軌道エレベーター派

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俺の妹が減圧なしで宇宙服を着られるわけがない

2017-09-18 12:04:06 | 気になる記事
宇宙服、足りNASA過ぎ 40年使い老朽化
 国際宇宙ステーション(ISS)の船外活動で飛行士が着用する宇宙服が老朽化し、近い将来足りなくなる恐れがあるとの報告書を米航空宇宙局(NASA)の監察官室がまとめた。新型宇宙服の技術開発が滞っているのが理由。NASAの宇宙服は、約40年前に作られた18着のうち11着が使い続けられている。残った11着も設計寿命の15年を大幅に超え、老朽化が激しい。船外活動中にヘルメット内部に水がたまり、飛行士が窒息の危険を感じて急きょISSに戻る例も相次いだ。(後略。毎日新聞6月10日付夕刊)


 結構前の記事なのですが、ずーっと思うところがあったので一筆。現在の有人宇宙開発における船外活動(EVA)で用いられている宇宙服といえば、NASAのEMU(Extravehicular Mobility Unit)とロシアのオーラン(海鷲という意味だって)が双璧です。で、ニュース記事で言及されているのはEMUの方です。新規に採用するのであれば、これを機に大幅改良すべき点がたくさんありますが、特に実現してほしいのが、内部気圧をもっと高めできたらいい、ということです。というのも、宇宙服というのは着るのにものすごい手間と時間がかかるんですね。

 NASAのEMUは中の気圧がおよそ0.3気圧で、EVAをする宇宙飛行士さんは、その前に7~12時間くらい(資料によって差あり)、減圧室で徐々に気圧を下げ、登山家の高度順応と同じことをしなくてはいけません。これ以上内圧を上げるとマシュマロマンみたいに膨らんで操作性が著しく落ちる上、耐久性にもかかわってくるとのこと。あとEMUは分解式で1人では着れない。
 一方ロシアのオーランは0.4気圧で、しかも一体型なので1人で着られるスグレモノですが、それでも30分~1時間くらいの減圧は必要で、水を循環させて体温を維持するインナースーツも着なきゃいけません。あと中国の「飛天」については、帰還時に切り離した軌道船ごと再突入時に燃やしてしまって以来新しい情報もなく、あまり詳細なデータが得られなかったんですが、中国はロシアからオーランや与圧服「ソコール」を購入して参考にしているらしいので、減圧の問題が大幅に改善されたとは思えません。とにかく、サッと着替えて宇宙に出るなんてのは不可能でしょう。
 だから、宇宙船とかステーションの外でEVAやってる人が何かトラブルになったとしても、中にいる人が「今助けに行くぞ!」なんてのは無理なんです。現代では。
 
 宇宙活動をリアルに描いたSF作品は多いけれども、この減圧を描写しているのはほとんどありません。宇宙船とかステーションの中からそそくさと宇宙服来てすぐ外に出ちゃう。もう9割9分「未来だから減圧の必要性が解消されている」という設定みたいで、あの『宇宙兄弟』でさえ然り。弟の日々人がオーランについて言及するシーンがあるんですが、現在月面で活動中の兄の六太が、基地内から減圧せずに宇宙服(バックパック部が開く構造が似てるからオーランの進化系かも)を着ていたし、やはり減圧の必要はないほど宇宙服の技術が発達しているのでしょう。ロシアはオーランをバージョンアップし続けているので、日々人が使うのは今より改良されたオーランに違いない。
(この「宇宙兄弟」への認識は、誤りがありました。作中の設定は不明ですが、月面の居住施設内の気圧がすでに低い数値であれば、減圧調整は不要になるので、指摘は必ずしも当てはまらないことになります。お詫びいたします。詳しくは「その2」をご覧ください)

 これがけしからんというのではありません。物語というのはもとより空想であり嘘なのですから、面白ければそれでいい。だいたい、映画『アルマゲドン』とかで、穴掘り職人たちが小惑星に降り立っていざ本番、って時に減圧してたらテンション下がっちゃうもんね。まあアルマゲドンにリアリティ求める方が間違ってますが、やはり減圧を「省略」ではなく「不要」という設定にしている作品が大半のようです。仕方ないよね。
 
 私の知る限り、EVA前の減圧をきちんと描いているのは、太田垣康男氏の『MOONLIGHT MILE』くらいでしょうか。主人公は登山経験があって、ほかの宇宙飛行士より減圧時間を短縮できていますが、そうではない宇宙飛行士が急な減圧のために意識異常や嘔吐しそうになるシーンもあったりして、この点について逃げずに丁寧に描写していのがすごくいい。太田垣先生、『サンダーボルト』もいいけど、連載中断して随分経つので早く続き描いてください。
 このほかに、別の発想で減圧をクリアしているのが野尻抱介氏の『ロケットガール』。スキンタイトスーツという、実際に研究中の宇宙服を取り入れ、宇宙飛行士1人ひとりにフィットした専用のウェットスーツみたいなものを着ることで体に圧力を与えています。タイトスーツが実現したとして、本当に減圧がまったく不要かどうかはまだわかりませんが、単純に現在の宇宙服が頑丈になって減圧の必要がなくなったという設定よりも、減圧問題を挑戦的に解消していてすごく好きです。ロケットガールはマジで面白いぞ! 早川書房に版権が移って今でも読めるようになったが、ライトノベル版を復活させても売れるのでは? ただしむっちりむうにいさんのイラストのやつね。

 現実の宇宙開発ではタイトスーツ以外にも、潜水作業などに使うのと同じように、外骨格で気圧を維持する外殻宇宙服など、多様に研究は進んではいますが、今、NASAが新規購入してEVAの準備環境が大幅に改善されるようなものはないようです。ちなみに先月、スペースX社が、ガンダムのノーマルスーツみたいなカッコいい「宇宙服」を発表しましたが、これ、ただの与圧服(船内宇宙服)ね。ニュースの書き手も、船外宇宙服と与圧服の区別がついてない人が多いみたいです。
 宇宙遊泳にこだわらず、純粋に作業を目的としたEVAの効率に重点を置くなら、宇宙服の改良よりも、EVA用の遠隔操作ロボットを発達させる方が現実的でしょう。ちなみに『MOONLIGHT MILE』にはそういうのも登場します。軍事技術を応用したジオングみたいな脚のないロボットで、VR用ゴーグルを付けて操作するというもので、これも先取り感バッチリでお見事。宇宙遊泳したければごつい外殻型宇宙服とか、小さいカプセルみたいなもので済ませて、棲み分けするべきかも知れません。

 軌道エレベーターが実現した時に、手軽に宇宙遊泳もできるように、すぐ着られてすぐ宇宙に出られる、それこそSFのような宇宙服の開発が待ち遠しいものです。何、『俺妹』に全然関係ねーじゃねーかって? タイトル詐欺です。すまんな (`・ω・´)

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