Okanagan's Twilight Days

人生の黄昏を迎え、日々の出来事を徒然のままに綴っています(*^_^*)

軍師官兵衛、第38話”追い込まれる軍師!~前編” 2014年9月21日

2014-09-21 14:17:13 | 日記・エッセイ・コラム

読者の皆さん、ご心配かけました、先日の記事喪失事件の傷心から短期間の静養を経て見事立ち直り、不死鳥・オカナガンは復活してきました!早速gooブログのサポートセンターにメールで消滅原因を問い合わせたが、“非公開にしていたのでは?”とか”下書き設定していたのでは?”とか、極ありふれた真反対の回答しか返ってこなく、その原因は判らずじまいになった!気を取り直して今日から再デビューすることにしました、今後とも宜しくお願い致します!それにしても、あの涼しさは何処へ消えたのだろう?今日は晴れているが風はなく、気温27℃、湿度54%と蒸し暑く、汗が吹き出し、まるで真夏に戻ったようだ!・・・

さて、本題に入る・・・やはり、官兵衛のお伺いを立てず、鎮房とそのお伴を謀殺したは、関白殿下の命(めい)に従い、父・官兵衛に代わって黒田家の生き残る唯一の道を挙行した嫡男・長政独断の仕業であった!同じ頃、官兵衛の肥後本陣にも秀吉の使者、加藤清正と福島正則が官兵衛を訪ね、家老である、善助、太兵衛、九郎右衛門の前で「殿下の命に従い、殿下の逆鱗に触れぬよう、宇都宮を 討つ他ありません!」と官兵衛に迫っていた!・・・

豊前・中津城では、又兵衛が「この様な騙し討ち!豊前での信用が地に落ちた!そればかりか、黒田家末代の汚名となるだろう!」と 長政を攻めたてていた!『黒田家が無くなっては元も子もない!やるしかなかったんだ!』と反論した、「そのこと殿は!?」と又兵衛は尚も攻めた、『父上は知らぬ!だが、それで良いのだ!』、又兵衛は長政の胸の内を察し「泥をかぶる積りか?」と静かに訊いた、長政は黙って下を向いていた・・・

宇都宮謀殺の件を調べるため豊前へ行っていた九郎右衛門が肥後の本陣に戻って官兵衛等に伝えた、「宇都宮一族は若によって、ことごとく成敗されました!」、善助は言った「若は自分の手で決着をつけねばと思い込んだのでは?」、太兵衛が官兵衛に訊ねた「鎮房の嫡男、朝房(ともふさ)は如何なされます?殿下は人質も殺せとの仰せで御座います!」、その場に静寂が走った!・・・

一方、中津城では、今回の事件で人質として捕らわれの身となった宇都宮の娘、鶴姫 の牢屋へ、光とお福が駈け込んで来て謝罪した、『この様なことに成って、相済まぬことを致した!』、「父を騙し討ちにした黒田の詫びなど受けない!殺すなら早く殺すがよい!」、『そなたを殺すようなことはさせぬ!必ずそなたを、ここから助け出します!必ず!』と光は鶴に誓った!・・・

更に長政は宇都宮の本拠地、城井谷に兵を送ることを決めた!「出陣じゃ!」、出て行こうとする長政を呼び止めて光が言った、『お鶴殿は一体如何する積りなのか?まさか斬ろうと言う積りでは?』、「殿下の命に背けば、この黒田家が潰されてしまいます!」と長政が答えた、『殿下は罪なき者をも皆殺しにせよと仰せですか?宇都宮に本領安堵を約束しながら、国替えを命じ、従わねば皆殺しとは、何と無慈悲な!一体これまで黒田家がやって来たことは何だったのですか!?人を生かして使うのが黒田家の心情ではなかったのですか!?』と光が長政を叱咤した、長政には答える言葉がなかった!・・・

肥後本陣では官兵衛が苦渋の決断をして、太兵衛に命じた『朝房(ともふさ)を呼べ!』、はっ!、九郎右衛門も善助も顔をゆがめた、太兵衛が若き宇都宮の嫡男・朝房を官兵衛の前に連れてくると、善助が合図し、部屋を囲む幕が降ろされた、朝房は己の成敗を察したか否か?善助が朝房に言った「心して聞け、お主の父・鎮房は関白殿下の命により、中津にて成敗した!」、朝房は目を見開いて驚いた、すかさず官兵衛が無慈悲にも言った『お主には死んでもらう!腹を斬れ!』、信じられぬ顔で朝房が訊いた「これは誠の事で御座いますか?本領安堵を反故(ほご)にしたのは秀吉ではないか?それなのに我を討つとは、あまりにも理不尽!?貴方は我等を滅ぼす積りだったのか!?」朝房は悔しさに涙した!・・・

朝房は脇差を抜いた、そして泣いた!怒りに燃えて官兵衛を襲おうとした!太兵衛と九郎右衛門が力づくで制した!「殺せ!殺せ~~~!」と大声で喚(わめ)いた !「殺せ!」もう一度吐いた!官兵衛は静かに立ち上がり朝房に近づいた、持っていた杖を倒し、ジッと朝房の顔を見つめた、朝房は脅(おび)えていた、官兵衛は抜いた刀を朝房の喉元から左胸にゆっくり突き刺した、朝房は目を見開いて絶命し、そっと横たえられた、九郎右衛門も善助も、そして官兵衛も余りの無慈悲さに大粒の涙を流していた!・・・

大坂城では憎っくき秀吉が、茶々の御機嫌を取るため、『茶々、これは甘くて美味いんじゃぞ!』、チョコレート・ケーキの様な美味そうな洋菓子をシルバーの皿に入れて茶々に勧めていた、茶々はそれに興味を見せず 振り返った、秀吉は茶々のあとを着いて行った『茶々、何が欲しいんじゃ?何でも申してみよ!茶々のためなら、何でも手に入れるぞ!』、茶々は何も言わず鏡台の前に座った、すると三成が提案した「恐れながら、城は如何で御座いましょう?」、『城?』、「第二の御正室の証として、茶々様に見合う立派な城で御座います!」、『城か、よう申した!茶々、城じゃ!城じゃ!』、「わたくしのお城?」、『そうじゃ!茶々、欲しくはないか?』・・・

「出来ればそこで殿下の御子を産みとう存じます!」と茶々は色目を秀吉に向けた!『このわしの子を産んでくれるか?あははははは~~~!分かった!城の一つや二つ!幾らでも用意してやる!三成、早速、城を用意せよ!申し付けたぞ!城じゃ!城じゃ~~!茶々の城じゃ~~~!あっはははは~~~!』秀吉は有頂天になっていた!茶々もニンマリ笑みを浮かべた!どちらも、いい気なもんだ!そこに伝令が入った、「申し上げます!豊前の黒田長政より知らせが参りました!」、『何と?』、「宇都宮鎮房を討ち取ったと!」、『そうか!そうか!長政はやったか!?はははははあ~~~!長政はこのわしの言うことに逆らったりはせん!』してやったりとウハウハの秀吉の笑い声が止まらなかった!・・・ 

善助が肥後本陣の官兵衛に知らした「宇都宮を討ったことを、殊の外お喜びの御様子!豊前は引き続き黒田に任せるとのお沙汰で御座います!」、それを聞き官兵衛は立ち上がり椅子に怒りをぶちまけた!善助が続けた「豊前での我等の信用は思いのほか保たれました!若のなさったことが幸いしたようです!」、背を向けて打ちひしがれた官兵衛に一礼して善助はその場をはけていった!・・・中津城の牢屋に入ったままの鶴姫は差し入れられた食事に口をつけぬまま、一人座ったまま亡き家族の思い出にふけっていた・・・

福岡県築上郡築上町(ちくじょうちょう)にある、宇都宮氏の菩提寺“天徳寺”の宇都宮鎮房公墓には、鎮房が、父・長房と嫡男・朝房と共に葬られている、領民たちにも慕われた 鎮房の墓は地元、城井谷(きいだに)の人々によって守られてきた、官兵衛が詠んだ“桜狩の短歌”には、『山ふかく 分け入る花の かつ散りて 春の名残りも けふ(今日)の夕暮れ!?』と、宇都宮氏を滅ぼしたことへの後悔が込められていると言われる!また中津城下にある“合元寺”には、城井谷の戦いで寺の壁が血に染まり、そのために、寺の壁は赤く塗り替えられたと云う逸話が伝えられている!戦さのない世を目指す官兵衛と、領地を守ろうとした鎮房、両者の戦いは、戦国の世の厳しさを今に伝えている!・・・後編へつづく

 

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