軌道エレベーター派

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「プラネテス」の描写 その2

2022-01-29 12:36:09 | その他の雑記
 前々回、NHKで再放送中の「プラネテス」の無音の描写について書きましたが、その後、番組の内容についてネット上で侃々諤々あったらしく、その余波で当サイトの閲覧数が一時上がったりしました(ちょっとだけ)。
 議論に参加するつもりはありませんが、便乗して少々加筆しようと思います。

 この時書いたのは、宇宙空間で嘘の音をほとんど入れていない(ほんの少し疑問が沸く場面はある)ということで、この点での本作の描写のリアリティはアニメ界随一だと思います。

 一方軌道力学的に見ると、専門家ではない私から見てもおかしい箇所はけっこうあります。その点を少々考察してみたいと思います。話を単純化するために、ここではすべての宇宙機やデブリが離心率e=0(真円)の軌道をたどっているとします。

(1) デブリを再突入させるのは膨大なエネルギーがいる
 本作では、デブリをポイしてあっさり再突入させていますが、そんなに簡単ではないしょう。
 地球周回軌道上にある物体を短時間で落とすには、その運動エネルギーを一定以下まで打ち消す必要があるので、その分のエネルギーが必要になります。

 本作で主人公たちが主に活動をしている高度は、描写から推測するに高度数百km程度だと思われますが、この高度の軌道速度はおよそ秒速7~8km。当然落とすべきデブリもこの速度で運動しています。

 軌道速度をおよそ秒速2.5km以下にまで落とすと、あとはその物体は自然に再突入するそうです。デブリを下に向かって力を加えると、位置エネルギーが運動エネルギーに変化して、むしろ局所的な速度が増してしまうので、基本的には進行方向の逆向きに力を加えて減速させる必要があります。
 ですので、上述の通り直に落とすなら、秒速約2.5kmまで減速させる力×デブリの質量のエネルギーが必要になります。アニメ版1話のように、衛星をまるまる落とすなら膨大な量の推進剤が必要になるだろうと推測します。

 原作では、デブリを足で蹴っ飛ばして再突入させ、あっという間に燃え尽きるシーンがあったと記憶していますが、そんなギリギリの高度にいたら自分が危ないし、さすがに無理のある描写かなと思いました。ましてやアニメ版3話のような、彗星の付随物が地球の引力につかまって周回軌道に遷移するなど、まずありえない話でしょう

(2) 除去すべきデブリはもっと上にある
 特に危険なデブリや、密集しているものなど緊急性のあるデブリは別として、そもそも宇宙機の部品とか衛星そのものとか、大きなデブリは、上述した主人公たちの主な活動領域の高度の軌道には、ほとんど存在しないそうです。
 大きなものは自律的に再突入させるものですし、それ以外についても、このような低い高度には、極めて希薄ながら大気が存在していて、文字通り空気抵抗で長期的には速度と高度が下がり、ほっといても再突入してしまうんですね。

 高度350〜400kmくらいを周回する国際宇宙ステーション(ISS)でさえ、運用しているうちにだんだん高度が下がるので、ロシアのプログレスなどの推進器を使ってたまに高度を上げています。近年、ISSから超小型衛星をたくさん軌道投入していますが、これらはISSをほぼなぞる高度を周回するため、短いものでは2か月もたたないうちに再突入します。
 実際にデブリ除去の必要に迫られているのはもっと上の、半永久的に再突入しない軌道の物体というわけです。以前紹介した墓場軌道のような、人間が到達できない軌道も課題ですね。

(3) 常に有人作業である必要はない
 そして何よりも有人、しかもEVA(船外活動)でやる必要はないようには見えます。デブリの話ではないですが、昔ハッブル宇宙望遠鏡をEVAで修理したことがありますが、そのようなデリケートな作業は別として、ほとんどのデブリ処理は無人機で事足りるのではないでしょうか。
 また、これも以前書きましたが、EVAの前には、宇宙服内の気圧に体を慣らすために、エアロックで減圧(プリブリーズ)する必要があります。ちなみに本作では、セリフだけですがちゃんとこの点に触れています。現代は減圧に何時間もかかります。2075年では船外宇宙服の気圧はもっと高めで、減圧時間が短い設定なのかも知れませんが、未来だからといって人間の肉体が変化したわけではないから、面倒な手順には変わりないはずです。
 そんんわけで、「再突入前に回収する必要がある」ならともかく、本作のように「邪魔だから落とす」ケースについていえば、EVAでデブリを回収したり落としたりするというのは、緊急時を除けばあまり割に合う行為ではないでしょう。


 ──とまあ、無粋なツッコミをしてしまいましたが、これまで何度も述べてきたように、物語というのはそもそも嘘であり、何をどう描こう作者の自由です。そしてそれをどう評価するかは受け手の自由です。個人的には、

 デタラメ度 < 面白さ

が成り立っていれば、十分楽しめると思っています。「プラネテス」はこれが成立している。

 原作は主人公のハチマキや科学者のロックスミスなど、人物像の内面や二面性の描き方がとても面白い。これは同じ幸村誠氏の「ヴィンランド・サガ」でも見て取れて、やっぱり人物が興味深い(アニメは観たことないですが)。
 またアニメ版は、メインテーマや見どころが原作と異なる作品に仕上がっていますが、オリジナルキャラクター(特にクレアとチェンシン)の配置などによって独特の面白さを見せている。 
 加えて、やたら「愛」を連呼するヒロインのタナベに対し、上述のオリジナルキャラクターを鏡として自分を見つめさせているほか、物語としての「落とし前」をつけさせていて、ただウザいだけの立ち位置が変化していくあたりが、アニメ版ならではの見どころだと思います。このほかにもアニメ版オリジナルのいいエピソードがけっこうあります。
 11話終盤のテマラさんのセリフなんて泣けるやろ!(TдT)

 理屈っぽく、長くなりましたが、つまりね、プラネテス好きです。
 この時期に本作が再放送されているのは、13年ぶりの宇宙飛行士募集に合わせたのでしょう。ハチマキは後半、木星往還船のクルー選抜に挑戦することになり、その辺の話題性も狙ったものだと思います。その行く末も見守りつつ、今後の展開を楽しみましょう。

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