戦場で砲弾を北に撃つと右に曲がり、南へ撃つと逆の方向に曲がる。。。「コリオリ」の説明でよく用いられる枕話です。本年最初の豆知識は、軌道エレベーターの課題・問題その2。コリオリについてです。
今回から、記事の最後に要点を箇条書きして結びたいと思います。先に大意を知りたい方は、文末をご覧ください。
このコリオリ、軌道エレベーター(OEV)との関連において、問題視する人とそうでない人に意見が分かれまして、これまでの課題以上に、実現しなければわからない要素が多すぎるのも事実でしょう。ですが私はさほど問題視していない派でして、今回はその根拠を説明したいと思います。
1. コリオリとは
冒頭のような現象がどうして起きるのか? これまでに何度か触れてきましたが、これは地球が自転しており、地点によって運動エネルギーと速度が異なるために生じます。
あなたの恋人が東京(北緯35度、東経139度)に、あなたが東京と同じ経度の赤道上(海の上だけど)に、それぞれ立っているとします。赤道上のあなたは、直径約1万3000kmの回転する円盤の縁に立っているのと同じです。およそ24時間で1回転するので、秒速約0.5kmで動いています。
地球上は球面ですので、東京ではこの円盤の直径が小さいわけですが、24時間で1回転なのは同じですから、恋人の運動速度は秒速約0.3km。
仮に、(飛行機が真っすぐ進むための空気抵抗を除く)風や気圧など大気の影響がまったくないとしたら、あなたが恋人に会いに行こうとして、飛行機に乗って真北へ直進しても東京に着かず、彼または彼女には会えません。あなたは恋人より秒速約0.2km速く東へ向かって動いているので、北上するほどコースが東にそれてしまうのです。お気の毒ですが、あなたがたは破局します。
10月7日の雑記でも触れましたが、台風が渦を巻くのもこのためです。南半球では左右(東西のとらえ方は同じですが)が逆になります。冒頭の例は北半球のケースです。難しくいうと、回転する系の中にある物体に垂直方向のベクトルが加わる時、その回転の影響によって受ける横方向の慣性(力)。これがコリオリです。
2. 軌道エレベーターとの関係
このコリオリの力が、OEVにも働きます。上述の球面上の移動の関係が、地表からの上下方向にも働くわけです。昇降機の上下運動が、OEVの位置の維持に影響しうるということです。
たとえば、全長5万mの軌道エレベーターが赤道上に建造されたとします。言うまでもなく、上から下までおよそ24時間で1周します。地上基部は上記のあなたと同じ、秒速0.5kmで東へ動いています。高度1万kmでは秒速約1.2km、静止軌道部では約3.1km。末端は秒速約4.1kmで動いています。
地上から昇降機が上昇を始めると、この昇降機には、東へ回転するOEV本体(ピラー)によって、その方向へ引っ張られる力が加わります。平均すると高度1kmあたりの上昇で秒速約0.07m。静止軌道に到達する時点で、秒速2.6kmの加速が行わなければけません。
しかし慣性の法則がある。昇降機がなんの反動もなく本体に引っ張られればいいんですが、質量を持っているので、その場に留まろうとするわけです。結果として、OEV本体を西へ引っ張る力として働くのです。
モデルによって違いはあれ、OEVの基本原理は静止軌道上に重心を持つ、超巨大な人工衛星です。昇降機の運動によって、その重心の相対的位置が狂わされてかも知れないというわけです。これをもって、軌道エレベーターを否定する人もいます。
また余談ですが、このコリオリゆえに、昇降機がある程度の高度から落下する場合や、OEVが上部の方で切断されて倒壊する時は、東寄りに落下や倒壊すると考えられています。
3. 対処
説明が長くなりすみません。この問題にどう対処すべきかというと、少なくとも乗り心地に関しては、私には、そんなに心配することか? としか思えないのです。先に断っておくと、細かい振動や昇降機の乗り心地とは別の問題です。一瞬で宇宙まで上昇でもしない限り、体感は無視できるほど小さく、乗り心地にはまず影響しません。ですので昇降機側のことは考慮する必要はないでしょう。
問題は、ピラーを含む軌道エレベーターのシステム全体に特定の運動エネルギーを与えてしまい、姿勢を保つ上で一つの障害となる点です。一応、既存の理論では、以下のようにこれを解消する見方も示されています。
(1) 昇りと下りで大部分を相殺できる
昇った昇降機は必ず降りてくるはずで、その時に、今度はOEV本体を東に引っ張る力を加えます。もちろん、宇宙開発が進む時代においては、地上から持ち上げる質量の方が、下りのそれより大きいことは容易に想像できますが、その場合は、降下速度を上げてやることで、本体に与える運動量は大きくなるそうです。
昇降機の数や使用頻度が増すほど、この影響は小さくなるはずです。
(2) 振り子運動で元に戻ろうとする
コリオリを問題ととらえない主張の主な理由がこれ。近年のOEVのモデルでは、遠心力の方を強めに設定するものがあります。この場合、地上基部とカウンター質量は、OEV全体をその場に留めておくアンカーとしても利用されることになり、ガッシリとした造りになることになるはずです。
この場合、OEVの重心は静止軌道上にはなく、カウンター質量が地球の中心(正確には重心)から遠ざかろうとする力が常に働くことになります。つまり、地上から外側に向かってピンと張る力が加わるので、コリオリによっていったんブレても、また元に戻ろうと補正する力が働くわけです。細かくたわんで質点が複数生じることはありえるでしょうが、長期的・巨視的にみればこのような力が常に働くことになります。
(3) 大規模化するほど無視できる
コリオリを問題視されるのは、第一世代のOEVの場合、すなわちエレベーター本体がケーブル状の、極めて細いモデルしか念頭にないためではないかと思われます。しかし、私はケーブル段階での運用は極力抑えるべきだと考えています。昇降機を使用せずに、本体が太くなるまで建造できる方法は色々あるのですから、剛体に準じた構造に成長するまで待つべきではないか。
雑駁に言えば、ガッシリとした構造にすれば、そう簡単にブレないということですね。
(4) それでも解決しないなら人為的に解消
上記のような補正が十分でないなら、その時には人の手で力を加えるべきでしょう。重心を移動させて対処したり、OEVに屈曲を補正する機能を持たせたり、質点の運動量に応じて推進剤を噴射するとか。打つ手はいろいろあると思えます。
以上、コリオリの影響は避けられませんが、ほかの衛星との衝突のような対外的要因ではなく、OEVが自分で自分に引き起こす問題なので、基本的には逆のことをやれば解消する=自分で解決できることであり、ほかの諸問題に比べれば、さほど深刻に考える必要があるとは思えないのです。
この問題については、かなり昔から議論されながら、全体として未成熟な感じがします。またまた長くなりましたが、コリオリについては、豆知識では枕にとどめ、この程度にしておきます。
OEVに加わる、もっと巨大な力があります。次回はコリオリよりはるかに重大な問題、「摂動」について触れたいと思います。
なお今回は、軌道派エージェントのSS木君に貴重な助言を頂きました。深くお礼申し上げます。このお返しはいつもの通り、精神的に。
今回の要点
(1) コリオリとは、地球の自転方向と垂直(南北あるいは上下の方向)に移動する時、慣性によって横方向にひきずられてしまう=自転方向についていけなくなる現象や力のこと。
(2) コリオリによって、昇降機の上下運動が、軌道エレベーター本体を東西に動かそうとする力を加えることになる。
(3) 軌道エレベーターの構造によっては、コリオリを無視できるほどに相殺できるのではないか。
今回から、記事の最後に要点を箇条書きして結びたいと思います。先に大意を知りたい方は、文末をご覧ください。
このコリオリ、軌道エレベーター(OEV)との関連において、問題視する人とそうでない人に意見が分かれまして、これまでの課題以上に、実現しなければわからない要素が多すぎるのも事実でしょう。ですが私はさほど問題視していない派でして、今回はその根拠を説明したいと思います。
1. コリオリとは
冒頭のような現象がどうして起きるのか? これまでに何度か触れてきましたが、これは地球が自転しており、地点によって運動エネルギーと速度が異なるために生じます。
あなたの恋人が東京(北緯35度、東経139度)に、あなたが東京と同じ経度の赤道上(海の上だけど)に、それぞれ立っているとします。赤道上のあなたは、直径約1万3000kmの回転する円盤の縁に立っているのと同じです。およそ24時間で1回転するので、秒速約0.5kmで動いています。
地球上は球面ですので、東京ではこの円盤の直径が小さいわけですが、24時間で1回転なのは同じですから、恋人の運動速度は秒速約0.3km。
仮に、(飛行機が真っすぐ進むための空気抵抗を除く)風や気圧など大気の影響がまったくないとしたら、あなたが恋人に会いに行こうとして、飛行機に乗って真北へ直進しても東京に着かず、彼または彼女には会えません。あなたは恋人より秒速約0.2km速く東へ向かって動いているので、北上するほどコースが東にそれてしまうのです。お気の毒ですが、あなたがたは破局します。
10月7日の雑記でも触れましたが、台風が渦を巻くのもこのためです。南半球では左右(東西のとらえ方は同じですが)が逆になります。冒頭の例は北半球のケースです。難しくいうと、回転する系の中にある物体に垂直方向のベクトルが加わる時、その回転の影響によって受ける横方向の慣性(力)。これがコリオリです。
2. 軌道エレベーターとの関係
このコリオリの力が、OEVにも働きます。上述の球面上の移動の関係が、地表からの上下方向にも働くわけです。昇降機の上下運動が、OEVの位置の維持に影響しうるということです。
たとえば、全長5万mの軌道エレベーターが赤道上に建造されたとします。言うまでもなく、上から下までおよそ24時間で1周します。地上基部は上記のあなたと同じ、秒速0.5kmで東へ動いています。高度1万kmでは秒速約1.2km、静止軌道部では約3.1km。末端は秒速約4.1kmで動いています。
地上から昇降機が上昇を始めると、この昇降機には、東へ回転するOEV本体(ピラー)によって、その方向へ引っ張られる力が加わります。平均すると高度1kmあたりの上昇で秒速約0.07m。静止軌道に到達する時点で、秒速2.6kmの加速が行わなければけません。
しかし慣性の法則がある。昇降機がなんの反動もなく本体に引っ張られればいいんですが、質量を持っているので、その場に留まろうとするわけです。結果として、OEV本体を西へ引っ張る力として働くのです。
モデルによって違いはあれ、OEVの基本原理は静止軌道上に重心を持つ、超巨大な人工衛星です。昇降機の運動によって、その重心の相対的位置が狂わされてかも知れないというわけです。これをもって、軌道エレベーターを否定する人もいます。
また余談ですが、このコリオリゆえに、昇降機がある程度の高度から落下する場合や、OEVが上部の方で切断されて倒壊する時は、東寄りに落下や倒壊すると考えられています。
3. 対処
説明が長くなりすみません。この問題にどう対処すべきかというと、少なくとも乗り心地に関しては、私には、そんなに心配することか? としか思えないのです。先に断っておくと、細かい振動や昇降機の乗り心地とは別の問題です。一瞬で宇宙まで上昇でもしない限り、体感は無視できるほど小さく、乗り心地にはまず影響しません。ですので昇降機側のことは考慮する必要はないでしょう。
問題は、ピラーを含む軌道エレベーターのシステム全体に特定の運動エネルギーを与えてしまい、姿勢を保つ上で一つの障害となる点です。一応、既存の理論では、以下のようにこれを解消する見方も示されています。
(1) 昇りと下りで大部分を相殺できる
昇った昇降機は必ず降りてくるはずで、その時に、今度はOEV本体を東に引っ張る力を加えます。もちろん、宇宙開発が進む時代においては、地上から持ち上げる質量の方が、下りのそれより大きいことは容易に想像できますが、その場合は、降下速度を上げてやることで、本体に与える運動量は大きくなるそうです。
昇降機の数や使用頻度が増すほど、この影響は小さくなるはずです。
(2) 振り子運動で元に戻ろうとする
コリオリを問題ととらえない主張の主な理由がこれ。近年のOEVのモデルでは、遠心力の方を強めに設定するものがあります。この場合、地上基部とカウンター質量は、OEV全体をその場に留めておくアンカーとしても利用されることになり、ガッシリとした造りになることになるはずです。
この場合、OEVの重心は静止軌道上にはなく、カウンター質量が地球の中心(正確には重心)から遠ざかろうとする力が常に働くことになります。つまり、地上から外側に向かってピンと張る力が加わるので、コリオリによっていったんブレても、また元に戻ろうと補正する力が働くわけです。細かくたわんで質点が複数生じることはありえるでしょうが、長期的・巨視的にみればこのような力が常に働くことになります。
(3) 大規模化するほど無視できる
コリオリを問題視されるのは、第一世代のOEVの場合、すなわちエレベーター本体がケーブル状の、極めて細いモデルしか念頭にないためではないかと思われます。しかし、私はケーブル段階での運用は極力抑えるべきだと考えています。昇降機を使用せずに、本体が太くなるまで建造できる方法は色々あるのですから、剛体に準じた構造に成長するまで待つべきではないか。
雑駁に言えば、ガッシリとした構造にすれば、そう簡単にブレないということですね。
(4) それでも解決しないなら人為的に解消
上記のような補正が十分でないなら、その時には人の手で力を加えるべきでしょう。重心を移動させて対処したり、OEVに屈曲を補正する機能を持たせたり、質点の運動量に応じて推進剤を噴射するとか。打つ手はいろいろあると思えます。
以上、コリオリの影響は避けられませんが、ほかの衛星との衝突のような対外的要因ではなく、OEVが自分で自分に引き起こす問題なので、基本的には逆のことをやれば解消する=自分で解決できることであり、ほかの諸問題に比べれば、さほど深刻に考える必要があるとは思えないのです。
この問題については、かなり昔から議論されながら、全体として未成熟な感じがします。またまた長くなりましたが、コリオリについては、豆知識では枕にとどめ、この程度にしておきます。
OEVに加わる、もっと巨大な力があります。次回はコリオリよりはるかに重大な問題、「摂動」について触れたいと思います。
なお今回は、軌道派エージェントのSS木君に貴重な助言を頂きました。深くお礼申し上げます。このお返しはいつもの通り、精神的に。
今回の要点
(1) コリオリとは、地球の自転方向と垂直(南北あるいは上下の方向)に移動する時、慣性によって横方向にひきずられてしまう=自転方向についていけなくなる現象や力のこと。
(2) コリオリによって、昇降機の上下運動が、軌道エレベーター本体を東西に動かそうとする力を加えることになる。
(3) 軌道エレベーターの構造によっては、コリオリを無視できるほどに相殺できるのではないか。