だってとっくに、欧米だけ見ているのではすまない時代に入ってます。BRICs のつぎには VISTA が来るかどうか、というのが既に関心の対象になっている段階ではありませんか。

 去年、国際交流基金主催で開催された「アラブ音楽講座」、こんなにたくさん来られるとは、と驚いてしまうほど大盛況でしたね。(このリレー講座は、内容が本にまとめられて出版される予定になってます。もちろんアルジェリア音楽はわたしが担当してます。乞ご期待。 (^_^)v )
 それだけ心ある人は「自分はアラブのことを知らない。これではいけない。勉強しなければ」と考えているのです。
 これこそ正しい態度というべきだと思います。
 こういう心がけの人は若者の中にもいるはずだし、そこまで自覚してなくてもそういう傾向をもつ人は必ずたくさんいるはずですね。

 だから、

 お客の呼び込みには不適当かもしれないですが、やっぱりアラブだ、アフリカだという話は、場を考えながら続けていこうと思います。
 それと同時にフランスについても、あまり学生さんたちになじみがないのなら、こっちも最初から「おフランス」のフランスはパスして、わたしの知っているナマのフランスを語ろう、と思うのです・・・ となると、わたしの場合やっぱりフランスはアラブだ、アフリカだ、となっちゃうところがあるんですね。(^_^;)  どうしましょうかね?

 それはともかく一般論として、世界の実勢は変化するものなので、教育もその変化に対応していくよう努力するのがよいはずです。
 そうやって努力して日本の国と、世界とに貢献したいじゃありませんか。


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rai infos/ライ・ニュース 087

RACHID TAHA S'EXPLIQUE SUR SA BEVUE A HELSINKI

このエントリーから続く)

タハのヘルシンキでの醜態はばっちり YouTubeに載っちゃってますね。怖い時代だな・・・ それはともかくタハは神妙に反省してまして、彼のファンブログに公式釈明を英仏語で載せてます。それによると:

22日のパリ、バタクランのコンサートが大成功でそのあと徹夜で騒いじゃったんだそうです。その疲労がヘルシンキに着いてもとれてなくて、元気をつけようと思ってまた飲んだのが逆効果だったんですって。 (^_^;) 

しかし水を撒くのは他のロック歌手もやってるし自分もよくやることだから特にヘルシンキのお客を侮辱したのではない、ステージ上で寝っ転がるのもいつもやっていることだが当日は自分で起き上がれなかっただけだ (^_^;) とのこと。
そして「人種差別的発言があった」という噂はきっぱりと否定、独裁体制の国家を盲目的に支持しているアラブ人をいつもどおり批判しただけだ、と主張しています。
ちなみにその発言は例によって会場でアルジェリア国旗を振り回していた若者グループとの間のやり取りで出たと言われているのですがタハは、彼らはライのスタンダードナンバーを歌えと自分に要求するがそういうのが聞きたければわたしのコンサートには来ない方がいい、と苦言を呈しています(これはタハの大きなジレンマですね。運命のいたずらか、国際的には「彼こそが」ライの代表選手と思われているわけなので)。・・・

こんなことは初めてで、もう絶対しませんと本人も言うとりますので (^_^;) まあ弁解としては十分かなと思います。今後はコンサート日程も余裕をもたせた方がいいと思いますよ。タハももう48才ですからね。疲労回復も若い頃と同じようにはいかないですよ。・・・ (^_^;;) 
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クロッシング・ザ・ブリッジ

 『クロシッング・ザ・ブリッジ』(於シアターN渋谷↑。5月4日まで)。

 これ、素晴らしい! (^_^)y

 キューバ音楽には『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』、ブラジル音楽には『モロ・ノ・ブラジル』があります。トルコ音楽にもこれができた! という感じです。つまりこの音楽のパノラマを示し、基本的性格を理解させてくれる映画なのです。

 筋の縦糸は、ベルリンのミュージシャン、アレクサンダー・ハッケがイスタンブールにやってきて地元のさまざまなアーチストたちと接していく、というものです。
 最初にでてくる音楽は、この間日本に来たばかりのババズーラがボスポラス海峡に浮かぶ船の中で行う演奏です。ヨーロッパとアジアの狭間ににあるこの海峡で演奏するというのは実に象徴的で、トルコの置かれた位置、意義を既に雄弁に語っています。

 ある意味トルコの立場はすごく日本と似通っています。

 西洋文化、西洋音楽にあこがれ、高度に西洋化しながら、それでも、それだけに自らの文化アイデンティティを考えさせられてしまうというところが(と書いちゃうとどこでも同じだと言えるんですが、そうですね、元からあったものが既に高度な完成度に達していて、なおかつ西洋化の方もはんぱじゃなく高度であるところが、と言っておきましょう)。

 60才を越えながら頑張り続けているエルキン・コライ Erkin Koray が若い頃達成した「トルコ語によるロック」という話など、「日本語のロックは可能か」なんていう問いがなされていた昔を思い出させずにはおきませんね。トルコでは昔のアーティストも今のアーティストも、みんな圧倒的存在感の西洋文化を前にした自己否定と、否定しきれない自己の再発見の間でいろんな道筋を歩んでいるのです。
 そこにセリム・セスレル Selim Sesler のようなジプシー=ロマ、アイヌール Aynur のようなクルド人(彼女の声はすばらしい!)、オルハン・ゲンジェバイ Orhan Gencebay のようなアラブ音楽を新しい形でトルコに導入した改革者、などなどさまざまな立場の人が加わります。映画に出て来るラッパー達もすごいかっこよかった。
 長く続いた政治的抑圧状況も音楽に深い影響を与え、また音楽から深い影響を受けているのです。

 こういうホットな状況、生み出された音楽文化の豊かさを見ると、立場は似ているにしろ日本の今の音楽シーンがいかにもつまらなく見えてきますね。「固有のもの」を彫琢しようとか革新しようとかいう意気込みがほとんど感じられない。新しい「邦楽」のいくつかの動きはたしかにありますが、問題は音楽シーン全体への影響力、存在感なのです。これが日本は弱過ぎる・・・
 そのへん、トルコに完全に負けてます。ほんとなんとかしてほしいですね。 (;_;)

 それはともかくこの映画、サラーム海上さんの監修のおかげで、日本版がびしっと正確に仕上がっているのがうれしいです。


[追加修正しました。07.04.23]

[追記] すみません、終わったと思っていたら、まだ上映が続いているというご指摘がありました。ごめんなさい! m(_ _)m m(_ _)m m(_ _)m
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rai infos/ライ・ニュース 086

RACHID TAHA CONSPUE A HELSINKI

 最近英WRASSEからベスト盤 The Definitive Collection がリリースされたラシード・タハですが(このアルバムはすでにライス・レコードさんから日本盤が出てます)、先月25日のヘルシンキのコンサートではかなり無作法なことをやってしまいました。(^_^;)

 フィンランド初登場のステージだったのに、あきらかに泥酔状態で現れた彼の歌の調子は最悪、おまけにお客に侮蔑的な仕草を示し、あろうことか客席に水をぶっかけたすえ、寝転がったままコンサートを終えたそうです。
 とうぜんフィンランドの人たちからはブーイングの嵐。GO HOME ! の怒号が浴びせられました。

 挑発的なのは彼の常ですが、ちょっとやりすぎかな・・・ あるいはなんか彼の気にさわるような伏線があったのかも(という風に好意的に解釈してあげようとしすぎるのはよくありませんが)。

 結局現時点で、アルジェリア系ポップ・シンガーたちをぐるっと見回してみても、一番調子のいいのは彼なんです。いろいろ嫌なことはあるかもしれないけど、仕事はきっちりこなしてくれよね・・・ (T_T;)
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