上のような人工衛星の軌道を示す図をご覧になったことはあるでしょうか。これは、宇宙航空研究開発機構(JAXA)で運用中の衛星が、日本時間9月8日13時53分50秒時点でどこの上空にあり、その前後にどこを通過するか、あるいはしたかを示すものです。軌道エレベーター(OEV)の課題・問題「他天体との衝突」の2回目。今回は、運用中、いわば「生きている衛星」との衝突について述べます。
1.人工衛星の軌道
各衛星の軌道が波線になってますが、これは強引に地球を四角い平面図にしているからで、球体に直すとちゃんと円を描いて飛んでいることになります。地図の中央あたりにある「きく8号」は静止衛星ですので、地図上のこの一点に留まっていて線を描きません。そのほかの人工衛星は移動しており、各衛星の軌道を色分けした波線で示しています。
それぞれの軌道をなぞっていくと、どこかで途切れて、水平にズレた所から再び軌道が描かれているのがおわかりでしょうか。これは1周目と2周目の地図上における位置の違いを示しています。決して衛星の軌道がズレているのではなく、地球が自転しているので、地図の方を固定して見ると、相対的に衛星の軌道の方が1周ごとにズレて示されるのです。ちなみに、デブリも軌道が安定していれば似たような軌道をたどります。
2007年7月時点で運用中の人工衛星は約3200、それまでに打ち上げられた累計は約5900にのぼるそうです。
2.軌道エレベーターとの衝突
この地図上の東南アジアに、OEVを建造したと想像してください。ちょうど東南アジアのあたりに太陽(黄色い「Sun」という丸印)が来ていますね。JAXA提供の図を勝手に加工はできませんので、この太陽が軌道エレベーターの位置だと思ってください。
温室効果ガス観測技術衛星「いぶき」の赤い軌道が、黄色い丸と重なっています。もちろん、実際のOEVはこの地図の印ほど巨大ではないでしょうから、「いぶき」もニアミスといったところでしょう。しかし1周ごとに徐々に地図上の位置がずれていくわけですから、いずれは両者の軌道がドンピシャに交差する時が訪れることになります。
「いぶき」以外の衛星も、同様に交差する時が来ます。前回説明したのはこのことです。すなわち、軌道上を飛び続けている物体は、いつか必ずOEVに衝突する瞬間が来る。軌道エレベーターは、ただそこにあるだけで、あらゆる衛星をハタキ落してしまう代物なのです。例外はOEVの全長より上を周回している衛星か、OEV自体と同じ、地球自転周期と同期した衛星だけです。
低軌道を周回する衛星の場合、OEVとの軌道速度の差=秒速4~5kmくらいのスピードでがぶつかってきます。図上で緑色の軌道を描く陸域観測技術衛星「だいち」(左下のALOSと書かれてるやつ)を例にとると、地表の同じ場所の上空を通る間隔(回帰日数)は46日だそうです。もちろん1mmもズレずに同じ位置を通過することはないでしょうが、46日に1回衝突やニアミスの危険が訪れるわけで、OEVが大きければ大きいほど当たりやすくなります。
OEVの衝突問題は、やたらデブリばかりが取り沙汰されるのですが、私は生きている衛星との衝突はOEVの最大の問題だと考えています。デブリなどより比べようもなく重大です。これさえ解決できれば、あとのことは何とかなるとさえ思います。なぜなら死んだ衛星を含むデブリ群が相手なら、OEVの方が耐える(あるいはよける?)ことさえできればいいわけで、その後向こうがどうなろうが知ったことではありませんが、生きている衛星の場合は、OEVと衛星の両者を生かさなければならないからです。
通信、天気予報、カーナビなど、いまや私たちの生活は衛星のサポートなしでは成り立ちません。これらがOEVといつか確実に衝突してしまう。一体どれほどの損害を生むことか。そして、誰がいかにそれを賠償するのか? 自らが運用している衛星とぶつかるとわかっていながら、誰かがOEVを建造するのを易々と認める国や企業が、世界のどこにあるというのか? これは政治的・経済的問題であって、技術だけで解決できる問題ではありません(衝突回避の技術が生みだされれば別ですが、そんな方法ある?)。
3.対策
この対策ですが、一部の衛星に関しては、OEVが機能を代替することは十分に可能でしょう。後日説明する予定の「オービタルリング」と呼ばれる、OEV同士を連結する周回環が実現すれば、この代替は飛躍的に進むはずです。
あとの問題は、動かないわけにはいかない衛星。これらもオービタルリングで解決できないこともないんですが、遠い未来の話になります。ですのでOEVの発展が途上にある間は、GPSなど極軌道周回衛星や、ロシアがよく利用するモルニヤ軌道(高緯度地域を定常的にカバーする衛星群の軌道)の衛星など、周回しないと機能を発揮できない衛星は、もうどっちかが譲り合いの精神でよけるしかない(精神力でよけられるもんじゃないけどね)。。。衛星がよけるなら、それだけ推進剤を消費し、寿命が尽きるのも早まりますが、OEVは上から下まで衝突の可能性を抱えているので、そう都合よくグニャグニャ曲がれません、ですから。。。
。。。ごめんなさい衛星の皆さんよけてください。代わりといっては何ですが、OEVによる衛星の軌道投入や回収、修理など、運用の幅が広がる一面もあるはずです。そしてこれに伴い、OEVによる軌道投入を用いることで、衛星は複数の機能を併せ持たせて多機能化させ、実働数自体を減らしていくべきです。そこに共存の道を見いだしたいものです。
4.一番恐れていること
それでもなお、収まらない問題がある。軍事衛星など、存在自体が秘匿されている衛星です。実際は軍事衛星の軌道もけっこうバレバレで、半年くらい前に軌道が暴露されちゃったなんて話がありましたが、いちおう秘密ですから、OEVとの間ですり合わせを各国政府がしてくれるかどうか。。。色々表向きの口実をつくり、OEVに反対するのではないか。
私が一番懸念しているのはこのことで、国家などが裏の利害のために、表向きの口実をつくり、OEV実現を阻止するのではないかということを怖れています。この点については、さらに考察をして自分なりの思案を改めて述べたいと思います。
とにかく、極力運用する衛星を減らし、国際協力によって調整する。これが上手くいくことを祈るばかりです。この問題は、技術上の障害ではなく、利害が絡む人間が相手だから厄介なのです。繰り返しますが、私は、この問題さえクリアできれば、ほかの問題は、時間と手間さえかければすべからく解決するであろうと考えています。
最後に、天然の物体、すなわち自然発生した微小天体との衝突について次回触れたいと思います。