musicking... can we think of literaturing ?


今では立派な金沢大学教員になっておられる西島千尋先生(彼女とそのご著書についてはこの投稿を参照してください)がなぜかわたくしのような老人にお話が、というので何かなと思ってうかがいましたら、この『音楽の未明からの思考』という御本(彼女が第一章担当です)についてのお話でした。そこでmusickingというものを知りました。

これは現時点でよく考える意義のある概念です。音楽、と呼ばれるあの現象?営み?・・・を「音楽music musique」という名詞でおさえて把握しようとしたとたん抜け落ちてしまうもの、抜け落ちてしまう大事なものは何か。
こういうのは、アカデミックなことばで表現するのが難しい(だからこそこれまで語られていなかったわけですが)。でも、そろそろ、人類はこれを考えざるをえない局面に入ったと言えます。

まだ何も理解していないうちに直感的把握だけでお話ししてしまうと、わたくしには「文学」にも似たような、literaturingみたいな概念が要るだろうな、ということになります。

まあとにかく、よく読んでみないといけませんね。ちなみに西島先生はご単著もいつかお出しになりたいとのことでした。楽しみにしていましょう。(^o^)
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La musique pour le Japon des jeunes

"Certes, les sommets (nulle part égalés) du snobisme spécifiquement japonais que sont les théâtre Nô, la cérémonie du thé et l'art des bouquets de fleurs furent et restent encore l'apanage exclusif des gens nobles et riches. Mais, en dépit des inégalités économiques et sociales persistantes, tous les Japonais sans exception sont actuellement en état de vivre en fonction de valeurs totalement "formalistes", c'est-à-dire, complètement vidées de tout contenu "humain" au sens "historique". (Alexandre Kojève)

Le voyage de Kojève au Japon c'était en 1959. Je crois qu'il a quelque peu exagéré les choses. Tout ce qu'il a vu en Japon c'est le Japon des samouraï. Le Japon n'est pas que le pays des samouraï.

Heureusement, après, un développement économique est survenu, beaucoup plus de jeunes peuvent rêver à un moment de vie au campus et s'acheter un instrument (pour le choeur a cappella on n'a même pas besoin d'en acheter un). Si les jeunes rockeurs arrivent à S'exprimer plus ou moins, j'appelle ça "humain" et "historique".

... Seulement le jazz risque de tomber dans le côté de Nô, thé, fleurs, et la musique du monde, autrement dite la diversité planétaire de la musique n'est pas encore dans "l'apanage" des générations à venir du Japon. Il faudrait créer un sâkuru pour la World music...
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Sur le film : Piazzolla, los años del tiburón

En écoutant le petit Astor jouer son bandenéon, c'est Carlos Gardel qui a dit quelque chose comme : ...TOCAR MUY BIEN PERO COMO UN GALLEGO ( (tu) joues très bien mais comme un Galicien). C'est ce que j'ai entendu hier dans le film : Piazzolla, los años del tiburón . Je connaissais depuis longtemps la même anecdote qui fait dire au héros mythique du tango "un étranger" au lieu d'"un Galicien". Dans le film le soutitrage japonais donnait tout simplement スペイン人 (un Espagnol). Humm. J'ai vu, avec Astor Piazzolla, pour la première fois Nadia Boulanger qui bouge. Elle était maître (pas maitresse...) de Piazzolla, de Quincy Jones et de tant d'autres. Mère de world music.
映画『ピアソラ~永遠のリベルタンゴ』(2017)。

 演奏するピアソラの写真はどれもが素晴らしいです。はずれがない。なんでかと考えると・・・ 彼の楽器バンドネオンは管楽器のように口の形を強制しないし、弦楽器のように左手に視線を引き付けてしまうこともない。リズムはどうしても体全体で刻むことになるので、顔に「演奏」が、隠れなくあらわになる。弾くのはボタンだから、はたらいているのは触覚だけ。・・・いやらしい言い方になりますが、タンゴというジャンルがあれほど官能的に聴こえるのは、そこに指しかないからか・・・ 
 ドイツの家庭音楽から発達したタンゴが今、ワールドミュージックの手ごわい、強力なジャンルとして残っているとしたら、それはピアソラの革新と、それを完成させたナディア・ブーランジェの薫陶です。はい、学生諸君、「アフリカ概説」の補習です:Michael JacksonがThrillerでアフリカ系人として世界の頂点に立てたのはQuincy Jonesのプロデュースのおかげ。Nadia Boulanger はそのクインシー・ジョーンズに、「西洋音楽の粋」を伝授した人なのです。
 映画には出てこなかったのですがピアソラには『タンゴの歴史』L'Histoire du Tangoという四曲組曲があります。こんなに美しい曲はめずらしい。いちばん美しいものは往々にして資本主義、市場の論理のおかげで、ひとから隠されてしまうんです・・・
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Album Sukiyaki 2018 (fin) "Workshops" "Finale" "Uchiage (banquet)"


トークセッション「Tootard ~国籍なき者たちの日常と音楽~」(26日日曜10時~11時半)。彼らが「ゴラン高原」から来たというのが厳密にはどういうことを意味するのか、やっと分かりました。ほんとに、「パスポート」で来ているんじゃない人たちなんですね。そういうところでやっているからこそ音楽には変なこだわりがなく、いろんなものを吸収しているのが分かりました。
オープニングステージ、25日のヘリオスステージと、CDよりナマの方がずっといい、というもっぱらの評判でした。わたしもステージの方が個性的で、実によかったと思いますよ。

日本に来れたことを本当に喜んでいたトゥータルドの3人は南砺のあと名古屋、東京、那覇、福岡県能小島と日本中をめぐって、日本をじっくり体験してくれたかな。

26日のトーク・セッションは司会のサラーム海上さん、通訳のサアシャ・カニンガム嬢の活躍で充実したものになりました。
このサイトを駆使して、アラブ音楽の音階をじっくり教えてもらったのもありがたかった。みなさんは「四分の一音」つまり半音のさらに半分の音程って聞き取れますか?

さてランディゴLindigoですが、これはフロントマン?のオリヴィエがたいへんにこやかにいろんなことを教えてくれました(26日12時~13時半)。まあ細かいことは省略させてください。このグループでメロディー楽器を弾いていいのはオリヴィエと、ソプラノサックスのエミーさんだけなんですね。でも詳しい話を聞くと、彼らの音楽、レユニオン島の心の音楽マロヤは元からメロディー楽器が乏しかったわけではなくて1945年以降、フランス植民地主義が解体する過程においてレユニオンでは保守派が強く、マロヤが反体制運動と繋がったものとみなされて、楽器を使っていると官憲に踏み込まれたときやばいので、手拍子だけでやらざるをえなかった時期があったというんですね。90年代に解禁になったあとまたいろいろなタイプのマロヤができてきたわけですが、ランディゴはなんとなくそんなマロヤ苦難の時期の記憶を強く残している感じなのかもしれません。










今年はステージの写真がなくてすみません。カバーできた範囲が少なかったです。ランディゴは、ヘリオスステージでは案外いろんな要素を入れた演奏で、飽きさせなかったです。

はい、フィナーレ。





そして、うちあげ。前にも述べたとおり廣瀬さんのパワー、溜まってたのがここで一気に吹き出した、って感じでしたね。あ、立っているのはブラジルから来てくださったシャコン師匠です。



踊るトゥータルド。



クアトロミニマル。



そしてランディゴ。オリヴィエは打ち上げには出てこなかったです。本番で力を使い切って寝てたんでしょうね。さすがリーダー!




 はい、おしまいです。

 白状すると、始まる前はずいぶん心配しましたが、フタを開けてみると例年以上に得るものの多かったスキヤキ2018だったと思います。

 それじゃ、また来年!
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Album Sukiyaki 2018 "Opening Stage"


例によって、写真で載せるのを自粛すべきものがありましたらご指摘ください。わたしはそういうのよくわかんなくなりましたんで。

スキヤキ2018、オープニングステージ。
今年初登場のイモムシ巨大人形!







バックステージ。トゥータルドの演奏中、ランディゴたちがなにげに伴奏を始めてました。自然に音楽をやってしまうひとたち。

 


トゥータルドの通訳でサアシャ・カニンガム登場!



ランディゴの通訳でカスヤ・ユウイチ登場!(じいさんは登場せんでええ、っちゅうねん! だれか若くて可愛い女性、役目代わってくれへんかなあ・・・)



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2017年のベストアルバム


 もう1月21日ですが、昨年度の世界の音楽からわたくしのベストアルバムを発表させていただきます。

 わが盟友 Gérald Totoが久しぶりにRichard Bona, Lokua Kanzaとのトリオ Toto Bona Lokuaで出したセカンドアルバム、Bondekoです。
 友達が出したものだからほめるというのではなくて、本当に昨年のベストアルバムだと思います。

 ファーストアルバムよりずっとGT(つまりジェラルド)の音が前面に出た、GTのアルバムです。

 爽やかで、かっこいいんです。

 「アフリカ音楽」?とか思わないで、虚心坦懐に「今の音楽」として、楽しんで聞いていただければ幸いです。
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No music, no life


Devise de Tower Records : No Music, No Life ! ; mais, pourquoi parfois avec un point d'interrogation ? I definitely believe in MUSIC !
日本に帰ってきて既に出ていたLATINA 9月号を手にしました。ここで書いている吉本秀純さんのクロ・ぺルガグ・インタビューが載っている号です(pp.22-23)。なんだか写真と題字が大きくて案外読むところが少ないので、ちょっとがっかり。内容はわたくしの口を経由して出てきたものなのでだいたい覚えてはいますが。吉本さん、その節はどうも。

ところでこの号には高橋健太郎×松山晋也×吉本秀純のお三人による特別鼎談「これからの『ワールド・ミュージック』」が載っていますから、さらにお買い得号になっています。これは示唆にとむ記事です!

ただ小見出しにある「音楽がなくても生きていける時代に世界の音楽を紹介したいんです」というのには、ちょっとひっかかります。
たしかに今は「音楽は、とくに聴きません」という若いひとがたくさんいる時代ではあり、一見「音楽がなくても生きていける」と見えるところがあります。

実はモントリオールから羽田に帰ってきて、エルスールのあとで渋谷タワーレコード行ったんですが、いつものモットー"No Music, No Life"に"?"のつけてあるポスターがあって、ちょっとどきっとしたんです。念のため金沢に帰ってから金沢フォーラス内のタワー行ってみたら、やっぱり"?"付きのがありました。

この疑問符って、マジの疑問符なんでしょうか?

今の時代は、音楽の力を信じられなくなっているんでしょうか?

音楽には、もうそんなに力はないんでしょうか?

わたしは、そうは思いません。

ある女の子がおりまして。
死んでしまいました。
どうして死んでしまったのかは言いません。
とにかく彼女のお葬式で或る曲がエンドレスで流されてました。明らかに故人が好きだった曲、という扱いです。お葬式のあとしばらくたってからお母様に、あれはなんという曲だったのでしょうかとお尋ねしました。
MEILINのCandy☆Boyという曲だと教えてもらいました。

わたしの言いたいのは、この歌はけっして彼女の歌ではなかっただろう、ということです。別にMeilinさんやこの曲が悪いとかそういうことではないのですが(と書いてもそう言っているととられるだろうな・・・)、この音楽は不幸にも彼女を「助ける」のとは逆方向に働いてしまっただろうな、ということです。

「音楽がなくても生きていける時代」というのは、たぶんウソです。ほんとうは生きていけてはいないです。

多感な年頃に音楽がたしかに存在感をもっていた世代は、自分の中にがしっと音楽があるために、かえってそれがどれだけ自分の生存を助けているかが往々にして見えないのだし、
不幸にも音楽があまりに商業化されてしまった時代を生きる世代は、自分に生きる力を与えられる音楽がこの世のどこかに存在するということにすら気づかず、ただヒヨワになってしまう。
それだけのことだと思います。

水野敬也さんによると、本が好きだという時点で人生勝ったも同然、なのだそうですがわたしは、音楽が好きだという時点で人生の幸福が保証されたも同然、だと思っています。
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Sukiyaki 2017 良かったねー Bilan 10 La musique et le halal...


 このワークショップの録音、途中で切れちゃってます。残念。とくに第三マカームの国歌演奏――ヌーラさんあきらかに気合が入ってました――は素晴らしかったのになあ・・・ えてしてこういうものですか。
 あとは簡単に、と思ったけど書いてみたらあんまり簡単じゃなかった。



 このグループのメンバーの出会いについて。
 ヌーラさんのお兄さんがウスマンさんと同じ学校に通っていたから、ウスマンさんはジェシュさんより前からヌーラさんのことを知っていた、またヌーラさんのお兄さんはジェシュさんとボーイスカウトscoutで一緒だったとのこと(scoutはフランス語では「スクート」と発音します。これは実はアルジェリアでもたいへん盛んでここで先輩・友達から音楽を教えられたというライの歌手も多いです。「北アフリカにおけるボーイスカウト運動」は、わたくしが研究してみたいテーマのひとつなのですが――なぜって、現代はいわゆる先進国は「男子劣化社会」になっているということもありまして――人生、もう残り時間少ないです・・・)。
 彼らがグループを組んだのは2004年、そしてマシューさんは2008年にセネガルでのフェスティバルでヌーラさんたちと出会い、翌2009年にヌアクショットで結婚式等での演奏――ライ歌手も結婚式の余興演奏で稼ぐのです――に連れて行ってもらっているうちにその気になって?、このバンドができた、ということです。今でもマシューだけセネガルのダカールに住み、車で10時間のヌアクショットにあとの三人はずっと住んでいるそうです。

 西アフリカに広く分布する「コラ」とは違うとヌーラさんが強調する女性専用楽器「アルディン」は、ツアー用に小さいのをもってきているが、本当は大きいのがある、とのこと。

 ジェシュさんはごく幼少のころから男性用楽器「ティディニット」を弾いていたのが10歳でJimi Hendrix, Mark Knopfler (Dire Straits)などをカセットで聞いて衝撃を受け、エレキギターを弾き始めます。
 それでも彼のエレキは、特殊な音階を弾くために改造され、フレットを足してあるものなのです。

 このあたりでマシューさんから、まあ当たり前のことなのですが念押しが入りました。ジミ・ヘンドリクスや彼が影響を受けたアメリカのミュージシャンの多くはアフリカの、まさにヌーラさんたちの住んでいるあたり(彼らは今でもヌアクショットに住んでいるそうです。わたしはアメリカに本拠があるのかと勘違いしてました)にルーツをもつ人たちなので、ヌーラさんたちの音楽に主にアメリカの影響をみるべきなのか、もともとアフリカにあったものが主と考えるべきなのか、分からない、というのですね。
 たしかに今となっては、これを科学的?に特定するのは難しいでしょうね。
 でもそれを考えること自体は、非常に大事なことです。

 モーリタニアのひとが考えたらしい五つのマカームなどの体系というのは、ひょっとしたら音楽のハラーム性を否定するための装置ではないかなと考えたりします。

 話はとびますが、「音楽」というもの自体、イスラム教ではハラーム、つまり忌まれるものの方に入ってしまうのではないか、という疑問については中町信孝さんがお書きになった『「アラブの春」と音楽』の最初のところが参考になります。こういうあやふやな話って、おかしなことを言いますが、日本語で書かれるとなんとなく納得できる気がします。白か黒か、って話ではないからでしょうか。こんなことで中町さんの本を引き合いに出しましたが、この本はすごいいい本です。さすがエジプト・ポップの専門家です。ご一読をお勧めします。



 で最後に、わたしたちがこんな遠い国の音楽について考えること自体になんの意味があるか、と言われたら――文科省の方は立場上そういわれるのかもしれませんが・・・――、わたくしとしては こんなふうに考えます、とお答えしておきます。まあこれは経済的見地から言えばこういう言い方になる、ということですが・・・


 で、ヌーラさんたちのワークショップの収穫のご報告はここまでにします。
 当日は興味深い質問をされる方もいたのですが、残念ながら記録がないです。

 どなたかできましたら、思い出させてください。よろしくおねがいします。

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Sukiyaki 2017 良かったねー Bilan 09 "l'Histoire"


 モーリタニアも建国後、それなりに紆余曲折をたどってきています。建国の父であるモクタル・ウルド・ダッダMoktar Ould Daddahも西サハラ問題への対応を誤り退陣、今ではモハメド・ウルド・アブデルアジズ Mohamed Ould Abdelaziz というひとが大統領をやってます。彼はよい大統領ですか、と尋ねるとジェシュさんが「よい大統領だ。平和にしていてくれるから、それで十分、他のことは要らない」という、まことにもっともな答をしてくれました。

 実はモーリタニア、先に「資源がない」と書きましたが、調査すれば何か発見される確率はかなり高いと推定されているようなのです。しかし・・・

「あっ、石油がみつかってしまいました」
「あっ、ウランがみつかってしまいました」

となれば、たちまち諸外国がこの国を食い物にしに襲いかかってくるでしょう。人口わずか400万人くらいしかおらず経済力も軍事力もあるわけがないモーリタニアなどひとたまりもありません。
 なにもいいことはない。
 モーリタニアは、資源に関しては、このままじっとしているにかぎります。


 さてモーリタニアは言語、宗教からはじまっていろいろなところでアラブ、イスラム文化の影響を受けているわけですが・・・ どうもヌーラさんのお父さんが音楽の「記譜」をするという業績をあげた、というのはアラブ音楽流に記譜した、という意味のようです。グリオ文化とイスラム文化が交じり合うこの国を象徴するような話ですね。

 先に出た5つの旋法、白のと黒のがあるという5つのマカーム(荻原さんによれば、モーリタニアではバハール)のお話ですが、マシューの説明ではこれはサイクルをなしていて、最初の旋法で演奏を終えたらもうその旋法には戻れないという不可逆性の決まりがかれらの音楽にはあるらしいんですね。だから1→2→3→4→5と回していって(白黒が交互になるそうです)、第5の旋法が出てきたらみんな、ああこれで終わりというのを了解する、という面白いシステムになっているんですね。これもマシューによると、このサイクルを人生の諸段階になぞらえる人たちもいるということです。人間はいったん成長したらもう子供時代には戻れない、云々というわけですね。

 ひとことで言って、これらは「モーリタニア音楽固有の象徴体系」なのでしょう。

 アラブ音楽に詳しい方に聞いてみましたが、本来のアラブ音楽には白いマカーム、黒いマカームなんて無いとのことです(わたしも聞いたことありませんでした)。サイクルという話もないのではないでしょうか(荻原さん、いかがでしょう?)。

 このあたりの象徴体系について、誰もしっかりと調べてないように思われます。日本のひとが、だけじゃなくて世界の誰も。マシューは知ってましたけど・・・それこそそれを紙に書き記してちゃんとした資料にしていないかもしれませんね・・・

 グリオ(実はこの言葉(フランス語)は語源不詳です(ポルトガル語起源という説がありますが)。これをモーリタニアでは、荻原さんが指摘されたようにiggawenとよぶということですね)は、ジャーナリスト的に時事的なことを記憶して歌う存在であり、恋する男性が女性への思いを託してかわりに詩にして歌ってもらうという存在でもあり、戦時には武勇を称える語り部であり、またライ歌手と同様に結婚式の余興で歌う存在でもあります。

 むかし現マリのあたりに君臨した、ジェシュさんたちによればモーリタニアでは「ガオ」?と呼ばれている偉大な王は「スンジャタ」等の名前で西アフリカの大きな範囲で知られているわけですが、その業績は語るグリオによって異なる。紙に書いた資料でもないし、相互に食い違っているのでは、そこから「歴史」を構成するわけにはいかない・・・ 西洋で練り上げられた「学問」の考え方からするとそうなるわけですが、うーん、そういう考えを厳密にとってしまうとアフリカ人は「歴史」を作らせてもらえず、アイデンティティの核を失うことになってしまうわけです・・・
 日本にいるひとが、みんな西洋の科学信奉者と同じ姿勢をとるべきかというと、そういうことはないでしょう。

 ここに成澤玲子さんという方の書かれた『グリオの音楽と文化ーー西アフリカの歴史をになう楽人たちの世界ーー』(勁草書房)という本があります。1997年刊ですからもう20年前の本ですね。NHKであの小泉文夫氏出演の番組「世界の民族音楽」をながらく担当されていた方で、学者ではありませんね。この本はグリオとは何であるか理解させてくれる、日本語で書かれた貴重な本だと思います。

 この成澤さんは、以下のように書いておられます。わたくしは全く賛成です。

「ここで、私たちはグリオの語りを、単に矛盾が多いからといって退けてしまうのでなく、西欧の歴史家たちが昔の『書かれた記録』をやっきになって捜し出して綴ってきたアフリカ史とともに尊敬をもって受け入れて見ようではないか。その方が絶対に収穫が多いと私自身は信じているのだ」(61ページ)

 「私たち」というのは、人間の尊厳を大事にすることを大切に思うひと全てということだと思います。



 面白いことに、この成澤さんの本、もちろん日本語で書かれているこの本、ジェシュさんはなぜか知っていました・・・

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Sukiyaki 2017 良かったねー Bilan 08 Les griots mauritaniens.


(やれやれ、やっとNoura Mint Seymali ワークショップのお話の続きにかかれます)

 モーリタニアの紹介用のパワポ資料を作っていきました。
 導入は、モーリタニアの女の子の出てくる絵本を使いました。左から二人目の女の子の来ている赤い服は、どうみても洋服、わたしたちの着ているのと同じような服ですよね。この絵本はケリー・クネイン文、ホダー・ハッダーディ絵による『メラハファがほしいな』というもので内容は、この女の子がお母さんの着ている民族服、メラハファにあこがれる、というものです。
 こういう子供向けの本って、よくある、と言っていいように思います。子供に、伝統のものの良さに目を開いてもらおうという狙いのものですね・・・

 ヌーラさんたちに、モーリタニアの女の子はこんな風に洋服を着ているのですか?と聞くと、はいそうですよ、というお答えでした。
 この導入は、司会としては、ワークショップの日本の人たちに「モーリタニア人も、わたしたちとそう変わるものではなさそうだ」とみなさんに問いかけたかったのです。

 さて思うのですが、モーリタニアという国のイメージがわきにくいというのは、日本人にとってだけではないのでしょう。この国はいわば急ごしらえされた「国」だから、ということも言えると思います。1950年代、フランスの植民地だった地域に「独立」が与えられるという展望がみえたとき、西サハラの南、セネガルの北のこのあたりにひとつ国を作らないといけない、ということに皆が気がつき、あわてて「首都」の建設が始まります。それが現首都のヌアクショットというわけです。国があるなら首都がないわけにいかないからできた首都、なのです。王様や首領、強力な少数の支配階層がいる場所が首都となって国が形成されるというのが普通のあり方なのだと思いますから、モーリタニアにはもともとそういう性質の支配的存在がなかったことになります。
 だから、グリオが一番偉い、のかと思います。

 でもモーリタニアがモール人だけの国家にならずサブサハラの諸民族も含みこんでしっかりできあがっているのも頼もしいことだと思います。だからウスマンさん(トゥーレという苗字からするとソニンケ人でしょう)がこのグループにいるわけです。




 ワークショップはTikifiteの演奏から始まりました。これはアルバム Tzenniに収録されているナンバーですね。CDについている曲の解説はマシューが書いたのだと思いますが、ティキフィットとは薬草のひとつで:

「ティキフィットをかき混ぜてくれ」と男性が言う場合、彼は癒しと深い精神的つながりをもつ人物と一緒にいることを望んでいる。この曲はディミ・ミント・アッバ(ヌーラさんの義母で大歌手)もたびたびうたい、彼女のために書かれた一節もある」

ということです。なんだか精神的重みがありますね。
 おそらくモーリタニア人に大切なのは、首都が外国に劣らない威容を誇ることではなく、グリオの権威が心のよりどころとなることなんだと思います。

 ちなみにワークショップの前にDamon Albernとの共演のことをちらと聞いてみたのですが、ヌーラさんたちからはとくに彼について話したい内容はなかったようです。以前アルジェのEl Gustoに関係したときもアルバーンは土壇場で関与を限定的にしてしまったし、なんかこの人、わたしから見るといつも視野の端をちょっとかすめるだけの存在になってしまいますね。いろいろやり過ぎる人なんでしょう。

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