Okanagan's Twilight Days

人生の黄昏を迎え、日々の出来事を徒然のままに綴っています(*^_^*)

日本のジャンヌ・ダルク、小池都知事が誕生する! 2016年7月31日

2016-07-31 20:47:19 | 日記・エッセイ・コラム

小生、夕食を終え居間で、7時15分から始まった終焉(しゅうえん)迫る秀吉が執念深く生きる“真田丸、第30話~黄昏”を観ていた、8時に終わった後、うつらうつらし始めようとしていた時、8時10分頃だっただろうか、テレビの音声が聞こえて来た?画面に目をやると、小池百合子都知事候補が画面に映っていた?すると、小池候補の都知事当選確実!の報道が始まった!?小生は自分の耳を疑った?小池氏が都知事に当選??小生は鳥越氏の当選を確実視していた!のに?のに?小池氏の選挙事務所における映像を凝視した!?やがて、小池新都知事64歳の歓びの挨拶のあと、“ばんざ~~い!”が何回も繰り返された!・・・

        

初めての女性都知事の誕生だ!それにしても、0.1%の開票が開始されたばかりの当確だ!?小池氏が500票、増田氏が350票、鳥越氏が100票を獲っていた!そんな少ない開票数で当確??しかし、何と!小池氏が期日前投票のほとんどとなる170万8195票を既に獲っていたのだ!出口調査でも小池氏の優勢が明らかだった!小池候補は、自分を裏切った自民党の推薦と支援を全て断って独り立ち上がった!まるでフランス王国軍の先頭に立って、フランスに侵攻したイングランド王国軍と戦い救世主となったジャンヌ・ダルクの様に独り立ち上がった!母国フランスの国王に裏切られても、挫けず!百年戦争のヒロイン、ジャンヌ・ダルク(1412~1431年)の様に、緑カラーを身に着けて、都民の先頭に立ち上がり、東京都政改革のリーダーとして身を捧げ闘う!と態度で熱く訴えた!この様に分裂選挙となったこの度の都知事選は、多くの無党派票が小池候補に流れていた!また鳥越・増田両候補に比べて、小池氏の地道な政治手腕が評価されたようだ!・・・

        

小池百合子新都知事64歳は、何と小生と同じ兵庫県の出身だった!同じ兵庫でも芦屋・山手の出身だった!彼女は地元甲南女子高から関西学院大に進んだ、だが、訳あって中退し、エジプト・カイロ市にあるカイロ・アメリカン大に進んで、文学部社会学科を卒業して居る、その後、日本テレビやテレビ東京のニュースキャスターを経て、1992年の参院選比例区から当選して政治家の道をスタートした!小泉第1次改造内閣では環境大臣を、第2次・第3次小泉内閣では内閣府特命担当大臣、第1次安倍内閣では防衛大臣を歴任してきた!あの憎っくき舛添の悪政で汚れた都政が、正(まさ)しく忠誠を誓う都民によって選ばれ、圧勝した小池新都知事の都政改革に託された!小池東京都知事よ、日本の首都の首長して、クリーンで他の自治体行政の模範となる行政手腕を発揮されんことを期待している!願わくば、ジャンヌ・ダルク党を立ち上げてくれ!旗振りだって何だってする!・・もとへ!(^^ゞ・・・

DeNAに2連敗していた我が広島カープだったが、今夜のDeNA17回戦は、既に3勝を挙げている大商大からのルーキー岡田明丈(あきたけ、23歳)がピリッとせず、2-4でリードされてていた、迎えた7回裏、新井の3点タイムリーツーベースと、8回の菊地のソロホームランで反撃し4-2に逆転した!2番手のルーキーのヘーゲンズと、中崎がDeNAの反撃をピシッと無得点に締めて、広島が2-4×で勝利した!ヘーゲンズが5勝目を獲得し、中崎に19勝セーブ目が点いた!2位巨人が追い上げ来る今、この1勝は大きかった!我が広島は、8月2日から神宮に乗り込んでヤクルトと3連戦を戦うが、気負うことなく気楽に行けば良い、慌てない、慌てない!・・・

昨日30日夕刻、小生、JR加古川駅構内に在る日本旅行TiS(Travel infomation Station)加古川支店へ出向いて、8月24日水曜日8時10分加古川出発の“浜坂海鮮三昧バスツアー7980円” を申し込みに行った、すると駅前が、ラップミュージックが鳴り響いて、やけに賑わっているのに気が付いた、手続きをすべて終えて外に出てみると、駅前広場にテントが張られてステージが出来ていた!そうです、キッヅ・ダンス、ブレークダンス、レゲエ、ヒップホップダンスだの、ダンス・フェスティバルが佳境に入っていたのだ!花火5000発が撃ち上がる“加古川・川祭り”が近づけば、駅前にこのダンスフェスティバルが始まるのが恒例である!今年の川祭りは8月7日日曜日(17:30~20:45)である!小生、今年はリオ五輪(8月5日~21日)のため、河川敷には行けないだろう、家の窓から花火を観ることにしょう!・・・

    

 

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好天の加古川医療センター詣での日! 2016年7月27日

2016-07-27 17:01:05 | 日記・エッセイ・コラム

昨日夕刻7時頃から、ここ加古川には、1週間ぶりにタップリまとまった恵の雨が降り、カランカランに乾き切った大地が潤った!お蔭で、昨夜、第九セッションから解放され青年女性センターから外に出ると、涼しげな土砂降りの雨が小生を待ち受け、家に着くまで小生の身体を、クーラーの様に冷やし続けてくれた!雨はそのまま夜中中降り続いたが、今朝目覚めると、雨もスッカリ上がっていた!この時期、花はほとんど咲いてないが、我が家の庭の木々は、タップリ水を頂いて、いきいきと輝いていた!☆今年は富有柿とイチジクを始めとする果樹達が一杯実を着け育っている!豊作だ!秋の収穫が楽しみだ!・・・

そんな26日の未明2時頃、相模原市緑区の障害者施設“津久井やまゆり園”で、5本のナイフを用意して東宿泊棟から窓ガラスを割って侵入した元同施設職員・植松聖26歳によって、無抵抗な睡眠中の利用者が次々刺されて、19人の命が奪われ、26名が重軽傷を負った!まるで、「アラーの神は偉大なり!」と叫んで、人の命を奪うことが、あたかも許されるごときに、罪なき市民を殺りくし、快感を覚えるIS過激テロリストの犯行を観ている様だった!何の権限で、罪なき人の命を奪う事が許されるのか!?世界中の宗教の中で、どの宗教にもその権限はない!宗教は人の心を救うべものだ!少なくても、日頃から周辺に「世に迷惑かける者達は全て抹殺すべし!」と差別発言をまくしたてていた、この植松と云う殺人鬼には、間違った理念を持っていることは明らかにされ否めない!・・・

抹殺されるべきはお前だろう!!』、もう一つの大きな問題点を指摘したい、植松には緊急の危険性と、大麻所持・常習依存があり措置入院を強制されていた!尿から大麻の陽性反応が検出されていたが、何故か、12,3日ほどの入院だけで無罪放免にされている!?また、何と、“470名を抹殺する!”との、この度の犯行予告が国会衆院議長を通して神奈川県警に公表されていた!大いに警備体制に問題あり!それに、その夜、警備員に加えて8人もの職員が当直しているにも関わらず、50分にも及ぶ犯行時間のあいだ、助けようともしないで、ただ利用者達が刺殺されて行く犯行現場を観ていただけなのか?もっと早く110番通報できたはずだ!徹底的に警備体制と現場検証を追求して貰いたい!・・・

今日は3か月ごとに医療センターで採血・採尿をして貰う 経過観察の日だ、日岡山越えして神の野の小高い丘の上にそびえる医療センターの採血室に10時10分前に入った、採尿と採血を済ませてから、Dブロック・カウンターで受付を済ませ、何時ものアンギオ室の広い廊下に行ったが、新しい病棟との連結工事中で、一面に張られたパネルで遮断され、広い廊下が、暗く狭く塞がっていた!直ぐ、代わりに成る場所の探索に取り掛かったが、かなり、苦戦を強いられた、診察・検査病床である1階には、適当な場所が見当たらなかった、2階は職員のための管理病床になって居て、節電のためなのか廊下は薄暗く、あのようなところでコソコソ運動していると怪しまれる!・・・

 

3階からは入院病床になって居る、各廊下の端っこの窓際には、椅子とテーブルが置かれていた、だが、どこの窓際にも人は寄り付かず空席のままだった!よし、ここだ!ストレッチと筋トレの場所を見つけるや否や、直ぐ始めた、約45分ほどの一連の運動を入念にやり終えて、11時過ぎに、Dブロック2の電光板に小生の受付番号の点灯をまった、やがて小生の番号が点(つ)き、診察室に入り、主治医のパソコン前に座った、前回4月27日のPSA数値1.221より極僅かあがって1.266ng/mlになって居た、前回、小生の男性ホルモン検査を行ったが、その結果も出ていた、何と小生の男性ホルモン量は元の平常値に戻っていた!・・・

前立腺癌細胞は、男性ホルモンをエサにして生き続け、増えて行くとされている!その時、PSA(Prostate Specific Antigen、前立腺特異抗原)が血液中に多く流れ出す!小生の場合、精子が動きやすくなるジェル状の精液を作る前立腺と云う臓器を切除することなく、抗男性ホルモン剤治療と、放射線治療だけで前立腺がん治療を済ました!その場合、殆どの癌細胞は死滅するが、僅かに臓器にへばりついている癌細胞の残党は、抗男性ホルモン剤によって少なくなった男性ホルモンを食して生き続けようとする!だが治療時間の経過によって、遂には、その残党も弱り果て、男性ホルモンを食して増えようと云う気力を喪失していく!・・・

やがて、今の小生の様に、ガン細胞のエサとなる男性ホルモンが、元の様に一杯に成り、入れ食い状態になって居るにもかかわらず、PSA値は僅かしか上がらない!このことが証明する!それを食する癌細胞が殆ど居なくなったと云う事を証明してくれている!これからは、PSA値は増えることなく安定し、むしろ、下がって行く傾向に推移していくことだろう!次回10月26日水曜日の経過観察が、そのことを証明してくれるであろう!・・会計を済まして、地階の外来食堂“ビアンモール”へ急いだ、今日のおすすめメニューは、Aランチが“豚肉と大根のさっぱり煮”で、小生が選んだBランチは、油で揚げた“さわら“をナス、パンプキン、しし唐、タマネギなどと炒め、鷹の爪の輪切りを振りかけた“さわらのオランダ煮” だった、勿論、うめえのだが、値段が650円に上がった割には、ご飯の量が減って、何処に入ったか分からない!・・・

 

今日の帰路は、気分転換に刑務所前をジョグして、1655年(明暦元年)姫路藩主・榊原忠次が 、地元の古宮組大庄屋・今里伝兵衛に命じて完成させた新井農業用水路へ下りた、この用水路は昭和59年からの整備事業で、市民に愛される散策路“新井緑道”に生まれ変わった!・・この新井緑道に隣接して加古川バプテスト教会の敷地が広がって居る!時は遡(さかりぼ)るが、若かりし頃、マーカムと云うアメリカ人宣教師によって加古川町木村に誕生した小さな加古川バプテスト教会に、カナダのバンクーバー・バプテスト教会で洗礼を受けた小生と、すでに、その教会員だった家内も礼拝に訪れるうち、縁あって婚約し、より大きな明石に在る姉妹教会で結婚式を挙げた!その後、今の牧師が就任してから暫くして、訳あって、我ら夫婦はその教会を離れた!・・そののち、この教会は友沢に引っ越してから、この新井緑道に隣接する直ぐ南側、氷丘地区大野にある今の土地に引っ越ししてきた!すぐさま、熱狂的なゴスペルチャーチとして有名となり、この日岡の地に馴染んでイエス様の福音を広めている!・・・

 

その後、造成を繰り返した広大な敷地には、KBC(Kakogawa Bapteist Church、加古川バプテスト教会)の礼拝堂の他に、宿泊施設、小規模多機能ライフ・サポート加古川“WITH”、ギデオン聖書学校、KBCI(加古川バプテスト教会インターナショナル・スクール)が増設された、今日、通りすがりに観るていと、礼拝堂と同じくらいデッカイ!新しい建物が建設中だった!どうやら、そこには“ちいろば(小さいロバ)幼児園”などが入るようである!何処からそんな資金が生まれるのだろう?きっと、神の恵みの賜物だろうが、兎に角、今では400名以上の礼拝信者が在籍するマンモス教会に成長している!益々物凄い勢いで、46年と云う長い福音の歴史を築き、繁栄し続けている事は間違いないだろう!そう信じたい、救い主イエス・キリストを褒め称えよ、ハレル~~ヤ!・・KBCには強圧的勧誘があると、カルトの噂もあるが、一度礼拝に行って観たいものだ!・・・

  

 

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黒田博樹が日米通算200勝を達成!☆ 2016年7月24日

2016-07-24 19:47:21 | 日記・エッセイ・コラム

今、30か国以上の国で先行配信された、アメリカNiatic社と任天堂が共同開発したGPS(Global Positionig System)機能を使うスマートフォン・アプリ“Pokemon GO”が、爆発的な人気を博する社会現象が起こっている!アメリカ全土では1日に、2500万人がアクセス・ダウンロードしたらしい!それが、何と、夏休みが始まる7月22日金曜日に日本にも上陸した!野外・街頭に出て、スマートフォンを現実社会に向ければ、ピカチューなどのポケモン・キャラクターが現れ、それらをスターボールと云うモンスターボールをゲットして、それをキャラクター目掛け弾くように発射して、命中すれば色んなキャラクターがコレクト出来るらしい!・・・

だが、ゲームには余り興味のない小生には無用の長物だ!第一、スマートフォン持ってないし!・・考えてみれば、屋外に出て歩いて楽しむゲームなので、周りに注意して楽しめば、運動不足も解消され、引きこもりが減少する良い社会現象になるのではないだろうか!ポケモンを呼び寄せるLure Moduleも出ているし、ポケモンが好んで集まるストップを探すのも楽しみの一つのようだ!どうやら、奥の深い長寿命のゲームとして、広い世代に渡って愛好されて行く勢いのようである!・・・

昨日23日の阪神との17回戦に先発した黒田博樹が、苦節20年、遂に日米通算200勝を成し遂げた!この日、黒田は初回から快調に飛ばした、7回まで115球を投げ切って阪神打線を9奪三振、無失点に抑えて、今シーズン7勝目を挙げた!広島打線も黒田を援護して初回から爆発した!ルナがランナー1,3塁から3ラン・ホームランを黒田にプレゼントをした!3回にも1塁に菊池を置いて丸がタイムリー3ベースを打った!また新井がランナー1,3塁からタイムリーを撃った!鈴木がランナー1,2塁からタイムリーを打った!また石原もタイムリーして、この回4打点を叩きだし、3回までで7-0の大量リードを奪い、試合を決めた感があった!・・・

8回表を今村猛(25歳、長崎・清峰高)が、9回表を一岡竜司(25歳、大分・藤蔭高、福岡・沖データコンピュータ教育学院、巨人)が阪神打線の反撃をビシッと無失点に沈黙させた!そしてNPB(日本プロ野球機構、Nippon Professional Baseball)にて121勝を、MLB(Major League Baseball)にて79勝を勝ち取って黒田博樹の夢・日米通算200勝が実現した!黒田よ、本当にお疲れさん!この黒田の日米通算200勝の快挙は、ここまで今シーズン絶好調の我等が広島カープ優勝への大きな援護射撃、強い追い風となることだろう!今夜の阪神18回戦は、やや苦戦しているようだが、広島東洋カープよ、このままリーグ優勝と日本一へまっしぐらだ!行け~~~!・・・

 

今日の日曜日、市民会館の大会議室で開催された加古川労音総会のあと、1時から、その第二部としてレセプションが開かれ、小生も参加した、ゲストとして若いテノール歌手・新井俊稀(しゅんき)氏と、彼の専属ピアニスト・下茂さやかさんが招かれた、そして、まずシューベルトの2曲、イタリアン・ポップスとも言われるカンツォーネ、石川啄木の砂山、埴生(はにゅう、小さくて貧しい)の宿、冬のソナタの韓国語バージョン、アメージンググレイスなどを、彼の美声に乗せて聴衆をうっとりさせてくれた!・・ゲストが帰ったあと、労音サークルのフォークソング・グループとギター教室メンバーの演奏に合わせて、“野に咲く花の様に”、”あの素晴らしい愛をもう一度”や”翼をください”をシング・アロングした、安倍政治を風刺するフォークソングの弾き語りもあった、その他素人集団によるグラナダ・ラテンフォークの熱唱やピアノ演奏などが披露され、午後3時頃お開きに成った!・・・

      

その帰り、スポーツジム“コナミ”に廻った、先日テレビで、バック転教室なるものが紹介されていたが、小生もそれに興味を持ちコナミで尋ねてみたが、その様な教室はやってないとのことだった!ガ~~~ん!日岡山体育館でも、加古川市総合体育館でもやってなかった!加古川ではバック転教室なるものは、何処もやってないのか?・・あっ、今夜の阪神18回戦は5-8で広島が破れていた!そう勝ってばかりではいられないだろう!決して欲張ってはいけない!2位巨人とのゲーム差が10もあるではないか!静かに見守って行こう!・・・

 

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多可町加美区門村で憧れのジェラートを食す! 2016年7月20日

2016-07-20 19:30:22 | 日記・エッセイ・コラム

あれから2週間ほど経っただろうか、確か7月9日土曜午前11時から始まったABCテレビの“LIFE(ライフ)~本場の味にこだわる女性ジェラート職人~wacca今中希さん!”と云う番組をたまたま観ていた、そこには兵庫県多可郡多可町加美地区門村(かどむら)にある“wacca”と云うジェラート専門店として有名な店が紹介されていた!その番組に登場した主人公の今中希さんは単独、イタリア首都ローマの北東部に位置するジェラートの本場”フィレンツェ”で、ジェラートづくりの修行を積んできていた!ワォッ!アイスクリーム好き、パフェ好きの小生には堪りましぇ~~~ん!・・・ 

先日18日海の日、次男の車に同乗して、二人で一緒にワクワクしながら、そこへ出向いたが、祝日とあって駐車場は満杯!店の外には人の列で溢れていた!兎に角、その店の周りには、たんと、たんと人と車が屯(たむろ)していた!その日は諦めて、帰りに、直ぐ脇に野間川の渓流が流れる多可郡八代町の保木南交差点の角(かど)にある築15年、フィンランド・スタイルのログハウスFREEK'S Cafeに寄って、COFFEEと、シロップたっぷり、アイスクリームが添えてあるパンケーキを食べて帰って来た!以前、次男がそのCafeで美味しいワッフルを食べたことがあった!この日、残念ながらワッフルの機械が壊れていて、急遽、パンケーキにオーダーチェンジした、パンケーキもそれは、それは美味であった!・・・

 

そして、そして、今日爽やかな夏の日射しが降り注ぐ好天の7月20日に、昼食後、改めて小生独りで愛車セレナを運転して、1時間少しのドライブを楽しみながら、風光明媚な新緑の北播街道24号線から、国道427号線へ乗り継ぎ北上して行った!左折すれば奥荒田から松ヶ井の水公園へ行く“寺内の交差点”を直進して、杉原川沿いに5,6キロ進むと、小高い山々に包まれた多可町加美地区のwaccaの駐車場に着いた!そして、そこそこ空席が目立つ広いwacca店内の人となった!まずシングルサイズのSカップか、マスサイズのMカップを選ぶところから始まる、小生は3種類のジェラートを選んで詰めて貰えるMサイズ450円を買った!そして小生は、20種類ほどある味の中からマンゴー/カプチーノ/ラズベリーの3種類のジェラートを詰めて貰って、テーブルに運び早速食べ始めた!・・・

         

う~~ん、うめえのなんのって!なめらかで、きめの細かい高級感溢れるアイスクリームの甘さが口一杯に広がる!一口一口、濃厚でお上品な甘さを味わいながら平らげていった!レジ横に置いてあったカードには、次のように印刷されていた、『偶然の出会いに、必然の縁に、優しい自然に感謝して、今までも、これからもずっと、全ては一期一会、めぐり逢いを紡いでいきたい。人×輪、即ち縁結びの輪っかwacca!』、小生のテーブル横の台には、この加美地区で収穫する、二つの農産物が展示してあった、一つは加美区産コシヒカリ“ミルキークィーン10kg”と、もう一つは、虹色(にじいろ)トウモロコシ“グラスジェム・コーン”だった、このトウモロコシはアメリカ・オクラホマ州のカール・バーンズさんが色んな品種のトウモロコシを掛け合わせて作り出されたもので、どうやらサンクスギビング(感謝祭)/ハロウィン/クリスマスのオーナメントとして使われるそうですぞ!トイレも何処かイタリアン風で、清潔感が空間一杯に漂っていた!・・・

  

あの日、ABCテレビ”LIFE”がもう一軒のバール・イタリアン“ポット”をも紹介したが、是非何時か行って観たいものだ、西脇の市街地から少し東に行った芝桜通りに在るらしいですぞ!今中さん曰く、“和食おこしやす”の三叉路を右折していくと左手に在るそうだ、そこでは、何と、美味しいフレッシュ・イタリアンチーズ“マスカルポーネ”を使ったティラミス・パンや、イタリアの家庭スイーツを喰わしてくれるようである!帰路は、久しぶりに、西脇方面に廻ってから、小野を通って帰って来た、忘れかけていた風景に会えてに懐かしかった!若かりし頃から60歳過ぎまで、トライアスロンクラブ“鉄人ハリマオ”の面々と列を作って、北播や但馬界隈の峠越えをしながら、良くバイクのツーリングに出掛けていたものだ!以前は西脇周辺はもっと栄えていたはずなのに、特に南部が、かなり錆びれていたのが気にかかる・・・

今夜の広島vs中日16回戦は6人のピッチャーが継投する乱打戦と成った、6-6で迎えた延長10回表に、マウンドに上がった今村が、2アウト、ランナー1,2塁から、杉山にライトへのタイムリーを打たれ、これが決勝点となって広島が6-7で久しぶりに破れた!まだ、まだ、2位巨人との差が9ゲームもある!慌てず騒がず優勝目指して突き進んで行こう!お~~~!・・・

 

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昨夜、今上天皇が“生前退位”の意向を表明される! 2016年7月14日

2016-07-14 16:22:15 | 日記・エッセイ・コラム

昨日夕刻に入ってから、ここ加古川にも、やっと待望のまとまった恵みの雨が降り、カラカラの大地を潤してくれた!今朝は、また晴れたが、昼から一天にわかに掻き曇り、ゴロゴロ雷鳴とともに、もう一降りあった、だが、雷雨は通り過ぎ、今は小雨が降ったり止んだりしている、少しは涼しくなったような気がする、めでたし、めでたし!・・・

昨夜、ズムスタでの巨人13回戦に黒田博樹が先発し、7回3分の2を投げたが、6失点を喰らい、打線の援護もなく、広島は0-6で破れた!野茂英雄に次いで日本人二人目となる黒田の日米通算200勝は再度、お預けになったが、次回3度目の正直で達成すればいい、時間の問題だから、慌てない、慌てない!これで、広島はセ・リーグ、ダントツの52勝33敗2分けでリーグ戦前半を折り返した!15日(福岡ヤフオク・ドーム)と16日(横浜スタジアム)のマツダ特別協賛で開催されるオールスター戦の後、18日海の日から我が広島はズムスタに中日を迎えて、3連戦を戦い25年ぶりの優勝へ向かってリーグ戦後半を発進する!・・・

昨夜遅く、82歳と云うご高齢の第125代明仁・今上(きんじょう)天皇が、2年ほどの内に皇室典範(てんぱん)にのっとって、天皇の位を、摂政(せっしょう)を司る皇太子・徳仁(なるひと)新王に譲って“生前退位”される意向が発表された、これまで天皇陛下は、ご高齢の上に、気管支肺炎による入院、心臓冠動脈バイパス手術、A型インフルエンザ感染などの病魔を克服されてこられたが、あらゆる公的行事に参列され、数々の国内外の戦没者慰霊の旅に出かけられたり、相次ぐ大震災の地に被災者を見舞われるなどの激務をこなされてきた!しかし日々の健康面の衰えと負担軽減を考慮されて、この度の皇太子様への生前退位を余儀なく決断された!これからは、厳しい公務から解放され、しっかり療養されれ乍ら、余生を送ってもらいたいものである、天皇陛下ばんざ~~~い!・・・

今日、何と21人もの候補者が届けられ、7月31日投開票の東京都知事選の告示がなされた!残念ながら野党支持が得られなかったのか?鳥越氏に野党支援を譲ったのか?何故か、元日本弁護士連合会長の宇都宮健児(69歳)氏は前日13日に出馬を取り下げたが、事実上の選挙戦争いは、自民・公明の推薦を得た元総務大臣・増田寛也(64歳)氏と、無所属出馬の元防衛大臣・小池百合子(64歳)と、民進・共産・社民・生活から野党推薦を得たジャーナリスト鳥越俊太郎(76歳)氏の3人に絞られるであろう!小生を含む多くは、保守分裂を余儀なくされる小池・増田の両候補よりも、野党共闘で推薦された鳥越候補の有利を観ているだろう!?小生は、長年、公平な目を持つジャーナリストの鳥越氏を尊敬してきた、久しぶりに野党推薦の東京都知事が誕生することを願っている!(祈り)・・・

昨日午後1時から、東加古川公民館で山田烈子先生の講義を受けて来たばかりだが、先程“ほほえみ”の 坂田かほり先生から電話があり、一旦“こだま”に入会登録を済ませた小生の“ほほえみ”への転入は受け入れがたい旨の話があった、もう一度、“こだま”復帰を考え直してくださいとのお達しがあった!その場を適当に繕ったが、『もう、いいか!』、これで小生は朗読ボランティア活動断念を決意しサッパリした!極一部ながら、プライドばかりが先に立つ女性が、のさばる異様な女性社会で、生きることの難しさを痛感した小生は次の様に決断した!もうこれからは、社協のボランティア活動には一切係わらず、長年、趣味としてきた合唱一筋に邁進していくことに決めた!・・・

それにしても、昨日、山田講師が朗読講義の教材として取り入れたエッセイ書、松尾文雄著“リンデンの葉、散り逝きて”は頭の隅に鮮明に残り、犬好きの小生にとって生涯忘れられない感動的な読み物となった!先週、そのコピーを頂き製本し、3回ほど読破してから昨日の講義の場に参列した、それは著者・松尾文雄(82歳、学習院大政治学科卒、共同通信社に入社以来、各国の特派員・支局長を歴任したジャーナリスト/エッセイスト)夫妻が、1945年の第二次世界大戦終戦後以来、まだドイツが東西に分裂されていた1989年11月、フランクフルトからケルンに向かう列車で、たまたま同席し親しくなったヒルト夫妻との出逢いに始まった!・・・

ヒルト夫妻の住まいがあるケルンに到着後、翌日の再会を約束した松尾夫妻が宿泊していたホテルに、『今、ベルリンで大変なことが起こっている!すぐ家に来て一緒にテレビを観ないか?』ヒルトさんから誘いの電話があった!それは小生の記憶にもはっきり残っているベルリンの崩壊だった!と云うより、東ドイツが自立不能となり崩壊したのだ!テレビ画像には、東ベルリンの検問所を越えて数万の人々が、西ベルリンのチャアリーへ、津波の様に押し寄せる様が映し出されていた!人々は歓喜極まって抱きあい、シャンパンで乾杯し、壁にハンマーを狂ったように振って、人々は自由への解放感を爆発していた!・・しかし、ヒルト夫妻は、その群衆の歓喜に馴染まず、やがてヒルト夫人が嗚咽(おえつ)を漏らし始め『もう一年早ければ・・私たちの子供を見殺しにせずに済んだのに!』と絶叫した!・・・

ヒルト夫妻は辛い過去を話し始めた、実はヒルト夫妻は東ドイツからの脱出者だった!東ドイツの首都・チューリンゲンで生まれた犬好きの幼馴染の二人は、1987年の春に結婚し、記念に生後三か月の雄犬、俊敏で、精悍な目つき、逞しいジャーマン・セパード“アシュラー”を子供の様にして飼っていた!アシュラーは特にヒルト夫人を母親のように慕っていた!旦那のヒルトさんは、ケルンに本社が在る西ドイツ最大の自動車部品メーカーの、エルフルト東ドイツ工場に勤めていた、度々技術習得のため会社から特別通行証を与えられ、東西ドイツを行き来していた、そして西ドイツマルクで支給してくれた現地手当を本社にデポジットしていた、そのことが東ドイツの秘密警察“シュタージュ”に密告され、外貨不正取得の容疑がかけられ、逮捕されれば生命の危険が迫った!当時、親兄弟、親戚、友人も密告者に成りゆる監視国家東ドイツであった!・・・

1988年10月15日、ヒルト夫妻は、ライプチッヒを経てアイゼナハの検問所から西ドイツ・ベブラへの逃亡を決行した!予定通り検問所の1キロ手前で、後部座席の隠れ場に夫人が入り、その上に、名目上、西ドイツの友人へのプレゼントとなるアシュラーが座った、だが、検問所に達すると、この日に限って、ヒルトさんは、警備兵から車の外へ出て、後部座席を開けろと命じられた!密告があったに違いない!もはやこれまで!覚悟を決めた!警備兵が後部座席に入った瞬間!アシュラーが猛然と警備兵に体当たりして、絶に離すまいと腕にかみついた!アシュラーの目が『ここは自分に任せろ!直ぐ逃げるんだ!』と必死にヒルトさんに訴え続けた!とっさにヒルトさんは運転席に戻りアクセルを踏んだ!その時、ロシア製自動小銃“AK47”が火を噴き、ヒルトさんの左足に激痛が走った!・・・

一刻の猶予もない、ヒルトさんは全速力で車を走らせた!遠ざかるバックミラーには、必死に戦うアシュラーが見えた、やがて、倒れて道路に横たわるアシュラーが見えた!涙が止まらなかった!有り難う、アシュラー!身を犠牲にして助けてくれたアシュラーの好意に応えて、ヒルトさんは必死にアクセルを踏んだ!そして西ドイツの検問所ベブラに着いた途端、ヒルトさんは気を失い、病院のベッドに横たわっていた、後部座席に隠れたままの奥さんも無事助かった!ヒルトさんの左足は切断手術を受け義足となった!・・『ベルリンの壁の解放が1年早ければ、アシュラーは無事だった!』・・この話を聞いて、松尾夫妻はヒルト夫妻にかける言葉を失い、ただ頭(こうべ)を垂れるだけだった!・・・

その後、松尾夫妻は3年ほど暫く、ヒルト夫妻に会う機会が無かったが、1991年の秋に再び会うことが出来た!ヒルト夫妻は、驚くほど快活になって居た!ベルリンの崩壊の翌年、1990年10月に東西ドイツは正式に統一され、東西の壁は完全に消滅した!その翌月、ヒルト夫妻はアシュラーの墓前に花を手向けようとして、忌まわしいアイゼナハ付近の農家を訪ね、アシュラーの埋葬場所を探した、何と、主人の脱出を助けたアシュラーの美談はアイゼナハ中に知れ渡っていた!銃床で殴られ、瀕死の状態になっても、直も攻撃を止めず戦い続けたアシュラーを、銃殺しようとした警備兵に「犬には罪はない!主人を助けるため、身を犠牲にしょうとした尊敬すべき犬ではないか!」と諭(さと)したビンツガーと云う隊長が、何と、アシュラーを家に引き取ってくれていたのだ!・・・

元々職業軍人でなく大学の教授をしていたビンツガー氏は、今も、すぐ近所に住んでいた、ヒルト夫妻が其の住まいを訪ねると、ビンツガー氏が出て来て言った「犬の飼い主の方でしょう!お待ちしてました、貴方方が玄関に来られた時、普段は吠えないのに、あの犬は飛び起き、一声吠えました、お待ちください連れて参ります!」、えっ!かなり衰弱しているが、アシュラーは生きていたのだ!連れて来られたアシュラーは一瞬、立ち止まり、ヒルト夫妻を伺った、とっさに奥さんが叫んだ『アシュラー!わたしよ、わたしよ!アシュラー!』、名状(めいじょう)しがたい唸り声をあげて、アシュラーがヒルト夫人に跳びついた!『御免ね、アシュラー!もう絶対に離さないからね!』 、アシュラーは夫人の顔をなめ回して、喜びを全身で表した!肩の荷が下りた犬大好きなビンツガー氏の顔が晴れやかだった!・・・

アシュラーを直ぐ、ケルンに連れて帰ったヒルト夫妻は、アシュラーを動物病院に入院させ、出来る限りの治療をほどこした!だが、手当の甲斐もなく、その半年後、最愛のヒルト夫人の膝の上で、アシュラーは安らかに息を引き取り、全四年半の短い生涯を終えた!だが、最後にヒルト夫妻と過ごした半年間は、アシュラーにとって、何十年間にも相当する至福の時間だったに違いない!・・松尾夫妻はヒルト夫妻に案内されてアシュラーが眠る墓地に案内された、アシュラーの亡骸(なきがら)は、ハーブ菩提樹・リンデンの大木の下に埋葬されていた!乱反射して四方に散乱する晩秋の光線に照らされて、黄金色に煌(かがや)きながら、風に舞うリンデンの葉が、何かを語り掛ける様に、ハラハラと、若かりし頃の精悍なアシュラーの写真が刷られた墓石の上に、降りかかっていた!アシュラー、Sleep in peace!・・・

 

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